第7話 精密種まきと、魔法のスプリンクラー
土煙が晴れると、そこには信じられない光景が広がっていた。
石ころだらけだった荒地は消え、代わりに黒々とした土がふかふかと盛り上がる、極上の農地が誕生していたのだ。
セバスの「地形操作」による美しい畝。
そして俺の「耕運魔法」による、空気を含んだ柔らかな土壌。
完璧だ。これ以上ないベッドが完成した。
「すげえ……。昨日は一日がかりだったのに、一瞬で……」
「これが魔法使い様のお力か……」
農民たちは鍬を取り落とし、震える手で土に触れている。
恐怖よりも感動が勝っているようだ。
「さあ、見惚れている時間はないよ! 土が乾く前に種を蒔くぞ!」
俺はパンパンと手を叩き、意識を現実に引き戻させた。
馬車から下ろされた麻袋を開ける。
中に入っているのは、小さな球形の種――カブの種だ。
「えっ? 坊ちゃん、これ……小麦じゃねえのか?」
覗き込んだガンツ村長が素っ頓狂な声を上げた。
農民たちもざわめく。
「カブなんて植えてどうするんだ?」「あんなの、家畜の餌かスープの具にしかならねえぞ」「金になるのか?」
予想通りの反応だ。
彼らにとって農業とは「小麦を作ること」であり、それ以外は雑草と変わらない認識なのだろう。
「いいか、よく聞いてくれ。この土地はまだ『病み上がり』だ。いきなり小麦を植えても、栄養が足りずに枯れてしまう」
俺は種を指先で摘み上げ、皆に見せた。
「だから、まずはカブを育てる。カブは成長が早い。それに、土の中深くまで根を張って、俺たちが耕した土をさらにほぐしてくれるんだ。そして収穫した後は、葉っぱをそのまま土に混ぜ込めば、最高の肥料になる」
さらに、畝と畝の間には、牧草の一種であるクローバー(マメ科)の種を蒔くことも説明した。
これが空気中の窒素を土に取り込み、地力を回復させる(緑肥)。
いわゆる「混植」の技術だ。
「この種は、未来の小麦のための『先遣隊』だと思ってくれ。さあ、蒔き方の説明をするぞ!」
俺は地面に木の枝で線を引いた。
「今までのやり方は、適当にパラパラと蒔いていただろう? それじゃダメだ。栄養の取り合いになるし、間引きの手間も増える」
前世の記憶――表計算ソフトのセル(枠目)を脳内で展開する。
最適な株間と条間。
「指一本分の穴を空け、そこに3粒ずつ。隣との間隔は、男の足のサイズ一つ分(約30センチ)だ。これを徹底してくれ!」
俺の指示は細かい。
だが、農民たちは昨日の労働と今の魔法を見て、俺への信頼度が爆上がりしている。
文句を言う者は一人もいなかった。
「よし、やってやるぜ!」「足一つ分だな!」「慎重にやれよ!」
30人の男たちが畝に散らばり、這いつくばって種を蒔き始めた。
等間隔に、丁寧に。
その光景は、まるで工場のライン作業のように整然としていた。
これなら生育も揃うし、収穫の効率も段違いだ。
***
一時間後。
広大な畑への種まきが完了した。
あとは、仕上げだ。
「さて……種を蒔いたら、何が必要かな?」
「そりゃあ水だが……」
ガンツが空を見上げた。今日は快晴。雨が降る気配はない。
「近くの川から桶で運ぶしかねえな。こりゃあ骨が折れるぞ」
30人がかりでも、この広さに水を撒くには半日はかかるだろう。
だが、俺には現代知識と、さっき目覚めたばかりの魔力がある。
「セバス。水魔法で、上空に水の塊を作れる?」
「お安い御用です。『ウォーター・スフィア(水球)』」
セバスが杖を振ると、畑の上空10メートルほどの高さに、巨大な水の大玉が出現した。
キラキラと陽光を反射して美しい。
だが、そのまま落とせば「水害」で畝が崩れてしまう。
「よし、そこからは俺がやる」
俺は両手を空に向けた。
イメージするのは、ゴルフ場やスタジアムで見かける、あいつだ。
水圧をかけて、ノズルの先から霧状に噴射する機構。
回転しながら、広範囲に、優しく水を届けるシステム。
「……拡散せよ。『ロータリー・スプリンクラー』!」
バシュッ!
俺の魔力が干渉した瞬間、空中の水球が弾けた。
いや、ただ弾けたのではない。
無数の細かい水滴となり、回転しながら円を描くように降り注いだのだ。
サーーーーーッ……。
まるで慈愛に満ちた小雨のように。
水は優しく土を濡らし、種を包み込んでいく。
土煙が落ち着き、乾いた大地がしっとりと潤っていく様は、圧巻の一言だった。
「……雨だ。俺たちの畑に、雨が降ってる」
「すげえ……魔法使い様ってのは、天気まで操れるのかよ」
農民たちは帽子を取り、天の恵みならぬ「若様の恵み」を全身に浴びて歓喜した。
ガンツ村長も、濡れた頬を拭おうともせず、潤った畑を呆然と見つめている。
「種を蒔いて、一瞬で水やりまで……。これなら、本当に育つかもしれねえ」
俺は魔力を使い果たして少しふらついたが、セバスに支えられながら胸を張った。
「どうだい、村長。これがエルガレア流の農業改革だ」
「……ああ。完敗だ、坊ちゃん。あんたの言う『未来』ってやつを、俺も信じてみたくなったよ」
黒く湿った大地の下で、無数の種がいっせいに呼吸を始めた気がした。
芽吹きの時は近い。
俺たちの改革は、しっかりと根を張り始めたのだ。




