第46話 白いワンピースの少女
作戦室の空気は張りつめていた。
昼間の停電騒ぎと、そこに現れた白い影の記憶が、全員の頭からまだ消えていない。
知沙が静かに口を開く。
「先ほどの怪異ですが、一致するデータがありました。……全員、特異体データシートを確認してください。それから、しばらくは本作戦会議についても鬼頭さんが参加しますので、お願いします」
隊員たちは手元のタブレットに視線を落とす。
特異体登録番号:0011
通称:終電天使
観測信号発生日時:不明
波形強度ランク:不明
アクティブ化日時:不明
アクティブ発生場所:不明
アクティブ化現象概要:会議室内において停電と同時に、「白いワンピースを着た少女(推定14~16歳)」が無音で出現。以降、街中や周辺施設での目撃情報は散発的であり、詳細情報は存在しない。
スクリーンに映し出された映像は、不鮮明ながら確かに白いワンピースの少女らしき姿を映していた。
鬼頭が口を開く。
「……本日、この対防局本部でも確認されている。また、過去にも各地で報告されている。怪異の目撃情報については――」
「はい、私がやります。私が担当です」柚里が手を挙げる。
鬼頭が短く「……よし。説明しろ」とうなずく。
柚里は小さく咳払いをしてから、得意げな口調で語り出した。
「終電天使の噂は、かなり昔からあるの。でも、目撃例はほとんどゼロに近い。真夜中に現れる、どこか儚げで可愛らしい女の子。終電を逃して途方に暮れる天使……それが名前の由来なの」
悠人が疑問を投げる。
「ところで、なぜ登録番号が11番なんだ?」
「特別な怪異には番号が振られているの。存在が確認された順番ね。つまり、かなり初期に発見された特異体ってこと。でも実際には姿が確認されることはほとんどなくて、長年、怪異かどうかさえ怪しまれてた」
柚里はスクリーンの映像を指しながら続ける。
「白いワンピースの人影は、街の片隅やビルの屋上、電車のホームなどにふと現れる。そして、誰にも気づかれないように闇に消える。――まるで、どこかへ誘うように」
彼女が最初に囁く言葉はこんな感じ。
『わたしはどうやって帰ればいいの?』
『あなたは私を助けてくれるの?』
かわいらしい彼女の言葉に、多くの者は正義感をもって、なんとかしてあげなくちゃって思う。すると彼女は微笑み、さらに誘う。
『こっちに来て、お願い…』
気がつけば、彼女はすぐそばに立っている。触れられそうな距離――だが、次の瞬間には姿を消し、闇の向こうに再び現れる。その先に踏み出した者がたどり着くのは、光も音もない深い場所。そこで彼女は振り返り、こう告げるのだ。
『あなた・・いい人だね、ありがとう。
でも、本当にいい人かどうか確かめさせてほしい…』
その笑みとともに、手には鋭い刃。
もう逃げられない。
怪異の力で動きを封じられ、周囲には誰もいない。
――それでも、生きて帰った者がごく稀にいる。
彼らは口をそろえてこう語った。
「気づいたら、人の気配がどんどんなくなって……怖くなって逃げた。そこには屍が山のようにあった。白骨化した死体もあれば、まだ日の経っていない死体も……俺は、あやうくそこに加わるところだったんだ」
柚里の説明が終わると、鬼頭はしばし沈黙した。
やがて神妙な表情で全員を見渡し、低く告げる。
「この件に関しては、殲滅プログラムの適用は、ひとまず不要だ。とにかく、調べて追え!」
その言葉に部下たちがわずかに動揺する。
未影が、わるげのない口調で口を挟んだ。
「またぁ……ころころ言うこと変えちゃうの?怪異は殲滅、じゃなかったの?」
鬼頭の鋭い視線が未影に突き刺さる。
一瞬、その奥に感情が揺れたように見えた。
だが未影は、まるで気づいていないかのように微笑んだままだった。
鬼頭の自宅。
夜の静けさに包まれた六畳の和室に、仏壇の灯が小さく揺れている。
鬼頭は、その前に正座していた。
仏壇の奥には、娘・未來の笑顔を切り取った写真。
視線はそこから離れず、時折、かすかに眉間が寄る。
――あの日から、何度こうして座っただろう。
怪異に跡形もなく飲み込まれ、行方不明となった娘。
遺骨すらない。残されたのは、この仏壇と、思い出の品ばかり。
ふと、供え物のひとつに目が止まる。
紙カップに色褪せたロゴ、ソフトクリームの空容器だ。
未來の好物。
胸の奥がざわついた。
……あの顔。あの輪郭。
見間違えるはずがない。
先日の作戦で、一瞬、視界の端をかすめた少女の姿――あれは、未來だった。
死んだはずの娘。
視線を写真に戻す。
仏壇の灯が、ガラス越しの笑顔をわずかに揺らした。
写真の中の未來が、ほんの一瞬、口元をゆるめた。
微笑んだように見えた。




