第8話 暗黒の夜と、光のインフラ計画
農業都市レストバレイクでの改革から数日が経った。
カブの成長を待つ間、俺は領都エルガレアの屋敷に戻っていた。
夜、20時。
現代日本であれば、まだまだ宵の口。店は開き、ネオンが輝き、人々が行き交う時間帯だ。
だが、俺の部屋の窓から見えるエルガレアの街は――。
「……真っ暗だ」
漆黒の闇。
星明かりと、わずかに漏れる民家の窓の灯り以外、何も見えない。
まるでゴーストタウンだ。
これでは、日没と同時に経済活動が強制終了してしまう。
治安も悪い。夜道で転んで怪我をするリスクもある。
何より、こんな暗い街に活気が生まれるはずがない。
「セバス。この街の夜は、いつもこんなに静かなのか?」
「左様でございます。松明や油は高価ですから、庶民は日が暮れればすぐに寝てしまいます。酒場などが開いているのは、一部の繁華街だけですね」
控えていたセバスが淡々と答える。
エネルギーコストの問題か。
だが、俺の記憶にある鉱山データには、ある「未使用資源」の記述があったはずだ。
「ねえセバス。北の鉱山では、鉄や石炭と一緒に『クズ魔石』が出るよね? あれ、どうしてるの?」
「クズ魔石、ですか? 魔力が微弱すぎて使い物になりませんから、大半は廃棄するか、砕いて砂利道の埋め立てに使っておりますが……」
俺はニヤリと笑った。
やっぱりだ。
魔石としての純度が低く、魔法使いが使う杖や魔道具の動力源にはならない「産業廃棄物」。
だが、LEDのような「省エネ光源」としてなら、十分使える可能性がある。
「もったいない! それは宝の山だよ。明日、父上に提案しよう」
***
翌日。俺は父ロイドの執務室を訪ねた。
相変わらず書類仕事に追われている父に、俺は一枚の企画書を提出した。
『領都エルガレア・メインストリート照明化および舗装計画』
「……リック。今度は何を思いついたんだ?」
「街を明るくしましょう、父上。そして道を平らにするんです」
ロイドは企画書に目を通し、眉間を押さえた。
「街灯を設置するというのは分かる。防犯にもなるだろう。だが、燃料費はどうする? 毎晩松明を燃やせば、財政が破綻するぞ」
「燃料は『クズ魔石』を使います」
俺はポケットから、鉱山から取り寄せてきた小指の先ほどの透明な石を取り出した。
微弱な魔力を帯びたクズ石だ。
「これに簡単な『発光』の魔法陣を刻んで、街路樹のように等間隔に立てるんです。昼間のうちに太陽の光を蓄えさせれば、夜の間はずっと光り続けます」
いわゆるソーラー蓄光ライトの魔法版だ。
石自体はタダ同然。維持費もかからない。
「……なるほど。捨てていた石を光源にするとは。だが、メインストリートの舗装というのは? 今の石畳でも十分馬車は通れるが」
「ガタガタすぎます。あれでは荷崩れが起きるし、馬車がスピードを出せません」
俺は身を乗り出した。
「父上。物流の基本は『スピード』と『安全性』です。メインストリートのアスファルト……いえ、隙間のない『フラット舗装』を行えば、馬車の移動時間は2割短縮できます。車輪の消耗も減ります」
そして何より、と俺は付け加えた。
「夜が明るくなり、道が良くなれば、人は夜も出歩くようになります。店は遅くまで営業でき、お金が回る。つまり、税収が増えます」
ロイドの目の色が変わった。
商務次官としての計算機が、俺の提案を弾き始めたのだ。
初期投資はかかる。だが、維持費は安く、経済効果は莫大。
「……クズ魔石の再利用に、物流の効率化か。お前の頭の中はどうなっているんだ」
「ふふ、全部『夢の中の女神様』の受け売りですよ」
ロイドはしばらく企画書を睨んでいたが、やがてバシッと机を叩いた。
「よかろう! 予算をつけよう。ただし、まずはメインストリートの500メートルだけだ。そこで効果を証明してみせろ」
「ありがとうございます! すぐに着工します!」
俺はガッツポーズをした。
***
その日の午後。
俺は再びセバスを連れて、メインストリートの測量に出ていた。
通りを行き交う人々は、領主の息子がまた何か始めたぞと、興味津々で遠巻きに見ている。
「若様。クズ魔石の手配は済みました。石工ギルドにも、石柱の加工を発注済みです」
「仕事が早いね、セバス。じゃあ、まずはこのドロドロの道をなんとかしようか」
メインストリートとは名ばかりの、石畳が剥がれ、泥が溜まった悪路。
俺はここでも魔法を使うことにした。
イメージするのは、現代の「アスファルト舗装機」だ。
「セバス、周りの人を下がらせて」
「承知いたしました」
俺は地面に手を触れる。
土魔法による圧縮と硬化。
砂利と土を混ぜ合わせ、魔力で結合させ、コンクリートのように硬く平らに固めていく。
「……固まれ。『ロード・ペイビング(道路舗装)』!」
ズズズッ……と低い音が響き、凸凹だった道が、見る見るうちに平滑な一枚岩のような路面へと変わっていく。
継ぎ目のない、美しいグレーの道。
馬車が滑るように走れるハイウェイの誕生だ。
「……相変わらず、出鱈目な魔法ですな」
「効率重視だからね。さあ、次は街灯の設置だ!」
エルガレアの街が、まもなく光に包まれる。
その光景を想像し、俺はワクワクしながら次の作業へと移った。




