第12話・机の陰
四月に入ってもう3週間がたったこの日も、坂下冬路は自分の仕事を全うするためにまだ8時にもなっていない時間から自分の教室の窓を拭いていた。
彼は学級委員だ。
彼の学校では学級委員は誰よりも早く教室に行き、教室の窓や黒板等を綺麗にして、他の生徒が快適に過ごすように日々活動している。
大体の人間はほぼ間違いなく面倒ぐさがってやりたくないとボヤくだろうが彼はそうではない。
誰もやりたがらない仕事を自分が引き受けることで、クラスに貢献していることを証明したいのだ。
そんな冬路は窓を拭き終え、使った雑巾とバケツをかたずけようとしたところで、ふとある机が目に止まった。
その机は彼の机の隣にあった。
「こうゆう事する奴、ホントに居たのかよ……」
冬路はこの机に成されたものを見て、朝から嫌な気分になった。
★
俺(坂下冬路)が予想した通り、春崎優は8時ちょうどにやって来た。
「おはよう冬路」
「お、おはよう春崎」
俺はあくまで自然体で話す。
机に腰掛けたところで春崎は予想通り怪訝な表情を浮かべた。
「どうした?」
「ん……なんか机が湿ってて……」
当たり前だ。その机は俺がついさっき入念に拭いたばかりだ。
しかしそう言うと今度は何故拭いたのかを指摘されるので口では言わない。
「昨日の夜の雨で湿ってるんじゃないか?」
「えー、でもそれだったら僕のだけじゃなくて他の机も湿ってるはずだけど」
「…………じゃあなんでだろうな」
俺にはそれ以上は答えられなかった。
それから数時間後、四時間目が終わり昼休みを迎えた。
「優ちゃーん、一緒にたべよー」
「うん、ちょっと待って」
橘さんに呼ばれた優は、自分の弁当を持ってそっちにいった。
「冬路〜、俺らも食おうぜ」
ちょうど夏木もこっちへやってくる。
「ああ、ちょうどお前に相談があるんだ」
「……で、なんだ相談って」
俺達は今屋上前のドアの前で弁当を広げている。
そこで俺は夏木に今朝のことを話すことにした。
「実はな、今日朝の当番でいつものように掃除してたらな、
春崎の机に泥がついてたんだよ」
「……は?」
夏木がわけがわからないと言う顔をする。
「何だよ、その顔。
ことの重要さをわかってるのか」
「いや、そうじゃねえけど、
……ユウはそれくらいで泣いたり怒ったりする程心狭いやつじゃねぇぞ」
「たとえそうでもこれを放って置くことはできないんだっ!」
俺は床をバンと叩いた。
「な、何そんなに怒ってるんだよ?」
「お前わからないのか? 最近春崎の持ち物がよくなくなってることを」
「……あっ! そういえば、最初は英語のプリントで、それから上履き、ノート……」
「昨日は体育のジャージが無いって言ってたな。
それでどれもすぐに見つかったが、ここまで頻繁に物が無くなるってことは?」
「……誰かが、ユウの物を別の所に隠していた」
俺は夏木の答えにコクリと頷いた。
「じゃあ、今日のやつも……」
「その誰かがやったかもしれないってことだ」
「これ……ユウには言うのか?」
「いや、今日は言わない。
代わりに夏木、お前に頼みたい事がある」
「なんだ?」
「それはな……」
俺は夏木に耳打ちで仕事を伝えた。
★
現在4時40分、
大体の部活はこのあたりで本番となる時間だ。
俺(夏木)もそんな部活に励む生徒だが、今日はちょっと違う。
顧問の先生に道具を教室に忘れて来たと言っておいて、急いで教室へ向かった。
……大体の部活が本番となるこの時間なら教室には誰も来ないと「ヤツ」は思うだろう。
だが、そこに俺が来たらどうなるかな?
と、ここまでが冬路の作戦だ。俺だけでこんな作戦立てられない。
そんなことを考えてる内に教室の前についた。
俺はまずドアを少し開け、中に誰かいることを確認する。そしてソイツはユウの机の前で彫刻刀を降ろうしたその時に! 俺はドアを勢いよく開けた。
「おい! お前そこで何してる!」
「ひっ!」
先客は面長で、茶髪を無造作に揃えた男だった。
確かこいつは丸ノ内、俺と同じ3組のヤツだ。
気弱でいつも同じクラスの日比谷のゴマをすってるヤローだ。
「オメーその彫刻刀でユウの机を傷つけようとしたな?」
「い、いや、こ、これには深いわけが……」
「深いわけがあるのなら、やろうとしたんだな!
さあこい!」
俺は丸ノ内の手を引っ張り、職員室に連れていった。