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盲愛の独白

 「……ああその目。……たまらない」


 冬華が熱い吐息を漏らした。

 俺の瞳孔を見開いた「ガン見」に対して。


 彼女の指先が震えながらブラウスの最後の一つのボタンに掛かる。

 嫌悪感どころか彼女はかつてないほどの昂揚感に包まれていた。


 「悠。……そんな風に私を貪るように見つめるなんて」


 冬華の瞳が狂おしいほどの熱を帯びて潤んでいく。


 「……私のすべてを一秒も逃さず食べてしまいたいってことよね?」


「いや冬華さん落ち着いて! 待って話せばわかる!」


 俺の制止など彼女の耳には届かない。

 彼女はブラウスを滑り落とし、その肩をあらわにした。


 「……いいわ。……私もあなたの全部が欲しい」


 冬華はそのまま俺の胸元に飛び込んできた。

 華奢な体からは想像もできないほどの力で俺を床に押し倒す。


「……っ!?」


 床に背中が当たり鈍い衝撃が走る。

 その上に下着姿の冬華が跨った。


 「悠。……さっき『恋愛と結婚は違う』って言ったわね」


 彼女は俺の首筋に顔を寄せ熱い息を吹きかける。


 「……わかったわ。……ならまずは(つがい)になりましょう」


 冬華の手が俺の制服のベルトに伸びた。


 「そそれってどういう……」


「逃げられないように印をつけるの。……私の歯形と……私の子供で」


 彼女の瞳から完全に理性が消し飛んでいた。

 俺を「獲物」としてそして「唯一の所有物」として見つめている。


 「……誰にも渡さない。……誰にも見せない。……この部屋でずっと、私だけの悠にしてあげる」


 冬華の唇が俺の喉元に触れる。

 甘い香りと背筋を凍らせるような執着。


 ……これ冗談じゃない。


 俺が嫌われるためにした「ガン見」は冬華の中に眠っていた怪物を完全に目覚めさせてしまったんだ。


 「……さあ悠。……愛し合いましょう?」


 ガチャンと。

 絶望的な音を立てていたはずの扉が外側から強引にこじ開けられた。


 「……何をしているのかしら。放課後の聖域で」


 凛とした声が熱狂に包まれていた室内の空気を一瞬で凍りつかせる。


 そこに立っていたのは長い黒髪をなびかせた女子生徒。

 現生徒会長如月怜奈(きさらぎれいな)

 俺たち一年生にとっては雲の上の存在だ。


「せ、生徒会長……っ!?」


 俺は冬華に押し倒された無様な姿のまま声を上げた。

 正直助かったという安堵感が凄まじい。

 だが上に跨っている冬華は違った。


「……生徒会長? なぜここに」


 冬華の声には一欠片の動揺もなかった。

 あるのは純粋で剥き出しの「敵意」。


 下着が見える姿のまま会長を真っ向から睨み据えた。


 「ここは私の管轄のはず。……鍵もかけていたわ」


「スペアキーくらい持っているわよ。……それよりその格好は何? 破廉恥にもほどがあるわ」


 会長の冷徹な視線がほぼ半裸の冬華と乱れた制服の俺を往復する。

 普通ならここで恥じ入って謝罪するのが一年生の反応だ。


 俺だって今すぐ穴に入りたい。

 けれど冬華の瞳には「邪魔者を排除する」という光が宿っていた。


「……破廉恥? いいえこれは儀式よ。悠を私のものにするための」


 冬華は俺の前に立ち庇うように両手を広げた。

 その背中からは先ほど以上のどろりとした圧迫感が溢れ出している。


 「……悠を見ないで。……その汚い瞳で私の夫を汚さないで」


「夫? ……正気なの? 彼はまだただの生徒よ」


 会長が不快そうに眉をひそめる。

 一歩も引かない学園の頂点。

 そして愛に狂った一年生の怪物。


 「……どいて。……さもないと会長だろうと容赦しない」


 冬華の指先が机の上に置かれたペーパーナイフに触れた。


 ……待て冬華さん!

 それは絶対にやっちゃいけないやつだ!


 「……いいわ。それほど彼のことが好きならその思いをここで吐き出しなさい」


 如月会長は腕を組み冷徹なまでの冷静さで冬華を見据えた。


「私が納得したらこの部屋を何に使ってもいい。……『ナニ』にね?」


 その言葉に冬華の眉がぴくりと跳ねる。

 明らかに不服そうだった。

 自分の愛を他人に品定めされることへの生理的な拒絶。


 だがこの「聖域」を公式に独占できる特権は彼女にとって魅力的すぎたらしい。


「……わかったわ。会長」


 冬華はゆっくりと俺の隣に座り直した。

 ブラウスをしっかり羽織りもせず肌を晒したまま俺の腕を強く抱きしめる。


 「悠への思い? ……そんなの言葉にするまでもないわ」


 彼女の瞳が俺を見つめる時だけとろりと溶ける。


 「朝目が覚めた瞬間から悠のことしか考えていない。……悠が吸った空気を私が吸い込むだけで肺が熱くなるの」


 冬華の声は次第に熱を帯びていく。


 「悠が他の誰かと笑うたびその相手の喉を掻き切りたくなる。……悠が私以外のものを見て瞳孔が開くのが許せない。……だから私が彼のすべてを埋め尽くしてあげなきゃいけないの」


 会長はただじっとその狂気を含んだ独白を聞いていた。

 表情一つ変えず石像のように。


 「……彼が眠っている時その睫毛の数を数えるのが私の至福。……彼が流す汗も涙も一滴残らず私のもの。……悠は私のために生まれてきた。……私の体も心も悠というパズルを完成させるためのピースでしかないのよ」


 冬華の指先が俺の頬を愛おしそうになぞる。

 その指先はさっきまでの冷たさが嘘のように熱を帯びていた。


 「……結婚? そんなのただの形式。……私は悠の細胞の一つ一つに私の名前を刻み込みたい。……死んでも腐っても魂になっても私だけの悠でいてもらう。……それが私の愛」


 語り終えた冬華は肩で息をしていた。

 狂気に満ちたあまりにも純粋であまりにも重すぎる告白。

 俺はあまりの気圧(けお)されっぷりに声も出せなかった。


 ……これ会長ドン引きして追い出してくれるよな?


「………………」


 会長はふっと口角を上げた。


 「……いいわもっと続けて。もっと深くあなたの執着を聞かせて頂戴」


 なんでよ!


 如月会長は促すように低く甘い声で言った。

 冬華はその言葉に突き動かされるようにさらに語度を強めていく。


 「悠の鼓動が私の耳の奥で鳴り響くの。……彼の血管を流れる血の一滴まで私の名前を書き込んでやりたい……。彼が吸う空気さえ、私が一度吐き出したものだけで満たしたいの……!」


 冬華は自分の世界に没入していた。

 俺の腕を抱きしめる力は強まりその瞳は恍惚とした熱に浮かされている。


 自分の愛を呪詛のように吐き出すことだけに意識の全てを注いでいた。


 だから気づかなかった。

 如月会長が音もなく俺たちのすぐ側にまで歩み寄ってきたことに。


 「……っ」


 俺が息を呑むより早く。

 会長は冬華の視界の死角から俺の右手にそっと自分の手を添えた。


 ひんやりとしたけれど冬華とは違う滑らかな質感。

 会長は俺の指の隙間に自分の細い指を迷いなく割り込ませる。


 冬華は俺の左腕に縋り付いたまままだ熱心に愛の定義を叫んでいる。


「悠は私の細胞の一部。……私が死ぬ時は彼も一緒に……」


 その独白を背に如月会長は俺の指を強く絡め取った。

 そして抗う隙も与えない強引さで俺を静かに椅子から引き剥がす。


 「……あ」


 声を出そうとした俺の唇に会長は空いた方の手の指を立てた。

『静かに』。

 その冷徹なまでの美貌に見たこともないような艶然とした笑みが浮かぶ。


 会長はそのまま俺を連れて出口へと歩き出した。

 冬華はまだ俺の『感触』が残っているのか空虚な空間に向かって愛を囁き続けている。


 「……悠? どうして黙っているの。……もっと私の愛を全身で受け止めて……?」


 背後から聞こえる狂気を孕んだ甘い声。

 俺は如月会長に手を引かれ開け放たれた扉の外へと連れ出される。


 カチャリ。


 今度は外側から会長が静かに鍵をかけた。

 廊下の静寂の中で俺の指を絡める会長の力が強くなる。


「……さて。あの子があの部屋で『自分だけの悠』と心中し終える前に私たちは別の場所へ行きましょうか」


 「か会長……これどういう……」


「言ったでしょう? 私が納得したら何に使ってもいいって。……あの子にはあの『妄想』の部屋がお似合いよ」


 会長の瞳に冬華とはまた違う底知れない支配欲の影が差した。


 ……助かったと思った俺が馬鹿だった。

 この学園まともな女が一人もいないのか!?

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