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前世知識は最強!異世界改革!  作者: Nami


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第18話 腐臭の街と、見えざる殺人者



 ボーリー伯爵領の領都、鉱山都市ボールデン。

 かつては鉄鉱石の採掘で賑わっていたであろうその街は、今や巨大な棺桶と化していた。

 馬車を降りた瞬間、鼻が曲がりそうな悪臭が襲ってきた。

 排泄物、吐瀉物、そして腐敗した何か。

 それらが混ざり合った臭気が、湿った空気のように街全体に停滞している。

「……酷いですね」

 ハンカチで口元を覆ったセバスが、眉をひそめた。

 道端にはゴミが散乱し、ドブ川は黒く淀んでいる。そして、その汚物の上を、丸々と太ったドブネズミが我が物顔で走り回っていた。

「ビル伯爵。この街には、下水道の設備はないのですか?」

「あ、ああ……。昔ながらの側溝があるだけで、汚水はそのまま川へ流している。だが、今までこんなことはなかったんだ」

 ビルが力なく答える。

 急激な人口増加にインフラが追いつかず、衛生環境が崩壊パンクしたのだ。

 そこに疫病の火種が落ちれば、爆発するのは当然だ。

「まずは患者が集まっている場所へ。……『現場』を見なければ判断できません」

 ***

 案内されたのは、街の中央にある教会だった。

 今は臨時治療院として使われているが、そこは地獄絵図だった。

「ううっ……苦しい……」

「水……水をくれ……」

「神よ、お救いください……」

 礼拝堂の石床に、ボロ布を敷いただけのベッドが隙間なく並べられている。

 患者数は100人以上。

 高熱にうなされる者、激しく咳き込む者、そして黒い斑点を浮かべて動かなくなった者。

 それらが一切の仕切りもなく、雑魚寝させられている。

「待たれよ! 貴族様が入る場所ではない! 『穢れ(けがれ)』が移りますぞ!」

 ボロボロの法衣を纏った司祭が、慌てて俺たちの前に立ちはだかった。

「穢れ? そんなオカルトじゃない。これは感染症だ」

「オ、オカルト……? とにかく、祈祷の邪魔です! この者たちの体には悪霊が憑いているのです!」

 司祭の手は汚れていた。

 患者の嘔吐物を拭ったその手で、別の患者に聖水を振りかけている。

 最悪だ。

 この場所自体が、病気を拡散させる巨大な培養器インキュベーターになっている。

「セバス。……やって」

「御意」

 セバスが指を鳴らすと、目に見えない風の壁が司祭を優しく、しかし強引に壁際へと押しやった。

 俺はその隙に、一人の少年の患者に近づいた。

 マスク越しに観察する。

 首筋や脇の下のリンパ節が黒く腫れ上がっている。

 皮膚にはノミに刺されたような跡。

 そして、酷い脱水症状。

(……ペスト(黒死病)に近いが、症状の進行はコレラにも似ている。複合感染か?)

 俺は立ち上がり、周囲を見渡した。

 窓は閉め切られ、換気はゼロ。

 床には食べ残しや汚物が放置され、そこにもネズミが這っている。

「原因は明白だ」

 俺はビルの方を向き、冷徹に告げた。

「伯爵。この病気の犯人は『悪霊』じゃありません。ここにいる『ネズミ』と『ノミ』、そして『不潔な水』です」

「なっ……ネズミだと?」

「はい。ネズミについた虫が病気を運び、汚れた水を飲むことで腹の中で増殖しているんです」

 俺は3本の指を立てた。

「今から僕が言う3つのことを、即座に実行してください。1分遅れれば、それだけ死者が増えます」

1. 完全隔離ゾーニング

「この教会を封鎖します。ただし、今のような雑魚寝は禁止。症状の軽い者と重い者を別の部屋に分け、間に仕切りを作ってください」

2. 徹底消毒サニテーション

「教会内の服、布、器具、すべてを熱湯で煮沸してください。そして、患者に触れる前と後は、必ずこれで手を洗わせること」

 俺は持参した高濃度アルコールの樽を指差した。

3. 感染源の断絶ロックダウン

「街の井戸の使用を禁止。飲み水は全て一度沸騰させた『湯冷まし』のみとする。そして――街中のネズミを駆除し、ゴミを全て焼却してください」

 あまりに具体的な、しかし常識外れな指示に、ビルも司祭もポカンとしている。

 

「に、煮沸? ネズミ退治? そんなことで病が治るわけが……」

「治すんじゃない。広げないための戦いです!」

 俺は叫んだ。

 子供の癇癪ではない。経営者の決断ディシジョンとしての怒声だ。

「議論している暇はない。伯爵、領民を救いたいなら、僕の指示に従ってください。資金と物資はエルガレアが出します!」

 ビルはハッとして、俺の瞳を覗き込んだ。

 そこにある強い意志に打たれたのか、彼は震える声で、しかしはっきりと頷いた。

「……わかった。全権を君に預ける。兵を動かし、君の言う通りにしよう」

 ***

「セバス。君には一番きつい仕事を頼む」

「なんなりと」

 俺は教会を出て、街の上空を見上げた。

「魔法で、この街全体を『洗浄』してほしい。ドブ川のヘドロをさらい、ゴミを一箇所に集め、焼き払うんだ。……できるか?」

「街一つ分の掃除クリーニング……ですか」

 セバスは苦笑したが、その目はやる気に満ちていた。

「骨が折れますが、元宮廷魔法師の腕の見せ所ですな。……任せてください、『浄化ピュリフィケーション』以上の物理的な大掃除をお見せしましょう」

 戦いの火蓋は切って落とされた。

 剣も魔法も通じない「見えざる敵」に対し、前世の知識と規格外の魔法で挑む、公衆衛生大作戦の始まりだ。


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