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休息の旅行

第八話 


 雪斗たちと小雪は、町外れの温泉街に来ていた。


「いやー、久々に来たね千万温泉郷!」


 長い時間バスに揺られ、背伸びをしながら小雪は言った。


「これが温泉……何万年ぶりね、温泉なんて来るの」


 ヴァイスは言った。


 今の白界には、温泉が存在していなかった。温泉も白界の消滅の影響を受け、凍りついていたのだ。


「長かったな、ここまで来るの」


 勇二も伸びをした。


「楽しみだわ。雪斗くんのおかげね」


 静香が言った。


「いやいや、運が良かっただけだよ」


 雪斗は謙遜する。


 雪斗たちがこうして温泉に来ているのは、数日前にさかのぼる。


 雪斗とヴァイス、小雪で商店街で買い物をしている時である。

 地域振興の福引券を二枚もらった。一等がこの温泉旅行だった。

 せいぜい調味料セットが当たればいい、と言う気持ちで、小雪と雪斗は、千本引きを引いた。

 小雪は外れ、ポケットティッシュをもらった。

 残り一回は雪斗に委ねられた。


 雪斗は、どうせ当たらないだろうと適当にガラポンをガラガラと回した。しかし、なかなか球が出てこず、雪斗は回す速度を上げた。

 そして出てきたのは、金色の球であった。一等だった。


 一等は千万温泉旅行券だった。チケットは四枚あり、勇二と静香も連れていくことにした。ヴァイスは、普通の人に見えない事を利用し、タダで連れてきた。

 移動のバスの中でもヴァイスを視認することのできる者はおらず、ここまで誰にも怪しまれずに来ることができた。


「ホント、雪斗様々だねぇ。ただで温泉入り放題だなんて。んーありがたや、ありがたや」

「母さん、ちゃかさないでよ」

「おーい、さっさと旅館の部屋に行かねぇか? 寒いぜ……」

「それもそうね。部屋割りは、分ける必要はないね。四人部屋だし。あ、でもしろちゃんはどうしようか」

「私は外でも構わないわ。雪斗を守るのが私の役目。もちろん、小雪も守りの対象。なにかあった時みんなを守る、だから外でいいわ」

「いや、いくらしろちゃんが普通の人には見えないとは言っても、布団も敷かずに外で寝るなんて湯冷めしちゃうよ? そうだ、あたしの布団で一緒に寝な。大丈夫、しろちゃん細いから、あたしは窮屈に感じないから」


 小雪の提案は、良いものだった。これならば四人部屋の中にヴァイスも入れることができる。


「それなら、雪斗の布団の方がいいわ」


 ヴァイスは、ものすごい事を言い出した。


「ええー!? 何で僕の布団なのさ!?」


 当然のように雪斗は驚いた。


「全ては雪斗を守るためよ。寝ている時に、雪斗が真っ先に襲われる可能性が高い。だったら、私が同じ布団で寝れば、確実に守れるわ」


 同じ部屋で寝るのならまだ構わなかったが、同じ布団でとなると話は違う。


「とにかく、僕は嫌だからね! ヴァイスと一緒に寝るなんて!」

「私、そんなに嫌われるような事した?」

「いや、ヴァイス。好き嫌いの問題じゃなくてね……」


 ヴァイスは、なぜここまで雪斗に拒絶されているのか分からなかった。


「んー、じゃあこうしちゃどうだい? しろちゃんはあたしの布団で寝て、雪斗はあたしらのとなりで寝る。これならどっちも悪いところはないんじゃないかい?」


 小雪が妥協案を出した。これならヴァイスと同じ布団で寝るよりはいいように思えた。


「うーん、それだったらいい、かな……」


 雪斗も納得した。


「話しはまとまったのか? だったら風呂行こうぜ。せっかく温泉に来たのに、風呂に入らないのは損だぜ」


 勇二は言った。


「そうだねぇ、勇二の言う通りだ。みんなで行こうか」


 雪斗たちは、全員で温泉に入りに行くことにした。


「これは……?」


 ヴァイスは、誰にともなく訊ねた。どうやら、風呂場が男女別れているのが疑問のようだった。


「どうしたの、ヴァイス?」


 静香が応じた。


「なんで入り口が別れてるのかしら? 中は大浴場があるのでしょう?」

「えっ? それはね……」


 静香は答えに窮してしまった。


「白界に温泉があったころには、男女入り乱れていたわよ? なのにこの世界の温泉は男女別なの?」

「色々問題があるんだよ。ホントはオレも混浴がいいんだけど、そんな温泉日本中探してもごく僅かだぜ」


 雪斗たちは、男湯、女湯と別れて暖簾(のれん)をくぐろうとした。


 ここでもヴァイスが困った行動をした。


 雪斗と勇二に続いて男湯の暖簾をくぐろうとしていたのだ。


「ちょちょちょ、何してるのさ、ヴァイス!?」

「何をそんなに驚いているのかしら? お風呂に入っているときは隙が生じるものよ。そこへ白界の住人が襲ってくるかもしれないでしょう? あなたを守るためよ、雪斗」


 ヴァイスの姿は、『トリガーパーソン』にしか見ることができない。そしてその数はほとんどない。故に、男湯に入っても問題ないように、ヴァイスは思っていた。


「ダメったらダメだよヴァイス!」

「そうだぜ! 男湯の中は当たり前だけど、男の裸だらけだぜ! 目に毒ってもんだ!」


 さすがの勇二もこれには反対した。


「私は気にしないわよ? 何億年も生きてきて、男の人の裸くらいいくつも見てきたわ」

「そういう問題じゃなくて!」

「オレらが気にするんだよ!」


 雪斗と勇二は、ひたすら拒絶した。


「しろちゃん。あんたの姿は、その辺の人に見えないらしいけど、男湯に入るのは止めときな。もし見える人がいたら大騒ぎになっちゃうよ?」

「小雪……でも私には雪斗を守る使命があるわ。たとえ数分とは言えど、離れるわけには……」

「だったらヴァイス、こうしようぜ。風呂に入っている間はオレが雪斗を守る。守りきれないと思ったら、二人してソッコーで逃げる。これでどうだ?」


 勇二も近頃、力をつけてきている。雪斗もまた『キー・トリガーパーソン』としての技を磨いている。危機察知はできるものと思われた。


「分かったわ……でも何かあったら本当にすぐに逃げるのよ?」


 ヴァイスは、男湯に入るのは諦めて、小雪たちと女湯に入ることにした。


「じゃあ、後でね。雪斗くん、勇二くん」


 静香が言い、女三人は女湯へと入っていった。


「……ふー、やっとなんとかなったな。一時はどうなるかと思ったぜ……」

「まったく、僕を守るのはありがたいけど、行きすぎるとありがた迷惑だね」

「ヴァイスってキレイじゃん? そんな姉ちゃんと一緒に暮らすなんて羨ましいと思ってたけど、これはこれで大変だなって思ったよ。雪斗、お前も苦労してたんだな」

「分かってもらえて嬉しいよ、勇二くん。さて、僕たちもお風呂に入ろうか」


 雪斗と勇二は、風呂場へと入っていった。


「お、なんだ? オレらしか客がいねぇみてぇだな」


 脱衣場には人影が見られなかった。雪斗らの貸切状態だった。


「時間が早かったからお客さんも少なかったのかも。でもお風呂は静かに入らなきゃダメだよ、勇二くん」

「分かってるって、あー、しまった。浴衣来てくればよかったな。温泉入った後にジーパンはくのは窮屈だな……」

「浴衣ならここにあるよ?」


 脱衣所の入り口に、各サイズ揃った浴衣が掛けられたクローゼットがあった。


「おー、こりゃありがてぇ! オレみたいな奴はいっぱいいるってことかな?」


 勇二は大サイズを取った。


「雪斗、お前はどうする? 中サイズでいいか?」

「あ、僕はもう自分で取っておいたから大丈夫だよ」


 雪斗は、服を脱ぎながら応えた。


「おお、そうか。んじゃ誰か来る前に入っちまおうぜ!」


 勇二は、いそいそと服を脱いだ。


「よっと!」


 勇二は、前を隠さず、タオルを肩に掛けた。

 対して雪斗は絶対に見せまいと、腰にタオルをきつく縛ってからパンツを脱いだ。


「雪斗ー、そんなに隠す必要ないだろ? 今風呂にはオレと雪斗だけなんだからよ」


 勇二のモノは、歳によらず、雪斗より一回りほど大きく、大人の証の毛がフサフサだった。


「おら! そんなタオルとっちまえ!」

「うわ!? やめてよ!」


 勇二は、雪斗の腰巻きタオルをひっぺがしにかかる。雪斗は必死に押さえるものの、引っ張りあっているうちに結び目がゆるみ始めた。


「それ!」

「ああー!」


 勇二は、雪斗のタオルを奪い取った。

 雪斗は、すぐに手で隠したものの、勇二にバッチリ見られていた。


「あーはははは! 雪斗、もうすぐ中三になるってのにつるつるじゃねぇか!」


 勇二は、大爆笑である。抱腹絶倒であった。

 雪斗は、耳まで真っ赤にしながら、下を向いていた。


 体格差も雪斗の気にするところだった。勇二のがっちりと怒った肩幅は、スルリと撫でた雪斗の肩と比べると男らしく、割れた腹筋も雪斗にとっては羨望ものだった。


「あはははは! あーはは!」


 勇二はまだ笑っていた。


「もー、いつまで笑ってるのさ!?」

「ひひひひ、すまねぇ。必死に隠しているところからぷるるん、って小学生レベルのモノ出てきたのがおかしくておかしくてな……あはははは!」


 雪斗は、この上ない恥に顔を染め、勇二からタオルを引ったくり、浴場へと入っていった。


「あ! 待てよ雪斗!」


 勇二も後を追った。


「男湯もガラガラみたいだねぇ。じゃなきゃあんなに騒げないしねぇ」


 小雪は言った。

 雪斗と勇二のやりとりは、小雪たちのいる女湯脱衣所まで聞こえていた。


「前に小雪が毛が生えてないって言ってたけど、どうやらあの様子だと本当だったみたいね」


 ヴァイスは納得していた。


「それにしてもしろちゃん、スタイルいいねぇ……」


 小雪は、ヴァイスの一糸纏わぬ姿を見てため息をついた。

 全身が純白であり、なかなか豊満なたわわを持っていた。


「しろちゃん、髪の毛が真っ白だから、下の毛も白いんだね。当たり前かもしれないけど……」

「小雪も十四の子持ちとは思えないわ。子持ちの地界の人間は、四十を超えたら、美貌が崩れるって聞いたことがあるのに……」

「まあ、うちは母子家庭だからね。あたしが一生懸命働かなきゃならなかったから、老いる暇がなかったからね」


 あはは、と小雪は両手を腰に当て、四十を過ぎて張りのある胸を張った。


「…………」


 静香は、一人圧倒的歳上の二人の膨らみを見て落ち込んでいた。

 静香の膨らみは、まだ成長中だとはいえ、ヴァイスたちに比べると雲泥の差だった。

 静香は、体に縦に当てたタオルの隙間から自分の胸を見る。そしてまた落ち込むのだった。


「しーちゃん、どうしたんだい?」

「し、しーちゃん?」

「うん、静香だから、可愛くしーちゃんって呼ばせてもらってるよ。……で、どうしたんだい?」

「いや、何でもありません!」

「うんにゃ、しーちゃんウソ言ってるね? おばちゃんには見え見えだよ」

「……私、二人に比べたら胸ないなぁと思いまして……」


 何でも聞いてくれそうな、小雪の優しさに、静香は正直に話した。

 それに対し、小雪は軽く吹き出した。


「なーんだ、そんなこと」

「そんなことじゃないです! 私、小さい頃から成長遅くて。このままぺったんこなんじゃないかと思うと落ち込んで……」

「落ち込むことなんかないよ。おばちゃんもしーちゃんくらいの時は、てんで大したことなかったよ?」


 小雪は、静香の背後に回った。


「ほらほら、そんなことで悩んでないでお風呂入ろ! 胸の事なんてどうでもよくなるよ!」

「ち、ちょっと……!」


 小雪は、静香の背中を押し、浴場へと入っていった。

 ヴァイスもひたひたと後に続いていった。


 三人は軽く背中を流し、温泉につかった。


「熱っ!」


 ヴァイスは、足先を湯に浸けたが、熱すぎてすぐに足を引いた。


「ヴァイス、大丈夫?」

「あはは、しろちゃん真っ白で雪女みたいだから、お湯に溶けちゃったりして!」

「私は白界の住人。雪女などではないわ。けれどちょっと熱いものは苦手ね……」


 しかし、このまま温度に慣れられずにいるのも何かに負けたような気分がした。


「バリア」


 ヴァイスは、魔法で小さく防御壁を体に張った。そうすることで入浴することができた。


「しろちゃんも入れたんだ?」

「このままだと火傷しそうだったから、バリアを展開したけどね」

「まあ、何でもいいよ。これで声を合わせられる……」


 小雪は、すうっ、と息を吸い込んだ。


「あぁ、いい湯だねぇ……」


 小雪だけが声を上げた。


「ちょっとちょっと二人とも、こういう時はこう言うもんだろ?」

「いえ、地界の流儀は分からなかったもので」

「私も、ちょっと年寄りくさい気がして……」


 ヴァイスたちは弁解した。


「もう、最近の若い者はノリが悪いねぇ。ほら、もう一回行くよ! 大きく息を吸って」


 二人は言われたようにする。


「二人とも息を吸ったね? それじゃ行くよ? あ、サン、ハイ!」

「あぁ、いい湯だねぇ……」


 三人は声を揃えた。


「ほら、気持ちよさ倍増だろう?」


 三人は顔を合わせると、笑い合った。


 その後十分ほど温泉に入った。


「バリアしてても熱いわ。私、先に出るわね……」


 ヴァイスは湯から上がった。


「しろちゃん、もう出るのかい? まだ十分くらいしか入ってないじゃない?」

「それだけ入れば十分よ。ちょっとのぼせちゃったわ……」

「あら、それはいけないわね。脱衣所の扇風機に当たるといいよ」

「そうするわ。私の事は気にしないで二人はごゆっくり」


 ヴァイスは、ゆっくりと浴場を出ていった。


「ああ、聞きそびれちゃったね。しろちゃんが雪斗の事どう思っているか、ね。しーちゃんは何か聞いてたりしない?」

「わ、私ですか!?」

「歳の近い、って、しろちゃんは何億年も生きてたっけ。まあ、見た目は近いからいいか。それで、何か聞いてない?」

「私、分からないです。ヴァイスとは知り合ってそんなに経たないし、雪斗くんの話は聞いたことないです……」

「あらそう、残念ねぇ。うちの子そういうのに疎いっていうかなんと言うかだから、しろちゃんとそう言う仲になってても全然構わないんだけどねぇ……」


 小雪は、お湯を肩にかけた。


「そうだ。逆にしーちゃんはどうなの? 雪斗の事どう思ってるの?」

「ふぇ!? どどど、どう思ってるって、お友達ですよ! ああ、あと一緒に戦う仲間です!」

「ふうーん……」


 小雪は、意地悪な笑みを浮かべて、静香に絡み付いた。


「さてはしーちゃん、うちのバカ息子が好きだね? 雪斗、頭は悪いけど、顔はまあまあだしね」


 小雪は、追い討ちをかける。


「からかわないでくださいよ!」

「じゃあ、しーちゃんは、雪斗の事嫌いなの?」

「嫌いなはずないじゃないですか!?」

「あら、ムキになって可愛いわねぇ。じゃあ好きってことにしておくよ。さぁて、あたしもそろそろ出ようかね。少しのぼせてきちゃったよ」


 小雪はお湯を出た。


「あっ、私も出ますよ」


 静香もお湯から出た。しかし、お湯から出ると同時に目眩を感じ、床に膝をついた。


「あうう、くらくらします……」

「大丈夫かい、しーちゃん!? これは少し湯あたりしたみたいだね。肩を貸すからゆっくり脱衣所に行こう!」

「す、すみません……」


 小雪たちは脱衣所に戻った。そこには扇風機に当たるヴァイスがいた。


「しろちゃん、突然で悪いんだけど、魔法で氷を出してくれるかい?」

「構わないけど、どうかしたの?」

「しーちゃん、湯あたりしたみたいで」

「それは大変ね、すぐに出してあげるわ」


 ヴァイスは念じると、製氷皿で作ったような氷を、空中に出現させた。


「あ、丁度いいところにビニール袋があるねぇ」


 小雪は、洗面台に、箱入りのビニール袋を見つけた。小雪はそこから一枚取り、袋の口を開けた。

「しろちゃん、この中に氷を!」


 ヴァイスは、浮遊させていた氷を移動させ、ビニール袋の中に入れた。


「とっ、服を着させるのが先だったね」


 小雪は、静香に下着を着せ、浴衣も着させた。

 小雪も浴衣を着た。そして長椅子に腰かけて、静香に膝枕をさせた。


「どうだい、しーちゃん? 気分は?」


 小雪は、ビニール袋に氷を入れただけの簡易氷のうを、静香の額に置いた。


「冷たい……気持ちいいです」


 静香は、弱々しく応えた。


「それはよかった。十五分もすれば楽になれるだろうから、それまでおばちゃんの膝で休みな」

「小雪」


 ヴァイスは、自動販売機を指差していた。


「湯あたりって軽い熱中症でしょ? スポーツドリンクも飲ませたらいいんじゃないかしら?」

「うーん、そうだね。こういうところの自販機って高上がりだけど、場合が場合だし、買うしかないか。しろちゃん、三番目のロッカーにあたしの鞄が入ってるから、これで開けてくれるかい?」


 小雪は、腕に巻きつけていたロッカーの鍵を、ヴァイスに投げ渡した。

 ヴァイスは、鍵をキャッチしてロッカーを開けた。そして小雪の鞄を取り出した。


「あたしの小銭入れから出してくれていいよ、しろちゃん」

「分かったわ」


 ヴァイスは、鞄から小銭入れを取り出し、スポーツドリンクを買った。


「行くわよ」


 ヴァイスは、投げる宣言をした。


「いいよ、投げて」


 ヴァイスは、下投げでスポーツドリンクを小雪に渡した。

 見事キャッチすると、小雪は静香にスポーツドリンクを飲ませた。

「……おいしい」


 静香は力なく言った。


「ごめんね、まだ子供なのに、雪斗の話で長湯させちゃって……」


 小雪は、静香を湯あたりさせた事を詫びた。


「……いえ、私昔から熱さに弱いんです。その事を言わなかったばっかりにご迷惑おかけして……すみません」

「そんな、しーちゃんが謝ることなんか何もないよ。あたしが悪いんだからね!」

「小雪、これ使う?」


 ヴァイスが棒状のものを小雪に差し出した。


「何だい、これは?」


 ヴァイスは、棒状のものを広げて見せた。親骨が鉄製の鉄扇であった。


「魔法を使えない状況の時に護身のための武器よ。普通の扇子のように扇ぐのにも使えるわ」

「ありがたいねぇ。使わせてもらうね」


 小雪は、鉄扇で膝の上の静香を扇いだ。


「どうだいしーちゃん。涼しいかい?」

「えぇ、とっても」


 様々な治療法で、やがて静香は起き上がって歩けるようになった。


「遅いよ母さん」


 小雪たちが脱衣所から戻ると、すっかり待ちぼうけを食らったように、雪斗が口を尖らせた。


「ごめんごめん! あたしのせいでしーちゃんを湯あたりさせちゃったんでね」

「湯あたりって、そんな熱い湯じゃなかったよなぁ、雪斗?」

「僕は、ちょっと熱かったかな」

「ええー、そうかぁ? 所で肝心の静香は大丈夫なのか?」

「うん、もう大丈夫だよ」


 すっかり回復しきった静香がそこにいた。

 大丈夫だと言うが、まだ少し顔が赤かった。


「うっし、大丈夫なら卓球やらねぇか? 温泉と言えば卓球だろ!」

「いいねぇ! あたし昔卓球部員だったんだ。ダブルスで行こう! まだまだ若い子には負けないよ!」


 小雪は乗り気である。


「卓球かぁ……」


 雪斗は、反対に難色を示した。雪斗は卓球が得意ではなかったのだ。


「ダブルスなら、私と雪斗が組むわ。勇二は小雪ね」

「ヴァイスノリノリだけど、卓球やったことあるの? 意外と難しいよ、サーブ入れるのすら」

「この世界で言うところの昭和の時代、温泉卓球が流行ったとき、白界の仲間と一時期ハマってたことがあるのよ。腕はまだそう鈍ってないと思うわ」


 ヴァイスは、得意気に袖をまくった。


「ようし、相手にとって不足なし! やってやるぜ! 静香は審判を頼むな」


 ルールは十一点制を採用した。


「サーブはどっちからやる?」

「ジャンケンで決めようぜ!」


 ヴァイスと勇二でジャンケンをした。ヴァイスがチョキを、勇二がパーを出した。


「私の勝ちね」

「本番では負けねぇよ。さあ、早くやろうぜ!」


 勇二は、ラケットを構えた。


「雪斗、あなたは後衛をお願い。大丈夫、卓球でもあなたを守るから」


 ダブルスなのだから、守るも何もない、と雪斗は思ったが、それは口にしないでおいた。


「さあ勇二、私の球が返せるかしら!?」


 ヴァイスは、卓球球を天井すれすれまで放り投げ、ジャストな位置で打ち込んだ。

 それは、スマッシュにも匹敵するバウンドで、勇二も小雪も反応できず、目をパチクリさせた。


「はい、私たちが一点目ね」

「あ、ありえねぇ、サーブだぞ? 全然見えなかった……いや、ちょっと見くびってただけだ! 次は本気だ、来いヴァイス!」

「サーブは前衛と後衛と交互にやるルールでしょ? 次は雪斗よ」

「僕かぁ……」


 雪斗は、サーブを相手コートに、しっかり入れるのすら自信がなかった。


「でも仕方がない、やらなくちゃ……!」


 雪斗は、自信がないなりに全力投球しようとした。

 雪斗は、ヴァイスの見よう見まねで球を放り投げ、サーブを打った。球はいい当たりで、カコンといういい音を鳴らして相手コートへ飛んでいった。しかし。


「あ、あれ?」


 雪斗のサーブは、惜しいところでネットに引っ掛かってしまった。


「雪斗のサーブミスでこっちに一点だ!」


 勇二は、喜んで言った。


「ドンマイ雪斗! フォームはよかったよ!」


 小雪は、対戦相手でありながら、息子を応援した。

 サーブ権は勇二と小雪ペアに移った。


「サーブはオレから行きますよ、おばさん!」

「いいよ! しろちゃんみたいな、ものすごサーブ見せてよ!」

「任せてくださいよ! いっくぜー! イナズマサーブ!」


 勇二は、勢い余って魔法が漏れてしまっていた。


「危ない、雪斗!」


 ヴァイスはいち早く察知し、雷の宿った球を打ち上げた。

 球は、天井にぶつかり、帯電していた球は放電された。焦げた球が卓球台の上に落ちた。


「勇二、魔法を使ったら駄目でしょう」

「あはは、悪い悪い、つい力が入っちゃって。もっかいサーブしていい?」

「いいわ。でも次魔法を使ったら、もうサーブさせないからね」

「驚いたねぇ……あれが魔法なのかい?」


 小雪は、素直に驚いていた。


「ちょっと漏れただけで、本当の魔法はこの程度じゃ済まないですよ」

「何だか物騒なものだねぇ」

「魔法の話は終わり。卓球に戻りますよ」


 勇二は、話しを切り上げ、卓球を再開した。


「行くぜ! 普通のサーブ!」


 今度は魔法はこもっていない、勇二が言う通りの普通のサーブが打たれた。


「はっ!」


 ヴァイスは、軽々と球を打ち返した。


「えいっ!」


 球は、小雪のところへ跳ねていった。それを小雪は打った。

 打たれた球は、雪斗のところにやって来た。

 絶対に打ち返す、と雪斗は構えるとヴァイスが雪斗の前に立った。


「雪斗は私が守る!」


 ヴァイスはスマッシュを打った。先ほど見せたサーブのように、球は鋭く勇二たちのコートに跳ね返った。


「させるかよ!」

「まさか!?」


 ヴァイスは、完全に決めたと思っていた。その上スマッシュを打った直後で隙だらけとなっていた。

 球は再び、雪斗の所へと跳ねてきた。


「う、うわあああ!」


 雪斗は、叫びながらラケットを振った。

 ほぼ偶然に、球はラケットに当たった。球は勇二たちのコートに入り、勇二たちの間を跳ねていった。


「ヴァイスと雪斗くん、二点目」


 審判の静香がスコアボードの点数をめくった。


「やるじゃねぇか雪斗!」


 得点を奪われたにも関わらず、勇二は雪斗の得点に感心していた。


「戦いだけでなく、卓球でも守るつもりが逆に守られちゃったわね」

「へ? いや、僕は無我夢中でラケット振ったら当たっちゃっただけで……」

「謙遜するもんじゃないよ、お前は十分上手いよ雪斗」


 小雪も雪斗のスーパープレーを褒めた。


「まだまだ試合は始まったばかりだ! けど、面白くなってきたぜ! さあ続けよう!」


 その後も雪斗たちの卓球は続いた。

 雪斗をあらゆる球から守る立ち回りをするヴァイスに、様々な角度から攻める勇二。

 この二人のこぼれ球をカバーする小雪と雪斗。

 

 序盤こそヴァイスの驚きのプレーの連続に圧倒された一同であったが、試合が進むごとに体が慣れ、ヴァイスの動きに着いていく勇二たち。

 試合は一進一退のものになっていた。


 そして試合の結果は。


「ヴァイス、雪斗くんチームの勝利!」


 静香は宣言した。


「やったわね、私たちの勝ちよ」

「ヴァイスの勝ち、だよね? 僕ほとんど何もしてないし……」

「くっそー、負けた! ヴァイス強すぎるぜ!」

「でも楽しかったねぇ。これ週一くらいでやらないかい?」

「母さん、週一で旅館泊まるなんてお金ないでしょ」

「次の機会があるなら、今度は私も参戦したいな……」


 静香は言った。


「おー、しーちゃんのためにも週一は無理でも、半年に一回のペースで集まれるようにしたいねぇ。仕事、頑張らなくちゃ」


 小雪は張り切る。


「そろそろ夕飯の時間だね」


 雪斗は、卓球場の掛け時計を見た。


「おう、もうそんな時間か。道理で腹が減るわけだ」


 勇二は、一気に空腹を感じた。


「よーし、部屋に戻ってご飯だー!」


 小雪は言った。そして一同は、客室へと戻っていくのだった。


    ※※※


 時刻は、零時四十分。

 雪斗たちは、夕食の後もう一度入浴し、部屋に備え付けられていたトランプで遊び、いい時間になったので就寝することにした。


 勇二は、いびきをかいて眠り、静香と小雪は静かに寝息を立てていた。

 雪斗も眠ろうとしたが、寝床がいつもと違い、なかなか寝付けずにいた。

 となりには、ヴァイスが寝ていた。


「ヴァイス、起きてる?」


 雪斗は、小声で話しかけた。


「起きてるわ、雪斗」

「ヴァイスも眠れない?」

「いえ、白界の住人が攻めてきた時に、みんなを守れるように起きてるのよ」


 ヴァイスは、卓球をやった時も雪斗を守ると、個人プレーをした。今この瞬間もたった一人でここにいる全員を守ろうとしていた。


「何でも一人で溜め込んで、疲れない? 母さんは無理だけど、勇二くんと静香さんは戦えるんだよ? もちろん僕だって」

「寝込みを襲われたら、いくら二人でも全力を出せない。私が起きてないと、刺客が来たら大変でしょう?」


 確かに、白界の刺客とまともに渡り合えるのはヴァイスである。しかし、雪斗も万全ならば戦える。


「だったら、僕も起きてるよ。ヴァイス一人に辛い思いはさせたくない」

「私なら大丈夫。一日くらい眠らなくたって苦にならない。雪斗は寝なさい、子供はとっくに眠る時間よ」

「子供扱いしないでよ。僕は……!」


 不意にヴァイスは、雪斗の目元に触れた。


「何を……!?」

微睡(まどろ)みなさい」


 ヴァイスの触れた手が淡く光った。


「ヴァイ、ス……?」


 間もなくして雪斗は眠った。


(私が、雪斗を守る)


 夜は更けていくのだった。

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