表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

『コンビニの傘』 1話完結

掲載日:2026/06/07

六月の終わり、雨は夕方になるほど強くなっていた。


大学帰りの僕は、駅前のコンビニの軒下で立ち止まった。朝は晴れていたから傘なんて持っていない。スマホの天気予報を見ても、雨マークなんてなかった。


「最悪……」


店内へ入ると、入口横のビニール傘が目に入る。


——七百円。


高い。


「傘って、こんな高かったっけ」


独り言をこぼしながら、おにぎりコーナーを意味もなく一周した。


財布には千円札が一枚と小銭。昼に友達とラーメンを食べたせいで、今週は少し厳しい。


諦めて走って帰ろうか。


そう思った時だった。


「使います?」


後ろから声がした。


振り返ると、レジにいた五十代くらいの女性店員が一本の傘を持っていた。


透明だけど少し骨が曲がっていて、新品ではない。


「忘れ物なんですけど、もう一週間くらい誰も取りに来なくて。返さなくてもいいので」


「え、でも……」


「雨強いですし。風邪ひいたら大変だから」


少し笑って、その人は傘を差し出した。


断る理由が見つからなかった。


「……ありがとうございます」


外へ出ると、さっきまで嫌だった雨が少しだけ弱く感じた。



翌週。


僕はまた同じコンビニに来ていた。


返さなくていいと言われたけれど、なんとなく気になったのだ。


傘を持って店へ入る。


しかし、あの日の店員はいなかった。


代わりに若い男性店員がレジに立っていた。


「あの、ここで働いてる女の人で、短い髪の……」


「ああ、先週で辞めましたよ」


「辞めた?」


「実家戻るって言ってました」


思っていたより、少しだけショックだった。


ありがとうもちゃんと言えていない。


変な話だけど、もう一度会える気がしていた。


「これ、返したかったんですけど」


傘を見せると、店員が少し困った顔をした。


「じゃあ、忘れ物箱に入れときます?」


その時、少し考えてから首を振った。


「……いや、やっぱいいです」



数日後。


駅で突然の雨に降られた女子高生が、改札前で困っていた。


友達に連絡しているのか、何度もスマホを見ている。


少し迷った。


でも、あの日のことを思い出した。


「あの」


声をかけると、相手が驚いた顔をする。


「よかったら、これ使います?」


女子高生は目を丸くした。


「え、いいんですか?」


「返さなくて大丈夫です」


自分でも少し照れくさい言い方だった。


相手は何度も頭を下げながら傘を受け取った。


「ありがとうございます!」


小走りで去っていく後ろ姿を見ながら、少し笑った。


雨は相変わらず嫌いだった。


でも、悪いものでもない気がした。


人からもらった優しさは、案外なくならない。


形を変えて、どこかへ流れていくのかもしれない。


その日は、少し濡れて帰った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ