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新しい敵の名

「敵の名前は……ヴェルク」

司令官の低い声が、室内の空気を凍らせた

「ヴェルク……」

俺はその名を反芻する。聞き覚えは――ない。ぞっとする嫌な感覚だけが、体に残る

「詳細はまだ不明だ。だが、智嬉を包んだ氷の結界は奴のものだった可能性が高い」

「てことは、奴も、氷の能力者?」

俺の問いに、司令官は眉をひそめた

「……氷“だけ”ではない」

「……どういう意味ですか?」

「ヴェルクの氷は、“生きている”ような反応を示していた。通常の凍結ではあり得ない動きと、精神的な圧迫を同時に与えてくる。むしろあれは……“記憶を凍結する氷”だ」

「……記憶を?」

「智嬉の精神状態にも異常はあった。完全に凍結される直前まで、彼は“誰かと対話していた”痕跡がある。本人の意識は混濁していたが……断片的に、“夢を見ていた”ような描写があった」

俺はハッとする

「確かに、滝や智嬉も、夢で自分の昔に会った、とかなんとか」

言いながら、俺の背中に冷たい汗がじわりと浮かぶ

「あいつら、“過去の自分に喋りかけられた”とか、“思い出したことのない記憶を見た”とか、妙なことを言ってたんだ……」

司令官の表情が、ほんのわずかだけだが、険しくなる

「……それは、決定的な兆候だな」

「兆候……?」

「ヴェルクの氷は、侵入だけでなく、“記憶の奥にいる自分自身”すら顕在化させる力を持つ。対象者が過去の自己と向き合わされるのは、奴の“記憶干渉”が深層意識にまで到達した証拠だ」

俺は苛立ちしながら、視線を逸らす

「純も言ってました、いやらしい奴らだって 俺もそう思います、許せません!」

ヴェルクのやり口——記憶に土足で踏み込んで、過去の自分を引きずり出すなんて、正直、吐き気がする

苛立ちを抑えきれず、視線を逸らして拳を握る

「……あいつ、自分の手は一切汚さず、他人の内側をえぐってくる。戦場に出ずして、心を壊すやり方……あまりにも卑劣すぎる」

「そうだ」

司令官が、静かに肯定する

「ヴェルクは、直接的な暴力を使わない。だが、相手に“自分の最も脆い部分”と対峙させる。自らが崩れるまで、何度でも」

「そんなの、カルテー二と同じやり方じゃないですか!幻影呪縛で他人の苦い記憶で敵を翻弄させるっていう…」

——他人の痛みを“道具”にするやつが、俺は一番嫌いだ

「……ヴェルクとカルテー二、確かに似た点はある、だが、決定的に異なるのは、“介入の深さ”だ」

「介入の……深さ?」

「カルテー二は外部から幻覚を“見せて”いた。だが、ヴェルクは違う。“記憶そのもの”に入り込み、改変・再構築が可能だ」

「……つまり、“自分の記憶かどうかすら分からなくなる”ってことですか?」

「ああ。記憶を書き換えられた者は、自分がそれを体験したと信じ込む。“植え込まれた記憶”と“本当の記憶”の境界が、完全に崩壊する」

俺は滝が言ってたことを思い出した

「だから、最初は本人が夢の中だと思ったら、敵の罠に引っかかっていた、と…? 滝は最初夢じゃないのか?って思っていたらしいですよ」

「ヴェルクの恐ろしい点は、“記憶の選択”も“演出”も、すべて奴の手中にあることだ。本人にとってはリアルでも、それは“演出された夢”かもしれない」

「……それ、やばすぎじゃないですか」

本気で震えるほど、恐ろしい

「つまり、俺たちが覚えてる過去すら、ヴェルクの仕業で“作られてる可能性”があるってことじゃないですか?」

「その可能性は、否定できない」

司令官の声は低くなる

「最も厄介なのは、“記憶の中に仕込まれた意図”だ。例えば——ある記憶の中に、小さな“嘘”をひとつだけ植え付ける。たったそれだけで、その人物の思考や行動は変わっていく」

「その隙にヴェルクが食い込む?」

「いかにも」

司令官は即答した

「奴は、記憶の中に“わずかな誤差”を埋め込む。ほんのひとつ、タイミングのずれた言葉。存在しない人物との会話。あるいは——別人の感情を“自分のもの”として偽装する」

「そんなの……気づけるわけない……!」

「だからこそ恐ろしい。人間は“記憶”に依存して生きている。“過去があるから今の自分がある”と信じている。……その根本に揺さぶりをかけられたら、人は壊れる」

「……思い出せなくても辛いのに、間違った記憶を“信じさせられる”って……それって、もう“殺される”より酷いじゃないですか……!」

司令官は苦笑いをする

「君、最近まで暗殺者だったのになあ?」

……意外すぎるリアクションに、思わず目を見開く

「えっ」

ニヤリと司令官は笑う

「“殺すのが仕事”だった君が、“殺されるより酷い”なんて、言葉に重みがあるね。変わったな、陽仁」

「…………」

ぐっ、と言葉に詰まる

そうだ

ほんの少し前までの俺なら、こんな感情、抱かなかった

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