第4話 頑固親父の攻略と、決起集会
農業都市レストバレイクの村長、ガンツの家は、村の中で最も大きく、そして古びていた。
案内された応接間には、使い込まれた木のテーブルと、数脚の椅子があるだけ。
出された茶も、薄くて渋い。
この村の財政状況が透けて見えるようだ。
「……ほう。領主様のご子息が、この村の『一番ダメな畑』をお買いになりたいと?」
対面に座った村長ガンツは、60歳ほどの強面の男だった。
日焼けした肌と、節くれだった太い指。
長年、土と格闘してきた農民特有の威圧感がある。
彼は俺―10歳の子供を、明らかに値踏みするような目で見下ろしていた。
「貴族のお坊ちゃんが、何の気まぐれだかわかりませんがね。土いじりなら屋敷の庭でやった方が安全ですぞ。ここは遊び場じゃねえんで」
「無礼だぞ、ガンツ」
背後に控えたセバスが鋭い声を発するが、俺は片手でそれを制した。
現場の責任者が、落下傘で降りてきた若造の上司を嫌う。
前世でもよくあった光景だ。こういう手合いには、権力よりも「実利」と「覚悟」を見せるに限る。
「遊びじゃないよ、村長。俺はこの村の危機を救いに来たんだ」
「危機……だと?」
「そう。このまま痩せた土地で小麦を作り続ければ、あと数年でこの村は飢饉になる。あんたも薄々気づいているはずだ」
ガンツの眉がピクリと動く。
図星だろう。現場の人間が、収穫量の減少に気づかないはずがない。
「だから、俺に実験させてほしい。俺が買い取るのは、村の北外れにある放棄された荒地だ。あそこなら、失敗しても村に損害はないだろう?」
「……あそこは石ころだらけの死んだ土地だ。作物なんて育つわけがねえ」
「それを育つように変えてみせる。もし成功すれば、その方法を村全体に無償で公開する。……どうかな? 村にとってはローリスク・ハイリターンな話だと思うけど」
俺はテーブルの上に、革袋をドンと置いた。
中には金貨が10枚。
荒地の買収額としては破格の金額だ。
ガンツの視線が革袋に吸い寄せられる。
「……本気、なんですな?」
「ああ。俺はエルガレアの名にかけて、この土地を蘇らせてみせる」
俺が真っ直ぐにガンツを見据えると、彼は深くため息をつき、頭を掻いた。
そして、その厳つい顔を少しだけ緩めた。
「……わかりやした。金貨10枚もありゃ、冬越しの燃料が買える。背に腹は代えられねえ。好きに使ってくだせえ」
「交渉成立だね。ありがとう、村長」
***
その日の夕方。
ガンツ村長の招集により、村の公民館に30名ほどの男たちが集められた。
日焼けした肌、泥にまみれた服。
彼らの表情は一様に暗く、そして「貴族が何をしに来たんだ」という警戒心に満ちている。
俺は木箱の上に立ち、彼らを見回した。
マイクはない。腹から声を出すしかない。
「集まってくれて感謝する! 俺は領主の息子、リック・フォン・エルガレアだ!」
ざわつきが広がる。
俺は一呼吸置いて、簡潔に要件を切り出した。
「単刀直入に言う。明日から、北の荒地を開墾する。そこで、お前たちの力を貸してほしい!」
「開墾だって?」「あんな痩せた土地をか?」「俺たちは自分の畑で忙しいんだ……」
予想通りの不満の声。
俺はニヤリと笑い、セバスに目配せをした。
セバスが恭しく掲げたのは、一枚の張り紙だ。
『日当・銀貨3枚』
その文字が見えた瞬間、公民館が静まり返った。
銀貨3枚。
この辺りの農民の稼ぎで言えば、3日分、いや、不作の今なら五日分に相当する金額だ。
「参加条件は問わない! 力仕事に自信がある者、生活の足しにしたい者、誰でも歓迎だ。期間はまずは一週間。給金はその日の終わりに手渡しで払う!」
ドッ、と会場が沸いた。
現金払い。即日支給。
ブラック企業撲滅を掲げる俺としては、労働対価は明確かつ迅速に支払うのが信条だ。
「おい、銀貨3枚だってよ!」「本当か?」「やるやる、俺もやるぞ!」
手が次々と挙がる。
警戒心は、「現金」という最強の武器によって一瞬で吹き飛んだ。
「よし! 作業は明日、日の出と共に開始する! 鍬を持って北の荒地に集合だ! 解散!」
お祭り騒ぎのように盛り上がる農民たちを見送りながら、俺は木箱から飛び降りた。
喉が渇いた。
セバスがすかさず水筒を差し出してくれる。
「見事な演説でございました、リック様。アメとムチの使い分け、勉強になります」
「ムチは使ってないけどね。ただ、彼らには『希望』と『当座の資金』が必要だっただけさ」
村長ガンツが、呆れたような顔で近づいてきた。
「……ったく。あんな大盤振る舞いして。坊ちゃん、本当に後悔しませんね?」
「しないよ。これは浪費じゃない。『投資』だ」
俺は公民館の窓から、夕闇に沈む北の空を見上げた。
今はただの荒地。
だが、俺の頭の中には、そこが一面のマメ畑やカブ畑に変わり、やがて黄金の小麦が波打つ未来予想図が完成している。
「セバス。明日の準備は?」
「万端です。石灰の粉末、腐葉土、そして街で調達したカブの種。すべて手配済みです」
「よし」
俺は小さく拳を握った。
頭脳労働は終わった。
ここからは肉体労働だ。
「明日は忙しくなるぞ。……今夜はしっかり寝ておこう」
いよいよ、異世界での「農業革命」が幕を開ける。
俺の心臓は、明日への期待で心地よく高鳴っていた。




