表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪異~終焉を招く少女~  作者: 初瀬 朋多迦
怪異との邂逅
6/57

第6話 戦女神の影

鈍い衝撃音が腹の底まで響き、地面が僅かに揺れた。粉じんが舞い上がり、世界が土色に染まる。そして、風が砂をさらっていったその先に立っていたのは──天花あまな 杏陽子きょうこだった。

以前出会ったときのどこか危うげな彼女ではない。今、目の前に立つその姿は、研ぎ澄まされた鋼のような気配を纏い、戦場に降り立った戦女神そのものだった。特制のスーツがその身体を包み、瞳はまっすぐに悠人を射抜いてくる。

「早く、その武器を頂戴」

その声音に抗う術はなかった。悠人は言われるがままに武器を差し出す。だが、受け取ろうとした杏陽子の動きが、ふと止まった。彼女の瞳が、悠人の顔をとらえて、わずかに揺れる。

「あなた……この前の」

「どうしてここに……?」

「その武器からの発信信号をキャッチしたの。これがあれば、なんとかなる」

彼女は片手で、軽々とその重量のある武器を持ち上げた。信じられなかった。華奢に見えるその身体のどこに、そんな力があるというのか。

「ワオ!天花杏陽子さんだ!」

聞き慣れた声が背後から飛んできた。力也だ。

「クラスS3、特制隊最強のヒロイン!!」

悠人は思わず振り返る。

「……え?なんだって?」

しかし、その問いかけはもはや虚ろに宙を彷徨うだけだった。

杏陽子はすでに戦いに身を投じていた。銃を構え、正確無比な軌道で怪異を撃ち抜いていく。その動きに、一切の無駄はない。無慈悲なまでに、的確に、確実に命を奪っていく。

「オーマイガー!とてもクールだ!!こんな場面を肉眼で見られるなんて、特制隊に志願してよかった〜!」

「志願してたのかよ!てかお前ほんとどこ行ってたんだよ!」

「撤退ルートを確認してたんだって!」

だが悠人も、やがて口を閉じた。見惚れるしかなかった。あの絶望の闇を、一人で押し返す存在。それが、天花杏陽子だった。彼女がいる──それだけで、この地獄のような戦場が少しだけ、遠のく気がした。


悠人は少年の手を取り、市民の避難を手伝いながら、幾度も彼女の姿を振り返った。粉じんの中を跳ね、闇を穿ち、怪異を倒すその姿は、幼き日の夢の残像そのものだった。

──ヒーローは、確かに存在するのだ。

気づけば、すべての怪異は鎮められていた。杏陽子はすでに彼のそばにいた。呼吸一つ乱すことなく、額にはうっすらと汗をにじませている。まるで朝のランニングを終えたばかりのような、満ち足りた表情をしていた。

やがて、少年の母親が見つかる。母の腕の中に飛び込んだ少年は、顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら、何度も何度も振り返って手を振った。悠人はそれを見て、小さくつぶやいた。

「どんな状況になっても家族と一緒にいれば大丈夫だ」

それは、誰に語るでもなく、自分自身に言い聞かせるような言葉だった。けれど、その言葉に杏陽子は返さない。ただ一言、ぽつりとこぼした。


「家族だって裏切ることはある……」


その声は不意打ちのように、悠人の胸に沈んだ。彼は思わず彼女の顔を見返す。さっきまで光をまとっていたような姿は、今やどこか陰りを帯びていた。その横顔には、口には出さない過去が確かに刻まれていた。


悠人はその横顔を見つめながら、結局、何も言うことができなかった。沈黙の奥で、まだ知らぬ物語が静かに息をしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ