陽仁の変化
氷の世界の名残がまだ肌の奥に残ってる気がする
湯気の中、肩まで湯に浸かりながら智嬉が「はあ〜〜〜〜〜」と声を漏らす
その横で俺―陽仁は、なんだか妙な気分になっていた
「あのさ、智嬉」
「ん?なに?」
「……お前、ほんとに、死ぬかと思ったよ」
ぽつりと、思っていたことを口にしてみた
智嬉は笑っているけど、あのとき、凍った彼の体に触れた瞬間の、あの異様な冷たさは、まだ忘れられない
「でも、死ななかった。お前らが来てくれたから」
「違ぇよ。俺たちが“間に合っただけ”だ。もし、もうちょい遅れてたら、お前……」
俺は言葉を飲み込む
俺は、かつて暗殺者だった。冷酷で、非情で、感情を持たない“兵器”みたいな存在だった
……なのに今は、仲間をひとりでも失いかけたら、こんなにも心が乱れる
「弱くなったな……俺」
ぽつりと呟いた言葉に、智嬉が首だけこっちに向ける
「へぇ、どこが?」
「感情に振り回されて、動きが鈍くなって、怒りで声張り上げて……お前のこと、胸倉掴んでまで責めたしな」
「それが“弱さ”だって思ってるなら、見当違いもいいとこだな」
智嬉はにやっと笑った
「お前は……ただ、“人間らしくなった”だけだよ」
その言葉が、ぐさっと心に刺さった
「お前さ、今までどれだけ“感情”を押し殺して生きてきたんだ?」
「……それが、“元・暗殺者”ってやつだろ?」
「でも今は?」
智嬉は小さく首を傾げて、言葉を続ける
「仲間のために怒鳴って、命を張って、しかも風呂の中で赤面して、ちょっとだけ照れて。……それ、ぜんぶ“お前自身”だろ?」
「…………っ」
言葉が出なかった
「……たぶん、俺さ」
「ん?」
「今なら、誰かを守るために、正しく殺れるかもしれない」
それは矛盾した言葉だった。でも本音だった
俺の中の何かが、ほんの少し、変わった気がした
「ま、そうなったらまず俺が助けるけどな」
智嬉はまた軽口を叩き、俺は鼻で笑う
「お前が凍ってたくせによく言うぜ」
「だからこそ、今度は俺が助け返すんだよ」
……ああ、こいつには敵わないな。
いつのまにか、俺も、“仲間”になってるんだ
風呂上がりのアイス攻防戦が終わり、俺たちは各々の部屋に戻っていた
髪を拭き終え、バスタオルを肩に掛けたままソファに倒れ込んだとき、部屋の通信機が鳴る
通話元:司令官室
「……またか」
すぐに立ち上がって受信ボタンを押すと、モニターに司令官――シルヴァ・トラーズの顔が映った。いつもの無表情
『陽仁、ひとつ話がある。司令官室へ来い。……今すぐだ』
通話は一方的に切れた
「司令官から? ……」
俺はパパっと着替えて、若干濡れ気味の金髪の髪を手でくしゅ、とやって、司令官室へ向かった
鏡をちらっと見る。
……暗殺者だった頃の自分の面影が、もうそこにはない気がする。
あの頃の俺なら、こんな緩んだ顔はしなかっただろう
「……ったく、こっちが一息つく暇もねぇな」
軽く溜め息をついて、部屋を出る
司令官室までは一直線の廊下
ドアの前に立ち、インターフォンを押すまでもなく、センサーが反応して扉が開いた
「佐々本陽仁、入りました」
俺が一歩踏み出すと、司令官
何か映像を見ていたのか、淡く光る画面にはフードを深くかぶった人影が一瞬映って、すぐに消える
司令官は振り返らず、低く言った
「来たか。……話す。今夜、お前に知らせておくべきことがある」
「……やっぱり、氷エリアで見えた“何か”ですか?」
「そうだ。智嬉の救出任務の裏で、ある異常が検出された。封鎖された結界の“外部”から、侵入していた形跡がある」
俺は緊張してしまい、体が強ばる
「それって…やっぱり」
「ああ、新たな敵だ」




