妖しいスピリッチャー眼鏡 13
涼子と一緒にさらわれかけた莉子。
『大学の呪いの実験』の生け贄にされるらしい。
難は逃れたが、毎晩さらわれる夢を見る。
それは『呪詛』によって繰り返し危機のイメージを見ている、いや見せられているということらしい。
涼子の前には、呪いの悪魔が現れた。
イメージを変えるために、優利たちと護身術を練習することになった。
莉子は運命を変えられるのか?
登場人物
岩見沢莉子
十九歳。高三。身長百五十八センチ。体重は三十キロ台。髪はショート。呪いによって鬼風のガーゴイルが憑依しているが、二人の巫女さんが浄化して危害を加えてこない存在にした。でもそれは莉子の霊力を吸っている。そのせいか体力が無く、よく倒れる。涼子が「あなたは死ぬ」と言って、救おうとしてしつこく来る。今は友達。父は歴史学者。
神宮寺ニキータ涼子
十七歳。高三。遅生まれ。身長百六十四センチ。黒髪ワンレン。霊能者。守護霊は西暦千三百年ごろのシスターが痩せ型の天使の姿で現れるが、お祓いの時や、説法の時は観音風のインド転生時の守護霊が来る。新宗教系の中高一貫校に通っている。横須賀女子学園。通称スカ女。剣道を授業でやっている。合気道なども出来る。
神宮寺ロバート優利
二十二歳。遅生まれ。身長百五十七センチ。ゼネコンに勤めて二年目。高校を卒業してから三年自衛隊にいた。四年目に辞めた。歴史に詳しい。涼子並みの霊能力を持っている。
斉田心美
十八歳。誕生日は十二月。身長百四十五センチ。髪型はショートボブ。莉子の親友。優利と付き合っている。元レアアイドルで歌と踊りを配信。そのくせ、明治の女のような気骨がある。よく喋る。行方不明のお姉ちゃんがいたが先日ご遺体を発見。お葬式をした。『霊が見える眼鏡』の所有者。
猪瀬真理凛
十八歳。乙女座。身長は百五十七センチ。金髪ポニーテール。涼子のいる教団の信者。霊能者だが波があって霊眼は教団で修行してくるとしばらく視えるようになる。人の心を読んだり霊の言葉を聞いたりは出来る。高校での成績は学年一位。自分の配信番組のためにほとんど全ての部活に所属している。
松井礼良
十八歳。身長百九十三センチ。女性。空手二段。涼子のストーカーでボディーガード気取り。中二の七月に涼子に憑依霊を祓ってもらった。テニスとバトミントンで全国優勝している。
行雲寺観幸
十歳。小学生。身長は百四十二センチ。霊能者。涼子と同じ教団の信者。守護霊は鎌倉時代の尼僧、水蓮。
岩見沢正人
十六歳。高一。身長百七十センチ。莉子の弟。アニオタ、ミリオタ。気が利く。
根岸竜二
十六歳。高一。身長百八十三センチ。マッチョ。正人の親友。姉・薫子は生徒会長で正人と付き合っている。空手初段、剣道初段。アイドルオタクでもある。
吉田友喜
十九歳。身長百七十八センチ。莉子に告白した。莉子の父が教授をしている大学の一年生。小五の時にいじめの相手を莉子が突き飛ばして以来、莉子に惚れこんでいる。父母とは死別。柔術家の親戚の家に引き取られた。
巫女
霊存在。姿は十歳ぐらい。二千年前の巫女。地上で死後千年も妖怪・祟り神をしていた。千年前に封印され、戦後になるまで千年間封印されていた。莉子とは同一の魂だったが、今は魂としては分離されている。呪いの関係で莉子の様子を見に来ている。莉子の守護霊とは別存在。
1
私は岩見沢莉子。
十二月も半ばを過ぎた。今は試験休み中。
先月は、涼子がヤクザに拉致されそうになり、その巻き添えで私や猪瀬まで拉致されそうになった。
心美に借りた『霊が見える眼鏡』で近未来を予知したので、さらわれる前に逃げることが出来た。
なんらかの組織が動いているようで、警察が涼子とその主な友人を警護する事態になっている。学校の校内まで警備はできないから学校は休んでいる。
でも、私はその予知した光景を悪夢として見続けている。
それは『向こう』の人たちが現実にそうしようと、繰り返し繰り返し何通りも手順を確認していて、それを私が感知して夢で見ているのだろう、とのこと。
またそれは呪詛でもあるらしい。絶望的イメージを、繰り返し相手に送り込むことで精神を疲弊させ、戦わずに無条件降伏させようとしているのか?
今、私は自分と涼子が拉致される光景を繰り返し夢で見ることで、心にそれが焼き付いて同じ行動をしてしまい、現実化することを恐れている。
普通ならそういうリアルな夢の中では思い通りになるはず。悪夢の内容を変える事で、実現を阻止したい。
私はそのために護身術を練習する事にした。みんな協力してくれる。感謝。
高校の校庭の片隅でいい。場所を借りる許可を、弟・正人が生徒会長・根岸薫子に頼んだのだが。
体育館。
更衣室を借りてジャージに着替えて、体育館の隅に青くて柔らかい体操用の長いマットを二枚並べて広げた。
『ガンディフェンス』と『ナイフディフェンス』を練習する。
服装は学校の紺色のジャージ。一年生の竜二と正人はエンジ色。
涼子のジャージは、上着は袖が黒くて胴体がグレー。胸にスカ女・横須賀女子学園の黄色くて円いエンブレムワッペンが付いている。下は両外側が黒で内側がグレーのジャージ。
優利くんはジーパンにトレーナー。葛西刑事もスーツのまま参加する。
優利「校庭はだめだったが、結果オーライだな。」
他のメンバーは友喜に心美、ミユキ。あとはレイラを呼んだ。
友喜は黒スキニーに濃い青色のシャツ。ジャケットは白っぽい薄青色。カッコよく見えるが、たぶん正人が着るとチグハグでダサく見えるのだろう。そんな格好で友喜は優利くんと遊びで軽くじゃれて組み合って、マットの上で優利くんにサブミッション技の『アキレス腱固め』をきめた。
優利くんは「イタタ!ギブギブ!」とマットを叩いた。
心美のジャージは黒地に銀糸で星座があしらわれたデザイナーズブランドの一点もの。相当高いらしい。文化祭に来ていた鵤木広美のジャージに似ている。たぶん同じ店で買っている。
ミユキは小学校の水色ジャージ。左胸の名札と背中の白いゼッケン『4-3 行雲寺』は私が書いて縫い付けた。
レイラはいつもの斜めの太いストライプの白ジャージ。バドミントン部のやつ。
体育館の向こう半分側では年末の全国大会に出るバスケ部が黒いユニフォームで練習している。
猪瀬と、青頭の『マッセ』こと真木崎聖子が、こっちに来たそうにチラチラ見ているが、後輩たちを指導する手前、来れないでいる。顧問の先生はバスケは素人なのでたまにしか来ないそうだ。それでも全国に出られるのは、猪瀬たちが去年の優勝校の練習をまるパクリしたかららしいが、詳しくは知らない。
こっちは受け身の練習をする。
横受け身。仰向けに寝て上に足を伸ばして横に倒れ、床にバン!と片手をつく。前受け身は立ってから前に倒れて手と肘をつく。後ろ受け身は頭を打たないよう顎を引く。最後は前方回転受け身。
次は一対一で練習。私の相手は涼子。優利くんが横に立って監督する。
友喜がなんとなく優利くんの横に立っていた。
「友喜ィ。暇だったら心美たちを見てあげて。」
「ん?んん?」
「気が散るの。」
「うん。わかった。」
友喜は嬉しそうに心美たちの方に行った。
「なにが楽しいんだか」
涼子「友喜って呼んでもらったから嬉しいんだって」
さりげなく心を読む涼子。でも?
「え?はあ?前も友喜って呼んだことあるよ。たぶん。」
涼子「莉子さん顔赤いよ」
「うっさい」
玩具のエアガンを涼子に向ける。エアガンと言いながらバネ式でBB弾が当たっても痛くないやつ。小児用。みんなでスーパーに寄って、サンドイッチとかを買ったついでに買って来た。
正人の相手は葛西刑事。
正人「姉ちゃん、それワルサーP38だよ。」
「知らーん。こっち見んな。」
正人「ルパNの銃だよ。」
正人のミリオタ化が加速している。それは元自衛官の優利くんの影響だろう。無視する。
「てゆうか、優利くんなんで「ミニ4WD」に乗ってるの?体が小さいから?」
優利「バ〜カ。それ『ちいハラ』だ。」
「ふっ。」
優「あれなら『オスプレイ』に入るんだ。」
「ええ〜?オスプレイに車で入る機会ないでしょ?」
優「あるかも知んねえだろ?」
「ナイナイ。絶対ないよ。ありえない。」
優利くんは今も予備自衛官だ、とさっき初めて知った。ミリオタじゃなくてミリプロだよね。
葛西刑事が正人を『小手返し』で腕を極めた。
葛西さんは、そのまま体を反転して正人のスネに足をかけ「たっ」と柔道技の『体落とし』風にグルンと投げた。さらに葛西刑事は倒れた正人の手を放さず、腕を背中に曲げてキメて、マットにうつ伏せに抑え込んだ。
正人は抑えこまれた姿勢でマットを叩いてギブアップしながら、こっちを向いて言う。
「でも優利さん、あれは車高が低いから、オスプレイの格納庫に入る時に車の腹が入り口の床の出っ張った所につかえるんじゃねえの?オスプレイの後ろの扉を下ろすと、こう角が出っ張るじゃん?」
「正人ぉ。考え事してるとケガするよ。」
正人「気になっちった。」
涼子が私の銃をゆっくりと横に払いながら手首を掴んだ。
優利「それはなんとかする。板とかで段差を乗り越えさせる。」
「ふっ。優利くんはそういう想像とか妄想が好きねえ。」
涼子は私たちが話し終わるのを待っている。優しい。
優利「軍人はもしもの時に対応する。俺たちはもしもの世界に生きているのさ。」
「えへへ。ハイハイ。」
涼子「莉子さんも集中してください。」
涼子は私の手首を持ったまま私の腕を大きく回しながら横回転しつつ腕をくぐる。背負い投げとは逆回り。
そうすると私の手首から肘が上に折り込まれて肩関節がキマる。
私はのけ反った姿勢からゆっくり背中方向に倒された。
涼子「これが四方投げ」
涼子は私の手首を放さず、手首から腕を引っ張り、器用に私をうつ伏せにして、私の肘を背中側に伸ばしたまま垂直にして、自分の胸のところで押さえ込んだ。
優利「腕折れ」
「バカやろ。折らないでよ。」
涼子「本来そういう技らしいのよ」
と、言いながら涼子は私の手首と肘をクッと絞めた。
「いでででで」
持っていた「なんちゃってエアガン」を落とした。
涼子は手をやんわり放した。
「本来じゃねえ。戦国時代かよ。」
涼子「ウフフ。今度は莉子さんがやってみて。」
横ではレイラが、アヤ仕込みの『体落とし』で、竜二をくるんと投げた。
優利「それは教えてねえけど、相手を担がない分、背負い投げより倒しやすいから覚えていて損はないな。」
葛西「私もさっきやったけど、合気道でも足をかけて倒す応用技は使うよ。」
でも、レイラと竜二は動きが良い。難しい体捌きも一回で覚える。
涼子「莉子さんもできるよ。合気道は力じゃないから。関節の仕組みを知って、相手の重心を崩して、あとはテコの原理。相手の力を利用するの。自分は背筋を伸ばして腰を落として『軸』を崩さないように。」
竜二は「軸ってのは剣道にも共通してるな。」と、立ち上がった。
レイラが横蹴りを竜二の目の前でピタッと止めて言う。
「空手も軸だよ。」
「レイラもかっこいい風だけど、関節の動き方でしょ?重心落として、テコ?で、軸?まっすぐ?」
逐一涼子の言葉に従って自分の手首を動かし、体を左右に傾けて重心を意識し、背中を伸ばして腰を落とす。
それを見て涼子はニコッとした。
「涼子は簡単に言うけどさ」
優利「出来てるよ」
「そう?えへ。体力は無いけど運動神経はいいのよ。」
ミユキと心美には友喜が教えている。友喜が教えながらもチラチラこっちを見ていてウザい。
私は涼子と反復練習。
優利「十回な。」
手首を外返しにして『小手返し』。
優利「小手返しでうまく相手の重心を崩すとそのまま相手を投げられるが、まだやらない。素人は手首痛めるからな。慣れてからにしよう。あと、ナイフの時は小手返しするな。」
「ピッと引かれると痛いことになる、んでしょ?さっき聞いた。」
次は、涼子の手首を掴んで小手返しとは逆の内返しにして捻り込んで涼子の肘を掴んで腕を伸ばさせ、自分は反転し、涼子をうつ伏せに抑え込む。これは『一教』。涼子と攻守交代して十回やる。
次に優利くんは、私のよわよわエアガンを持った竜二の手を両手で持って、竜二の腹に押し付けてから右手を放してショートフック。でもギリで止めて当てない。竜二は顎を上に上げた。
優利「実戦では当てろよ。頭突きでもいい。相手がひるんだら逃げる、それでもいい。」
「うん。」
次に優利くんは竜二の肩をグッと引いて前屈みになったところで、サッサッと二歩で竜二の後ろに回った。そして竜二の腰をトーンと押した。すると、竜二はタタッと前に走らされるようになって倒れる。
優利「蹴ってもいいぞ。重心さえ崩せば突き飛ばすのは簡単だ。」
「そんな動きは出来る気がしないけど。大体、相手の手首を捕まえるのが大変だよ。ナイフなら切られちゃうんでしょ?」
優利「そこは練習しかない。相手がすっ飛んでいるうちに走って逃げる。相手が転んでこっちを見て銃を構えてまた撃つまで5〜6秒。拳銃だったら曲がり角とか障害物があれば逃げられる可能性は高い。周囲を見て逃げる方向を見定めろ。さっきも言ったが拳銃の場合二十メートル以上離れれば、まず当たらない。ナイフなら5〜6秒あれば、だいたい逃げられる。やってみろ。」
「ショートフック効かない時は?」
優利「だから頭突きだ。耳とか、顔の下半分を狙え」
「そんなにうまくいくかな?後ろから押しても『んん?』ってなるだけで倒れなそう。」
優「重心を崩せば、軽い力でも相手は飛ぶ。相手が前屈みなら後ろから蹴れば相手はトブ。」
横では、心美がミユキを小手返しからの体落としで、フワンと投げた。
心美の投げは足をかけると言うより低い身長を生かして腰をかけて乗っけたので、ミユキの体が一瞬浮いた。
ミユキは受身したけど結構危ない。
ミユキはすぐに立ち上がって心美にかかって行き、四方投げで心美を倒した。
2
息が上がったので休憩。
座って水筒のイチゴミルクを飲む心美が言う。
「こんなの意味あんのかなあ。」
「あるよ。うまく夢で勝てば、実際には戦わないで済むかもしれない。」
「莉子はそういうの信じるんだ。」
涼子が、ふっと私を見た。
私は心美に言う。
「他にどうするってのよ。毎日ただ悪夢で殺されてろっての?」
心美「莉子はいつもヤケクソなのよ。」
猪瀬とマッセがタオルで汗を拭きながらこっちに来た。
黒いユニフォーム。短パンにハイソックス。上はノースリーブで袖口は赤い。なかなかカッコいい。前胸の文字はNDUF。『農電大附』の意味。附属がFなのは納得いかない。背中を見ると字はMALLIN。背番号は7。黒字に赤の字。なかなかカッコいい。マッセは3番。字はMASSEだ。足元は揃いの黒いハイカットのバッシュー。
猪瀬「さっきから莉子ピたち何やってんの?気になって練習に身が入らないよ。」
「護身術。」
マッセ「おお?やりたいけど。」
猪瀬「ヤクザに勝てるの?」
「まあ、気休めかもだけど。」
猪瀬「私は涼子がさらわれたって、一人で闘ったりしないよ。なんとか逃げ出して味方を呼んでくるよ。」
「冷たいねえ。逃げる時に役立つかもじゃん。」
猪瀬「むう。でも、男じゃあるまいし、そんな馬鹿な勇気は無いよ。」
「味方って言ったって誰がいるの?」
猪「部活仲間を連れてくるよ。大学には先輩もたくさんいるし、大人数で押し潰せばあん時の車のヤクザ三人ぐらいなら楽勝だよ。」
「ケガ人が出るよ。銃撃たれたら誰か死ぬかも。」
「涼子が死ぬよりいいじゃん?」
「ええ〜?あんたってたまに無責任だよね?」
「にゃっはっは!馬鹿ねえ。涼子ためなら駆けつけたいやつ沢山いるよ。なんて言っても『涼子様』だし。この農電附属にもファンがたくさんいるのよ。学園祭に涼子が来て以来ファンクラブが出来てるの。私もメンバーだし。」
涼子「やだ。怖いわあ」
「でた。怖くなさそうな「怖いわ」。でも、推しに命までは懸けないでしょ?」
猪瀬「かけるやつもいるのよ。ねえレイラ」
レイラがスポドリを飲みながらこっちに来た。
レ「涼子ちゃんのためなら駆けつけたいって奴いっぱいいるよ。今も何人か体育館の出入り口から覗いているやついるから。」
「どこに!」
見物人が五〜六人。見慣れない奴ら。服は私服。スーツのサラリーマン風の奴もいる。
レイラの顔が険しくなった。
「?」
目線の先を見ると見ると、白いスーツに黒いYシャツの男。
十センチぐらいのまっ赤に染めた髪をツンツンに立てた髪型で、金の亀平鎖のネックレスをしている。
トカゲのように大きな口を開けて屈託なく笑って手を振っていた。
目は細く切れ長。眉は逆ハの字に吊り上がり、口は左右に大きく、鼻は細い。
レイラ「アイツなんか結構強いよ。こういう時じゃなかったらぶちのめしてやるのに。」
涼子はマットに両足を伸ばして両手で水筒の水を飲みながら言う。
「レイラ。危ないことしないでね。」
レイラは笑って「うん!」と子供みたいに返事した。
そいつが両手をズボンのポケットに入れて猫背にガニ股で歩いて体育館に入って来た。先がとんがった白い革靴は脱いでくれたので悪い奴じゃないかも。黒い靴下で歩いてくる。
私たちは、体育館は体育館シューズ。マットの横に脱いで並べてある。
話しながら近づいてくる。
「お〜う俺の話してんの?涼子ちゃん久しぶり。組関係のトラブルだったら口利いてやるけん。言うてな。」
身長は正人ぐらい。でもスーツの上から分かるぐらい腕が太い。
「ねえ、葛西さん。警備は何やってんの?」
葛西刑事もタオルで汗を拭きながら言う。
「身元チェックしてるから大丈夫。コイツは宮田組の若頭の田村。総合格闘技やってる。全身の刺青がなかったら大会に出て優勝してるぐらいじゃないの?」
優利「コーチに・・・ダメか」
なぜなら優利くんの視線の先で、レイラが怒りに燃える顔で見てたから。
レイラ「なんかしたら私が殺すから大丈夫。」
「それは大丈夫じゃないよ。」
若頭に言ってみる。
「相手は松本組らしいんだけど。」
田村「ああ〜あそこは昔から敵対してるから難しいなァ」
「ダメじゃん」
田村「難しいけど、なんもできないわけじゃなかけん。」
涼子はボソッと言う。
「この人、血の匂いがするから嫌い。」
涼子が「嫌い」だなんて珍しい。
でも、涼子にはこの人が普段、何やってるかが見えてしまうんだ。
「血の匂いが」は、涼子なりにやんわり表現したのだろう。こ〜わ。
田村「涼子ちゃん、あんまり嫌わんといてな。」
若頭はクールにちょっとニヤッとして言った。
涼子は田村を見て「早く足を洗えるといいですね。」と言ってちょっとだけ微笑んだ。
田村「おお。初めてまともに答えてくれた。ありがとー」
レイラがスポドリ投げつけて怒鳴る。
「コラア!不審者!早く出てけ!」
大きい声にみんなビクッとした。
葛西刑事も「そうよ。T班の人呼んじゃうよ。」と言った。
田村「そらあ、困りますな。でもレイラちゃんのは、『やっかみ』ですわな。ケヘヘ」
レイラ「なんだとコラ!」
でっかい声。ビクッとする。
田村「へへっ」
田村はピューッと走り去った。
レイラ「待てやあー!」
レイラも走って追いかけた。声が体育館に響き渡る。
出入り口のところでレイラは田村を見失って、歩いて戻って来た。
その辺に居た不審者数人はオドオドしていた。
私たちはレイラの怖さを知っている。正人を脅し、竜二を回し蹴りでノックアウトし、山添を追い込んだ、あの感じはヤクザと渡り合った結果、身につけたものなのだろうか。私も脅されたんだっけ?
でも、マッセとか遠くのバスケ部の後輩たちが怖がっている。私たちはレイラを淡々と見ているが、彼女達にとってのレイラは、憧れの『ノーデン大附属高三大スター』の一人だ。本性がこれじゃ怖すぎる。
フォローしてやる。
「ねえ、レイラさあ、みんなを脅さないで。バスケ部の子達だけじゃなくて、あっちの涼子を見に来た連中まで怖がってたじゃん。」
レイラはいつもの笑顔に戻って言う。
「大丈夫。アレ達は、みんな知ってる子たちよ。全くもう。ボディーガード気取りなんだから」
猪瀬が「にゃは!お前もだ」と言ってレイラの太い上腕に拳をグリグリした。
マッセが『ええ?』みたいな顔で猪瀬の行動にうろたえた。でもこういうフォローなら猪瀬の方が得意だ。
レイラ「私は公認だもん。でも大丈夫よ。」
猪瀬「あっは。何が?」
レイラ「紳士同盟は大人が関わってるから強力なの。私が居ない時でも、変な奴が次々に涼子ちゃんに近づいて来たりはしないでしょ?」
猪瀬「確かにそうだけど、レイラお前、たまに怖いよ。」
レイラ「やだあ、こんなにスマイリーなレイラちゃんを怖がらないで」
「何が「すまいりぃ」だ。かわい子ぶっても可愛くないぞ。」
レイラ「へへへ。」
笑ってる。バスケ部のみんなもホッとした様子。
レイラ。天然で無防備な奴。
死んでほしくない。
優利くんと葛西刑事が静かに話している。
葛西「この練習って『向こう』の連中に見せつけるため?」
優利「『対策してる』って事を知らせれば来ないかもしれない。これが抑止力って事だな。」
葛西「軍事的発想だわ。でも相手もプロだから、こんなんじゃダメよ。今頃笑われてるわ。」
優利「警察の警備の人もここ周辺にいるでしょ?涼子を見に来た連中の新顔のやつとか、調べたら面白いんじゃないのかなあ。」
葛西「あんたも悪い子ね。妹を「おとり」にしてるの?」
優利「陽動作戦。軍事的発想だな。」
「聞こえてるけど?」
葛西「ああ、聞こえた?」
「ちゃんと私たちを守ってね。」
葛西「じゃあこんな事しないで大人しくしてて。」
「でも、負けたくない。」
優利くんはニヤッと笑った。
「よし、じゃあ次はデカいやつ相手にやってみよう。」
「え」
優利「自信をつけて悪夢に勝つ。そうすれば現実にも勝つ。そういう事だろ?レイラに竜二に友喜!」
友喜がサッと私の前に来た。レイラは何故か涼子の前に。
優利「あ、じゃあ莉子の悪夢の配置でやってみようか?」
「じゃあレイラはそこじゃないじゃん。横で見ていて涼子の相手を蹴り倒すんだから」
レイラ「やだあ〜、涼子ちゃんに投げられたいぃ」
「バカ!変態!」
レイラ「ヒドイ。私のは『憧れ』よ。もう結婚しようとか思ってないから。」
「もうって何だ。」
前の友喜がなんか嬉しそうに私の肩と袖をそっと掴んできた。ムッとする。
袖の方の友喜の手首を持って、外側にひねって小手返ししながら、その腕をロックしたまま友喜を前に押しつつ、友喜の足の外側から自分の足をかけて思い切って足を引く!
正人「大外刈り!」
友喜は後ろにバッタリ倒れて、てん、とマットに軽く後頭部を打った。
小手返ししながらなので私もそのまま友喜の上に倒れる。私の肘が思いっきり友喜の胸に突き刺さる。
「あ、ごめん」
でも、意外にしっかりした胸で大して効かなそう。着痩せ細マッチョめ。
友喜「へへ。不意打ちだった。頭打った。」
「嬉しそうにすんのやめて」
優利「手首きまってるから体重かかると腕痛めるからな。気ぃつけな。」
竜二「小手返ししたら柔道的には反則だけどな。」
「ハイハイッ」
友喜「・・・僕は君の役に立てるなら頭を打って死んでもいい。」
「!バカ!」
友喜の手を投げ捨てて立ち上がる。顔あっつ!
両手で頬を押さえる。不意打ちだった。
心美が半身を起こした友喜の肩を足裏でゲシゲシと何度も蹴った。
「バァカ!ちゃんと受身しろ!柔術家だろが!」
友「ええ?・・僕に当たり強くない?」
心美「百合モノに男が出て来たみたいでムカつくんだよ!」
みんな顔を見合わせる。
友「何だよそれ?日本語かよ」
ミユキ「ねえ莉子ちゃんユリモノって何?」
「うるさい」
夜
筋肉痛とかで身体中痛い。
でも疲労感ですぐに眠りに落ちた。
疲れた。多分夢なんか見ない。
車から降ろされた。夢かよ。やっぱ見るのかよ。
丸刈りヤクザに手首を結束バンドで縛られた。アレ?
前はガムテープだったのに。これって靴ひもで摩擦して切るんだっけ?靴はローファー。紐ついてない。
涼子が縛られまいと格闘している。短髪オールバックが小手返しでゴロンと転がされた。
いつもの夢より転がされ方がリアル。
練習したせいでイメージがハッキリしちゃったじゃないか。逆効果。
猪瀬も縛られそう。とっさに猪瀬に肩から体当たりして車から遠い方に転がした。
叫ぶ。「逃げて!」
猪瀬はコロンと地面に転がってから、その勢いのまま手をついて立ち上がり、タタッと走って行った。
刈り上げヤクザが「待てコラ!」と追っていく。
バタッと誰かが倒れる音がした。見るとレイラがヤクザを蹴り倒した後だった。
やっぱり『浴びせ蹴り』なのでレイラもヤクザの上に倒れているけど、バッと立ち上がった。
「レイラ伏せて!」
レイラはこっちを見て伏せた。
同時にパン!と乾いた銃声。
横で丸刈りヤクザが自動式拳銃をレイラに向けている。
パンパン!と乾いた銃声。銃を撃ちながら歩き出すヤクザ。
ヤクザの腕に飛びついた。手首を、
ヤクザが身体をグン!と捻った。
私は身体を持っていかれてそのまま地面に転がった。
ヤクザは私に銃を向けた。
そして言う。
「何をしても無駄だ。神宮寺は連れていく。お前は死ぬ。」
パンパンパン!と銃声。
体がビクッとして目が覚めた。
天井が見える。
熱い涙が両目から落ちて耳に当たった。
負けた。ダメだった。
時計を見ると六時。優利くんに電話した。
『おう。どうした?』
「いま大丈夫?」
『出勤前だが、まだ大丈夫だ。』
「負けた。銃を取ろうとしてつかみかかったら、振り飛ばされた。」
『う〜ん。体当たりしたら?腹に入れば非力でも押せるよ。』
「ええ?お相撲みたいなもんでしょ?私軽いから持ち上げられちゃう。」
『じゃあ、斜めでもいいから相手の後ろ側から体当たりだ。正面よりは倒れやすいよ。』
「なんか情けなくなってくるぅ」
涙が。
『莉子。所詮は夢だ。実戦じゃないから。勝てると思えば巨人にも勝てる。ちょっと繰り返し、竜二とかレイラとかを投げてみ?そうしたら癖がついて勝てるようになるよ。』
「そのつもりなんだけどぉ・・・」
3
今日は十二月十七日。
学校では試験休みも終わって二十三日までは『採点のための短縮授業』?だけど、私たちは危険があるので休む。学校も配慮してくれるらしい。でも後で補習を受けないといけない。涼子も学校を休んでいる。補習決定だ。
昨夜は、あの後二度寝しようとしたが、疲れているのに、ウトウトするばかりでいまいち寝られなかった。
今日は神宮寺ーズは来れないし、友喜も来れない。大学の講義がある。友喜にも私服警官が付いているらしい。女性刑事らしい。なんかソワソワする。大学にはその人が学生に混じって遠巻きに警備しているそうだ。
体育館も借りられず、家で午前中は正人とひたすらに技の動きを復習し、午後は合気道の動画を見て、その後、DVDで昔のジャッキーチェンの映画を見た。空手チャンピオンが出てて『飛び後ろ回し蹴り』を華麗に決めるやつ。こういうのを見ると自分も強くなった気になる。
そして夕食後もまた動きの復習をして疲れて寝た。
正人は部屋にもどり『Eゲリオン』を再コンプリートするそうだ。
心美は何か歌って配信している。ミユキは勉強。
おとといの疲労感が襲う。二日目の方が筋肉痛は重い。
泥のように寝る。
意識が深く沈んでゆく。沼に引き摺り込まれるように。
車から降ろされた。
掴まれた手をなんとか両手で捻って小手返しをキメて抵抗する。
丸刈りヤクザはそれを軽くふりほどいて、私の額をグーで殴った。のけぞって倒れた。
「痛ってえな!暴れんじゃねえ!」
猪瀬も降ろされた。縛られまいと暴れる。
私は立たされて手首を縛られながらも、猪瀬の尻に足裏を当ててグン!と蹴った。
「逃げて!」
猪瀬は前に押し出されて転がって立ち上がり、そのまま走った。
猪瀬「ごめーん!絶対誰か呼んでくる!」
刈り上げヤクザが追う。「待てコラ!」
ドシッと倒れる音が。涼子の相手のヤクザがレイラに蹴り倒された音。
振り向いて叫ぶ!
「レイラ伏せて!」
私を縛り終えた丸刈りヤクザが、腰のベルトに挟んでいた自動式拳銃を抜いて両手で持ってレイラに向ける。
私は縛られたままヤクザの脇腹あたりに肩から体当たりする。
よろけて相手が横に膝をついて地面に片手をついた!
すぐに飛びついて縛られた両手で拳銃をつかむ。
スライド部分を、
いや、ヤクザが拳銃を持ったまま両手を横に振った。
また体がグワッと持っていかれて地面に倒れた。私の手は銃から離れた。
倒れた私に、上から丸刈りが膝立ちで拳銃を向けた。
「無駄だって言ったろ」
くう!負けた!また負けた!
その時、バシッと音がして丸刈りが少し浮いた。
銃が私のお腹に落ちた。
丸刈りが股間を押さえて私に倒れ込んだ。
ズシンと重たい。息ができない。
レイラがヤクザを横にどけてくれた。
パンパン!と乾いた音がして、レイラが倒れた。
刈り上げヤクザが戻ってきた。
「抵抗するな。何をしても無駄だ。」
私も撃たれた。
目が覚めた。また涙が。
ムリゲー!勝てん!
まだ二時。
起きてトイレ。
キッチンでミルクを一杯飲み、しばらく座ってから、またベッドに入った。
丸刈りヤクザがレイラに向ける拳銃に飛びついた。
自動式拳銃のスライド部分を後ろにずらした!できた!
下に押さえ込みたいが、腕力的に無理!
持ったまま今度はヤクザの腕を肘で抱え込むようにしがみついた!
自分の手首の結束バンドが見える。
丸刈り「はなせコノヤロウ!・・う!」
丸刈りは銃を手放して股間を押さえて横に転がった。
レイラがその股間をハイカットのスニーカーの爪先でもう一度蹴った。痛そ。
「あ、レイラ伏せて!」
同時に銃声。ピュンと銃弾が通り過ぎる音がした。
地面に両手をついて這っているレイラ。視線は強く向こうを見ている。
当たらなかった!
銃は刈り上げヤクザ。三人目の刈り上げヤクザが戻ってきた。歩いてきて二メートル前に立つ。
「オメーら動くな。」
ダメかあ。またダメか。
タタタッと足音!涼子が三人目に走って行く。
ヤクザが銃を向けた。でも迷ってから銃を捨てた。
そうだ涼子は誘拐命令が出てるから殺せないんだ。
涼子が刈り上げの右フックをよけて、相手が左手でつかんでくるところの袖をつかまえて、素早く腕をくぐりながら回って振り下ろして投げた。
涼子は倒れた相手の腕を背中側にキメた。やったぞ!
「縛っちゃえ!」
レイラが立ち上がって車の近くの地面に落ちていた結束バンドを拾って身を起こした。
タタタン!と銃声。
レイラが倒れた。
涼子「レイラーッ!」
向こうの闇から黒服に黒サングラスの大きい男が現れた。
手には某有名殺し屋マンガに出てくるような黒くて長い機関銃を持っていた。
「無駄だ。何をしても。神宮寺は連れて行く」
男は三メートル先から私の足を撃った。
私は痛みにのけぞって両膝をついた。
ガクッと体が動いて目が覚めた。
また天井が見える。
ダメだ。勝てん。
時間は四時半。
スマホが鳴った。ビクッとした。
相手は涼子。出る。
『莉子さん?どう?』
「涼子?私が起きたのが分かるの?」
『眠れないから瞑想してたの。私の魂は身体を抜け出して莉子さんの部屋にいたわ。』
「こわ。ねえ、それも怖いんですけど。」
『莉子さんの魂に同調できなかったから夢の内容までは分からないけど。』
「四人目が出てきた。機関銃持って。もうキリがないよ!」
涙が出た。
十二月十八日。
授業中の教室に刑事は同行できないということで学校は休んでいる。
学校の短縮授業が終わった頃に、指定された時間に学校に行く。体育館の順番が空いた時間に。
こういうコソコソした行動をしないといけないのは面倒。
体育館はこの時期、通常はバスケ部とバレーボール部、ダンス部、チア部、体操部、新体操部、バドミントン部、卓球部などが順番で利用する。試験休み中はオフだったバレー部。いつもはバスケ部と同じ時間で体育館の半面を使う。でもバレー部は校庭を使うということで順番を開けてもらった。古い学校なので校庭にもネットを張ることができるように鉄柱を固定できる『穴』が開けてある場所がある。いつもは蓋をされていて、何のためのものか知らない生徒の方が多い。
生徒会長の根岸薫子と、部活動委員の猪瀬が無理やりバレー部と交渉してくれた。
私たちなんかのために申し訳ない。その分真剣に練習するしかない。
今日の涼子は電車で来た。護衛の女性が一人付いてきた。
背は私より少し低いぐらい。猪瀬ぐらいか。服は黒っぽいグレーのレディーススーツ。
髪は肩までのボブ。顔立ちは綺麗だけどあまり表情がなくて個性を感じさせない。
痩せ型。年齢は三十前後の感じ。
「私の名前は、あかり。あかりと呼んでください。」
苗字は?と聞きたいが、表情が真剣で怖いので聞けない。
また学校の体育館に行って、五メートルある長い体操用マットを二枚広げて、つまづかないように、『みみ』の所をマットの下に押し込んだ。私たちの後は体操部が使うのでそのまま敷いておいていいそうだ。
二人で組む。葛西刑事は見張り。体育館の外にも私服刑事らしきスーツの男性がチラチラ見える。
私に涼子。ミユキは心美と。正人に竜二。私たちはマットの上。
レイラとあかりさんはマットを敷いていない板のところで身構えた。
あかりさんにレイラが襲いかかる。
その殴る蹴るを、あかりさんは左右によけつつ手で払いのける。
慣れた感じでしなやかな手つきで、基本的に両手を使って受け流す。
あかり「うん。じゃあ三対一ね。男子手伝って。レイラをつかまえて。」
レイラはうなづいた。
レイラが空手の姿勢で身構える。よく見る構え。背筋を伸ばし、腰を落として左足を引いて、半身になって右手は前に手刀にして構え、左手は脇に引いて打撃に備えている。様になっていて格好いい。
竜二と正人はすり足でジリジリとレイラに近づいて行く。あかりも一歩一歩距離を詰めて行く。
私たちは見学。猪瀬とマッセも練習を中断して見に来た。バスケ部の後輩たち十人も付いてきた。
「レイラって空手二段なんだっけ?」
猪瀬「中二からやってるからね。ああ、あいつ左利きだ。」
あかりがチラッとこっちを見た。
レイラはすかさずあかりに前蹴りから左正拳突き。
あかりは後ろに下がりつつ、その蹴りとパンチを左右に両手で払いのける。
その間に両側から竜二と正人がレイラのジャージを掴んだ。
レイラは体を横スピンさせてジャージを脱いで両手を抜いて離脱した。
猪瀬「おおお。」
マッセ「すげえな。」
黒いTシャツのレイラ。スタイルいいな。
その顔にシュッとあかりのパンチ。寸止めして当てない。
レイラはよけず、両手を腰にして言う。
「ダメだ。無理無理。よけらんない。いつ近づいたの?」
あかりは少しニヤッとしてパンチを下げて普通の姿勢で立った。
バスケ部の子たちが見とれてる。二人とも確かにカッコいい。
あかりさんは、フッと出入り口を見て、誰かに去るように手を下から振ってサインした。
そこに居たヤクザ風の黒いスウェットの男が居なくなった。
あかりさんって宮田組関係の人かな・・・
あ「レイラさあ、集団戦でリーダー格を狙うのはいいんだけど、全体が見えてないわ。」
レ「見えないよそりゃあ」
あ「周辺視力を使って全体の相手を見るの。」
レ「周辺視力って何?」
あ「目の焦点あってる部分の周りもボヤッと見えてるでしょ?それ。」
レ「ああ、うん。」
あ「で、横移動しながら、相手の動線が重なるように動いて、なるべく一対一で勝負する。じゃ、もう一度。」
正人がレイラが脱いだジャージを手渡した。
レイラはそれを畳んでこっちのマットの上に両手で置いた。意外と几帳面。
構える四人。
レイラは横移動を繰り返す。そして竜二と正人、あかりさんの誰かが常に重なる位置に入って、前に来た相手に軽いパンチを出し続ける。誰かが横に来たらまた移動。常に相手が重なるように動く。
猪瀬「言うと出来ちゃうんだよなあ」
マッセ「天才?」
後輩たちがそれを聞いて、互いに「すごいんだね」みたいに少し湧いた。今も人気がある。
あかりさんのパンチを空手の『内受け・外受け』で捌くレイラ。片手を内回し、外回しであかりさんのパンチをガシッバシッと払う。でもあかりさんのパンチが速くて押され気味。しかも相当パンチが重いらしく受ける時に力が入った顔になる。
あかりさんって強いんだな。
葛西さんが涼子に聞いた。
「あの人ってどういう人?」
涼子「え、知らないんですか?」
葛「見たことはあるけど。班長代理ぐらいの人よね?」
涼子「警察関係の仕事してるっていうから警察官じゃないんですよね?」
葛「T班の人は基本的に謎なのよね。私はたまに手伝いに入るぐらいの立場。」
竜二たちが同時に両側からレイラにつかみかかった。でもレイラはピョンと前にジャンプしてよけた。
レイラは着地ざま、前のあかりさんに前回し蹴りを打ち込んだ!
あかりさんはそれをグン、と後ろにのけぞってよけた。
よけられたレイラはあかりさんに背を向けているので、あかりさんは足裏でレイラの尻を押すように蹴った。
レイラはトトトッと前に走って止まる。
振り向くレイラは「うええ?私の蹴りよくよけたね!」と、なんか嬉しそうに言った。
あかり「うん。でも良かったよレイラ。分かったね?」
レイラ「はあい。」
楽しそうだな。格闘好きなんだな。
猪瀬「レイラやっぱすごいね。」
レイラ「えへへ〜。」
「レイラってあかりさんと会った事あるの?」
レイラ「私がストーカー捕まえて殴ってたら松崎さんって人が「お前の空手だけじゃ危ないから格闘に詳しい人に学びな」って紹介してくれたの。」
猪瀬「言えよ。」
レイラ「聞かれなかったもん」
猪「バカ。謎の女め。」
猪瀬はレイラの男みたいな筋肉質の二の腕に、軽く「てちっ」とパンチした。
マッセと後輩たちが若干焦っている。気軽にパンチなんかして大丈夫?って。
レイラは機嫌良さそう。コイツはスキンシップに飢えていると前に猪瀬が言っていた。
「でも、なあんだ。この前のヤクザの人とかとケンカしてたから強くなったのかと思った。」
レイラ「うふ。アイツはこんど絶対ぶっ飛ばすから。」
あかり「ニコニコしてそういうこと言わないの。」
「あの『浴びせ蹴り』なんか達人クラスだよ?」
レ「あれ?莉子ちゃんにそんな技見せたっけ?」
「ん?じゃあできるって事?」
レ「たーぶん。」
あかり「レイラは打撃技は一通りできるよね?掴んでくる相手にも打撃で対応できる練習はしたはずよね?」
レイラ「うん。こんど、投げとグラウンド技も教えてよ。」
あかりさんをみんな見た。
あ「私は元自衛官。今は主に警察関係の仕事をしている。神宮寺さんとは、岩見沢さんのとこの葛西刑事みたいな関係。神宮寺さんの警備主任よ。」
涼子「いつも付いてくれているのは別の人なんだけど、今日こっちに電車で来たいって言ったらついて来てくれたの。お兄ちゃんの上官だった人。」
「ほおお。そりゃ強いだろうね。」
あかり「とりあえず、この警察の警備体制の中でも涼子がさらわれた場合は、『紳士同盟』の中から格闘に強い奴を連れて救出に行く。その話は上に通してあるから。」
「上って松崎刑事?」
あかり「うん。で、岩見沢さん?」
「え、はい?」
あ「夢に見た三人てどんな風?みんな大男らしいって涼子に聞いたけど?」
「ああ、えっと、みんな体型はレスラーみたいに大きくて、竜二かレイラぐらいあって、私の手首を縛るのは坊主頭で丸顔。目は細くて眉毛がなくて、太ってて動くとほっぺがフルフルするの。」
心美「ずいぶんリアルな夢だね。」
ミユキ「あんまりリアルだと怖いよね?莉子ちゃんかわいそう。」
「かわいそうって言うな。」
あかり「スキンヘッド?」
「じゃなくて、五厘刈りって言うの?少し髪はあるの。」
あ「うんうん。」
あかりさんは誰かを思い浮かべている風だった。
「んで、二人目の涼子と格闘する相手は、」
涼子「私なら格闘なんてしません。話して説得します。」
「だからそれは無理だって。」
涼子「憑依霊を祓ってしまえば、だいたいは素直に聞いてくれるわ。車の中で一生懸命祈るから大丈夫。」
「う〜ん、で二人目だけど」
心美「ふふ。面倒になったね?」
猪瀬「にゃは」
「髪は茶髪か金髪で、スポーツ刈りが伸びたような感じ。前髪はオールバックにしていて額が見える。三人目は、七三分けで刈り上げで、顔が角張った人。ちょっと顎が出てて受け口な感じ。で、今日見た四人目の機関銃のサングラスの人は同じ七三分けだけど前髪が長くて浮いてて両側に出ている感じだった。」
あかりさんは下を見てメモを取っている。
葛西「そんなの参考になるんですか?」
あかり「一応当たってみる。」
猪瀬「ねえ、あの紳士同盟の子たちって信用できるの?」
「あいつらみんなストーカーなわけでしょ?そんなの人付き合いを知らない理性もない奴らばっかりでしょ?」
レイラ「そうよね〜。ストーカーやだよね〜。」
「お前もだ」
レイラ「あの子たちはね、みんな大人の監視下だから大丈夫だと思う。あんまりひどい子は更生プログラムをやらされる。こちろん非公式に強制で。私はそこまで理性がない方じゃないからやってないけどね。」
「やれよ」
心美「レイラはやりなよ」
猪瀬「お前は是非やれ。お前だけは是非。」
レイラ「やだあ、みんながイジメる。涼子ちゃん助けて」
涼子「ウフ」
猪瀬「莉子ピの夢では私もさらわれるの?今も?」
「最近はあたしが逃してやってるよ。」
「じゃあそういう時は剣道部とか連れて救出に行くから。段取りしとくわ。」
「だからあ、けが人出るよ。あんたも死ぬかもだし」
「こっちが完璧に備えていれば来れないっしょ?」
「それは分かんないじゃん。」
「剣道部とか二十人ぐらいで木刀持っていけば四人ぐらい叩きのめすの余裕でしょ?」
レイラ「マリリンちゃん怖いい。」
猪「木刀の破壊力は真剣と同じよ?いくら銃持ってたって二十人も殺せないよ。そんなの大事件だし」
「そうだけど、でも山奥とかに連れて行かれたりしないといいけど。追いかけるにしたって二十人じゃバスが必要だよ?」
葛西刑事が言う。
「ヤクザを甘く見ないことね。現代の怪談だけど、こういう政治関係の案件の時はマスコミもなかなか動かないし、携帯の電波も妨害で通じなくできる。二十人ぐらいならそのバスで山から落ちたことにできる。生存者は用意された人物だったりして嘘の証言をするだとかね。警察は後処理だけのために呼ばれる、なんてね。」
「コワ」
猪瀬「ああもう、やめて!莉子ピが夢で勝てるようにイメージ作ってるのにぃ!ぶち壊しじゃん!否定しないでよ!」
葛西「う〜ん。でも現にそういう事もあるし・・・」
「現に?」
猪瀬「あ、政治案件って言うんじゃあ、向こうさんのバックに政治家がいるのね?」
葛西刑事は答えなかった。
あかりさんが鋭い目でこっちを見てた。
嫌な沈黙。
う〜ん。涼子を誘拐したら、そういう変な儀式とかじゃなくても、涼子が関わった政治家の過去とかをネタにお金とか要求できるのかもしれない。
涼子が不満げに私を見るけど目を合わせない。
そんな事はないのかもしれない。でも、どちらにしても知る気はない。どうせ事実は闇の中だし。涼子すら知らないのだろうし。
心美が言う。
「私は入口で見ている人たちの方が怖いけどね。」
出入り口にいる男たち。サラリーマン風の明るい緑色のスーツの男性、ラッパー風の黒ジャージに金のネックレスの男。ジーンズにジャンパーの男など、いつもの5〜6人。田村という人はあれ以来見ない。
レイラ「うん。あれが紳士同盟。でもみんな私がぶん殴ってやった子たちだよ。あはは!」
「アハハじゃねえ。みんな涼子のストーカーなんでしょ?そんなやつ信用できるの?」
あかり「格闘に強いのがガードマンとして来てるよ。タダで。レイラ風に周辺を警備して不審者を捕まえたりしてる。勘違いの冤罪が多いけど。」
「へへっ、まずいんじゃないの?」
あかり「警察権力で揉み消してもらってます。」
「こわ」
レイラ「こういう時なら涼子ちゃんを近くで見れるんだからお金くれなくても来るよ。」
涼子「やだわ。本当に」
あかり「一応今回のことは警察が入ってるから、あちこちで刑事も見てるから大丈夫よ。ね?葛西さん?」
葛西「はい。」
あかり「宮田組の組員とかも見張ってるようだから二重三重の警備。まあ、だから莉子さんは少しは安心してね。」
「あ、はい。」
マッセ「ねえ、神宮寺さんてどんなVIPなの?」
涼子は激しく両手を前で振って否定した。
「そんなんじゃないです!」
4
練習が終わってマンションに帰る。
竜二は学校に残った。今日はボクシング部の練習だそうだ。
レイラはストーカーたちと、同じ扱いで帰された。また子供っぽくヤダヤダ言っていた。デカガキめ。
うちに帰ってソファーに倒れ込む。
心美は携帯片手に自室に入った。どうせ優利くんと長〜い電話だろうよ。
涼子は向かいのソファーに座った。なんか真剣そう。
起きて聞く。
「涼子、何?」
涼子「この世的には警備は万全みたいね。」
「うん。」
涼子「でも、霊的にはスカスカよ。」
「ん?」
涼子「これじゃ莉子さんを守れない。」
「ヤダ守ってよ。て言うか、これ涼子のための警備でしょ?」
涼子「私は神仏に守られてるし、いつもみんなの無事を祈ってる。」
「ふっふ。真面目だね。守ってよーは冗談よ。」
涼子「・・・守りたいよ。」
ガラステーブルの真ん中をじっと見る涼子。
そこに正人がカップに入った温かいコーヒー牛乳を二つ置いた。
二人で飲む。
涼子「正人くん、ありがとう。」
正人「い〜え。」
一息ついた。
涼子は硬い唾を飲み込むようにしてから緊張気味に言った。
「莉子さん。信者になって。信者なら神仏の光と天使たちの力で守られるから。」
「え、ああ、そっかあ。涼子は教団の人だもんね。」
「いいえ、教団の利益や信者数を増やすためなんかじゃなくて、あなたを守るため。」
「こういう時に言うなんてずるいなあ。」
「ごめんね。でも今しかないの。」
「でも名前だけ信者でもダメでしょ?全身全霊で信じてなきゃ、意味ないでしょ?」
「そうよ。偉いわ莉子さん。でも、名前だけの信者でも、私たちの『霊団』と繋がることができる。そうすれば、悪霊たちは私たち全部と戦わなければならなくなる。」
「信じないと救ってくれないのかなあ。」
「天使たちは、神を信じない人たちをも救おうと日々戦っている。そして救うべき人たちが多すぎて涙を流している。現代日本は信仰を持つ人が少ないから、天使たちも大変なの。天使と言うとキリスト教的だけど、神道系の神々や、その使いたちもそうだし、仏教系の仏の化身たち、諸天善神たちもそう。救うべき人たちが多すぎて涙を流している。信仰がある人からは神の光が出ているから、信仰が無い人よりは導きやすいし、悪霊も憑きにくい。」
「まあ、良い信仰の場合だろうけど?」
涼子「そうね。信仰がない人や間違った信仰を持っている人は、光が出ていないから、天使側から見たら、見つけることも難しいの。心の悲鳴を聞いてそこに行くしかない。その時は遅いの。それに信仰を持っていれば救う側になることだってある。」
「うんうん。あれ?これって前に聞いたかなあ?」
ミユキが横から口を挟んだ。
「私たちは医者よ。医者が薬を飲めって言ってるんだから、信じて飲めばいいのよ。」
「あああ、ミユキもそっちサイドだったね。」
ミユキ「初めから信仰心の強い人はいないわ。信仰は深めるものなのよ。」
「ミユキぃ・・・」
二人は私の答えを待って黙った。
「はあああ。まあいいや。じゃあ名前だけ入れといて。」
ミユキ「やった!」
「名前だけだってのに。そんな喜ぶ?」
両手でカップを持って手を温めながらコーヒー牛乳をすすった。
涼子も今までにない、いい笑顔を見せて喜んでいた。可愛かった。心があったかくなる。
涼子「ありがとう。これで莉子さんを救えるわ。」
「ハイハイ。」
ミユキが抱きついて来た。
「こぼれるってば」
ふっと笑いが出る。ミユキや涼子がそんなに喜ぶなら、まあ、いいか。
夜。まだ寝られない。
涼子はあの後、いそいそ帰って行った。
その後メールで報告が。『代理入会式』とやらをしてくれたそうだ。
日付けが代わった。十二月十九日。
クリスマスまで、あと六日。ほんとに呪いの儀式とかやるのだろうか。
なんだかんだ寝られず、一時半。やっとウトウトしてきた。
早速ヤクザに車から連れ出された。
どうしようか。
そうこう言っているうちに手首を縛られた。結束バンドかガムテープかなんて、もう、なんだかどうでもいい。
坊主頭の太ったヤクザは、認知症老人のように、また同じフレーズを繰り返す。
「何をしてもムダだ。・・・」
興味がない。横を見ると猪瀬も、刈り上げのヤクザに手首を縛られた。猪瀬は諦めたように座り込む。
涼子は向こうで格闘している。
なんだろう。とても気持ちが冷めている。落ち着いている、と言うより冷めている。
なぜだろう。
高い声。子供の声がした。
「ねえねえ」
ミユキの声?いや、ミユキより若干しゃがれたハスキーさがある。
「ねえ、これって莉子の夢だよね?」
横を見ると、巫女さんの服を着た子供が浮いている。
猪瀬や涼子が見たという子供の巫女さん。私もこの前の記憶の世界でチラッと見た気がする。
巫女「ねえねえ。聞こえてる?」
「うんうん。聞こえてるよ。」
レイラが現れて向こうのヤクザに浴びせ蹴り。
巫女「よかった。話せるなら同通しているということだね。あの世では興味も関心もないことは見えないし、波長が合わなければ隣にいても認識できないのよ。」
ヤクザにはこの子が見えていない。この子もヤクザたちを気にしていない。
丸刈りが自動式拳銃をベルトの後ろから抜いた。
巫女「いつもどこに行ったか探してた。今日は莉子の頭にうっすら後光が出てるから見つけることができたよ。信者になったせいかな?莉子の守護霊の人も今日は莉子を見つけたよ。」
「居ないけど」
「あの人莉子に姿見せたがらないから、」
パンパンと音がしてレイラが倒れた。撃ちながらヤクザが前進してゆく。
例によって涼子は「レイラーッ!」と泣き叫ぶ。
巫女の子に言う。
「夢の中で覚めていて、これは夢だとわかっているのに、自分の思い通りにならないの。涼子は呪いのせいだって。あいつらはこうして洗脳して最後は本当に来るつもりよ。」
涼子は走ってきてレイラを撃った丸刈りヤクザの腕を取る。
巫女「でもなんだか落ち着いてるね。」
ヤクザは拳銃を捨てて力任せに腕を振って涼子の手を振り解いた。
「諦め・・・なのかな。」
「いやあ、それはたぶん越えたんだと思う。」
ヤクザと涼子が互いに身構える。
「何を?」
涼子がジリジリとヤクザに近づく。
巫女「あっは。バカみたい。涼子はこんな事しないよ。これはアイツらが資料から想定したイメージの涼子。それを莉子のイメージで上書きしているだけ。」
「でもさ、なんで私なの?わたし涼子のボディーガードじゃないよ。なんで?」
巫女「人質にする気なのよ。涼子に言うことを聞かせるために。でも面倒だったら撃たれちゃうぐらいの重要感しかないみたいだけど。」
「そんなもんだよね。」
ヤクザは私に銃を向けた。
涼子が「やめて!莉子さんを撃たないで!」と叫んだ。
巫女「でもさあ〜こういう時、本当の涼子ならどうすると思う?」
「ええ?アイツぶっ飛んでるから・・・でも、たぶん祈る、かな」
言った瞬間、涼子はひざまづいて両手を合わせて「主よ」と祈った。
あの時のように、上からドシャッと滝のように大量の光が降り注いだ。
私の頭の中が真っ白になった気がした。
気がつくと丸刈りヤクザは黒い鬼になっていた。
「やめて〜」とか言っていた涼子も黒い鬼。は?
倒れているヤクザもレイラも鬼。後ろから来る『刈り上げ』も縛られて座り込んでいた猪瀬もみんな黒い鬼!
「はああ?」
いや、背中にコウモリのような翼があって、尖った尻尾も見える。その先は槍か矢印のようになっている。
悪魔のスタイル?というか、ガーゴイルというやつなのか?でも顔は鬼で鳥っぽくない。
気づくと自分の方は、涼子みたいにひざまづいて祈っていた。私が祈っていた?
「何これ?え?何これ?」
巫女は横で浮いている。
「あいつら式神よ。莉子は毎晩散々、寸劇を見せられていたって所かな?」
「ばからし。」
鬼たちが前に並んだ。
七人の鬼。翼のある鬼。ツノも牙もあるが、ガーゴイルというよりは鬼っぽい顔をしている。
なんだか見たことがある。記憶の世界で見た翼のある鬼。
ぶっとい筋肉質の足にしがみついていた記憶。
怖かった記憶。今も怖い。なんだか、心の深いところから恐怖心が出てくる。
七体の鬼の真ん中のやつが言う。聞いたこともない老人のしわがれた声で。
「よく式神だと見破った。今はなき天見ヶ沼の大蛇の巫女よ。」
巫女「私を知っているということは、今回の呪いの指導をしている『呪い屋』だね?大学教授とつるんでるやつだ。」
鬼「呪術師と呼んでほしいな。」
「どういうこと?」
巫女「こいつらはアバターよ。生きた呪術師が霊としてこの鬼に憑依してここに来ている。」
鬼「ふふふ。巫女よ。なんでもお見通しとでも言いたいのか。やはり厄介だな。」
巫女「お前たちは、まず莉子を弱くして、術をかけて利用しようとしている。」
鬼「岩見沢莉子も厄介だ。わしも最近まで知らなかったが、まさか平安の昔に封印された祟り神・アマミガ沼の巫女の本体が転生していようとは。」
巫女「それはちょっと違う。私の魂は、莉子の魂グループから分離されて組み替えられていて、今は別なのよ。だから莉子は、私の「古神道の巫女の術」は使えない。」
鬼「大蛇の巫女よ。お前が邪魔だった。今までの『実験』も何度も何度も邪魔された。」
巫女「分かった。お前たちは、莉子を洗脳して敗北感で無力化し、また病的な状態にしようとした。」
鬼「岩見沢莉子に入っている鬼を使えばそれは確実に可能。」
巫女「莉子を弱めれば私も弱まると見たのね?そんなの無駄だわ。莉子の魂と私の魂は、二千年前に私が天上界に帰れなくなって妖怪化した時に切り離され、莉子本人は別の魂として転生を重ねた。今はいくら莉子を弱めようとも苦しめようとも、私には何のダメージもない。関係ないわ。」
「ちょっとお・・・少しは悲しむとか無いの?」
巫女「同情はする。」
鬼が言う。
「巫女よ。我々が関わっているとなぜ分かった?我々は大学での儀式にも参加せず、大学教授とも会ったことはない。連絡はわしの弟子筋の団体の男が一手に引き受け、わしは他のところで依頼された呪術の儀式だけ行っている。霊的にも数々の式神が霊査を阻んでいるはずだが?」
巫女「霊をなめないで。分かっちゃうんだからね?日本の呪い屋の系統はだいたい知ってるのよ。千年前まで、私を使い、封印後も使おうとしてきた連中。『あの中』には私の遺物も入っているのをあんたも知っているでしょ?このガーゴイルは古い西洋の秘密結社のもの。こういうのを使っている人物はだいたい知っている。」
鬼「ふふ、そうか。しかし、わしは大学教授の実験の霊的バックアップをしているだけだ。今の教授は奴の兄の実験を引き継いだが、やつは九年前の兄の『最後の実験』ほどの成功はまだ見れないでいる。」
巫女「あの九年前の実験以降は、あの世の天使たちも動いているから、もうあんな殺戮は起きないわよ。」
鬼「やはり厄介だな。」
周囲の六体の鬼がジリジリと前に進み出た。
巫女は、どこから出したのか、神主が振るような、雷型に折られた細い紙が幾つもついた棒をシャッシャッと左右に振った。
六体の鬼は、まるで粘土を竹ボウキで擦ったようにズタズタに切られてから、その場の空気に溶けるように消えて行った。
「消えた。すごい。」
巫女「楽勝よ。遺物の悪魔が作り出した式神の鬼は人霊じゃなくて、さまざまな人間が発している悪想念から出来ている。それは単なる呪念の塊。だから古神道の巫女の術なら破壊して消滅させることができる。あの世の霊人でも天使をさせてもらえるような優秀な魂なら、その法力で消し去ることが可能なのよ。」
「真ん中の奴は残ったけど?」
巫女「あれには呪術師が入っているから強い。でも倒せる。」
鬼「うはははは!わしを倒す?岩見沢莉子に憑いている式神を取ることもできぬくせに。アレに再び呪力を与えれば岩見沢莉子を支配することも殺すことも自在。」
「それって私の心の鬼のこと?怒ると出てくるってやつ?涼子とかが言う鬼のこと?」
巫女「あの鬼を莉子は見てないの?」
「う〜ん・・見たような見ないような。」
巫女「アレが莉子に認識されるのを嫌がって邪魔していたのね。アレは莉子が幼かったことと病的状態だったことで莉子の魂の深いところに入り込んだ。でも、あれは私と莉子の守護霊たちの力で、コイツらから切り離して手なづけて無害化している。」
鬼「むはは!無害なものか。あれは岩見沢莉子の霊力を吸い続けている。霊力が枯渇して死ぬまで吸い続ける。放っておいても、もう一年も持たんのではないかな?それに、わしらの呪いのイメージが繰り返し送れるのだから、まだアレは使える。まだ繋がっておるのだ!毎日恐怖のイメージを送り続けてやる。岩見沢莉子は錯乱して死ぬ。うはははは!」
「まあ、自殺しないでも自然に死ねるんならいいけど。でも錯乱はかっこ悪いかな。」
鬼「フフフ。冷静だな。しかし、死んで魂になっても吸われ続けるぞ。そうなればお前も私の式神として生きるしかあるまい。」
「うええ。それはマジやだな。」
巫女「莉子についたやつは、今は別物になっているからそう簡単に莉子まで式神には出来ないよ。」
鬼「でもお前も、呪いの邪魔をしている天使たちも、それを消すことができていない。それは岩見沢莉子の魂に支障が出るからだろう?わしなら念を解除できる。わしならそれを取り出せるぞ。」
巫女「そんなことは頼まない。」
巫女は両手を胸の前で合わせてからパッパッパッと色々な形にして何かを唱えた。
密教で言う「印を結ぶ」というやつか。
鬼「古い巫女が密教をも使うか。」
巫女「生前は習っていない。妖怪時代に封印される前に覚えた。」
鬼「では長引きそうじゃな。」
鬼も印を結んだ。戦う気?
この子は強いけど、この鬼もアバターの本体が強そうな感じ。さっきのシャッシャッで消えなかっただけある。
「勝てるの?」
「勝つよ。呪い屋本体にもダメージを与えてやる。」
こわ。
でも、こういうので良いんかな。涼子の神様ならどうするかな・・
ああ、信者になったから来てくれるかも。前みたいに。
巫女「え?」
両手を合わせた。そして目を閉じて祈る。
「神よ、救いたまえ。」
頭から光の線みたいなのが真上に飛んで雲に消えた。
その時、雲が裂けてパッと光が差した。
その光に沿って、大きな光の玉がいくつも降りてきた。ギラギラ光る玉。
玉は天使たちだった。
鬼「天使!これは有り得ん!」
光の塊たち。よく見るとそれは天使だった。天使たちが十数人降りてくる。
さらによく見ると人間部分はインドや中国風の鎧を着ていて、『なんとか明王』とか『なんとか天』みたいで、仏教風に見えなくもない。白い翼とミスマッチな感じがする。
お顔は、みんな美形。イケメン。ふおおお・・・
巫女が嫌そうな顔をして「そこ?」と聞いて来た。
「いいじゃん!美形天使たちに感動しただけだよ!天使は人類の理想でしょーが!惹かれてもいいじゃん!」
巫女「ハイハイ。」
その中の一人がススーッと近づいてきた。
翼が生えた観音様風の形をした光の塊。例によって後頭部にお盆のような後光が光っている。
顔は涼子に似ている。でも観音様風の服装の上に毘沙門天みたいな鎧を着ている。
『やっと見つけた。莉子さんの夢の世界。』
「涼子なの?」
「私と涼子は別にして一体。何度か見たでしょ?涼子の守護霊の一人。あなたが信仰を持ったから縁の糸を通じてここに来れた。莉子さんっていつも変なところに陥っているんだもの。かくれんぼはやめて。」
「別に隠れようとしてねーし」
翼の生えた鬼はどこかに飛んで行こうとした。
鬼「これは勝てん。さらばじゃ!」
観音様は「逃さぬ!」と言って、光の剣でズビャ!っと鬼を突き刺した。
鬼「ギャ!」
剣は、密教の宝具の、先が三又になったものの先からライトサーベルのように光の剣が出ている。
鬼はバッと煙に変わって、それがキラキラと光の粉になって消えた。
巫女「莉子ォ。はじめっから『神よ』って祈ってればよかったのに。あたし無駄に苦労した感じ。」
「悪かったね」
観音様は言う。
「莉子さん頑張ったね。夢に怯えないで戦ったね。未来のために努力するのは決して無駄じゃないわ。」
「うん、ありがとう。でもまだ怖いよ。」
観音様が、涼子みたいに首を傾げてから私の後ろに立った。
「?」
観音様が後ろから私の背中に光の剣をズブズブ突き刺した!
「ぎゃあ!」
観音「信じて。耐えて。ここに居て。」
観音様は私の答えを聞く前に、剣で背中をグリグリしてから剣を上に持ち上げるように突き上げた。
私が持ち上がる!かと思ったら、背中がバリバリ音を立てて、背中から肉片がズルう!と抜け出た。
「ぎゃあ!」
振り向いてみると、光の剣の先に、私より大きくて黒ペンキのように真っ黒い、赤ん坊?のようなものがだらりとぶら下がっていた。
「ぎゃああっ!」
鬼だった。翼と尻尾のある鬼。二本のツノがある鬼風ガーゴイル。
「ぎゃあー!」
観音「むん!」
観音様が光り、その光が剣に移った。
ガーゴイルは黒い煙に変わって、キラキラと光の粉になって消えていった。
巫女「力技。」
涼子風観音「信仰があるなら少々魂が傷ついてもすぐに癒せるよ。」
「確かに背中が軽い気がする。」
涼子風観音は言う。
『これで寄生した呪いの部分は消え去ったわ。あとは莉子さんの心の問題。』
ばっと起き上がって目が覚めた。
思わず自分の両肩を手で抱いた。
「きもこわ!ひやあああ!きもこわ!」
震えが来て鳥肌が立った。両手で腕をさする。
涼子、あのヤロウ。刺しやがって。
「電話してやる。」
時間はもうすぐ七時。涼子はすぐ出た。
『莉子さん!勝ったね!勝ったね!』
「お、おおお。」
『よかった。本当によかったね。』
「おお、うん。」
嬉しそうな声。怒れない。
しかも、ぐすんぐすんと鼻をすする音がする。また泣く。
「ふう。でも夢じゃないんだね。いや、夢か。」
『あははははっ!』
「笑い事じゃない。でも来てくれたんだね?」
『うん。祈ってた。莉子さんをお救いくださいって。そうしたら繋がったの。莉子さん刺しちゃったけど、あれは私だけど私じゃないの。痛い思いさせてごめんね。』
「・・・そんな痛くなかったよ。ビックリしただけ。驚いただけ。不思議だった。ありがとう。」
『今度会ったとき・・・』
「ん?何?」
『いいえ、楽しみに取っておく』
「何よ!教えて!
『ああ、あと、さっき松崎さんからメールが来てた。松本組の人が四人捕まったって。銃刀法違反だって。』
「ああ、あかりさんがヤクザの特徴を詳しく聞いてたよね?やっぱり現実にああいう人居たんだ。ほぼ同時か。不思議。でも呪い屋の方は?」
『え?鬼をアバターにして来てた人?』
「そういう人が関わってるらしいよ。」
『うん。あとで詳しく聞かせて。ブツッ』
「あのちょっと!」
切られた。涼子は 相変わらず電話嫌いなんだな。
リビングに行って窓の外を見た。
燦々と朝日が昇って来ていた。
「わあキレイ!」
雲が照らされて、虹色に近い色に見える。
「世界はこんなに美しかったんだ。」
自分の吐いた言葉に戸惑うが、ベランダに出て景色を眺めた。
刻々に流れてゆく虹色の雲。太陽の美しい光がビル群を鮮やかに照らしてゆく。
ああ、世界はこんなに美しかったんだ。
涙が出た。景色を見て泣くなんて。今までの私では有り得ない。
正人がベランダに出て来た。正人の部屋は端なのでベランダがある。
「え、姉ちゃん泣いてるの?」
「・・・うん。朝日がキレイだから。」
笑みがこぼれた。
正人「・・・アホなの?」
「あぅ・・・」
気分台無し。
正人に近づいて脇の肋骨のところにゲンコツを当ててグイッとねじるように押した。
正人「んが!・それ痛いやつ!」
かがんでしゃがみ込む正人。
朝日を見て癒されよう。
5
ベッドに座っている。
莉子さんからの電話を切った。もう少し話したかったのに。
『そうだよナ。話しててもよかったのにナ』
霊の声。前に浮かぶ縦に長ーい黒い悪魔。コレが来たから通話を切った。
電話は空間を繋ぐから、コレが向こうに行くと困る。
『そんなこと言っても住所知ってるから行けるけどナ。』
「呼んでませんけど。来ないでください。」
『岩見沢莉子に憑いていたガーゴイルな。アレ、俺のやつ。俺のものが取り憑けるんだから、俺、アイツにも取り憑けると思うナー。』
「彼女も信仰者です。今は簡単ではないはずよ。それに私がそんな事させない。」
『八年前だっけ?あの呪いは失敗したのね。だから俺のガーゴイルを話題の呪い屋に貸してやったのね。』
「あれは分解して消えました。」
『みたいだナー。でも、またいくらでも作れるし。東京の欲望と怒りの想念を集めればどうにでもなるよ。』
「私たちが宗教心を広げて東京を浄化します。」
『ナハハハハ。でも最近の関東の事件には俺のガーゴイルが関わってるものが多いんだナー。政治家なんかは欲の塊だから俺のガーゴイルを憑けるのは簡単だナ。難しいのは真面目な宗教家とか、宗教心のある政治家とかだナ。でも、そういうのを痛ぶるのは楽しいぜ。』
「そういう人は霊格が高いのよ。あなたには彼らを痛ぶるような力はない。彼らを惑わすことしかできないはずよ。」
『ムフフ。俺、欧米の裏社会じゃ、ちょっとは名の知れた悪魔なんだぜ。秘密の信者がたくさんいるのさ。今回はクリスマスには色々な国の王族や貴族が来日する。そいつらの殺したい奴を殺してやるのが俺の役目だナー。それが更なる混乱を呼ぶ。それは大きい犯罪や、暴動、戦争の原因になるだろうナ。俺たち悪魔にとって楽しい時代がやってくる。』
「そんな事させないわ。」
『教授の田中?呪いの主催者な。アレももう前金をもらってるから失敗は許されんのな。呪い屋に頼ってるのもそのせいだナー。あの呪い屋も前金をもらっている。失敗して文句が来たらそこは個別に呪い直したりせざるを得ないのナ。今までだいぶ稼いだんじゃないかナー。でも、その失敗を怖れる不安と焦りと苦しみは深いぜ。それは俺たち悪魔にはおいしい栄養さ。』
「やめさせるわ。絶対やめさせてみせる。」
『フッフッフ。あんまり悪魔に宣言するものじゃないぜ。俺たちを煽っても死に方がもっと悲惨になるだけだ。心安らかに死んでくれ。そうしたら俺がいい魔女にしてやろう。』
「魔女になんてならないわ。脅しには屈しない!」
『フフフ。まあ、お前も手に入ったらいいナって唾つけてるだけだナ。』
「も?」
『すでに魔女候補はいる。キラって名乗る奴だな』
「やめなさい!彼女を解放しなさい」
『フッフ。クイーンの呪物の悪魔たちが目をつけたのも理解できる。アイツの霊力と念力の強さは素晴らしい。しかも心の闇が深くて浄化されていない。狙い目なんだナー。』
「させない。」
『アレも元々は天使をやってたような魂だろう。そういう奴は、たくさん人を救うからな。地獄に行くべき人間が減る。そうすると俺たち悪魔の憑依できる棲家も減る。だから俺たち悪魔はそういう魂を迷わし、辱め、狂わせ、逆の存在に導きたいと常々思ってるのさ。』
「う〜ん、許さない。彼女はあなたたちのおもちゃじゃない。彼女も救ってみせる!」
「だから、宣言するのはやめた方がいいのにナー」
「あなたは考え方が逆さまよ!」
「だって悪魔だもん。あいつは今、色々な悪魔を呼ぶ『媒体』として使われている。オレ、今回は強い魔王たちだけじゃなくって宇宙の悪魔も呼ぶつもりだから、あいつも参加は不可避だナー。施設の中に隔離されるから助け出すのは難しいナー」
「やめさせる。止めてみせる」
『フッフ。出来るかナー。それは命懸けだナー』
「そんな宇宙の霊を呼んだら地球は大混乱よ。神々が許さない。私も命を懸けて止める!」
『ウヒヒ。ならばお前が生贄となって殺されて霊としてあいつらを説得してみな?なあに、儀式には麻薬を使うから苦痛はない。お前、説得が好きなんだろ?』
「・・・いいえ。騙されない!お前たち悪魔は、人間の苦痛が好きなはずよ!」
『フフフ。その調子で怒れ怒れ。波長が俺たち悪魔に近くなる。』
「う〜ん・・・天使や私たち信仰者は、悪魔が何を好むかを知っている。お前たちは人の迷いと苦痛と悲しみをエネルギーとして生きている。人としてそれは許されない心境よ。立ち止まって反省しなさい!」
『だってオレ悪魔だもん。フフフ。恐れろ恐れろ。その方が俺たちに心境が近くなるナ。お前が思うような悲しくて苦しい悲惨な目に遭わせてやる。』
「普通の魂は神の光エネルギーで生きている。神に生かされている。でも、お前たち悪魔は、人々の悪想念を、人の欲と怒り、嫉妬、悲しみ、苦しみを、エネルギーとして生きている。お前たち悪魔は人間の苦痛を好む。その心境は憐れむべきものだわ。私はお前たちにこれ以上エサをあげる気はない!」
『えへ?それって岩見沢莉子に言われて悔しかったやつだよな?ヒッヒッヒッヒ』
「悪魔には屈しない!」
『でもそういう奴を食べるのが一番おいしいんだナー。いい奴ぶって自分を天使みたいに思って粋がってる奴な。お前みたいなのを支配して、その敗北感と絶望と後悔とをしゃぶり尽くしてやりたいナー。』
これが悪魔の本心。
本当に捕食者のような冷たい欲望と、私たち人間や天使たちへの深い嫉妬しか感じられない黒い心。
負けてはいけない。言い返す。
「食べたら影響されるのよ!あなたが不幸なのはそのせいよ!」
ガチャッとドアが開いた。
お兄ちゃんが右手から光を放った!
悪魔の頭がボシュッと消え去った。
でもしゃべる。
『油断したナ。でも霊魂不滅。また来る。』
優利「もう来んじゃねえ!」
悪魔はシュッと消えた。
優利「涼子ォ。悪魔とは話すな。持っていかれるぞ」
「ごめん。間違ってるからつい・・・気をつける。ありがとう。」
正人の作った簡単な朝食。
トーストと目玉焼きにキャベツと野菜ジュース。
トーストの香ばしい香り。カリカリに中もちの食感。塗ってあるのはマーガリンじゃなくてバターだな。ミルクの風味がする。目玉焼きの白身の歯切れ感と黄身の甘み。半熟の黄身に甘み?今まで感じたこともない。キャベツの歯応えと染み出す甘みと酸味。胡麻ドレッシングの甘さがそれにマッチしている。トマトベースの野菜ジュースにわずかにニンジンとパセリの香りを感じた。喉越しが良い。
う〜ん。なんという贅沢な朝食。え、何を気取ってんだあたし。
軽く〜平らげた。今日は調子がいい。元気。
心美はまだ起きてこない。深夜配信やめろ。
若干背中が痛いけど、よくある痛み。気にはならない。
ミユキは皿をキッチンに戻しに立った。
でも、私も食欲が出るようになって来た。
朝食が美味しい。
ミユキがソファーの私の後ろを通りながら言う。
「結構なことで」
「え、何よそのセリフは」
ミユキは私の正面のソファーに座りながら言う。
「まあそこに座んなさい。」
「座ってるけど。」
「いちいち口答えするんじゃない!」
ミユキは前のガラステーブルを、小さい手で、タン!と叩いた。全然怖くない。
「ミユキ何?どうしたどうした?」
「この前、涼子ちゃんを泣かせたそうね」
「あ〜」
「ああじゃない!あんなに莉子ちゃんのために一生懸命になってくれる涼子ちゃんを責め立てて泣かすなんてどういうこと!私、許せない!」
涼子は今日もたぶん昼ごろ来る。私もあの時はエキサイトして言いすぎたから謝ってうやむやにしたけど、言ってることは間違ってはいないはずだと思う。
ミユキ「涼子ちゃんになんて言ったの?」
「その前にミユキ、それ誰に聞いた?あれ涼子と二人の時だよ」
「マリリンちゃん」
「あそっか。病院の廊下で聞いてたのかもね。」
ミユキがおこ。まあこいつは涼子の信奉者だし。
「なんて言ったかって?アイツ、ヤクザに捕まっても説得するとか言ってるから、甘いって言ったのよ。そんなのダメだって。でもそういう最期でも構わないみたいな言い方だったから。私もキレたっていうか、」
ミユキ「それは莉子ちゃんのためじゃん。」
「頼んでねーし」
「涼子ちゃんはね、自分より人を大切にする人なの。」
「だから、そういう自己犠牲は気をつけてって言いたかったのよ。心読まれたから言葉では言ってないけど。」
ミユキ「自己犠牲できるのは偉人よ。偉人の特徴よ。尊い人なのよ。愛の人なの!」
「でもさ、イスラムの自爆テロなんて『死んだら天国に帰って美女に囲まれてパーティだ』みたいな教えでしょ?それは利益誘導が凄すぎるのではないの?」
「何よ。特攻隊は好きなくせに。」
「特攻隊は武士道だし、私たち日本人にとっては恩人だし、何かが違うよ。」
ミユキ「同じように国から教え込まれたからだって言う人も居るわ。」
「ミユキ、お前はどっちの味方なの?」
「私は自己犠牲の精神は大事だと思ってる。本当の危機の時に、みんなの為に命をかけることができなきゃダメだって思ってる。特攻隊は可哀想だけど、よく頑張りましたねって誉めてあげたい。」
「偉そうな小学生だな。それは私も一緒だけど、あんまり自己犠牲を強調するのは良くないよ。親とか、教師とか上司とか、その辺の政治家とか、よく知らない巷のミニ宗教の霊能者とかにホイホイ自己犠牲やっちゃうのは、自分の考えが無さすぎる。」
「涼子ちゃんはしっかり考えてる!」
「自己犠牲には気をつけろと言ったけど、私はさあ、自己犠牲が絶対ダメだって言う気はないの。」
「そうなの?」
「私は悲劇が嫌いなの。悲劇を愛する感じがどうにも嫌なの。」
「涼子ちゃんにそう言ったの?」
「言わないけど、イエスの受難を解釈する涼子が、なんか悲劇に酔ってる感じがしちゃったのよ。」
「そんなことない。涼子ちゃんかわいそう」
「すぐ可哀想って言う。それもずいぶん偉そうなんでないの?」
「そうかな?私、いつも大人の霊に説教してるから、そのぐらい普通よ。」
「そう。」
「とにかく、涼子ちゃんに謝って。」
「もう謝ったし」
「もっと謝って!心を込めて謝って!」
「う〜ん」
悲劇が嫌いなのはやっぱり、それを手本にしたくないからであって、それは正しいことだと思う。
やっぱり、どんなに苦労したって最後はハッピーエンドでありたい。
今回のことだって、やっぱりそうだし。それで格好悪くてもジタバタしているわけだし。
涼子も泣いたけど、その辺のことは分かってくれているんじゃないのかな?
たとえ人を救いたいと思って自己犠牲して死んだって、それを達成したのなら不幸とも悲劇とも思わない。
いやたとえ達成できなくたってそれは尊い。尊いことだと思ってる。
そういう英雄的行動はぜんぜん嫌じゃない。むしろ、いや、すぐに泣ける。
「う〜ん」
なんか頭と背中が痛い。息が苦しくなって来た。
ダメだ倒れる。ええ?気分よかったのにな。
身体が勝手にソファーに倒れた。
ミユキが目と口を大きく開けて驚天したのが見えた。
薄れゆく意識の中で、ミユキが泣きながら「倒れるなんてずるいよ!」と叫んだのが聞こえた。
笑えた。
目が覚めた。
ソファーで毛布をかけて、横向きにうずくまるように寝ている。
寒気がする。だるい。今日は寝ていたい。やる気がしない。
ミユキ「ああ、起きた。よかったあ。」
ほっとした表情のミユキ。なんかムカつく。お前のせいだろ。
正人がホットミルクを持って来た。
お前も居ただろ。ミユキの暴走を止めろよ。気が利かねえな。
心美が遅い朝食。
トーストをくわえてテレビのリモコンでチャンネルを変えた。お前も心配せえよ。
黒っぽい濃紺の制服の女。胸に赤くて柔らかいリボン。
涼子が来ていた。早いな。だいたい元はと言えばお前が悪い。
涼子「ああ。莉子さんは、また憑依されてるみたいね。」
「はあ?何が?」
ミユキ「憑依されると、だるくてやる気が出なくて、周りの人がみんな悪人に見えて、口から文句が出るのよ。体温が下がる時もあるし、身体が痛くなる人も居るのよ。」
「うるさいな。」
涼子はソファーに横向きに寝る私の背中側に立った。窓ガラスに写っているから見える。
涼「ちょっとうつ伏せに近くなってくださる?」
「こう?」
涼子が右手のひらを私の背中に向けた。暖かい。手から赤外線でも出ているのか?
涼「はい。あなたは自殺者の霊ですね?あと、また軍人さんですね。はいっ!莉子さんの体はシェアハウスじゃありません。出ていってくださ〜い」
涼子が手を向けながらぐるぐる回している。私の背中がぐるぐるした感触がした。
身体が勝手にブルッと二回震えて、体が、さあっと暖かくなった。
ミユキ「早い。」
涼子「莉子さんの体から出たら、ここに居ないで元いた場所に帰ってくださーい!」
なんか部屋が一瞬、カッと熱くなった。また涼子から凄い光が出たんだろう。今は見えんけど。
ミユキ「凄いわ、早わざ。」
涼子「出ていってもらうだけだから。」
「また憑依なの?嫌になっちゃう。」
ミユキ「莉子ちゃんは霊媒体質だから、人より気をつけないといけないわ。暗くてやる気がなくて怒りっぽいところを反省しないといけない。」
「へえへえ」
涼子「それもあるけど、今回はそうじゃないみたい。」
ミユキ「ああ、信者になったから神様との縁ができて前より憑依されづらいはずだよね?」
涼子「莉子さん背中痛いでしょ?」
「うん。今朝からけっこう痛いんだけど。」
涼子「大きな霊が抜けた後は幽体に穴が空いてるの。そこに別のが入ってくることが結構あるみたい。」
起き上がった。ちょっとクラっとするが、ソファーに座った。
両肘を両膝に乗せて前屈みになった。また気分が悪くならないように頭を下げる。
涼子はソファーの背もたれ越しに手を私の背中に当てて、上から下に調べるようにさすった。
「ああ、やっぱりここ穴が開いてる。」
涼子の中指の先が、背中の痛い中心に正確にヒットした。
「穴って、霊的な?涼子似の観音様にライトサーベルで刺されたから?」
ミユキは目を見開いた。
「何それ!」
心美はタイミングよくトーストをカリッと言わせて噛んだ。目は驚いてる。
正人もこっちに来た。
「姉ちゃん何それ!」
「ええ?でっかい黒い鬼みたいなガーゴイルみたいなのがズルズル引きずり出されたのよ」
ミユキと正人は二人して同時に「「ううう〜」」と言った。オモロい。
心美「でもそれ、例の鬼か。じゃあ莉子が怒っても、もうツノ生えないのね?」
「へっへ、知るか。」
涼子「とにかく治療しようよ。」
涼子はソファーを回ってこっちに来た。
私は横向きに座り直した。
涼子は私の後ろに座って、例によって祈る。
「主よ、わたくしに莉子さんを治療するための力をお与えください。」
涼子は右手のひらを私の背中の痛いところに当てた。暖かい。
ミユキ「あ、いいなあ」
正人「気功?」
心美「正人知ってて言ってるでしょ?涼子ちゃんのは霊的ヒーリング。私も前、肩こり治してもらったし。」
「いつの間に?」
涼子「心美さんのは単なる肩こり。でも、この穴、ほっといても静かにしてればそのうち治るけど、霊が入っちゃうことが多いから。」
「あったかいね。」
涼子「うん。一応ふさがった。莉子さんも祈ってね。信仰で霊的光が入れば早いから。」
「うん。涼子ありがとう。」
まっすぐ座り直した。
涼子は背筋をまっすぐ伸ばして、じっと私を見た。
「何よ。」
「今日ね。莉子さんを視るのとっても楽しみにしてたの。」
「何を?」
涼子は目を細めた。
「どした涼子?」
涼子は泣いた。
「なんだよ。今度は何?」
涼子「莉子さんの未来・・・見えた!」
横からガバッと抱きついてきた。
いい匂いがする。母の着物みたいな匂い。
そうだ。初めて会った時こういう匂いがした。没薬乳香みたいな古いような高級なような良い匂い。
そういえば今朝から五感が鋭くなった気がする。ガーゴイルが取れたせいか?
そう。涼子は最初「あなたは死ぬ」と言ったんだっけ。あたしの未来が見えないと。
「そっか。ふふ。未来のあたし何してる?」
涼子は私の至近距離で言う。
「うん!元気!」
「ふふ、だから具体的に」
涼子は私を放して手で涙を拭きながら言う。
「見えたのは、この前の異世界の莉子さんぐらいの年齢ね。なんかみんなを仕切ってるよ。」
「ほう。まあそのぐらいは出来るのかもね。異世界の私に出来るんなら私も出来てもいいよね?」
「そうよね。ウフフ・・」
涼子が私を見て無表情になった。
「何い?なに涼子!」
「え、ああ、何でもないよ。」
「なくないでしょ?怖いじゃん!まだダメなの?」
涼子は笑顔を作った。
「大丈夫。大丈夫だけど、言うとそうなることがあるから言えない。」
「な〜によ。まだダメなんじゃん。」
涼子は自身ありげな微笑みを浮かべて言う。
「大丈夫。前は見えなかった莉子さんの未来が、今は見える。」
「だろうけどさ」
6
十二月二十日。
学校は試験休みも終わって短縮授業をしている。
終業式は二十四日。例の儀式も二十四日。
授業が終わってから体育館で練習。メンバーは私に心美に正人と竜二。
ミユキも時間に合わせて男性刑事と一緒に来た。ミユキは小学校を休んでいる。
優利くんは来ない。仕事。「霊的に勝ったんだから、もう練習はいらねえ」とか言ってるらしい。
涼子は後であかりさんと来る予定。スカ女も短縮授業だが、教師が勤勉なのか試験休みはなかったそうだ。
レイラは来ていない。涼子を出迎えてから一緒に戻ってくるかも知れない。謎の女。
葛西刑事も居るし、出入り口に私服警官も数人。ストーカーたちも五人。
で、友喜は二十四日の大学の終業式まで基本来れない。
でも居る。今日は午後の講義しかないので四時まで暇だという。間に合うように帰ると言っている。
「ウラーッ!」
友喜を背負い投げで投げた。
友喜は自分で飛んで美しく投げられてくれる。何の奉仕だ?
ミユキ「莉子ちゃんウラーッはちょっとガラが悪いよ」
「うっさい!もう一度!ウイヤーッ!」
立ち上がった友喜を連続投げ。今度は腕を取っての一本背負い。
綺麗に飛んでくれるので、遠くで見ているバスケ部が感心している。
説教してやる。
「友喜さあ、私が柔道が得意だとかと誤解されちゃうじゃん?綺麗に投げられようとかしないで」
友「いや、せめて美しく飛ぼうかと」
出入り口に舞ちゃんとマキコとむっちゃんが居るのを発見。
目が合った。ウラーッとか言ってたのがちょっと恥ずい。
三人ともテテテッと近くに来た。
舞「ジローこんにちわ」
友「こんちわ。」
友喜は立ち上がった。
む「莉子何やってんの?」
「護身術。」
む「何で護身術やってんの?新しい部活なの?」
「ああん。それ良いかも。」
舞「キヒヒ、ああんて」
マキコ「新しい部活?意味不ゥ。もう私ら卒業じゃん。」
私たちが狙われているということは、みんなには伏せられている。
でも、私たちがここで何かしていることは、バレー部や体育館を使う部活の生徒たちは知っていて、話しているのだろう。まあ仕方ない。バレー部なんかは追い出されて寒い校庭で練習だから怒っているのかもしれない。
舞ちゃんが可愛く言った。
「私にも教えて。もし痴漢にあったらやっつけちゃう!」
む「あんたのメリハリのない体は狙われないよ」
舞ちゃんはむっちゃんに二回もローキックした。
マキコが心美に聞いた。
「ねえ、ココミン?ジローってなんで居るの?」
心美「え?莉子の彼氏だからじゃん?」
マキコ「フゥー!」
舞「キャー!」
「うるさい」
友喜が言う。
「りっちゃん、真面目な話、背負いの入り方が遅いね。一歩多いよ」
「え?どういうこと?」
友喜にレクチャーしてもらう。投げないで背負いの入り方。何度もやる。
むっちゃんが心美に聞いているのが聞こえる。
「ねえココミン。ジローってどんなひと?」
「ええ?ただのイケメン」
舞「えへ?何それ?」
心美「単なるイケメン。キャハハ」
四人とも上を向いてケラケラ笑った。
心美「でもそうでもなきゃ莉子は告られても付き合おうとしなかったと思うよ。」
むっちゃん「分かる。莉子ってメンクイだから。」
「お〜い。本人の前で噂話すんな。」
舞「あはは!ごめんごめん」
でもまだ付き合いは浅いんだけどな。てゆうか付き合ってる自覚ないんだけど。まだ何回かしか会ってない。
でも、単なるイケメンだったら私も付き合わない。友喜は話題も豊富・・じゃない??
?でも、いや、柔術もできるし。
心美の視線を感じる。
む「ココミンが莉子を取られて寂しそう。」
心美「は。そんなことないし。オ〜イ友喜。私も投げさせろ」
友喜「ええ〜」
と言いながら袖を取らせて組んでやる友喜。なんだかんだ優しい。
心美「そで釣り込み腰ィ!」
心美は腕を取って反転して友喜をガッと担いだ。友喜はクルンと落ちて受け身を取った。見事。
でも違う。
「だからそれは一本背負いだってば。袖釣りは逆に回るんだよ。」
心美「えへ」
一時間した。
体育館を借りられるのは二時間。あと一時間練習する。
クラスメート三人は私たちのコーチのもと『小手返し』とか『一教』や『四方投げ』なんかを練習した。
楽しそうにキャッキャ言いやがって。そのノリは私には無い。いや、コイツら友喜が目当てか。
竜二は空手部の練習で農電大の武道館の方に行った。
友喜は帰った。これから二時間近くかけて秩父の大学まで行くそうだ。ご苦労なことで。
涼子とあかりさんが来た。
「すでにジャージ?」
クラスメート三人は見とれた。
舞「ふわああ」
マキコ「出た。」
む「マスク美人、マスクしてない」
涼子が三人を見た。
舞「わわわわ目が合っちゃった。カワイイーッ!」
涼子が若干赤くなった。
そう。涼子はギリシャ彫刻のように美人なくせに『カワイイと言われたい女』なのだ。
マキコ「そうね。美人だけどカワイイよね。」
む「優しそう。」
こいつら相手が言って欲しそうなことが言える。こいつらの才能っていったい?
いや、心美といつの間にか仲良くなってるぐらいだから、涼子が言われて嬉しいことを聞いたのかも知れない。
涼子「ありがとう」
褒められた涼子が少しもじもじしてカワイイ。
男が『美人だ』なんて言うとキレるくせに。
ああ、でも、こいつら涼子目当てか。護身術の練習なんて普通はしない。
そういえば生徒のギャラリーが増えている。男子が多いが女子もいる。二十人は居る。
さっきまでは女子がチラチラ居たが、居なくなった。ジロー目当ての女子も居たのかもしれない。
よく来ているので『あの涼子』が来ているということもみんなに伝わっているらしい。
もう。この練習も潮時かな。
舞ちゃんやむっちゃんがチラチラ私を見る。マキコは肘で横の私を突いた。紹介しろって?
「涼子お、こいつらクラスメート。睦美にマキコに舞ちゃん。」
舞「舞で〜す。よろしくねっ。お友達になってねっ」
涼子「はい。よろしくお願いします。」
舞「ウフ〜キレイぃ。好きぃ」
マキコ「わ、私も」
「がっつくな。」
マキコ「うるさいな莉子は!」
む「よろしくね涼子さん。」
舞ちゃん以外の、私には割と上からの二人が、なんか緊張していて、かっこ悪い。
でもこれが普通か。涼子は昨日の天使菩薩たちの中に居ても違和感がないような美顔だし。
舞「じゃあ私たち行くね。」
心美「え、もう行っちゃう?」
舞「道玄坂にいいスイーツ屋さんができたの」
「渋いとこ行くね。」
む「どこが渋いのよ。渋谷のド真ん中よ?」
「行かないから知らん。」
舞「渋谷イとこよ」
マキコ「それウケない」
む「動いたから小腹すいた」
舞「むっちゃんは動いてなくてもいつも空いてるじゃん」
む「ねえ、こいつ投げてもいい?」
マキコ「許す」
舞「裏切り者ぉ!」
走る舞ちゃんを追う二人。
舞ちゃんは振り向いて涼子に手を振った。
「涼子さん、またね!」
三人は手を振って去った。
涼子も楽しそうに手を振った。
「涼子はジャージで電車に乗ってきたの?レイラみたいじゃん」
「今日は車よ。あかりさんの」
「へえ。」
ちょっと疲れたのでマットに座って休む
座ると涼子が背中に手を当てて、昨日の『穴』の跡を診てくれた。
手からの熱エネルギーが心地よい。わけの分からない熱エネルギー。
ミユキ「あ、いいなあ。」
あかり「へえ。それって気功?」
正人が笑いを堪えた。同じこと言ってる。
言う。説明が要る。
「憑依していた鬼が取り除かれて霊的に穴が空いてたらしいです。涼子は霊的ヒーリングが出来るんですよ。」
葛西刑事が冷ややかに笑った。こういうの信じない方なんだな。
涼子「だいたい塞がってる。もう大丈夫だよ。」
あかり「それは東洋医学で言う経穴とかそういうことかな?私の師匠の気功の先生は「体が弱った人は経穴に憑依霊が憑く」って言ってるけど?」
ミユキ「ああ、それは正しいかも」
あかり「先生も「見える人」だけど、会う?あの人の道場この辺だけど。」
「面白そう。涼子も行く?」
涼子「そうね。この練習ももう必要ないかもしれないし。」
正人「え何で?」
あかり「松本組の組員が捕まったのよ。拳銃とか用意して誘拐の準備をしていた。彼らは捕まったから少し安心していい。」
葛西「でも、他の組員が来るかもしれないし、別の暴力団が来るかもしれない。だから私たちはまだ警備を解かないわよ。」
涼子「いつもありがとうございます。」
葛西刑事は少し頬を赤くした。
葛「いえ。任務ですから。」
と、目を逸らした。
まあそうなる。涼子は抜きん出た美人だけど、背がそんなには高くないからすぐには目立たないけど、まともに見たら、まあそうなる。
涼子「莉子さんをお願いします。」
葛西は下から睨むようにして言う。
「心配いらないわ。あなたは自分の心配をなさい。」
涼子はニコッとした。
あかり「行こうか。葛西刑事もよかったら、」
「ちょっと待った!」
それは男の声。
出入り口から、すらっと痩せた男が入って来た。
7
正人「ストーカー?」
イケメン。よく映画に出るダンスチームの子に似ている。服装もジャケットにシャツにチノパン。小綺麗にしている。
元ストーカーたちが入ってこようとして私服刑事たちと揉めている。そういえば今日は私服刑事が多いな。
イケメンが近くに来た。
でも、このイケメンには見覚えがある。去年、一個上だった関口先輩だ。私は入学が一年遅いので同い年。
今は、農電大の一年生。高校時代は『学校一のイケメン』と言われてモテモテだった。大学で今もそうなのかもしれない。でも友喜を見慣れたせいか、大して美形とは思わない。友喜はすでにモデルで映画にも出るし。
でも、大学ではあの『農電大野球部』に入ったはず。この前、涼子に絡んだ奴らも農電大野球部だった。
この農電大野球部というのは、十何年か前は強かったらしいが、下級生へのしごき、部内いじめ、外部某女子大生との不祥事や薬物使用とかで逮捕者が出て以来、部員がほとんど辞めて、顧問やコーチも退職し、今や部員数は五人と聞いている。野球をするには最低九人が必要で、練習試合もできず、今や飲み会・パーティ・合コン部になっていると言う。「この前二人ぐらい辞めて一年生が三人入った」と部活動委員で大学にも顔を出す猪瀬が言っていた。そこに入るとは・・・先輩って軽薄バカだったんだな、と思っていた。
あかり「誰?何か用?」
イケメンが涼子に言う。
「あの、神宮寺涼子さん。僕は農電大一年生の関口カズヒロです。僕たち付き合えないかな?」
うわ。言ったよ。衆人環視の中で。
心美と顔を見合わせた。涼子は無表情だった。
葛西刑事は笑った。あかりさんはいつでも動けるような体勢をとっている。
これが誘拐作戦だったら意外すぎてすごいな。
でも、ありがちなのかも知れない。告白風に呼び出されてノコノコ寂しいところに連れて行かれて誘拐なんて。気をつけたい。いや、私に告白するやつはいない。いやバカしかいない。
葛西刑事は一歩下がった。
葛「神宮寺さん?どうします?」
涼子「ええっ?」
「え、どうなってんの?」
葛西「この子、ある警察官僚の息子さんなのよ。連絡があって、神宮寺さんに告白したいから会わせて欲しいって。」
「ええ〜?」
職権濫用だ。
あかりさんは涼子の前に立って引かなかった。
葛西「あかりさん?大丈夫だから。下がって」
あかり「私は神宮寺さんを守るのが任務ですから。」
葛西「危険はないから。ね?」
あかりさんは渋々身を引いて涼子の後ろに下がった。
体育館の出入り口で私服刑事たちと揉めていた元ストーカーたちは連れて行かれて居なくなっていた。
代わりにウチの制服の男女がたくさん見ている。スマホで動画撮ってるやつまでいる。
体育館を見回す。
いた。上のベランダみたいな見学スペースに三人。平服に農電大野球部のジャージを上だけ着ている男たち。
ニヤニヤしていて気分が悪い。
たぶん前に涼子に声かけてダメだった話ぐらい後輩にもしただろう。あたしが邪魔した話とか。
こいつは涼子を「俺なら落とせる」ぐらいの気持ちで来ているのだろう。
あるいは部内で『オトせたら一万円』ぐらいに軽薄な賭けをしているのかも知れない。
でもこんな時に告白?誘拐されるかも知れない警備対象だと知ってて?
警察官僚の息子?信じられない自己中野郎だ。
そんな奴を警備対象の涼子に近づける警察って一体・・・
関口先輩は言う。
「僕たち付き合えないかな。」
爽やかな笑顔でニコニコッとした。可愛らしい。
マキコとかあたりならイチコロだろう。確かにイケメン。
でもやっぱり友喜の方がやや上か。
コイツ・・・警察官僚の親の権力使って?警備対象の女子高生に会わせてもらう?
しかも衆人見守る中で告白?
振られる可能性を考えてないんだろうか?
調子に乗ってるとしか言いようがない。
親も甘いんだろう。どうしようもないドラ息子だ。
ニヤニヤして自信満々だ。
もし、みんなの見ている前でこんな美人のOKをもらえれば、男としてのプライドが満たされるのだろう。
仲間内での格も上がって自慢し放題だろう。
でも、それだとたぶん涼子は大事にされない。周囲のやつより自分の方が上だと自慢したいためだけに涼子と付き合うようなやつは、涼子に何か言われただけで「生意気言うな」とブチぎれるだろう。所詮アクセサリー扱い。ネックレスはしゃべらない。所詮は「こんなイイ車乗ってるんだ」ぐらいの意識でしかないんだろう。こんな美人をぞんざいに扱って見せて周囲の嫉妬を煽ったりだってできる。あとで周囲に「こんな事してやった」と自慢したいのかも知れない。
俺はすごい。オレはエライ。人よりスゴイ。俺の方がスゴイ。そんなこと言いたい男ばっかりだ。
先輩も所詮は顔だけしか自信のない劣等感の深い軽薄バカだったのだろう。最低バカ。
涼子が私をチラッと見た。私の思いが伝わっているのだろう。別に表情はなく何を言いたいでもない感じ。
いや、待て。私も言い過ぎという事か。
この前、友喜に散々私の妄想を話して、自分の男性不信と被害妄想を思い知ったところだ。
先輩もいい奴かもしれない。バカ野球部に入ったのも間違いで、無理やり入れられたとか?辞めるために賭けを強制されている、だとか?
いや、これも妄想。あたしもバカみたい。
涼子?どうすんの?
涼子はため息をついた。諦めた顔をしている。何で?
涼子は言った。
「・・・う〜ん、先輩?私が宗教系の高校で宗教やってるのご存知?」
関口「うん。僕そういうの大丈夫だから。純真な子が好きなんだ。」
引かないなあ。本気か。
心美はポーチから、あのメガネを出してかけた。
涼子「でもお・・・わたくし、たぶん神様の方が好きですから。難しいと思います。」
関口「ダメかな?友達として付き合えないかな?お試し期間をくれ。君もきっと僕を気に入ってくれると思う。」
バスケ部たちも手を止めて注目している。
猪瀬が真剣に見ている。意外。
マッセが軽薄に「付き合っちゃえ!」と、声をかけた。
関口先輩と涼子は黙って立っている。
ちょっと、見ていられない。
「あの関口先輩さ、今ちょっと私たちヤバい時だから、」
関口「ああ、岩見沢さん?気遣いありがとうね。元気そうだね。去年保健室に行ったら居たよね?」
「ええ?会ったっけ?覚えてないけど。」
コイツ意外といい奴かも。「おめえ関係ないだろ!」とか言われなくて良かった。
関「涼子さんの親友なんだよね?僕とも仲良くして欲しいな。」
「うん。いいけど」
思わずオッケーしてしまった。私も人に流されやすくて困る。
涼子はため息混じりに髪を右手でかき上げたまま、手を止めた。
髪をかきあげるときは機嫌が悪い。
何だよ。じゃあ、さっさとフレよ。
関「友達でいいんだ。涼子さんと仲良くしたいんだ。」
涼子は手を降ろして首を振った。
「先輩。私、あなたとは付き合えません。帰って。」
関口「ええ?友達でもダメなの?」
涼子は優しく笑って言う。
「帰って。」
うわあ。涼子は笑ってこういうことが言えるんだ。フリ慣れてる。怖いな。
でも、逆上するんじゃねえの?「調子に乗ってんじゃねえブス!」とかさ。
関口「帰ってって?おかしいじゃん。俺なにか悪い事したの?友達もダメとかないじゃん?みんな仲良くしてるから、俺も入れてってだけじゃん?そんなに嫌われること俺したの?理由を言えよ。」
うわ。意外と粘着質。不満げな喋り方が嫌だ。食い下がる。でもみんな見てるし引き下がれないとか?
涼子はちょっと横に顔を背けつつ横目で関口を見ながら、でもクールに言い放つ。
「それ・・・聞きたいですか?」
あ、やべえ。
涼子は人の過去とか今とか未来が見えるんだぞ。先輩死んだ。
関口「言ってもらおうじゃねえか。こんなに恥かかせて、もし変なこと言ったらそれだけのことになるぜ?俺の親偉いんだからな?どんな事になっても知らないぜ?お前ら警察に守られてんだろ?」
うわあ。最低。権力で脅して来た。こいつほんとにタチ悪いな。本当のストーカーなのかも知れない。
歴史上のキリスト教の聖女は権力者の求婚を断って酷い目にあった人が多いんだ。繰り返す運命?
心美が前腕でグイと私の腕を押した。その手に眼鏡が。
かけてみると先輩の頭の上にでっかい顔のヘビがいた。
「をっ」と声が出てしまった。
でっかい緑の蛇。先輩に巻きついている。ヘビの背中には目玉みたいな黒い模様が並んでいる。
太さはレイラの太ももぐらいある。頭が三角形でエラが張ってるから毒ヘビだ。
たまに細くて真っ赤な舌をチョロロと出していて、先輩に巻きついて優しそうに頬擦りしていて気持ち悪い。どうしたらこんなのが憑くんだ。心境がヘビに似てるから?
涼子はチラッと私を見てから、先輩に言った。
「あの・・私、霊能力があるけど・・・」
関口「はっは。そんなの信じねえよ。嘘つき女だってみんなにバラしてやるよ。謝って付き合ってくれるって言うんなら勘弁してやる。」
やっぱりひでえ人だ。あの野球部に入るだけある。涼子を理解する気が全然ない。
離れたところのバスケ部の後輩の子が「最低」と呟いた。
聞こえた。先輩はそっちを見て言う。
「お前ら黙ってろよな。俺の親偉いからな?試合出たいんだろ?」
後輩たちは目を逸らし下を向いた。
眼鏡をしているから不満の思いが伝わってくる。みんな『最低』『死ねば』ぐらいのことを思っている。
本当の最低だな。
葛西刑事は黙って後ろを向いている。われ関せずか?
警察も縦社会だからな。だめなんだな。
あかりさんが一歩前に出ようとした。
涼子は手を横に出して制止した。
あかりさんは立ち止まった。
涼子は「ハァ」とため息をついてから、厳しい目になった。
猪瀬はマッセに目配せして互いにうなづいてから、真剣な目でこっちに近づいて来た。後輩たちも来た。
見守ってくれるらしい。
ミユキも今にも飛びかかりそうだったが正人が後ろから手で両肩を抱くようにして止めた。
ミユキはその手を両手で持って、ムクれて正人を不満げに見上げる。正人は黙ってこっちを見ている。
涼子は言う。
「ねえ先輩。高校の時、橋本エミ香さんって居ましたよね?」
先輩はスッと息を吸った。少し目を開いた。顔が白くなった気がした。
眼鏡をしているので先輩の心の動揺の思いが伝わって来た。
『なんで知ってるんだ。こいつ他校だよな。誰か知ってるやついるのか?でもスカ女の女は狙ってたが堅くて付き合えた奴はいねえ。ほっそい女が言ったのか?』
ん?『ほっそい女』って誰だ?
『いや、エミカとは一年生の時だからあいつは居なかった。ちっちぇえ女はアイドルデビューして学校にいなかった時期だし、周りには秘密で付き合ってたから知ってる奴はいないはずだ。誰だ?誰が教えた??』
涼子「かわいそうだから言わなかったけど。」
関口「お前!なんで知ってるんだ!」
涼子「橋本さん・・・いつもあなたの後ろにいますよ。たまに見えるんじゃないですか?」
先輩はゾッとしたように頬を振るわせた。
居るかな?注意してじっと見る。
大蛇の向こうに、ウチのノーデン大附属高のブレザーの女子がいた。姿は黒くぼやっとしているが、目だけが真っ赤に光っている。怒りに染まった強い視線を関口に向けている。『悔しい!憎い!』と痛いぐらいの強力な思いが伝わってくる。キッツ。本当にいた。
涼子「自殺したと言ってる。復讐したいんですって。」
関口は周囲を見回しながら、見ているやつに知らせるように言う。
関口「うそだ!こいつ頭がおかしいんだ!」
バスケ部だけでなく、遠くのギャラリーたちも関口先輩から目を逸らした。
涼子はクールに言い放つ。
「純真な子をもて遊んで捨てるのが好きみたいですね。」
関口は動揺してキョロキョロ周りを見て言う。
「証拠はない!」
みんな『えっ』となった。だって、それは認めたようなもんじゃんよ。揉み消せると思ってるのか?
涼「怒ってます。」
涼子の冷静な声がとても冷たく感じた。私も気持ちが冷めた。
いい奴かもと一瞬でも思った自分のバカさ加減にも気持ちが冷めた。
「他にも生き霊なら沢山いますよ。松宮さゆなさん。小林エリカさん。重光アイさん。佐久間ナナコさん。楠田クミコさん、相田フウカさん、」
うおお・・・どんだけ居るんだ?ゾッとして鳥肌が立つ。
後輩たちも青い顔で腕をさすっている。ドン引き。
涼子「他にも沢山。みんな黙っているように脅されているみたいですね?恨まれてますよ。」
怖あ。涼子ってすげえ。
関口「お、お、お、お前嘘だろ?関係者かよ!」
だから関係者かよって、それ事実だって言ってるようなもんじゃん。ドン引き以上。ガン引き?
凍りつく体育館。
沈黙に耐えられない。言う。
「関口先輩、涼子は霊が見えるんですよ。」
関口「うるせえ!ハリガネ女は引っ込んでろ!!」
「はり、はああ?」
関口が涼子に近づいて来る!
思わず『ローリングソバット』をお見舞いしてやった。
軽くジャンプしての、膝を曲げた回し蹴り。
踵で腹を狙う技だけど、身長が低いせいか、うまく金的に入ってしまった。
関口先輩は股間を両手で押さえて膝をついてうずくまった。
正人「伝説の覆面レスラー、ジュニアヘビー級チャンピオン初代タイガーマスクのローリングソバット!」
説明ご苦労、とか言いたいけど、関口の悪口が悔しくて泣けてくる。
「ハリガネ女って、ハリガネ女っ、くうう、もうッ!」
眼鏡を外して、右腕を目に当てた。
言葉が出ないぐらい悔しい。そんなヒドイこと初めて言われた。悪口の破壊力・・・当分立ち直れない。
心美とミユキが両側から私をハグしてくれた。優しい。
関口はうずくまったまま苦しそうに呟いた。
「お前ら許さないからな。」
「あたしだって許さないから!」
関口はこっちを見た。
私たちを見て目を見開いた。
いや、微妙に視線が合ってない。私たち以外の『何か』を見て愕然としている。どうした?
巫女の子が隣に浮いていた。外してもしばらく視える。
『一時的に見えるようにしてやったの。怨霊と生き霊が見えて怖がってるのよ。』
「そんなことできるの?」
『巫女の霊術よ。』
確かに、暗く、光がなく黒い黒いウチの制服の子と、ハッキリした姿で赤黒い色々な制服や私服の子達が、関口に殺意の目を向けている。
先輩は青い顔で怯えて四つん這いで逃げ始めた。
霊たちがそれを取り囲んだ。十人以上いる。
関口「た、助けてくれ!お前、宗教やってんだろ?なんかお祓いとかできないのかよ!」
涼子「先輩に憑いてた大きなヘビは、莉子さんが蹴ったらどこかに吹き飛んだわ。」
確かにいない。
「そうなの?今はもう鬼パワーが無いんだからそんなのできないはずだよ?」
涼子「違うみたい。一瞬光ったから違うパワーみたいよ」
「ええ・・・」
でも、関口って大ヘビに守られてたの?大ヘビが居たからこの霊たちから守られていたとか?
関口は泣く。「何やってんだ!早く助けてくれ!」
関口の正面に真っ黒い子が立って、真っ赤に光る目で睨んでいる。周囲も生き霊たちが囲んでいる。
涼子「でも・・・私がいつも祓っているような悪霊はどっちかと言うと先輩の方に心境が近いのよね」
巫女の子が手を「どうぞ」みたく差し出した。
霊たちが一斉に飛びかかって関口の首を絞めた。
涼子「待って!やめて!」
涼子が一瞬光ったら、霊たちの手がバチンと弾かれたように離れた。
関口「わっ!わっ!わーっ!」
関口は立って全速力で走り出した。霊たちは一斉に飛びかかる。
関口は体が固まったように倒れて体育館の床を滑った。
転がって仰向けで止まる関口。
霊たちがドロドロにグズグズにみんなして関口に入って憑依する。
関口本人の姿が見えないほど霊が群がっている。
「うええ。キモ。」
涼子「どうして?わたし、まだ話してたのに」
巫女の子が言う。
『決まってんじゃん。女の敵は死刑よ。当然じゃん。』
うん。名言かも。
涼子は右手を左右に払って、関口に群がっている生き霊たちを飛ばした。
真っ黒な霊が残って関口の上に乗って首を絞めている。
巫女『この女の子あのままじゃ、恨みがつのって鬼になっちゃった所よ。多少晴らしてあげないと。』
涼子「橋本さん。気が済んだら上がってくださいね。あの世の裁きでしばらく地獄行きかもしれないけど」
霊が言う。
『証拠、ある。抹殺、する。社会的、に』
怖あ。
霊は立ちあがって見えなくなった。上に上がった感じはしない。
関口先輩はブルブル震えたまま起きない。
葛西刑事が行って近づいて、しゃがんで関口の肩をゆすった。
関口は目を見開いたまま小刻みに震えている。
葛西は出入り口の私服警官に言う。
「手を貸して!救急車!」
私服警官二人が来て、関口の肩と膝裏を持って運んでいった。関口は虚空をじっと見つめている。
葛西「私は付いて行くから。駒田!莉子さんたちに付いてて」
ミユキと一緒に来た男性刑事が「はい」と言ってうなづいた。
葛西刑事はそのまま出ていった。
橋本さんの霊も、生き霊たちも居なくなった。
みんなポケッと突っ立っていた。
ギャラリーの生徒たちもみんなザワザワしている。野球部らしき連中は居なくなっていた。
「先輩はどうなったの?」
涼子「見えちゃったからね。憎しみと殺意の想念を直接魂で受けちゃったから」
涼子は首を振った。
助からないってこと?怖いな。
猪瀬「涼子ごめん。最近視えてないんだ。最初、関口だって分かんなかったから『付き合っちゃえ』とか思っちゃった。」
マッセ「私、言っちゃった。ごめん!」
マッセは顔の前に両手を合わせて涼子を拝むように謝った。
涼子「気にしないで。二人は気にしないところが良いところなのよ。」
猪瀬「ごめんて」
マッセ「出た。涼子っちのすげえ嫌味。」
う〜ん。マッセは涼子と何度も会ってるような言い方だな。でもあいつらは距離感ないから分からんけど。
私服警官の駒田さんに聞いた。
「私のローリングソバットは罪になるの?」
駒田刑事は正人より背は低いのでそんなにデカくはない。
駒「まあ、大丈夫すよ。あのお坊ちゃんも素行が悪くて、女性に蹴られるぐらいはしょっちゅうですから。親も困ってたぐらいなんでいい薬ですよ。」
巫女が言う。
『あんなの顔だけで中身はヘビの妖怪小僧よ』
ええ、そんなこと言ってるけど、あんたも千年前は下半身がヘビだったのよね?
『ヘビ霊は怒りっぽくて凶暴で執念深いのよ。心を正さないと切り離せない。』
ふ〜ん。考えさせられる。
巫女『涼子に告白?千年早いのではなくて?ホーッホッホッホ!』
あ、あのそれ、私が初めて涼子に会おうとした時に妄想した事。恥ずいからやめて。
『冗談なのに。冷静なツッコミ冷めるわ』
巫女の子がふざけてる。涼子を見た。
涼子「はいっ。もう行こう。」
あかり「そうね。みんなを気功の師匠に紹介するわ。」
猪瀬「私らも練習しよ。」
8
住宅街
あかりさんが私たち五人をバンで送ってくれた。
正人「この車なんて言うんですか?」
あかり「ノア?」
正人「ノア?」
正人は絶対プロレス団体のことを考えている。
車が止まった。狭い駐車場にバックで停める。運転も上手い。
小さい平屋建ての道場らしき建物。看板に『上原道場』と書いてある。
駒田刑事は自転車で来た。車は七人乗りなのに遠慮してくれたみたい。住所はあかりさんに聞いてわかっていたらしく、駒田さんの方が先に来ていた。中には入らず外で警備すると言っている。
あかり「先生ー?あかりでーす。」
あかりさんはガラス戸を開けて中に入っていった。付いていく。
玄関を上がるとすぐに十畳敷の道場。奥は住居になっているらしい。
真ん中に毛量の薄い白髪のおじいさんが正座していた。
あかり「先生〜、返事ぐらいしてくださいよ。」
おじいさんは正座のまま片目を開いて言う。
「あかり。少しは落ち着きなさい。」
あかり「またまた〜。先生『遠当て』見せてください。」
おじい「待ちなさい。まずは自己紹介からじゃい。」
おじいさんは立ち上がった。身長は心美より少し高いぐらい。
あかりさんは私たちを見た。
みんな一瞬止まったので、私から。
「岩見沢莉子です」
「行雲寺観幸です。」
「はい!斉田心美ですっ!」
「岩見沢正人です。」
「あ、神宮寺涼子です。」
おじいさんは『うん』とうなづいて言った。
「わしは上原塩蔵!八十歳じゃい!」
「よろしくお願いしまーす」
みんなも「「お願いしまーす」」と続けた。
上原「うん。よろしい。」
打ち合わせなしだったけど、ノリで上手く挨拶できた。
上原「で?あかり、遠当て?こんな観音様みたいな人連れてきて。そんなくだらんもの見せたらバチ当たるわい。」
涼子は上原老人のお世辞に微笑んで見せた。
あかり「いいじゃないですか。先生ネットも嫌いだから誰も知らないでしょ?もったいないよ。」
上「分かった分かった。よし、じゃあそこの君、正人くんな。かかってきなさい。」
正人「は、はい。」
正人がダッとつかみかかる。
上「えい!」
正人はつかみかかる前に膝から崩れて倒れ、仰向けにひっくり返った。顔は唖然と天井を見ている。
ちょっと間抜けで笑ってしまう。
「でも、ええ?自分から倒れた?いつ打ち合わせしたの?」
上「こういうもんじゃよ。相手の意識にこっちの『気』を作用させて倒れてもらう。そういう技じゃな。」
心美「え、『遠当て』って手を向けると相手がボンッって飛ぶとかそういうんじゃないの?」
上「そりゃあサイコキネシスじゃい。超能力じゃな。そんなんじゃない。この三次元空間には『気』が遍満している。それに対して思いの力を加えると、いかようにも作用する。自分から出ている気も、自然界から出ている気も思いの力で動かすことができる。練習では手で気の球を作る練習をするが、わしゃ見える方だで、実際の気の球が出来るのが見える。」
ポケットに入っていた心美の眼鏡をかけた。
老人が指を丸めて両手を球状に動かすと、実際に白い球が出来るのが見えた。
自分もやってみると薄い白い球が出来るのが見えた。
上原さんは右手で親指と人差し指で顎をつかむように当てて興味深そうに言った。
「ほうう。面白いもんかけとるなあ。それ『呪物』じゃ。」
「ああ、そんな感じです。」
手を下ろしたら、私の気の球は消えた。
上原老人は左手を胸の前に、白い球をグニグニ揉みながら話す。
「呪いなんてのも一緒は一緒じゃな。気の球は飛ばすこともできるで。」
ふわふわと上原さんの白い球が飛んできた。捕まえようとしたらフワンとよけてシャボン玉のように消えた。
上「そういう『作り』にすれば、勝手に人をつけまわして情報を取ることもできるし、悪い思いをつけてぶつけてやることもできる。もちろん良い思いをつけて元気を相手に注入したりもできるな。自由自在じゃ。あるタチの悪い流派ではそれを人体のツボにつけて作用させようとするそうじゃから恐ろしいもんじゃな。」
「ああ」
キラが竜二の背中をピトッと触ったら、熱出して寝込んだってのがあったっけ。ああいうことか。
心美「莉子分かるの?」
「うん。」心美に眼鏡を返した。
上原「一番大事なのは『イメージする』事じゃな。これがモノを言う。強く心に描いた事は実現するんじゃ。」
涼子やミユキはうなづいた。
「それは涼子にもらった本にもアメリカの自己実現系の本にも書いてあるよね。」
上原「おまえさんも知ってる密教の坊さんに聞いてみるといい。その人も心の中でやってる事はイメージする事じゃで。あの世ではイメージはすぐに実現して居るんやで。」
今度小輪さんに聞いてみよう。でも、この人も意外に千里眼だな。私の人間関係を霊的に見抜いたのかな?
「小輪さんのこと知ってるんですか?」
上原「なあに。あかりと親しいんなら知ってるじゃろ?ハハッ」
「なあんだ。」
でも誤魔化したのかもしれない。本当は千里眼かも。
涼子「でも、悪いことでもイメージが実現してしまうのは困りものですよね?」
上原「まあそんなに簡単にいかんけどな。現実には、悪いことに対しては「許さん」という念力が立ちはだかるし、良いことに関しても「おまえがするのは許さん」とか「オレが困るから許さん」とか嫉妬や反感の念力が立ちはだかるから、一回思ったぐらいでは実現しない。イメージの繰り返しが必要じゃな。」
ミユキ「この世はそうだけど、あの世では思い即行動、思い即実現ですよ。これは私たちの教団でも言っています。」
涼子「ふふ。」
上原さんは座った。
あかりさんも座ったので私たちも座る。
上原「う〜ん。神宮寺さん?あなたのその光は何かね?たまに高僧でそんな人おるんやが、」
心美「上原さんは関西出身ですか?」
上原「ああ、色んなとこにいたから混じってるが、生まれは信州じゃよ。関西は長かったな。あとは入れ歯のせいもあるわな。」
「心美ィ」
「ごめん気になっちゃった。」
上原「神宮寺さんか?若いのにその光の大きさ信じられん。どんな修行をしたんかねえ?」
ミユキ「それは『戒・定・慧』ですよ。」
「ミユキ、難しい。」
涼子「心の修行ですよ。自分に戒律を課してストイックにしながら、瞑想に入って智慧を身につけるんです。」
上原「瞑想な。瞑想だって入る時はイメージからじゃろ?」
「ほんとだ。」
上原「戒律ってのも厳しめに聞こえるが、要は欲と怒りをコントロールすることじゃな。これは前提じゃで。」
心美「莉子は生きる意欲が少なめだから向いてるよね?」
「だから心美ィ。」
心美「へへ。」
上原「でも岩見沢莉子君、おまえさんな。自殺願望はダメじゃな。プラス思考じゃないと気が滞って病気や不幸を呼び寄せる。べつに軽薄にひゃあひゃあしろと言うんじゃないが、悩まないのが一番いい。」
「あ、はい。」
私の思いとか読まれてるな。心美余計なこと言うな。
心美を睨んだら向こうを向いた。
上原「人に迷惑かけんように気を付けてればもう悩まんでいい。」
「うん・・」
上原「叱ってるんじゃないで?気の使い方の心構えや。宗教的に言って良いんなら言うが、若いうちは自我の確立が必要は必要なんじゃが、大事なのは仏教的な『無我』とか『空』の考え方やな。自分というのは独立してある存在ではなくて、多くの他者からの恩恵で仮に存在できているものじゃ。『本来、我なるものなし』と思って『自分が自分が』という思いを抑えることやな。そうすると静かな心境を維持できる。そして万物に感謝して、多くの人にお返しの人生を送ろうと思っていれば、『気』というものは思ったように使われてくれる。『有難う』は日本語で最も強い言葉じゃな。」
正人とミユキが私を見た。
前に「バカヤロウは日本語で最も強い言葉だ」と言ったことがある。
でもあれは外国の横暴に、日本政府が「最も強い言葉で抗議する」と言っていたからで、それを揶揄して言っていただけだ。
涼子は「愛してる、も強いですよ。」とニコッとした。涼子らしい答え。
上原「気というやつはオーラに近いものではあるが、お前さんのはちょっと違う感じなんじゃ。その『光』は何かねえ。」
涼子「信仰の光です。神仏から与えられる天上界の光エネルギーです。私たちは宇宙創造の根本神を信仰しているので、根本存在の、その光です。」
すげえ。言い切る。涼子すげえ。
上原「それは無我の上だと思うんやが?それは何かねえ?」
涼子「無我の上は愛でしょう。無償の愛。見返りを求めない純粋な愛だと思います。」
上原「それは人同士のものやな。神仏から与えられるならその上じゃ。その上は?」
涼子「神仏からの『慈悲』だと思います。」
上原さんは腕を組んだ。
上「う〜ん。いいねえ。慈悲の理念。いいねえ。」
あかりさんが言う。
「あの・・・遠当てをもうちょっと見せて欲しいんですけど」
上原「あかりぃ、わし、もちょ話したいんさ。こんな人ぉ滅多におらんぞよ。」
「うん。まあ、いないよね。」
上「うん。岩見沢くん?君しょっちゅう倒れるじゃろ?」
「え、急に?でも、最近はそんなでもないですよ。」
上「いいこと教えちゃる。人の嫌な言葉や態度とか目つきとかが、グルグルリピートして気になってムカムカする時は、それ一つの呪いじゃで、それ、思いの中で『斬る』と良いぞ。」
「ええ?どういうことですか?」
上「それは悪い気じゃで、そのままでも、丸めて塊にしてもいいが、手刀とか指で『思いの剣』を作って、気合い入れてエイって切るんじゃ。」
ミユキは首を傾けた。
ミ「おまじない?」
上「ミユキくんがさっき『霊界では、思い即行動、思い即事実』とか言ってたからワシも見えないものの事を言うんじゃが、霊的には切れると思えば実際に切れる。悪い気の塊だと思って、空間ごと斬ると思えば、そんな細かい嫌なものは実際に切れて消える。霊魂や生き霊に効くかは向こうも念力があるから五分五分じゃが、粗雑な細かい嫌なモノを感じて苦しい時はテキメンじゃ。実際切らなくてもイメージだけでも有効じゃ。でも、悩みが多くて悶々としてる時は効かんけどな。それは言っておく。」
涼子「でも、それは愛と反省がないですね。相手の立場を理解する姿勢は大事です。理解しただけで消える生き霊もいます。こっちだけ正しいわけでは無いですから。」
上「うん。これは自分の心を守るためじゃ。」
涼子「そうですね。でも上原先生が言うように、霊には人間個人では勝てないことがある。そのために信仰があるの。祈ると仏神が助けてくれる。莉子さんが、もうちょっと本気で信仰してくれるようになったら、悪霊撃退の修法を教えてあげる。」
「でも、私ので効くの?」
「実際に撃退するのは神様だから。莉子さんがするのは信じること。正式な信者には悪霊撃退の力が出てくるのよ。でも一人で対決しないでね。勝てないことも当然あるから。」
「怖いってば。」
心美「涼子ちゃんはそっちの専門家だもんね。経験者は語る〜だ。」
上原「わしも霊みたいなのはたまに見るが、わしゃ『気』の方が見たい方じゃで、霊の方はようは見んなあ。人間、見たいモノを見てるもんじゃで。」
涼子「上原先生は私たちに考え方が近いですね。」
上原さんは畳に座ってるあかりさんを見た。あかりさんは不満げに横を向いた。
上「うるさいの〜。じゃあやるか。みんな立ちなさい。」
立って並んだ。うるさいってのは、あかりさんの思いか。やっぱり心が読める人だな。
上原「まず二人一組。攻守に分かれて。」
私の相手は涼子。
上原「攻め側は相手の肩を持って押してみな。守る方は耐える。」
涼子を押しても耐える。正人もあかりさんを押すが同じ。心美とミユキは格闘を始めた。よせ。
上原「普通は倒れんじゃろ?では深呼吸して落ち着いて。」
深呼吸する。涼子は両手を合わせて深呼吸している。
上原「自分のオーラを意識する。自分をスッポリ覆っていると、イメージせい。」
意識した。
向こう端の心美が言う。
「あああ。涼子ちゃんのは本当に光だね。」
だね、どころじゃ無いはずだぞ。ビカビカのはず。
まあでも、人によって、視え方は違うんだった。私の視ているものと心美のとは違う。
上原「では相手の手を持って、自分を覆うオーラを相手に注入する。」
涼子の手の甲を握ってイメージした。
上原「では、さっきみたいに、相手に倒れてもらおうと思って押してみな?」
涼子の肩を持って後ろに押す。
ガクッとしてよろっとしたが倒れなかった。
正人が押したあかりさんは後ろによろけて、あかりさんはしゃがんでコロンと転がって膝で着地して横座りになった。ミユキが押した心美は、本当にちっちゃい子のようにペンと尻もちをついた。
上原「う〜ん。お嬢ちゃんのは相手が悪いな。こういう光の強い人には術も呪いも効かんものじゃ。」
「お、お嬢ちゃんて」
上原「歳を取れば若い子はみんな『お嬢ちゃん』じゃ。みんな綺麗で可愛いが見分けもつかん。」
う〜ん。老人の感覚。孫を愛でる心境か。
立ち上がったあかりさんがしばらく正人の手の甲を握ってから、軽く肩を押したら、正人はダダダダッと何歩もよろけて部屋の隅に倒れて手を畳についた。
「大げさ。」
正人「いや、すげえって。やってもらえって」
心美が手をとってからミユキを押す。本当に抵抗なくペンと尻もちをついた。
心美「不思議だけど、ミユキは正人ぐらいのリアクション取れないの?つまんない。」
座ったミユキが「心美ちゃんも一緒じゃん」と言い返した。
涼子が私の手を握る。なんか照れる。
涼子も伝わったのかちょっと頬を赤くした。よせ。
熱いぐらいの何かが伝わってくる。これは私の背中の「穴」を癒した、熱エネルギー。
ニヤけながら涼子は手を放し、私の肩を押した。
「わわっ」とよろける私の手をとって涼子は支えてくれた。優しいから倒してくんない。
ミユキが女座りのままニヤニヤ見ている。やめろ。
上原「ふふ。わしだったら、この空間にオーラをいっぱいに広げて・・・倒す!」
上原老師が両手をサッと振り下ろすと、立っていた私と正人と心美はガクッと力抜けして横に膝から倒れた。
あかりさんはなんかパタッと畳に両手をついた。座ったまま地味に倒れたみたいだ。
涼子はそのまま立っている。「アレ?」みたく首を傾げた。よせ。カワイイ。
ミユキは女座りのままキョトンとしていた。
ミ「ごめんね。全然見てなかった。どうなったの?」
「ええ?これって催眠術に近いのかなあ。」
上原「小さいお嬢ちゃんにはわしの気が入らんかったな。」
ミユキ「え、じゃあ、きっと涼子ちゃんの光に集中してたからだわ。」
あかりさんは感動した様子でまくしたてた。
「先生!すごいです!初めて見ました!空間魔法みたいです!」
上「魔法ちゃうわ」
あかりさんって本当は楽しい人みたいだな。
上原「相手に気を注入する時、相手自身の気の流れを整えるようにイメージすると治療もできるで。」
「へええ。」
上原「知ってるかは知らんが、人間や動物だけでなく、万物には魂が宿っておる。仏教では『山川草木悉有仏性』と言うてな。さっき空間ごと斬るとも言ったが、空間にも意識があると思ってお願いしてみてもいい。空間に感謝なんかせんじゃろ?万物に感謝せい。そうすれば良い願いは通じやすい。」
「良い願いってどういう種類の願いですか?」
上「そやな、あの人を良くしたいとか、助けたいとか、そういった類は通じやすいな。自分が良くなるようにってのは通じたり通じなかったりが多い。世のため人のためにならん自己中の願いはダメらしいのや。自己中な願いが叶う時は後で不幸になることが多い。」
涼子「それは自然の精霊に祈っているのかもしれません。人を助けたいという願いなら天使も来てくれると思います。悪い願いを叶えるのは悪魔です。対価に何か大きいものを奪われます。」
上原「天使かあ・・わしには来んな〜。大体は自分に似たもんが来るもんじゃで。」
ミユキ「波長同通の法則よ。」
涼子が『言われた』みたいに笑った。
上原「面白いな。勉強になるの。ただし、動物には人間の気は効かんよ。それは言っておく。他の気功師ならできる人もおるのかも知らんが、わしゃ出来ん。でも動物でも思いは通じるところはあるから、心の中でも実際にでもいいが、一生懸命に話しかければやってくれることもある。」
心美「嘘やん」
上原「ふっふ。いやホント。わしが若い時、ビルの窓際でメシ食ってたらな、ムクドリが来てな。欲しそうにしてるから窓開けようとしたんやが、開かん窓やってん。だからそいつ見て「ダメ」って言ったら、「そうかい」みたく、すく飛んでいきよった。あいつら人間の言葉わかるで。」
涼子「仏陀も、お酒を飲まされて暴れたゾウを、前に立っただけで、なだめた事があるそうです。」
上原「そらぁ恐れ多いな。仏陀とわし同列にされたらかなわんわ。」
涼子「う、上原先生も、信者になりませんか?」
お?涼子やる気か?
私なんかでも、ミユキや心美たちが注目した雰囲気の変化が読み取れたぞ。
上原「わしぃ、人に言わせると特殊能力者やからな。ミニ教祖みたく担ぎ上げられても困るし、信者同士の人間関係もあるから邪魔に思われてもつまらんしな。わしはそういうのはやらん。」
涼子「う〜ん・・・信仰は当然の常識だと思うんです。失われてはいますけど。」
上原「神様は信じとるよ。世界を作ってくれて有難うと毎日感謝しとる。でも、わしがやってることは言わば『仙術』。仙人の技じゃな。観音様連れてくるような人の所やろ?神仏や菩薩・如来の御業の前に立つ気は無い。気が弱いんじゃ。わし。ぬはは。」
涼子「先生。よくわかっておいでですね。世の中を全て創ったのが私たちの信仰している神様です。」
いや涼子、上原さんは謙遜してるのに「よく分かってる」は失礼だよね。「オレダメなんだ」って言ってるのに「よく分かってる」は無いじゃん。涼子はこういう機微がわかんないからな。
上原「お嬢ちゃんもウルサイのう。心がウルサイ。喋りすぎじゃ。」
「げぇ。言われた。」
涼子「そうなんです。莉子さんの心うるさいんです。」
上原「わし、謙虚やで。人間には『器』ちゅうもんがある。『オレがオレが』って全部に首突っ込んでいくのは『天狗』っていうんじゃ。それは後で痛い目見るんやで。」
上原老師は覚めた微笑みを私にくれた。
上原「ま、ええわ。みんな立って。この空間を気で満たしてみよう。」
立って、自分のオーラを拡大して・・・げ、あったかい。これって涼子のやつ。
ミユキ「涼子ちゃん、なんか気持ちいい。」
涼子「神様に、光でここを満たしてくださるよう祈って、イメージしてみました。」
上原「ハッハッハ!これだけでも価値があるのう!今日はいい日じゃ!ハッハッハ!」
9
十二月二十一日
朝六時。
目が覚めた。静かな朝。
夢は何も見なかった。これは久しぶり。
いや、何か楽しい夢を見たが、覚えていない。
嬉しくて泣ける。少し泣いた。寝起きのせいか。
クリスマスイブまで、四日。
涼子に悪夢は見なかったことを電話しよう。枕元のスマホを取る。
起きているはず。今日も午後からこっちにくると言っていた。
電話に出ない。おかしいな。
留守電に切り替わった。悪夢を見なかった事を残した。
葛西「全くさあ、涼子ちゃんさあ、嫌になっちゃうと思わない?」
葛西さんが車を運転している。私は後ろの席。
葛「この前さ、松本組に銃刀法違反でガサ入れが入ってさ、今は監視状態で誰も動けないわけ。でもさ、上からのお達しで誰かがやんないといけないわけよ。」
車はライトバン。五人乗れる。私はバックシートに。
葛「だから私にやれってさ。わたし一応、特殊処理班の仕事もするから松崎さんサイドなわけ。だから安心してたわけよ。そしたら上がやれってわけ。あははっ。ワケワケ言ってて面白い?」
ライトバンは窓のところが窓型に凹んでいてガラスがないタイプ。後ろも同じ。
葛「でも、上って、関口君の親じゃないよ。私の上ってのは別のキャリア警察官僚。関口君はいま意識混濁で入院中。治るかはわかんないってさ。でも、入院したら性的暴行の証拠が出て、っていうか出て出て、親もかばえなくて逮捕もやむなしなのね。マスコミや週刊誌に出ないように必死に止めてるとこ。だから涼子ちゃんや莉子ちゃんとかが、あいつに復讐されるってことは、もうないから安心してね。」
そうなんだ。よかったわ。
葛西「でもクリスマスにはあんたの命もないんだけどね。うふふっ」
私は両手首と両足首を結束バンドで縛られて、口にはテープを貼られてバックシートに横たわっている。
葛「でも涼子ちゃんてさー、霊能力があって人の気持ちが読めるとか言ってなかったっけ?私に騙されてノコノコ出てくるなんてさー、やっぱり嘘だったんだねぇ。みんなよく騙されてるわ。そのダマシのテクニック教えてほしいわ〜。」
昨日あたりから分かっていた。
でもキラちゃんが、あの森の中にいる。今ならまだ助けられる。直前になったらあの子は霊を呼ぶために監禁状態になる。そうなったら遅い。どのような儀式かは、瞑想してイメージの世界で観た。最後は巫女役も神官に殺される。その前に救い出したい。
葛西「あんたは生け贄だってさ。生け贄はね、悪魔が憑依した神官にヤられるんだってさ。昔、欧米の秘密結社がそういう事やってた〜みたいな映画があったよね?あれフィクションじゃないんだね〜。映画では儀式では殺されなかったけど、この儀式では生け贄は殺されるんだよ〜。神官にヤられてその後は、アステカみたいに心臓をえぐり出されるんだって。そしたら悪魔がたくさん来て各地に飛んで千人ぐらいをいっぺんに殺してくれるんだってさ。ムフフ。それをみんなで信じてるって言うんだからさ。バッカみたいね〜。」
グロい話。気持ち悪くなる。自分で霊眼で見たときには平気だったのに。
でも、この人は唯物論・無神論者で、良い宗教も悪い宗教も信じていない。
去年離婚して、今はシングルマザー。小さい息子さんがいるから断れなかったらしい。可愛いその子のイメージが私の中に流れ込んでくる。息子さんをとても愛している。
葛西「九年前はうまくいったんだってさ。でもその教授も死んで、その弟の教授が引き継いだって。で、八年前の時は呼んでも悪魔こなくて。仕方ないから呪い屋を雇って一人一人呪ってもらったらしいよ。六年前と三年前もやったけどうまくいかなかったんだって。神官役がど素人で、生け贄役も処女でもなければ美人霊能者でもなかったからだってさ。だから今回は資料に忠実にやるそうよ。そうすれば悪魔がたくさん来て、宇宙の悪魔まで来るってさ。ハハっ。笑っちゃうでしょ?それであんたの出番。あんたの相手の神官役はジジイの教授だってよ?アハハッ!」
はあ。そういう事なんだ。困った人たちね。
葛西「でも、涼子ちゃんさー、そんなに美人で?みんなにキャーキャー言われてて?イケメンが次々と告白に来てさあ、処女でもないでしょ?ヤリ放題だったんじゃないの?」
あら?心外だわ。失礼よ。
葛西「楽しい青春だったねえ。充分生きたんじゃないの?私なんかから見たらザマアだけど。ふははは!」
心外だわ。
決めつけよ。誤解から嫉妬。悔しいな。
私に青春?霊が見えるとか言ったら悪霊みたいに恐れられて、最近まで人間の友達なんかいなかった。心を打ち明けられる人なんて最近まで居なかった。霊たちが救いを求めて次々と寄ってくるし、やってるのは毎日悪霊悪魔との戦いよ。この世的には不毛だった。
真面目な相談に乗ってあげて役に立てて、少しみんなに喜んでもらえて、神様の支持がある。それが救い。
七時。正人の朝食を待っている。
心美「えええ?莉子って早起きしただけで朝食作ってもらえるの?正人あんた莉子の下男か!」
正人「うるせえな!オレが食べたかったんだよ!姉ちゃんのはついでだ!」
「ついででも美味いから許す。」
心美「怒らんし。機嫌いい。」
正人「斉田氏も食う?」
心美「クウウ!」
ミユキが来た。
「アレ?みんな早いじゃん。」
ソファーの上に置いた携帯が鳴った。優利くんからだ。
『莉子か?涼子は.?』
「ええ?午後から来るんじゃないの?」
「朝早く暗いうちに家を出たらしい。あかりさんも見てなかったって。」
「まずいじゃん!」
立ち上がったらクラっとした。立ちくらみ。ソファーに寝た。
『オレは涼子が行きそうなところ探す!莉子も分かったら電話しろ!ブツッ』
切られた。
場所はあそこしか無い。ノーデン大伊勢原キャンパス。優利くん知らないのか?
いつものスタイルの上に紺色のトレンチコートを着た。学校指定のやつ。前に涼子が着ていたのは猪瀬のやつだったらしい。
「戦闘態勢だ。」
心美「コートが?」
正人「トレンチコートってのはミリタリーファッションなんだ。第一次大戦で塹壕戦の兵士のために作られたんだから。」
「トレンチってのは塹壕って意味よ」
「また二人してウンチクを。」
「三人は家にいて。出歩かないで。」
ミユキ「分かってる。焦ってみんな動き回って誰か行方不明になったら大混乱だもんね。」
「そう!」
正人「お隣の刑事さんたちには?」
「まだ言わないで。私も動くなって言われるから。そうね、三十分待って。」
心美「でも知ってるかもよ?こっちに来る前に出かけたら?」
ミユキ「莉子ちゃん誘拐されないでね」
「え」
正人「嫌なこと言うなよ」
「それは予言?見えたとか?」
ミユキ「違うう、心配なだけ!」
「落ち着いてミユキ」
ミユキはフーフーと深呼吸して目を閉じた。
「じゃあ行くわ」
ミユキ「まって、視えた。なんかあったみたい。お隣の刑事さんたちはみんな電話してて動けないみたい。」
「じゃあ今のうちに行ってくる。」
ミユキ「涼子ちゃんをお願いね!」
心美「武運長久を!」
心美は眼鏡の入ったケースを投げた。
一瞬焦ったが、ハシっと掴んだ。運動神経は良いのだ。
「武運?それ教えたの優利くんか。後で叱っとく。」
家を出た。
出たらちょうど良くスマホが鳴った。見知らぬ番号。
エレベーターに乗りながら出てみる。
『ねえ莉子ちゃん大変なの!』
「誰だ!」
『ごめん、松井だけど』
「なんだレイラ、なんで番号知ってんの?勝手に。それ犯罪だよ?」
「涼子ちゃんが大変なの!」
「知ってるよ!で何?」
『今、ドライブインなんだけど、涼子ちゃんを朝から尾行してたら、』
「だから今は尾行すんなって警察に言われてんだろ?ドライブインって何よ」
『わたしバイク』
「はあ?バイク持ってたの?免許も?」
『ヤンちゃんのパパのバイク。免許は二年生の夏休みにマリリンと取ったんだけど、』
「猪瀬あいつ忙しいくせに。いつ休んでるんだ。」
『聞いて、涼子ちゃん朝早くに、あの葛西って刑事の車に乗ったの』
「ん?・・・犯人はアイツか。でもそれからよくバイク借りて追いついたな。」
『ごめん。涼子ちゃんのバッグに紛失防止タグ入れちゃったの』
「バカ!なんてバカなの!このストーカー!」
エレベーターが開いた。よく見る中学生男子二人と目が合った。ビックリしている。
早足で通り過ぎる。
「バカ。レイラのせいで変な目で見られたじゃんか。それは犯罪!」
わたしも歩きスマホだ。この際しょうがない。轢かれないようによく周りを見る。
『でも昨日、涼子ちゃんたちに呼び出されて怒られたんだよ。でも、持っててくれるって。さらわれたら探してねって。ううう』
「泣いてんのか。」
『今、あの人車出て一服してるの。たぶんあの大学に行く気よ。』
「それ!大学ってなんで分かんの?この前、伊勢原キャンパスに涼子が来た時また尾行してた?」
『いいから。ねえ、アイツやっつけていい?』
地下鉄の階段を駆け降りようとしてから止まった。
「待って待って待って、あの人強いよ。警官は強いし銃持ってるよ。勝てるの?」
『わかんない。だから、負けちゃったら後はお願い。』
「バカバカバカ!かっこいい事ばっかり言うな!私の悪夢みたいに死なれたら困るんだよ!」
『莉子ちゃん、あたし莉子ちゃんのこと最初嫌いでちょっと怖くしちゃった。ごめんね。』
「ちょっとじゃねえし、それ遺言のつもりかよ。そういうことは電話で言うな。会ってからだ。」
『アアアアアー!』
「う!バカ!怒鳴るなよ!」
『莉子ちゃんのバカ!莉子ちゃんのせいで時間喰っちゃったから車行っちゃった!』
「うるさい!今どこ?」
『えと、看板に藤沢市だって』
「うん、まあ良かった。とにかく追って。大丈夫。クリスマスイブまでは殺されない。」
『何言ってんの?怖いこと言わないでよ!』
「ごめん。」
学校に着いた。
体育館に向かう。
猪瀬のバイクを借りよう、と思っている。猪瀬が「二時間バイクはきついよ」とあの時、言っていた気がする。なら、バイクなら二時間で着く。
操縦の仕方はネットで調べた。なんとかイケるだろう。二時間も乗れば慣れるだろう。
電車では遅い気がする。レイラにはああ言ったけど、連中が涼子に何をするかは正直わからない。夜になるまでになんとかしたい。レイラだって何をするか分からない。襲いかかって返り討ちなんて嫌だ。
体育館。バレー部とバスケ部。
近づくと、猪瀬はミドルシュートをうって、振り向いた。
「何やってんの莉子ピ?」
「葛西刑事が涼子をさらった。」
猪瀬は驚天した。
その後ろでボールはガコンとリングに入った。
マッセ「カッけえ!」
後輩「ナイシュー!」
猪瀬「大変!!」
猪瀬はバスケのユニフォームのまま出口に駆け出してゆく。
「待ってよ!」
猪瀬は大学構内で周りをせわしなく見て、誰かを探している。
わたしは猪瀬の大きいリュックを持ってきた。自分のはポーチ一つ。
「猪瀬ぇ大学で何やってんの?バイク貸してよ。」
猪「莉子ピは乗れないでしょ?」
リュックを渡した。
「なんとか乗るよ。」
猪瀬はリュックからバスケ部の黒赤ジャージを出して素早く着た。そして高校名入りのバスケ部の裏起毛になったナイロンコートを着た。あったかそう。
猪「無免のくせに。」
「っんん、じゃあ後ろに乗せてよ。」
猪瀬はこっちを見て私の目を見て言った。
「なんで行くの?莉子ピ」
「はあ?何でって、当然じゃん。」
「どんな目に遭うか分からないし、最悪死ぬよ。」
「死なないよ。」
「わたしは涼子の親友で同じ信仰を持ってる。アイツは恩人だから一緒に死んでも構わないし、代わりに死んであげたっていい。莉子ピは違うじゃん?命かける関係じゃ無いはずよ。帰って。」
「ばかやろ!帰って?はあ?あたしが教えてあげたんじゃん!」
周囲を歩いていた大学生たち数人がこっちを見て足を止めた。恥ずいけどそれどころじゃない。
猪「涼子が必死になって救ってあげた莉子ピを、もし死なせたら涼子の思いが無駄になるじゃん。」
「な、それはあんただって同じでしょ?あたしだって同じだよ!恩があるんだよ。」
「あたしもレイラと同じ。助けてもらってすっごく嬉しかった。わたしアイツのためなら死んでもいい。もともと無かった命だから。涼子がくれた命だから。」
珍しく涙ぐんでいる猪瀬。いつもは見せない本音か。
「莉子ピは嬉しそうじゃ無いじゃん。死にたかったのに、涼子が余計なことしたみたいに思ってんじゃん!」
「え、ちがうよ、そんなことない!」
「なくない!思ってる!あんたは死なさない。涼子の気持ちが分かるまで生きてもらう。帰んな!」
「死なねってば!涼子には借りがあるの!返すまで死なない!涼子も死なせない!核ミサイルが落ちようが、宇宙人が来ようが絶対!涼子を連れ戻す!」
猪瀬が睨む。わたしも猪瀬を睨む。目をそらさない!負けん!
猪「本気ね?後悔しないね?」
「当然じゃん。でなきゃ大人しく家にいるよ。」
猪瀬はフンと鼻からため息した。
「にゃはは。そういうのが聞きたかった。」
「にゃははじゃねえし、マジの猪瀬もムカつくし。それよりバイクどこよ。」
「あれ、あたしのじゃねーし。」
「え?借りたの?その人って大学生?今日その人いるの?」
「ウルサイ!あの先輩なら今日補講だから来るって言ってたし。教授の都合で八時に来ないといけないって」
「そんなのまで把握してるの?」
「あの人バレー部OBだからたまに、あ!いた!先輩!」
猪瀬は、キャンパスを歩いていた長身の男子に駆け寄った。すごい長身。レイラぐらいある。
猪「バイク貸してバイク」
「を?金ポニてる子。どした?」
ふっ。何その呼び方。さすが先輩だわ。私らは呼べん。
猪瀬「涼子が一大事なの!!」
響き渡るでかい声。大学生たちがこっちに注目した。
猪瀬は自分のリュックの中身、本とか教科書とか、を出し、ソフトボール部のバット二本と袋に入った竹刀を差し、何やらでっかい工事用みたいなペンチを入れた。
「何それ。」
「莉子ピが来る前に大学の施設管理室に顔出して借りといた。ねえ凛リン!中身預かっといて!」
見たことのない女子が「アイヨ」と返事した。コイツの交友の広さがわけ分からん。
誰か知らない男子がペットボトルのお茶と栄養系ブロック型食品をくれた。
猪瀬「ありがとうポコたむ。」
どんなネーミングだ。先輩だぞ。
猪瀬はリュックを私に渡して自分はヘルメットをかぶった。
「私か。」
「後ろに乗るんでしょー?」
猪瀬は座面の高いグリーンのオフロードバイクにまたがった。
レイラみたいに背が高い先輩が言う。
「ぶつけんなよ。擦んなよ。壊すなよ。傷つけんなよ。買ったばっかだぞ〜。」
猪「わあってるよ!」
わたしは、誰のか分からないヘルメットを誰かに渡されて、リュックを背負って猪瀬の後ろに座った。座面が高くて怖い。よろけたら誰かが支えてくれた。猪瀬の仲間たち。
先輩「排気マフラー熱いから気をつけな。」
「あはい。ありがとう。」
先輩が照れたような気がした。何でだよ。女友達いないんか?
横に山添麻衣がいた。学生マンガ家。この前レイラにシメられた女。でも知っている人がいて嬉しい。
山「わたし補講なの。莉子ちゃんに会えるなんて来ていて良かったわ。これ、貸してあげる。」
でかーい折りたたみナイフ。たぶん刃渡り十五センチもあるだろう。街とかで持ってると捕まるやつ。
「何これ?」
「マンガの資料用に買ったんだけど護身用なの。」
「可愛いこと言うのに物騒な人だね。」
「うっそ。カワイイって言われちゃった。」
「物騒の方が言いたかったんだけど、でもありがとう。」
コートのポケットに入れた。
猪瀬はバイクを急発進させた。前輪が上がってウイリーして校門を出ていく。
先輩がなんか叫んでいたが、ヘルメットとバイクの音で聞こえない。
めちゃめちゃに飛ばす猪瀬。
必死で猪瀬の腰にしがみつく。
「スピード違反っ!!」
赤信号も減速して安全確認しながら超えてしまう。
「ダメーッ!信号無視っ!!」
猪瀬「この際しょうがないでしょー?緊急事態よ!黙ってて!」
「事故ったり捕まったりしたら行けなくなるでしょー?」
バイクは首都高に乗って南下する。
先輩のバイクにはETCが付いていて料金所も止まらないでパスした。すげ。さすが大学生、なの?
猪瀬のお腹に腕を回してしがみついているので、猪瀬が荒い息遣いをしているのが分かる。交差点とかカーブとかが怖くて息を止めるのだろう。ならスピード違反ヤメロ。
十時半。
バイクであの大学のバス停のところに着いた。
高速を降りてからは、比較的に安全運転だった。信号待ちで猪瀬は「田舎で違反してると目立つもん。警察に通報されちゃう」と当然のようにのたまった。都会だって他の車載カメラに録画されちゃうんだぞ。
でもかなり早く着いた。
もう一時間半もしがみついていたので私も腕が汗ばんでいる。ドライブインとか寄らなかった。
バイクは砂利道に入って西門まで行く。
二分か三分かぐらいで西門に着いた。
バイクを降りたら足に力が入らずペタンと尻もちをついた。正座?
猪瀬「にゃははは!気をつけなー。」
猪瀬は乗ったまま足をついてスタンドを下ろして、バイクを傾けて止め、颯爽と足を上げて降りた。
でも足がガクガクで一歩が出なくて青い砂利の地面に膝と手をついた。
「ダメじゃん。猪瀬もじゃん」
「にゃはははは!」
「あはははは!」
猪瀬と目を合わせて笑ってしまった。
猪瀬は両手を地面についたまま立ち上がって、足を開いてふんばってゆっくり両手を離した。
幼児がするみたいな立ち方。
猪「実験林の入り口まで行くよ!」
頼もしげな声。でもヨタヨタ歩く。
私もゆっくり立ち上がる。足が動かしづらいので、走るみたいに腕を振って一歩づつ歩く。
西門の中を見た。
「あれ、待った。」
西門の中は駐車場。
でかい女が。身をかがめて車の間をコソコソ歩いてくる。
レイラだ。レイラがいる。
いつものジャージ姿ではない。
黒くて金具とチャックがたくさんついたライダースジャケットと、下はレース用の黒いツナギ。
バイクの音でこっちに気づいたのか。
猪瀬「レイラぁ?何してんの?」
前に立つレイラ。めちゃめちゃカッコいい。モデル事務所にスカウトされるだけある。
レイラが身を低くして私たちを手招きした。
猪瀬「いまさら?防犯カメラにだって映ってるよ。」
レイラ「シッ」
レイラは人差し指を自分の口に当てた。
三人で身を低くして駐車場をサササと歩いてゆく。
猪瀬「ねえあれレイラのバイク?」
レイラ「ヤンちゃんパパのZXR。」
猪瀬「かっけえ。超かっけえじゃん。」
見ると黒くて丸みを帯びた大きなレーサー型のバイクが停めてある。あれか。
猪瀬「レイラのそれ着替えてきたの?」
レイラ「ジャージじゃ寒いもん。」
猪瀬「家帰ってから着替えて追いついたの?」
レイラ「涼子ちゃんにはよくマカレるから、慣れてるの。」
猪瀬「にゃはは!あは、涼子まくんだ。フフッ」
紛防タグのことは黙っててやる。
猪瀬「知ってるけど。心読めるし。」
「ん?」
レイラ「何よ静かにしてて。近いよ」
ライトバンの後ろに来た。後部座席に窓がない。
レイラ「葛西刑事の車。行こう。」
そっと運転席に近づく。
「ドアミラーに映ってるよ」
レイラ「大丈夫。たぶん。」
そっと運転席を見た。
葛西刑事がいた。でも眠っている。大口開けて。
レイラ「本当に寝てるのかワナかも分からないからどうしようかと思ってたの。」
「いつ来た?」
レイラ「八時過ぎ。葛西さん一旦出て、すぐに戻ってきて、しばらくしたら寝ちゃった。」
「車の中は他には??」
レイラ「葛西さんと涼子ちゃんだけだと思う。」
猪瀬は助手席側に回った。私たちも付いていく。
猪瀬は助手席の窓を指でコンコンとノックした。
小声でレイラ「ダメッ。葛西さんが起きちゃうよ。」
葛西は起きなかった。
窓に結束バンドで縛られた手が見えた。
猪瀬「開けて!ロック開けて!」
助手席に後ろから乗り出してきた涼子が見えた。ドア下に両手を伸ばしたのが見えた。
猪瀬はドアノブを引いてドアを開けた。
背もたれの上に乗り出している涼子を三人でずるずる引き出した。
四人地面に倒れた。四人駐車場のアスファルトの上に座る。
猪瀬がゆっくり涼子の口のガムテープを剥がす。
涼子「ふぃたたた、ごめん。ありがとう。」
「ねえ、それ自分で剥がせたんじゃないの?」
涼子「ふぇ?」
「手は空いてんじゃん。体の前で縛られてるし」
涼子「あ、気が付かなかった。」
「あははは!」
猪瀬「にゃはははは!」
レイラ「シッ!」
開いたドアの中の葛西刑事を見た。
葛西刑事はカーカーと寝息を立てて寝ている。
レイラ「よ〜く寝てる。」
猪瀬「過労?」
「とにかくここから離れようよ。監視カメラもあるから警備員が来ちゃう。」
猪瀬はカメラを確認。街灯に大きめのカメラが二つ付いている。
猪「あっちだ。花壇の横が死角になってる。」
「いまさらでしょ?遅くね?手遅れじゃね?」
猪「いいから走るよ!」
猪瀬は走る。私も。
レイラは涼子をお姫様抱っこして走った。顔が赤いぞ。
カメラの死角に四人で座った。
猪瀬「これ。どうする?涼子の結束バンド。ハサミある?」
涼子「レイラの靴ヒモ貸して。摩擦で切るから」
レイラ「は、はい!」
レイラは焦ってミリタリーブーツを脱ごうとする。沖縄で買ったやつ。
「でも、ああ、ひも要らない。山添ナイス。」
ポケットからでかい折りたたみナイフを取り出した。
レイラ「やだあ!涼子ちゃんの役に立つチャンスだったのに!莉子にゃんのバカ!」
「にゃん?噛んでるし。」
ナイフを伸ばした。山添のナイフは刃を伸ばすとストッパーがかかって逆から押しても戻らなくなるタイプ。よく出来ている。
猪瀬「早く切って!」
「そうじゃあ無いのよお。」
ナイフの先で結束バンドの四角い固定部の爪のところを上げてバンド部を引き抜いた。次は足。
猪瀬「でっかいナイフで細け〜作業。それヘアピンでも良くない?」
「習った通りやってみたかったの。キレイに取れた。じゃあ帰ろう。早くしないと警備員が来ちゃうよ。」
ナイフをたたんでコートのポケットにしまった。
涼子「警備員さんたちは、森の中の施設の方にいるって葛西さんが言ってた。そこで『予備儀式』があるから十二時半まで出てこないって。それまで連絡取れないから駐車場で待ってたの。儀式は悪魔が見張ってるから余計な動きすると死ぬから出てこれないんだって。でも葛西さん信じてなくて、「山奥の大学だから暇なんでしょ」って、学校は冬季の補修工事ってことで休講で学生もいないんだって。」
「よく喋るねえ。心美並。」
猪瀬は聴きながらそっと車のドアを閉めた。
涼子「だって寂しかったから」
上目遣いに目をウルウルさせて涙ぐむ涼子。またあ。カワイイけど。
レイラと猪瀬が両方からここぞとばかりに涼子の肩を抱いた。
涼子は両手で顔を覆ってしばらく泣いた。
まあ、誘拐だもんね。流石の涼子も怖いか。
「でも、葛西さん、よ〜く寝てたね?」
涼子「昨日あの気功の先生のところに行って本当に良かった。」
二人は涼子を放した。こういうタイミングってどう読むんだろう。絶妙。コミュ弱者の私には分からん。
涼子「オーラを葛西さんに浸透させて『眠ってください』って念じたら本当に寝ちゃったの。」
猪瀬「にゃは〜!何それ!」
「マスターしちゃってんじゃん。天才かよ」
レイラ「ウフッ。」
「さて、じゃあ帰ろうか。」
涼子「待って。」
「何。」
涼子「ごめん。あの森の中の建物にキラちゃんがいるの。」
「え」
涼子「助け出したい。だから、知ってて付いてきた」
猪瀬「ええ〜っ?」
「ウッソでしょー?」
レイラ「うん。分かった。私も行く。」
猪瀬「しょうがないねえ。一緒に行くよ。」
三人は立ち上がった。私も立つ。
「待って涼子。あんた私たちを巻き込んだ?」
猪瀬「え?何言ってんの莉子ピ」
「だって、紛失防止タグ捨てないで持ってたんでしょ?レイラを呼ぶため?」
涼子「・・・」
「ワザとかって聞いてんの!」
涼子「ごめん。こうするしか無かった。でも莉子さんまで来るなんて思ってなかった。」
「なん、なんなの?いい加減にして」
涼子「昨日、莉子さんを視て、未来のイメージが見えた。私は捕まって、レイラは助けに来て死んじゃうの。真理凛たちも来て一人ずつ私の前で殺される。私を思い通りにするために。」
「私は?」
涼子「来ないと思ったし、最悪来た場合は逃げてもらった。」
猪瀬「ごめん。連れてきたのあたしだ。」
「何よその言い方」
「莉子さんが逃げる間に、私は施設に乗り込んで悪魔たちと戦って儀式をダメにするの。そうすればキラちゃんは助かる。麻薬中毒で瀕死だけどとりあえず助かる。私はその後死ぬ。」
「また死ぬ気なんだね。」
涼子「黙っててごめん。何度も考え直してみたけどレイラと真理凛はどうしても死んじゃう。逃してもダメなの。どうやっても二人は救えない。だから二人は一緒に来て。お願い。」
二人は顔を見合わせてから笑った。
猪瀬「ふっ。ここで帰ったらオンナが廃るわ。」
レイラ「それオトコ。」
猪「いいよ。付いてく。」
レイラ「元から付いてくって言ってるじゃん」
涼子「ごめんね。ありがとう。」
「それは涼子だけの勝手な予測でしょ?」
猪瀬「そう。よく当たる予測。」
猪瀬を睨んだ。
涼「・・・だから。莉子さんは帰って。あなたは来なければ助かる。未来はあるの。助かったキラちゃんをお願い。深く傷ついた彼女に寄り添って救えるのは莉子さんしか居ないから・・・ね?」
涼子は優しく微笑んだ。
レイラも猪瀬も優しく笑っていた。涼子に同行を認められて誇らしげでもある。
答えを待っている。
「・・・」
涼「お願い、ね」
涼子は踵を返して向こうに向かう。
二人も向かおうとする。
「バカやろーっ!!」
三人がこっちを見た。
「涼子死なないでって言っただろ!」
涙がちょちょぎれる。
涼子は、また悟りびとのような優しい微笑みを浮かべた。
私は言う。想いが込み上げて胸が詰まる。でも渾身の声で言う!
「バカやろ!バカやろーっ!」
猪瀬「それは分かったよ。」
「お前たちの最期を、最後の顔を思い出して、思い出して!・・毎日泣けってのかよ!」
三人は答えない。
「それじゃ五年生の時と一緒だよ。あたしそれでも生きていけるほど強くない・・・」
涼子「私のことなんて忘れて。私たちの分も生きて。」
「バカやろーッ!!あたしも行くよ!あたしも死ぬ!」
涼子「嫌よ」
「は」
涼子「それは嫌。せっかく莉子さんの未来が見えたのに。それは嫌。それは嫌なの」
涼子の目がまた潤んで、涙が出てくるのが見えた。
涼子「帰って!」
「嫌だ!付いてく!」
涼「死ぬよ!」
「死なねえってば!」
涼「死ぬよ!莉子さんも死ぬ!私には見える!そういう人たちだし、そういう儀式だもん。行けば殺される」
「うう・・」
かがんだ。膝に両手をついた。涙が流れ落ちた。
涼子「莉子さんが諦めずに切り開いた人生よ。私はサポートしただけ。それを私が潰したくない。」
ポケットに違和感。
ああ眼鏡?あああ!
ポケットから眼鏡ケースを出した。
猪瀬とレイラが身構えた。
「何よ。」二人を見ながら眼鏡をかけた。
レイラ「だって、」
猪瀬「ナイフで脅すのかと思った。」
「その手もあったね。」
涼子「ちょっとやめて」
じっと見る。
涼子の燃えるように大きなオーラ。お盆のような大きな後光。白いような黄色いようなオーラの色。見とれる。悔しいけど美しい。
猪瀬も黄色い光に包まれている。この場でも楽しもうと思っている。後光も小皿みたいなのが見える。
レイラは燃えるような、炎のようなオーラを出している。赤いような黄色いような。オレンジのような。
でも後頭部に後光というほどの光はない。アレは悟りの光なのかもしれない。
「未来は?」
横が熱くなった。
見ると巫女の子が浮かんでいた。
「うわ、脅かすなよ」
レイラ「あ、なんか来た。なんか居る。人魂?」
猪瀬「にゃは!たまに視えるやつだ。」
巫女の子は青い炎のようにオーラを帯びている。後光も涼子ほどではないが後頭部を照らしている。
巫女の子は言う。
『真っ向勝負で悪魔を斃して、人に殺される気かあ。キリスト教系天使っぽい選択だねえ。』
涼子「ん?」
巫女『そうやって死ねば、天国でイエス様が抱きしめてくれるでしょう。でも今世はさ、イエスの主で仏陀の本体である根本仏を信じてるわけでしょ?その答えでいいのかな?』
涼子「なんですか?」
涼子は涙を右手の指で拭いた。
巫女「仏陀は智慧よ。宇宙の叡智よ。その叡智は慈悲でもある。涼子もさ、ちょっとは考えなよね。」
涼「・・・」
涼子は不満げに髪をかき上げた。
以下14へ続く
自分の小説が本になるとかは、難しいかな〜と思っています。
宗教的なこととか政治的なこと書いてるから。
一般に職場などでは、政治と宗教の話はするな、と言われます。ケンカになるから。
まあ常識的に難しいってぐらいは理解してます。
でも万一?なんて薄く薄〜く期待してますが。
たぶん前も書いたんですが、中学?高校ぐらいからずっと文章書いてますので、その時間を供養したいと思っています。その時間が成仏しますように。ってな感じ。




