悪臭の職人区
「ここは……相変わらずだな。今は丁寧に説明書きもあるのか」
体勢を整えて、職人区へと足を進めていく。滑り台や階段のゴール地点から職人区ではあるが、入口はほんの少し先になっている。
階段を最後まで降った後、その前には看板が建てられていた。俺が最後に行った時にはなかったが……
「そこは階段の降りた後じゃなくて、上に設置すべきだろ。優しいようで、嫌がらせでもあるな」
看板に書かれている内容はこうだ。
【この先職人区。職人達による仕事により、様々な臭いが立ち込めていて、気持ち悪くなる場合があります。倒れても責任はとりません。対策は各自でお願いします】
臭い対策。すでに悪臭に近い香りがここまで漂ってきている。
職人には鍛冶士、調合士、それに加えての魔法ギルドもあり、薬草は勿論だが、色んな物に火を入れたりする。未知な素材を試すにしても、何が起きるかも分からない。
ある意味で危険な区だ。下層に置かれる理由も納得出来る程に。
初見でここに来たら、臭い対策のマスクか鼻の穴を詰める道具を買いに戻るしかない。
それでも中に入れば、対策の道具を売ってはくれるんだが……職人達はその相手を良くは思わない。
職人達の心を開く。職人から直接交渉可能な常連になるためには、臭い対策をしては駄目だったりする。
職人達はその悪臭の中で常に仕事をしているからで、臭いを嫌がってはいけないのだ。
「それにしても……前よりも酷くなってるぞ。魔力酔いにもなりそうだし、毒状態になりかねないぞ」
異界も増え、そこにある宝を研究し、素材として使用。以前に比べて、臭いが常に変化している。異界化してなくても、異界寄りになっているんじゃないか?
ある意味、ネスティスが魔法ギルドで修業したのも、異界の空気に慣れやすくしてくれたかもしれない。
「おっ!! レイニーじゃないか。久し振りだな。再始動するのか?」
俺は職人区に足を踏み入れると、すぐに一人の職人が声を掛けてくる。
職人区の職人の何人かは俺が【道化師】である事を知っている。
常連になるためには、臭い対策をしてはならない。となったら、素顔を晒すしか方法がない。
けど、【道化師】という二つ名じゃなく、名前を呼ぶ事で正体がバレないようにしてくれている。
「違う違う。別件だよ。爺さんはまだ健在か?」
「爺じゃなくて、ジジさんな。そんな呼び方出来るのは常連のお前達ぐらいだぞ」
俺が向かおうとしてる店……会おうとしてるのはジジ。俺が知る中で一番の職人だ。武器や防具、装飾品の性能、効果をきちんと分析し、力を引き出せるようにしてくれるのは、彼だけだと思ってる。
「逆に常連になれたのも、お前達だけだな。……本当によくなれたよな。職人の俺達にもそこまで気を許してないのに」
「話はまた今度。仕事の休憩時間に来てるんだ」
仕事終わりに来る事も考えたけど、職人はいつ活動しているか分からない。退勤時間以降には閉まってる可能性もある。
彼が主に仕事をしているのは夜。工房に引き篭もってしまう。引き篭もるまでに会う必要があるわけだ。
「そうなのか。たまには俺達にも仕事を頼んでくれよ。勿論、金は取るけどな」
職人は俺から離れ、仕事場に戻っていく。
俺も目当ての場所に行く中、手を振る職人がチラホラ。【道化師】としてではなく、爺の常連のなれた事で、顔を覚えられたのもある。
途中で魔法ギルドはあるけど……行かない。
勇者を紹介をしたのが俺だとは知らないはず。
それに……【殺戮】も魔法ギルドの一員ではあるわけで、迷惑をどれだけ掛けてるか。一時、【無法者】のリーダーだからって、どれだけの苦情を聞かされたか。
出来れば通りたくない場所ではあるが、仕方ない。入口周辺にギルドメンバーらしき奴がいないから、今のうちではある。




