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怪異~終焉を招く少女~  作者: 初瀬 朋多迦
セラピーモンスター
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第67話 沈黙

――2カ月後


留置所の面会室は、ガラス越しに世界の冷たさを容赦なく伝えてきた。蛍光灯の光は無駄に白く、テーブルの上の仕切りガラスは二人の影をぼんやりと引きのばす。

悠人はテーブルに小さな紙袋を置いた。紙袋には鹿児島のお土産のロゴが可愛らしく描かれていた。

「海利さん、元気にしていますか。これ、鹿児島のおみやげです」

「すまないね。鹿児島に何しに行ってたんだ?」

「久しぶりに、ヨミに会いに行ってました」

悠人は目を伏せる。行けなかった弔いを、ようやく小さな形で果たすためだ。ついでに、怪異の起源に関わる手がかりを探しもしたが、結局、何も見つからなかった。


しばしの沈黙が二人を覆う。

ガラスの向こうの足音が、時間を刻む。


悠人が息をついて口を開く。

「まだ、杏陽子は起きません。お医者さんもわからないそうです。怪異がいなくなって以降、第5エネルギーは消失してしまった。もはやごく微量にしか残っていないと。だから怪異からの影響は完全に無くなったはずで、脳や体に異常は見受けられない、目を覚まさない理由はない、ということです」

海利は小さく頷き、額に手をやる。

「そうか……」

「もう……2か月です」

悠人が呟くと、海利は遠くに視線をやった。

「もう2カ月が経ったか……」

それから海利はひとつずつ呟くように話を紡いだ。

「人々は相変わらず利権構造をつくり続ける。その証拠に怪異復興対策機構を新たに作った。『怪異が再発する可能性』と煽れば、また国家予算が流れる。国民は安心を求め、その構造に乗る。変わらないな。何もかも」

溜息が漏れる。


悠人「すべてを海利さんにかぶせて・・・そんなことができるわけがないのに」

海利の顔が少しだけ硬くなる。特異体対策庁自体が批判に晒される中、ちょうどいいスケープゴートにされたのが海利だった。罪状は『国家機密の漏洩』。

そして旧対特異体防衛局の面々も、同じように非難された。なぜ怪異が現れ増えたのか、それは怪異感染によるものであり、特異体に対する杜撰な対応によるものである、という噂が広がったのだ。

それは大衆の恐怖心を利用したプロパガンダだった。大きな被害が出た以上、だれかが責任を取らなくてはならない。そうして、前線で命を懸けて戦ってきた者たちが、まるで感染源のように断罪されたのだ。

『命を懸けて戦った? 笑わせるな。お前らが怪異を広めたんだ』

『家族が亡くなったのはあんたらのせいだ』

悠人は拳を強く握りしめた。その手は僅かに震えていた。


海利はふっと息を吐き、肩をすくめるように笑った。

「悠人くん、正直に言えば、私は……ほっとしているところもあるんだ。これで済んでいる、君たちが無事でいるということが私にとって最優先だ。私を悪者に仕立てることで、最悪の事態を回避できたのではないかと、そう思っているんだ」

悠人は言葉を失い、目の奥が熱くなる。


海利の声は低く、しかし確固たるものを帯びていた。

「この間、父さんが面会に来た。分かったよ。結局、父さんは俺たちのことを見守ってくれていた。影から支えてくれていたんだ。特異体対抗薬を融通してくれていたのも、病院をひそかに探して紹介してくれたのも父さんだ。そして、今の結末が最前の策だったんだと思う。俺はそれを受け止めるしかない。いつか、矢ケ崎データが見つかれば、すべて明らかになる。すべてをひっくり返せると、俺は信じているよ」

海利の視線は遠くを見ているようだった。

面会室を出るとき、悠人の肩は少しだけ重かった。ガラスの反射に自分の顔が一瞬映り、向こうの海利も同じようにこちらを見返していた。二人の距離は物理的には変わらないが、心の内側では何かが確かに動いた気がした。


   *


悠人は家に帰った。

鍵を回す音がやけに大きく響く。扉を閉めても、部屋はどこかガランとしていて、空気に温もりが足りない。以前は当たり前のようにそこにあった気配が、もうない。

思い出す。ソファに腰かけ、頬杖をつきながらテレビを眺めていたヨミの姿。彼女はただの同居人ではなかった。悠人にとって、家族そのものだった。


なにげなくテレビのリモコンを押すと、ニュースが流れた。

《天道 獄龍被告に死刑判決》

アナウンサーの声が淡々と続く。窃盗グループを率い、過去に殺人も犯していたという。裁判での発言も報じられていた。

<死刑にでもなんでもすればいい。人生に意味なんてない。ただの暇つぶしだ。こんなクソみたいな世界とお別れできるなら清々する>

彼の裁判所での発言が紹介されていた。

悠人は画面を見つめ、眉を寄せた。

――彼は生まれながらに悪だったのだろうか


暗雲とした気分。

久しぶりにアレでも作るか。

ため息交じりに立ち上がり、冷蔵庫から鶏肉を取り出す。包丁を握り、下ごしらえを始める。油に落とすと「ジュワッ」と音が立ち、熱気が台所を満たした。揚がった唐揚げを皿に盛る頃、炊飯器の蓋を開ければ、白い湯気が立ちのぼる。ほくほくとした米をよそい、茶碗を手に取る。


いただきます――


ひと口。


サクッ。


熱と肉汁が口の中に広がる。

「……うん、うまい」


声に出した自分の言葉が、静まり返った部屋に小さく響いた。その瞬間、晩秋の風が窓を揺らし、風鐸がカランと鳴る。顔を上げると、窓の向こうに満月がかかっていた。やわらかく光るそれは、どこか懐かしい眼差しのように思える。

――「ワシにも食わせろ」

ヨミの口癖のような声が、ふと心に浮かんだ。


(わかったよ。今度もっていってやる)


箸を置き、悠人は深く息を吐いた。まだ終わっていない。自分には、やらなければならないことがある。貯金も尽きかけている。働き始めなくてはならない。それに――力也と約束した。怪異が消え去った後でも、俺たちは立ち止まらない、と。


戦った者たちの名誉を回復すること。

隠蔽された真実を明るみに出すこと。

そして――。


悠人の思考は、ひとりの女性の名で止まる。


杏陽子。


彼女はいつ目を覚ますのだろう。明日か、明後日か。あるいは一か月後かもしれない。

その時までにできることは、やっておきたい。


彼女が目を開けたとき。

すべての真実を、すべての結末を――笑顔で語れるように。

窓の外の月は変わらず輝いていた。静けさの中で、ただひとりの誓いを見守るように。





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