巻〇一:「ツイてない男」文若虚
【序詞】松下独酌・天地悠久図(天命を受け入れ、刹那を楽しむ境地)
転運漢巧遇洞庭紅 波斯胡指破鼉竜殻
(不運な男は洞庭紅にて機をつかみ、異国の商人は竜の殻の正体を見抜く)
くる日もくる日も、杯には酒が満ち、
朝な夕な、小庭には花が咲く。
おのずと歌い、おのずと舞い、心を開き、
何にも縛られず、ただただ悦に入る。
歴史を彩る栄華とて、幾たびの春の夢、
浮世にどれほどの才人が消えていったことか。
あれこれと算段し、策を巡らす必要などない、
ただ、今ここにある時をそのまま受け取ればよいのだ。
この詞は、宋の朱希真の手によるもので、その曲調は《西江月》にならっております。
さて、人がこの世で追い求める功名や富貴というものには、すべて天の定めた時機というものがございます。あくせくと目を血走らせて求めるよりは、目の前の生を楽しみ、心を安らかにして生きるのが一番でございましょう。
昔から今に至るまで、あまたの歴史書を紐解いてごらんなさい。どれほどの英雄豪傑がいようとも、富むべきはずの者が富めず、貴くなるべきはずの者が貴くなれぬことが、いかに多いことか。
文章を書かせれば、馬の背にまたがったまま千言を成すほどの才人でも、時運が伴わなければ、その書き綴った紙は味噌瓶の蓋にするくらいしか使い道がございません。あるいは、武芸に秀でて百歩離れた柳の葉を射抜くほどの腕前があっても、時運がなければ、その矢は飯を炊く薪にするしかないのです。
その一方で、生まれつき愚鈍でぼんやりとした者であっても、天から与えられた「福分」さえあれば、学問がなくとも科挙に受かり、武芸がなくとも大役を任されることがある。これぞまさに、時であり、運であり、命と呼ばれるものであります。
俗語に、まことにうまいことを言ったものがござます。
「運が悪けりゃ、黄金を掘り当てても銅に変わる。運が良けりゃ、拾った紙切れが錦の布に化ける」
すべては運命を司る造化の神の手のひらで、転がされ、ひっくり返されているだけのことなのでしょう。
だからこそ、呉彦高の詞にもこうあるのです。
「造化の神は気まぐれな子供のよう。あちらへ転がし、こちらへ倒し、縦横無尽に戯れる。世の中とはすべてこんなもの」
宋の僧、晦庵もまた詠いました。
「誰が黄金の屋敷を願わぬものか? 誰が万石の米を願わぬものか? だが運命の星回りはそのようには運ばぬもの。心機を労して計算したとて無駄なこと、児孫には児孫の福があるのだ」
かの文豪・蘇東坡でさえ、こう嘆息しております。
「カタツムリの角の上のような虚名、ハエの頭のような僅かな利益、そんなもののために何をあくせくするのか? 事はすべて前定、誰が弱く、誰が強いと決めることができようか?」
名だたる先人たちが口を揃えて説くのは、結局ひとつの真理。「万事はすでに定まっている、浮生(はかない人生)、空しく心を騒がせるなかれ」ということでございます。
「おいおい、講釈師さんよ」と、ここをお読みの皆様はおっしゃるかもしれません。
「お前の言う通りならば、文武の才も磨く必要はなく、怠け者でも天から出世が降ってくるのを待てばいい。商売に精を出さずとも、家を潰すような放蕩者でも天が財産を恵んでくれるというのか? そんな話では、世間の向上心が冷めちまうじゃないか」と。
いえいえ、決してそう単純な話ではございません。
怠け者が出れば、それはその家が「貧しくなる運命」だったということ。放蕩者が出れば、それは「没落する運命」だったということ。これが常の理でございます。
しかしながら、この広い世の中には、貧富が瞬きする間に意外な形で入れ替わり、目前の計算などあてにならない不思議な巡り合わせというものが、たしかに起きるのです。
【しおの】
【金老人の八つの銀錠】
さて、まずは宋の時代、汴京(べんけい/現在の開封)に住まいしておりました、ある男の話をいたしましょう。
姓は金、名は維厚。仲買人を稼業としておりました。
商売人でありますから、朝は鶏が鳴くより早く起き、夜は犬が眠ってから床につく。来る日も来る日も千思万考、利益のある仕事を選んで働きました。その甲斐あって家計も豊かになり、彼は老後のために、ある一つの楽しみを設けました。
日々の手元で使うのは細かい銀だけにし、商売で質の良い銀が入れば手もつけずに貯めておく。そうして百両ほど溜まると、火をおこしてそれを溶かし、大きな一つの銀錠(銀の塊)にするのです。仕上げに、これこそ我が家の宝とばかりに赤い組紐を結んで目印にし、枕元に飾る。夜な夜なそれを撫で回し、その重みと輝きを確かめてから眠りにつくのが何よりの楽しみでした。
そうやって一生をかけ、ついに八つの大銀錠を作り上げました。それ以降の稼ぎは、右から左へ使い、もう百両貯めようとはいたしませんでした。
金老人には四人の息子がおりました。
ある日、古希、七十歳の誕生日を迎え、四人の息子たちが祝いの酒宴を開きました。立派に成長した息子たちが、嫁や孫と共に楽しげに立ち回るのを見て、老人は満足げに言いました。
「わしも天のお守りあって、一生あくせくと働いたが、なんとかお前たちに食うに困らぬ家を残せた。実はずっと心がけて、八つの大銀錠を作り、手を付けずに枕元に置いてあるのだ。あの赤い紐が結んであるのがそれだ。日ならず良き日を選んで、お前たち四人に一対(二つ)ずつ分け与えようと思う。代々の家の宝とするがよい」
息子たちはこれを聞いて大いに喜び、父に感謝し、祝いの宴はお開きとなりました。
その夜、金老人は祝い酒の酔いもあり、手元の灯りをともしたまま寝床に入りました。
酔眼朦朧として枕元を見ると、八つの大きな銀錠が白く輝いて並んでおります。老人はいくつかを手にとって愛おしげに撫で、「ははは」と笑い声を上げ、そのまま深い眠りに落ちていきました。
しかし、その眠りは浅く、ふと床の前で人の歩く気配がいたします。
「泥棒か?」と疑い、耳を澄ますと、どうも乱暴な様子はなく、まるで遠慮して互いに譲り合っているような衣擦れの音がする。
薄暗い灯りの中、蚊帳を上げてそっと外を窺いますと、なんと八人の大男が立っているではありませんか。全員が白衣を着て、腰に赤い帯を締めております。
彼らは老人に気づくと、体を深々と曲げてお辞儀をし、こう言いました。
「我ら兄弟、天の定めにより、長らく旦那様のお宅でお世話になりました。旦那様には我らを大きな塊として、一人前に育てていただき、また手荒くこき使うこともなく、長年大切にしていただきました。しかし、その縁の気運も満ちようとしております」
「旦那様が世を去った後、我らはまた行き先を探さねばなりませんが、聞けば近々、我らを若旦那たちに分け与えるとのこと。我らと若旦那たちとは前世からの因縁、福分がございません。それゆえ、一足先にお暇乞いに参りました。これより某県某村の王という者の家へ参ります。もし縁が尽きていなければ、またいつかお会いすることもございましょう」
言い終わると、彼らは身を翻して部屋を出て行きました。
金老人は驚き、「これはいかん、待て!」と叫んで飛び起きました。靴を履くのも忘れ、裸足で追いかけます。遠くに八人が部屋を出ていくのが見え、慌てて追いすがろうとして敷居につまずき、ドスンと派手に転倒してしまいました。
「あっ」と声を上げて目が覚めると、それは「南柯の夢(はかない夢)」でした。
しかし、あまりにも鮮烈な光景です。急いで灯芯を掻き立て、明るくして枕元を照らすと、あるはずの八つの大銀錠が、影も形もありません。
夢の中で彼らが告げた言葉をよくよく思い出せば、一句一句が現実と符合します。老人は一日中ため息をつき、喉を詰まらせて嘆きました。
「一生かけて、食うものも食わずに苦労して貯めたのに……息子たちにやる縁はなく、赤の他人のものになるとは。しかし、夢の中で行き先の村と名前まではっきりと言っていた。よし、心を落ち着けて、その行方を探しに行ってみよう」
その夜は一睡もできず、まんじりともせず夜を明かしました。
翌朝、息子たちを集め、事の次第を話しました。
息子たちの反応は様々です。「自分たちの手に入るはずの宝が消えたとは、よほどの妖怪の仕業に違いない」と驚く者もいれば、「親父殿は酒の席で大見得を切ったものの、やはり惜しくなってどこぞへ隠し、こんな作り話をしているのでは?」と腹の中で疑う者もいました。
金老人は息子たちの疑いを晴らすためにも、急いでその村へ確かめに出かけることにしました。
夢で聞いた某県某村を訪ねると、果たして王という名の家がありました。
門を叩いて中に入ると、堂内は提灯や蝋燭で煌々と照らされ、供物が並べられ、まさに神への感謝の儀式、盛大なお祭が行われている最中です。
「お宅様では、何事があってこれほど盛大なお祝いをされているのですか?」
金老人が尋ねると、主人の王老人が出てきて挨拶し、嬉しさを隠しきれずに事情を話しました。
「いやはや、実は妻が病に伏せっておりまして、占いの先生に『寝床を移せば治る』と言われましたのです。昨日、病中の妻が、夢枕に八人の白衣の大男が立ったのを見たとしきりに申します。彼らは腰に赤い帯を締め、『我らは某所の金家の者だったが、縁が尽きてここへ参った』と告げ、全員がそそくさと寝床の下へ潜り込んだそうです。妻は冷や汗をかいてハッと目覚めましたが、不思議と体はすっきりしておりました。そこで、お告げに従い寝床を動かしてみますと、長年の埃の中から、銀が八錠出てまいりました。どれも赤い組紐が結んであります。どこから来たのか皆目見当もつきませんが、これは天からの授かり物、神の恵みに違いないと思い、こうして感謝の供え物をしていたところでございます。……もしや、旅のお方、あなた様は心当たりがおありで?」
金老人はこれを聞くや、地団駄を踏んで悔しがりました。
「ああ、やはり! それは私が一生かけて貯めたものなのです! 実は私も一昨日に夢を見まして、目が覚めたら宝が消えておりました。夢のお告げ通りにここへ来てみれば、すべてがその通り符合するではありませんか。天の定めならば恨み言は申しません。ただ、せめて、せめてその銀を一目見せていただき、私のこの諦めきれぬ心に区切りをつけさせてくだされ」
王老人は「造作もないことです」と笑い、使用人を呼んで四つの盆を持ってこさせました。各盆に二錠ずつ、赤い紐もそのまま、まさに見覚えのある金家の宝です。
金老人はそれを食い入るように見つめ、涙をポロポロとこぼしました。かつて我が子のように愛した銀を無心に撫で回し、震える声で言いました。
「おお、わしの命が薄いばかりに……お前たちを持っていてやることができなかったのか!」
王老人は気の毒に思い銀をしまわせましたが、あまりに金老人の落胆ぶりが哀れなので、情けをかけ、手元の銀三両(当時の約百グラム強)を包んで渡そうとしました。
「自分の物さえ保てなかったこの身で、どうして人様の恵みを受け取れましょうか」
金老人は頑として固辞しましたが、王老人は「これも何かの縁ですから」と、無理やり金老人の袖の中にねじ込みました。
金老人はそれを返そうと袖の中を探りましたが、なぜか指に触れません。顔を赤くして焦りましたが、王老人に押し切られ、見つからぬまま、仕方なく別れを告げて帰路につきました。
家に帰り、息子たちに事の顛末をすべて話しました。息子たちも、不思議な巡り合わせにただただ感嘆のため息をつくばかり。
最後に老人は、「王老人は実に情け深い良い人で、別れ際に三両の銀をくれたのだが、どうやら途中で落としてしまったようだ」と言って、再び袖を探しましたが、やはりありません。
実は、王老人が袖に無理やり押し込んだ時、老人の着物は古びて袖の裏地が綻びており、銀包みは表地と裏地の間に入り込んでしまっていたのです。王老人の家で探った時には、すでに綻びから落ちて、門の敷居のあたりに転がっておりました。
客が帰った後、王老人の家の者が門前を掃除していて、その包みを拾い上げ、結局は銀は王老人の手元へ戻ったのです。
一滴の水、一粒の米に至るまで、すべては定まっているということでしょう。
自分の命数にない物ならば、八百両の大金はおろか、たった三両の銀ですら手元には残らない。逆に、自分の物であるならば、他人に押し付けられてもまた戻ってくる。
あるはずの物が無くなり、無いはずの物が有る。人の浅はかな計算など、天の配剤には遠く及ばぬものなのです。
【ツイてない男・文若虚】
さて、ここからが本題でございます。
一歩一歩着実に生きているのに何一つうまくいかず、極貧のどん底にあえいでいた男が、夢にも思わぬ場所で、およそ値打ちのなさそうな品物によって巨万の富を得たという、古今稀に見る話をご紹介いたしましょう。
分際のうちの功名、箱の中の財、
賢さも愚かさも、そこに関係なし。
もし人が「財官格」の運命にあるならば、
海を超え山を越え、向こうから宝はやってくる。
時は明の成化年間(一四六五―一四八七)。蘇州府長州県の閶門の外に、一人の男が住んでおりました。
姓は文、名は実、字は若虚。
生まれつき利発で、何をやらせても器用にこなし、琴棋書画、管弦歌舞、一通り何でも人並み以上にできました。幼い頃、ある人相見に「お前には巨万の富を得る相がある」と予言されたこともあります。
本人もその才能と予言を自負して、地道な生業に就くのを潔しとせず、先祖の遺産を少しずつ食いつぶして暮らしておりました。
遺産がいよいよ底をつきかけ、背に腹は代えられぬと商売を志しましたが、不思議なことに、何をしても百発百中で失敗するのです。
ある時、「北京では扇子が飛ぶように売れる」と聞き、仲間と組んで扇子を仕入れました。
上等は当時の名人(沈石田、文徴明、祝枝山など)の書画入り。中等は名のある贋作名人の手によるもの。下等は無地の白扇です。
意気揚々と北京へ乗り込みましたが、あいにくその年は夏からずっと雨続き。涼しくて扇子など誰も買いません。
ようやく秋になって晴れ間が出た頃には、長雨の湿気で扇子の糊と紙が癒着し、開こうとすればバリバリと破れる始末。名人の書画も台無しです。わずかに残った下等の白扇を二束三文で売り払い、帰りの旅費にするのが精一杯でした。
自分だけでなく、組んだ仲間まで損をさせるので、人は彼を指して「倒運漢(ツイてない男)」とあだ名しました。
数年で家産をきれいに使い果たし、妻も娶れず、その日暮らし。
口は達者で愛嬌があるので、遊び仲間には好かれますが、真面目な仕事には就けず、世間からは「貧乏神」扱いされて笑われる日々を送っておりました。
そんなある日のこと。
近所の顔役である張大、李二、趙甲、銭乙といった連中、総勢四十人ほどが、一攫千金を夢見て海外貿易(南海貿易)に出るという話を聞きつけました。
文若虚はふと思いました。
「俺はもう素寒貧だ。どうせ失うものはない。いっそ彼らについて船に乗り、見たこともない海外の風景でも眺めて一生を終えるのも悪くない。狭い家で薪や米の心配をして朽ちるより、ずっとマシだ」
ちょうどそこへ、顔役の張大が通りかかりました。
この張大、通称は張乗運。海外貿易のベテランで、奇珍異宝を見抜く眼力があり、気前も良いので「張識貨(目利きの張)」と呼ばれていました。
文若虚が頼み込むと、張大は快諾しました。
「いいだろうとも。長い船旅は退屈だ。あんたがいれば話も弾むし、みんな喜ぶ。ただ、俺たちは商売に行くんだ。あんただけ手ぶらで行って、手ぶらで帰ってくるんじゃ、ちと勿体ないし、張り合いがないだろう。みんなに相談して少しずつ金を出し合い、何か仕入れさせてやろう」
文若虚が礼を言って待っていると、辻占いの盲人が通りかかりました。なけなしの銭で占ってもらうと、占者は言いました。
「こりゃあすごい。あんた、とてつもない財運が出ているぞ。並大抵のものではない、身体中から金気が溢れておる」
文若虚は苦笑しました。「ただの船遊びに行く身だぞ? 財運なんてあるわけがない。医者にもヤブ医者がいるが、占いにもヤブ占いがいるものだ」
そこへ張大が戻ってきましたが、少し顔をしかめて不機嫌です。
「文先生、すまねえ。『金』の話になると、世の中どうも世知辛い。みんな、あんたが来るのは大歓迎だが、金を貸すとなると誰も口をつぐみやがる。結局、俺と、気のいい仲間二人でなんとか一両(約三十七グラムの銀)かき集めた。これで何か果物でも買って、船の中で食おうや。飯代は俺たちが持つから、心配するな」
文若虚は深く感謝して、銀一両を受け取り、街へ出ました。
「一両で、海を越える何の商売ができるというのだ?」
自嘲しながら市場を歩いていると、竹籠いっぱいの鮮やかな赤い果物を売っているのが目に入りました。
火のように赤く、星のように大きい。
皮にはまだ青みが残り、強い酸味があるが、得難い風味がある。
これは太湖にある洞庭山の名産、「洞庭紅」という早生の蜜柑でした。
色は鮮やかで香りも良いが、出始めで少し酸っぱい。それゆえ、値段は普通の蜜柑の十分の一もいたしません。
「これなら一両で百斤(約六十キログラム)は買える。どうせ売り物にはならんが、船での喉の渇きも癒せるし、みんなに配れば恩返しになるだろう」
文若虚は蜜柑を買い込み、竹籠に詰めて船に運び込みました。
仲間たちはそれを見て、「文先生、こりゃあとんだ『宝貨』を仕入れたもんだ!」と手を叩いて笑いました。文若虚は恥ずかしさのあまり、顔を伏せて船の隅に小さくなっていました。
【異国での大商い】
船は帆を上げ、岸を離れました。見渡す限り銀の波、雪のような飛沫。
幾日もの航海を経て、船はある国に到着しました。「吉零国(キリン国)」という場所です。
ここでは中国の品が数倍の値で売れ、現地の品を中国へ持ち帰ればさらに数倍になるという、商人たちにとっては夢のような貿易港です。
船が着くやいなや、仲間たちは我先にと馴染みの仲買人を訪ねて商売に行きましたが、元手のない文若虚は船番として残されました。
一人取り残され、退屈しのぎに、「あの蜜柑、腐っていないかな」と、船底から籠を引っ張り出して蓋を開けました。
中身は無事です。色の変わったもの一つありません。湿気を払うために甲板に並べてみますと、船いっぱいに赤い炎が燃え上がったような鮮やかさ。
岸を歩いていた現地の人々が、その色に惹かれて集まってきました。
「なんだあの美しいものは? 見たこともないぞ」
試しに一つ投げてやると、食べた者が目を見開いて驚きました。「こいつは美味い!」
一人が身振手振りで値段を聞いてきました。文若虚は言葉が分かりませんが、船員が冗談半分に適当に指を一本立てて「一つ、銀一銭だ」とふっかけました。
すると、その客は長い上着をめくり、無造作に腹巻きから銀貨を取り出して払ったのです。
文若虚は渡された銀貨を見て驚きました。ずしりと重い。中国の銭の何倍もあります。
試しに一つ売ると、客は皮をむいてパクリと食べ、「素晴らしい!」と親指を立てて絶賛。さらに十個買っていきました。
それを見た周りの群衆が、「俺も」「私も」と殺到し始めました。
実はこの国、銀を鋳造して銭にしているのですが、そこに刻印された「模様」で価値が決まるのです。
龍や鳳凰の紋が最上、人物、鳥獣と続き、水草の紋が最下等。しかし、材質はどれも同じ純銀なのです。
客たちは、手元にある最下等の「水草紋」の銭で、遠い異国の珍しい果物が買えるので、実に安い買い物だと思って喜んでいました。一方、文若虚にとっては、ただの蜜柑が重たい銀の塊に変わるのですから、笑いが止まりません。
あっという間に籠は空になりかけました。
そこへ、一人の男が馬を飛ばしてやってきました。立派な身なりのその男は叫びました。
「売るな! 残りは全部俺が買う! 殿様への献上品にするのだ!」
文若虚もここで商売っ気を出しました。「これは自分用だから売らない」と渋ると、男はさらに高価な「樹木紋」の銀貨を出してきました。それでも渋ると、ついに最上級の「龍鳳紋」の銀貨を積み上げてきました。
「これでどうだ!」
この国では、「龍鳳紋」一つで「水草紋」百個分の価値があるといいますが、文若虚にとっては銀の重さがすべて。
結局、残りの五十二個の蜜柑をすべて売り払い、竹籠までオマケにつけてやりました。
文若虚が船室に戻って、震える手で集めた銀を量ってみると、なんと重さにして八百両近くあります。元手はたったの一両、それが八百倍に化けたのです。
「あの盲目の占い師、まさに神のごとき名手だったな!」と、彼は一人笑い、空に向かって手を合わせました。
しかし、読者の皆様は不思議に思うでしょう。「なぜ百戦錬磨の他の商人はそれをしないのか?」と。
彼らは絹織物や陶磁器などの高価な商品を扱います。それらは現地では「物々交換」で、同じく高価な宝石や香木などと替えるのが主流なのです。銀貨で受け取ると、(額面価値と銀の含有量の差により)損をしてしまう仕組みなのです。
文若虚はたまたま「食べる物」を売り、相手が「小銭」だと思って惜しげもなく出した銀を受け取ったからこそ、この差益が生まれたのです。これぞ、人知を超えた偶然の幸運でございました。
【無人島の亀の殻】
やがて仲間たちが戻ってきて、文若虚の得た銀の山を見て驚愕しました。
「あいつ、とうとう運が向いてきたぞ!」
目利きの張大は興奮して言いました。「文先生、その銀でこの国の特産品や宝石を仕入れて帰れば、国に帰った頃にはさらに何倍もの大儲けだ」
しかし、文若虚は首を横に振ります。
「いや、私は生まれついての不運な男。欲をかくとロクなことがないのは身に沁みている。この銀をしっかりと守って帰ります」
「もったいない、商売を知らん男だ!」と皆は口々に言いましたが、彼は頑としてその言を聞き入れませんでした。
帰路についた船を、突然の暴風雨が襲いました。
黒雲が空を覆い、狂ったような波は天を突く。船は木の葉のように翻弄され、皆が生きた心地もしない中、見知らぬ無人島に漂着しました。
風が止むのを待つ間、文若虚は退屈しのぎに島へ上陸しました。
「あの銀が手に入ったとはいえ、この嵐だ、生きて帰れるかどうか。どうせなら、冥土の土産にこの島を見ておこう」
荒涼とした島を歩いていると、草むらの中に巨大な物体を見つけました。
それは、大人が大の字に寝ても余るほどの、とてつもなく巨大な亀の抜け殻でした。
「こりゃあ、たまげた。こんな大きな亀がいるとは! これを持ち帰れば、土産話の証拠になるだろう。いざとなれば鋸で切って寝台にすれば面白い」
彼は自分の帯を解いて亀の殻に結びつけ、ズルズルと引きずって船に戻りました。
仲間たちは大笑い。「文先生、また変なガラクタを拾ってきたな! そんな枯れ木のようなものを煎じて薬にでもする気か?」
文若虚は皆のからかいを気にも留めず、亀の殻の中を綺麗に洗い、自分の着替えや大事な銀の包みを詰め込み、大きな葛籠代わりにして船室の隅に置きました。
【ペルシャ商人の鑑定】
数日後、船はようやく中国・福建の港に無事到着しました。
一行は馴染みの波斯商人の店へ向かいます。
主人の名は瑪宝哈。瑪瑙の「瑪」を姓とする、界隈でも名の知れた大富豪の目利きです。
彼は中国に長く住み、言葉も流暢、服装も中華風ですが、彫りの深い顔立ちと、綺麗に剃り上げた眉と髭が異国情緒を漂わせています。
マ・バオハは、客の商品リストを見て、高価な珍品を持つ者を上座に、そうでない者を下座に座らせるのが流儀でした。
文若虚は商品を持っていないので、当然、一番の末席に座らされました。肩身の狭い思いでうつむいて、皆が商談を終えるのを待っていました。
その日の宴会が終わり、翌日、マ・バオハは商品を自ら検分するために船へやってきました。
船室に入ったマ・バオハの目が、文若虚の置いていた、あの巨大な亀の殻に釘付けになりました。
「これは……どなたの品か?」
マ・バオハの声が震えています。仲間たちは笑って言いました。
「ああ、昨日の宴席であの末席にいた文君の拾ってきたガラクタですよ」
マ・バオハの顔色がさっと変わりました。次の瞬間、真っ赤になって怒り出したのです。
「あなた方は私を陥れる気か! あのような希代の宝を持つ貴人を、あんな末席に座らせて私に恥をかかせるとは!」
マ・バオハは呆気にとられる文若虚の手を恭しく取り、自らの店に連れ戻すと、誰よりも上、最上座に座らせ、丁重に詫びました。
「昨日は私の不明の致すところ、大変な失礼をいたしました。……ところで、単刀直入にお伺いします。あの宝を私にお売りいただけますか?」
文若虚は驚きましたが、とっさに機転を利かせました。「まあ、値段次第ですね」
マ・バオハは喜び、「あなたの言い値で買いましょう」と言います。
文若虚は相場など分かりません。ただ黙っていると、後ろから張大が、そっと指を三本立てて「三百両」の合図をしました。しかし、文若虚は怖気づき、おずおずと指を一本立てました。「一万両……」と言おうとして、「いや、口に出せん」と言い澱みました。
するとマ・バオハは笑いました。
「一万両? まさか。あなたのような方が、そんな子供騙しの安値で売る気はないでしょう。ご冗談はおよしなさい」
仲間たちは度肝を抜かれ、口をあんぐりと開けています。
慌てた張大が助け船を出しました。「彼は商売人じゃない。実は、五万両なら譲っても良いと言っているのです」
文若虚は心臓が口から飛び出しそうでしたが、マ・バオハは即決しました。
「五万両。……よろしい、買いましょう!」
すぐに契約書が作られました。
支払いの段になり、マ・バオハは言いました。
「銀五万両を一度に運ぶのは大変です。どうでしょう、私が福建に持っている絹織物の店と屋敷、中の在庫すべてを評価額五千両として譲り、残りの四万五千両を銀で支払うというのは? あなたもこの福建に拠点を構え、旦那様になればよい」
文若虚は夢心地のまま同意しました。
こうして、「ツイてない男」文若虚は、一夜にして誰もが羨む大富豪となったのです。
取引が無事に終わった後、仲間たちはどうしても気になってマ・バオハに尋ねました。
「ねえ旦那、あの亀の殻、一体何なんです?」
マ・バオハは満足げに笑って答えました。
「あれはただの亀ではありません。『鼉竜(だりゅう/ワニ竜)』という霊獣です。一万年生きて、完全に成長すると殻を脱いで本当の竜になります。この殻には二十四の肋があり、その節ごとに巨大な夜光珠が入っているのです。人間が無理に捕まえて殺したものでは、中の珠は未熟で価値がありません。しかし、これは自然に脱皮したもの。珠は完全に熟し、その光気は天に届くほど。殻などどうでもいい、中の珠こそが国を買うほどの無価の宝なのです」
マ・バオハが殻の節を小刀で割って見せると、中から目が眩むほどに光り輝く宝珠が転がり出てきました。暗闇に置けば、尺余の周囲を昼のように照らします。
「この一粒だけで、外国へ持って行けば五万両の値打ちはあります。中の二十四粒すべてとなれば……残りは私のささやかな儲けですな」
仲間たちはただただ唖然とし、舌を巻くばかりでした。
文若虚は約束通り、手にした銀の一部を貧しかった頃の仲間たちに惜しみなく分け与え、張大たちにも厚く礼をしました。
「私は本来不運な男でしたが、天の恵みと皆様の助けでこうなりました。これ以上欲張らず、ここで足るを知ることにします」
その後、文若虚は福建で良き妻を娶り、家を興し、その子孫は大いに繁栄したということです。
まさに、詩に言う通りでございます。
運退けば、黄金もその色を失い、
時来れば、頑鉄(くず鉄)も輝きを生む。
愚か者に空しき夢を説くなかれ、
ただ海外に亀を尋ねて、大いに思案せよ。
『初刻拍案驚奇』第一巻の世界へようこそ。
400年前の中国で書かれたこの短編物語群は、現代の私たちが抱える「運」や「お金」の悩みと驚くほど共通しています。
この物語を10代の学生さんから60代のベテラン社会人まで、どなたでも楽しめるように、「あらすじ」「時代背景(深層)」「現代への教訓」の3つのポイントで解説します。
物語のあらすじ
この巻は、「運命」をテーマにした二つの対照的な話で構成されています。
話その①:逃げ出した銀(金老人と八つの銀)
コツコツ働き、ケチケチ貯めて「八つの大きな銀の塊」を作った金さん。子供に残そうとした矢先、夢に「銀の精」たちが現れ、「縁がないから出て行くよ」と告げます。目が覚めると銀は消え、隣の家に移動していました。金さんは悔しがりますが、どんなに頑張っても小銭一文ですら手元に残らない。「自分の器ではない財産は、無理に持てない」という、ちょっと怖いお話。
話その②:みかん長者(不運な文若虚の逆転劇)
こちらは主人公・文さんの話。彼は才能があるのに、何をやっても大失敗する「ミスター不運」。一文無しになり、やけくそで友人の海外貿易船に便乗します。手元には安い「洞庭紅」というみかんだけ。
ところが、たどり着いた異国では、このみかんが大ウケ! 銀の山に変わります。さらに帰りの無人島で「ただの巨大な亀の殻」を拾ったら、ペルシャ商人に「それは伝説の竜の殻だ」と鑑定され、巨万の富を得ることに。「ゴミだと思っていたものが、場所と人が変われば宝になる」という夢のあるお話。
その裏にあるもの:歴史背景と深層心理
なぜ、この物語が生まれたのか?
ここには、当時の中国(明代末期)の社会状況が色濃く反映されています。
① 「お金」がすべて? 商業ブームの光と影
当時の中国は、経済が急成長していました。「勉強して役人になる」という伝統的な価値観が崩れ、「商売で一発当てて金持ちになりたい!」という拝金主義が広まっていた時代です。
人々が「なぜあいつは儲かるのに、俺はダメなんだ?」と嫉妬や不安を抱える中で、「それは『運』だから仕方ないよ」と慰めるためにこの話は書かれました。
② 「グローバル化」への憧れと恐怖
後半の話に出てくる「海外貿易」や「ペルシャ商人」は、当時の中国にとってのグローバル社会の象徴です。
「国内で行き詰まったら、海外へ出ればチャンスがあるかも?」という冒険心と、「異国には自分の知らない価値基準がある」という気づきが描かれています。亀の殻を見抜いたのが「ペルシャ商人」だったのは、「価値を見抜く目(プロの眼力)」こそが、金そのものより重要だというメッセージです。
現代の私たちが学べる「3つの教訓」
この400年前の物語は、今の私たちに「生きるヒント」を教えてくれます。
教訓①:輝ける場所は、今ここじゃないかもしれない(環境を変える力)
不運な男・文さんは、中国にいる限り「ただの失敗者」でした。しかし、一歩海外へ出れば、彼の持っていたありふれた「みかん」は宝物に変わりました。
【若者・現役世代へ】
今、学校や会社で評価されず、「自分はダメだ」と思っていませんか? それはあなたがダメなのではなく、「いる場所(市場)」が間違っているだけかもしれません。場所が変われば、あなたの当たり前が誰かの「特別」になります。
教訓②:ガラクタの中に宝がある(目利きの重要性)
周りのみんなが「ゴミだ」と笑った亀の殻が、実は5万両の宝でした。文さんは無欲でそれを拾いましたが、真の勝者は、その価値を一瞬で見抜いたペルシャ商人です。
【全世代へ】
一見、役に立たなそうな趣味や経験、あるいは人が見向きもしない仕事の中に、とんでもないチャンスが眠っていることがあります。「みんなが良いと言うもの」だけを追いかけず、自分の感性や、他人の目利きを信じてみるのも大切です。
教訓③:執着を手放すと、運は巡ってくる(運命の受容)
前半の金老人は「お金を守ろう」と必死になって失いました。後半の文若虚は「どうにでもなれ」と欲を捨てた結果、大富豪になりました。
【人生後半戦へ】
「財産を子供に残さなきゃ」「もっと成功しなきゃ」と力みすぎていませんか?
物語は「あくせくするな。入るべきものは入り、去るべきものは去る。今この瞬間を楽しめ」と語りかけます。肩の力を抜いて、流れに身を任せる「気楽さ」こそが、結果的に良い運を引き寄せる秘訣なのです。
『初刻拍案驚奇』巻の一が伝えているのは、
「努力は尊いが、人生には努力ではどうにもならない『巡り合わせ』がある。だからこそ、腐らず、執着せず、自分の時が来るのを待て」
という、とても人間味あふれる応援歌なのです。




