第5話 荒地開拓と、空飛ぶ石灰
翌朝、午前6時。
東の空が白み始めた頃、レストバレイクの北外れにある荒地には、既に30人の男たちが集まっていた。
彼らの視線は、期待と不安が半々といったところだ。
手には使い古した鍬や鋤が握られている。
「おはよう、諸君! 集まりがいいな!」
俺が声を張り上げると、農民たちは少し戸惑いながらも野太い声で返事をした。
村長のガンツも腕組みをして立っている。
「……で、坊ちゃん。やる気はあっても道具が足りねえぞ。それに肥料はどうするんだ? 家畜の糞なんて、この村にはもう余ってねえぞ」
ガンツの指摘はもっともだ。
だが、俺はニヤリと笑って空を指差した。
「心配無用だ。――ほら、来たぞ」
ヒュオオオオオッ!
風を切る音と共に、上空に巨大な影が現れた。
朝陽を背にして降下してきたのは、2頭のワイバーンだ。
その脚には、大きな木箱が吊り下げられている。
「なっ、ワ、ワイバーン!?」
「なんでこんな所に空の便が!?」
農民たちが腰を抜かしそうになる中、ワイバーンは土煙を上げて荒地の平坦な部分に着陸した。
同時に、街道の方からは、重そうな荷車を引いた3台の馬車も到着する。
「筆頭執事たるもの、手配は迅速に行いませんと」
馬車から降りてきたセバスが、涼しい顔でワイバーンの荷解きを指揮し始めた。
俺は唖然とするガンツの肩を叩く。
「馬車には、隣町から買い集めた『腐葉土』と新品の農具。そしてワイバーンが運んできたのは、領都エルガレアの鉱山から取り寄せた特級品の『石灰』だ」
「せ、石灰……? ただの白い石の粉じゃねえか。そんなもんを運ぶために、わざわざワイバーンを使ったのか!?」
ガンツが叫ぶのも無理はない。
ワイバーン便は高額だ。石ころを運ぶコストじゃない。
だが、俺には計算があった。
「時は金なり(タイム・イズ・マネー)だ、村長。馬車なら石灰を運ぶのに片道4時間はかかる。往復で1日仕事だ。だがワイバーンなら数十分で届く。今日から作業を始めるには、これしかなかった」
それに、これはデモンストレーションでもある。
工業都市エルガレア(石灰)と、農業都市レストバレイク(土壌)。
この2つが繋がれば、最強のシナジーが生まれるという証明だ。
「よし、作業開始だ! まずはこの白い粉――石灰を、荒地全体に均等に撒くんだ!」
俺の号令で、男たちが動き出す。
木箱からシャベルで石灰をすくい、乾いた大地に撒いていく。
舞い上がる白い粉。
この土地は長年の雨で酸性に傾いている。アルカリ性の石灰を混ぜることで中和し、作物が育つ土壌(pHバランス)へと整えるのだ。
「うおおお! 銀貨3枚分、働いてやるぜ!」
「撒け撒けぇ!」
最初は半信半疑だった農民たちも、目の前に積まれた物資と、高額な日当という「現実」を前にして、目の色を変えて働き始めた。
俺も上着を脱ぎ捨て、袖をまくった。
子供用の小さなシャベルを手に取る。
「若様!? 若様は木陰で見学を……」
「馬鹿言うなセバス。社長が現場を知らなくてどうする」
俺は大人たちに混じって土に足を突っ込んだ。
硬い。石ころだらけだ。
だが、この感触が悪くない。
前世ではキーボードを叩く指先の感触だけが現実だった。
今は、土の重みと、額を流れる汗が生きている実感を与えてくれる。
午前中で石灰に撒き終わり、午後は馬車で届いた腐葉土を混ぜ込みながらの耕うん作業だ。
30人の男たちが一斉に鍬を振るう光景は壮観だった。
死んでいた白い土地が、徐々に黒々とした豊かな色へと変わっていく。
「……へえ。坊ちゃん、意外とやるじゃねえか」
休憩中、水筒の水を飲んでいると、ガンツが近づいてきた。
その視線は、昨日までの侮蔑的なものではなく、一人の男を見る目に変わっていた。
「口だけじゃねえんだな。貴族様が泥だらけになって働くなんて、初めて見たぜ」
「俺はこの土地に賭けてるからね。それに、みんなと一緒に汗を流した方が、飯も美味いだろう?」
俺が笑って答えると、ガンツはフンと鼻を鳴らし、しかし口元には微かな笑みを浮かべた。
「……違いねえ」
夕方、作業が終わる頃には、荒地は見違えるように整備されていた。
石は取り除かれ、石灰と腐葉土が馴染んだふかふかの土。
これなら、カブの種も根を張れるだろう。
セバスが用意した机の前で、俺は約束通り一人一人に銀貨3枚を手渡した。
「お疲れ様! いい仕事だった!」
「ありがとうございます!」
「明日も頼むぜ、若旦那!」
農民たちの顔には、疲労よりも充実感が漂っていた。
受け取った銀貨の重みと、自分たちの手で土地を変えたという達成感。
これこそが、労働の本来あるべき対価だ。
「さて、明日は畝作りと種まきだ。……世界を変える第一歩、まずは上々だな」
泥だらけの手を見つめながら、俺は確かな手応えを感じていた。
この小さな畑から、王国の農業革命が始まるのだ。




