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凍てつく愛の告白

 「……好き。私と、付き合って」


 放課後の旧校舎。

 夕闇が差し込む教室で学園一のクールビューティー、氷室冬華(ひむろとうか)が口を開いた。


 彼女は名前の通り、いつも氷のように冷淡だ。

 感情の起伏を見せず、他人を寄せ付けない。


 そんな彼女からの、まさかの告白。

 俺、橋本悠(はしもとゆう)はあまりの衝撃に心臓が跳ね上がった。


「……俺で、いいのか?」


 冬華は無機質な瞳で俺をじっと見つめる。


「悠じゃなきゃ、ダメ。……返事は?」


 断る理由なんて、どこにもない。

 俺はずっと、遠くから彼女に憧れていたんだ。


「……よろしくお願いします!」


 その瞬間。

 冬華の口角がほんのわずかに吊り上がった。


 「嬉しい。……ようやく、私のものになってくれた」


 その声は震えるほどに甘く。

 そして逃げ場を塞ぐような重圧を孕んでいた。


 「もう離さないから。……誰にも、触れさせないから」


 彼女の手が俺の腕を強く掴む。

 爪が食い込むほどの強さに俺は少しだけ違和感を覚えた。


 ……あれ?


 クールな氷室さんって、こんなに情熱的なキャラだったっけ?


 「あ、あの、冬華さん? ちょっと痛いんだけど……」


 俺が苦笑いしながら言うと、彼女はさらに顔を近づけてきた。


 「痛い? ……いいえ、これは愛よ」


 瞳の奥のハイライトが、ふっと消える。


 「さあ、悠。スマホを見せて。……女の人の連絡先、全部消しましょう?」


 それが俺の平穏な日常が終わった合図だった。

 付き合いたての彼女が、まさか重度なヤンデレなんて。


 ───


 翌朝。

 俺の家の前にはすでに彼女が立っていた。


 氷室冬華こと学園一のクールビューティーが門柱に背を預けて待っている。


「……おはよう、悠。三十二秒、遅い」


 「ご、ごめん。……って、なんで家を知ってるの?」


 俺が動揺して問いかけると、彼女は感情の読めない瞳で俺を見た。


 「彼女なんだから、当然。……さあ、行きましょう」


 冬華は俺の返事を待たず、迷いなく腕を絡めてきた。

 それも、ただの腕組みじゃない。


 密着。


 二の腕に伝わる、柔らかいけれど確かな感触。


 「……あの、冬華さん。ちょっと近すぎない?」


「いいえ。……隙間があると誰かが入り込むかもしれないから」


 彼女の指先が、俺の腕に食い込む。

 そのまま、俺たちは登校路へと踏み出した。


 当然、目立つ。


 すれ違う生徒たちが、次々と足を止めた。


「おい、あれ……氷室さんだよな?」


「誰だあの男。……たしか、凡夫の橋本悠? なんで腕組んでるんだよ」


 氷の女王と名高い彼女が男と密着している。

 その光景は静かな校門前に激震を走らせた。


 「……見てる」


 冬華が低く呟く。

 彼女の視線が俺を見ていた女子生徒たちを射抜いた。


 その目は冷徹。

 いや、もはや殺気すら籠もっている。


「……私の悠を、見ないで」


 「ひっ……!」


 目が合った女子たちが、顔を引き攣らせて逃げていく。

 俺は冷や汗が止まらなくなった。


 「冬華さん、みんな怖がってるよ。……もう少し離れて……」


「ダメ。……悠は、私のもの。……世界中に、分からせないと」


 彼女の抱きしめる力が、さらに強まる。


 ……監視だ。

 甘い登校風景じゃない。


 俺は一歩進むたびに重くなる空気を感じていた。


「……ねえ、悠。さっきの女、誰? ……殺す勢いで睨んでいい?」


 「ダメだよ! 絶対にダメだから!」


 ようやく教室にたどり着いた。

 冬華の視線に射抜かれ、逃げ出した女子たちの残像が脳裏に焼き付いている。


 「……じゃあ、また休み時間に」


 冬華は名残惜しそうに俺の腕を解放した。

 俺は解放感と共に自分の席へと向かう。

 だが。

 自分の机を見た瞬間、心臓が跳ねた。


 「……なんだ、これ」


 教科書を入れようとした引き出しの隅。

 黒くて薄い、小さな円盤状の何かが貼り付いている。

 一見、ただのマグネットに見える。


 けれど中央で小さな赤い光が規則正しく点滅していた。


 「……悠、どうかした?」


 背後から冷ややかな声がした。

 いつの間にか冬華が俺のすぐ後ろに立っていた。


 無表情。


 けれど、その瞳は俺の指先にある「それ」をじっと見つめている。


 「あ、いや……これ、何かなって。冬華さん、心当たりある?」


 俺が指でそれを示した瞬間。


 冬華の頬が、ほんのりと朱に染まった。


 「……気づいたのね。さすが私の悠」


 彼女は愛おしそうに、その黒い円盤を撫でた。


 「これ、最新式のGPS。……電波遮断されても悠の居場所を私に教えてくれるの」


「……え?」


 「一分ごとに悠の心拍数と血圧も私のスマホに届くわ。……悠が他の女を見て興奮してないかチェックするために」


 俺は言葉を失った。

 これ、完全にアウトなやつだろ。


「……冬華さん。これ、プライバシーとか……」


「プライバシー? ……夫婦になるんだから、隠し事なんていらないでしょう?」


 彼女は一歩、俺に詰め寄る。

 周囲のクラスメイトが、引きつった笑顔で目を逸らした。


 「……悠。これを外そうなんて、思わないでね?」


 冬華の手が、俺の首筋を優しく這う。

 氷のように冷たい指先。


 「もし外したら……。……私、悠をどこかに閉じ込めなきゃいけなくなる」


 その言葉は冗談には聞こえなかった。

 赤いランプが嘲笑うようにチカチカと光り続けている。


 「……冬華さん。夫婦なんて、まだ早すぎるよ」


 俺は勇気を振り絞ってその冷たい指先を優しく押し返した。

 赤いランプが点滅するデバイスを指差し、俺は自分の考えを口にする。


「付き合うっていうのは、お互いを知っていくプロセスだ。……でも、結婚は生活そのものだよ」


 冬華は瞬きもせず、俺の言葉を待っている。

 俺は一気に畳みかけた。


 「恋愛は自由であるべきだし、信頼がベースにあるものだ。……束縛や監視で縛り付けるのは、もう恋愛じゃない」


「…………」


 「結婚と恋愛はまるで別物なんだ。……今の冬華さんのやり方は、俺を信じてないのと同じだよ」


 しんと静まり返る教室。

 周りの連中も息を呑んで俺たちのやり取りを見守っている。


 俺は少しは伝わったかと思った。

 論理的に、筋道立てて話したつもりだ。

 だが。


「…………そう」


 冬華の声が、一気に数度、温度を下げた。

 彼女の瞳から、先ほどまでの熱っぽい色が完全に消え去る。

 代わりに宿ったのは、絶対零度の冷徹さ。


「……悠は、私と一つになるのが嫌なのね」


 「えっ、いや、そういう意味じゃなくて……」


「自由。……信頼。……そんな不確かな言葉で私を遠ざけるつもり?」


 冬華の目が凍てつくような鋭さで俺を射抜く。

 その視線に触れた場所から、肌が粟立っていくのがわかった。


 「……わかったわ。悠には、もっと『教育』が必要みたい」


 彼女は低く、地を這うような声でそう呟いた。


 「恋愛と結婚が違うなら……。……まずは逃げられない関係から教え込んであげる」


 冬華の背後に、どろりとした漆黒のオーラが立ち昇るのが見えた気がした。


 「……ねえ悠。放課後、楽しみにしていて?」


 蛇に睨まれた蛙のように、俺は一歩も動けなかった。


───


 放課後。

 俺は呼び出しに応じ、旧校舎の奥にある生徒会室の扉を叩いた。

 そこは冬華が一人で管理している、いわば彼女の聖域だ。


 「……来たわね、悠」


 部屋の中央。

 重厚な机に座った冬華が、冷たく言い放つ。

 俺が足を踏み入れると同時。

 背後で、重苦しい金属音が響いた。


 カチャリ。


 ……内側から、鍵をかけられた。


 「……冬華さん? 鍵、閉めたの?」


「逃がさないため。……朝の続き、しましょう」


 冬華は椅子から立ち上がり、一歩ずつ俺に詰め寄る。

 その瞳には、もはや理性など微塵も感じられない。


「恋愛と結婚は違う。……そう言ったわね」


「あ、ああ。……だからまずは段階を……」


 「いいえ。……やっぱり、私たちは夫婦になるの」


 冬華の手が自身のブラウスの第一ボタンにかかった。


 「今ここで、既成事実を作る。……そうすれば、悠も『結婚』の意味がわかるはず」


 指先が震えながらも彼女はボタンを一つ、また一つと外していく。


 (……やばい。このままじゃ、人生が強制終了する!)


 俺は冷や汗を流しながら、必死に頭を回転させた。


 そうだ。


 いくら彼女が重い彼女でも、相手は学園一の清楚な美少女だ。

 男の「嫌な部分」を見せつければ百年の恋も冷めるに違いない。


 (よし、嫌われてやる……!)


 俺はあえて一歩も引かなかった。

 それどころか、顔を突き合わせるほどの距離まで近づく。


 そして。


 瞳孔を限界まで見開き、冬華の胸元を剥き出しの欲望を隠さずガン見した。

 瞬き一つせず、舐めるように、執拗に。


 (どうだ! こんな獣みたいな目で見てくる男、生理的に無理だろう!?)


 軽蔑してくれ。

 ビンタして、ここから追い出してくれ!

 だが。


「…………っ」


 冬華の肩がびくりと跳ねた。

 彼女の頬はこれまでに見たことがないほど真っ赤に染まっていく。


 「……そう。……そんなに、私の体が欲しいの?」


「……え?」


 冬華の目がさらに妖しくどろりと濁った。

 恐怖を感じるほどの熱量がそこには宿っていた。


 「嬉しい……。……悠も、私と同じくらい『飢えて』いたのね」


「いや、違うんだ冬華さん! これは……!」


 「いいわ。……もっと見て。……隅々まで、あなたの瞳に焼き付けて」


 彼女の指は、止まるどころか加速する。

 嫌われるどころか俺の「ガン見」は彼女の歪んだ愛に特大のガソリンを投下してしまったらしい。


 ……なんでだよ! 普通、引くだろう!?

 俺の計算は深すぎる愛の前で粉々に砕け散った。



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