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5.俺の好みをリサーチするクラス委員長の謎

 最近、彩香が何かにつけて声をかけてこようとする。

 既に彼女は諒一とは別れたらしいのだが、しかしだからといって、辰樹にすり寄ってくるのは何か違うという気がしてならない。

 辰樹としても、今更彩香と恋人同士の関係に戻りたいという気分は微塵にも無く、普通に家がお隣さん同士の幼馴染みで居れば良いというぐらいの感覚しか無かった。


(あんだけ塩対応してんのに、何でわざわざ声かけてくんのかな……)


 もうそろそろ諦めても良さそうなものなのにと内心で小首を捻りながら、辰樹は陽射しが暑くなってきた昼休みの屋上へと足を延ばした。

 そこに幾つかあるベンチのひとつに腰を下ろし、購買でゲットしてきた焼きそばパンとコーヒー牛乳をレジ袋から取り出した。


「あ、居た居た……佐山くん、最近はここでお昼食べてるの?」


 不意に、屋上階段室から聞き覚えのある声が飛んできた。

 優衣だった。彼女は可愛らしい弁当袋を携えているが、辰樹の顔を発見するや、妙に嬉しそうな様子で小走りに駆け寄ってきた。

 で、そのまま当たり前の様にベンチの隣に腰を落ち着ける。


「ここ良いよね? うん、ありがとう!」

「いやちょっと委員長……俺、良いとも何ともいってませんけど」


 凄まじくマイペースな優衣に、流石の辰樹も若干押され気味だった。しかし優衣はそんな辰樹の困惑などお構いなしに、柔らかな太ももの上に弁当箱を広げ始めた。


「っていうか、何でわざわざ俺の隣なんスか」

「え、それは決まってるでしょ。クラス委員として佐山くんのこと、リサーチしなきゃ」


 どうにも嘘臭い。

 が、優衣がその様にいい張るのだから、それ以上は辰樹としても追及のしようが無かった。

 ところが彼女は、どういう訳か弁当箱を辰樹の顔の前にそっと差し出してきて、期待の眼差しを容赦なく叩きつけてきた。


「……何ですか?」

「佐山くんの好きなおかずって、どれかしら?」


 つまりこれは、食べて欲しいという訳なのか。

 よくよく見ると、優衣はふたり分の弁当箱を用意していた。

 辰樹は手にしている焼きそばパンとコーヒー牛乳に視線を落としてから、次いで目の前の弁当箱を凝視した。どちらが美味そうかと問われれば、間違い無く優衣が差し出してきた弁当である。そこは否定出来ない。

 ただ、どうして彼女が辰樹の為にここまでするのかが、今ひとつ理解出来なかった。


「何でこれを、俺に?」

「だから、リサーチなの。佐山くんの好みを把握するのも、クラス委員の務めです」


 絶対嘘だと喉元まで出かかっていた辰樹だったが、いつまでもこんな状態が続くと周りから奇異の目で見られてしまう為、仕方なく彼女が差し出してきた弁当箱を受け取ることにした。

 取り敢えず焼きそばパンはレジ袋の中へ戻し、優衣からの弁当箱に箸をつけ始めた辰樹。最初に摘まんだのは唐揚げだった。


「あ、やっぱりそれなんだ……っていうか佐山くん、高校生がラブホに行くのって駄目なんじゃないの?」

「ホントは駄目ですけど、ああいうとこって基本、年確しませんから」


 制服のままで入店したり、明らかに中高生っぽい外観で足を運べば補導の対象となるだろうし、入店拒否を喰らうこともある。

 下手をすれば学校に連絡が届いて停学処分となるケースもあり得るが、少なくとも辰樹が過去にラブホ探訪を重ねていた分にはそれらの処分が下されることは無かった。


「なぁるほど……確かに佐山くん、老け顔だもんね」

「何気にしれっとディスんのやめて下さい、委員長」


 辰樹は渋い表情で唐揚げを頬張った。

 意外と、美味い。エマニュエルの唐揚げには数段及ばないものの、しかしこの弁当箱の唐揚げも決して悪くはなかった。


「ね、どう? 美味しいかしら?」

「うん、イケますね」


 すると優衣の美貌が、見る見るうちに喜びの笑みで輝き始めた。

 まさか――辰樹は息を呑んで、ごくりと喉を鳴らした。


「え、まさかこれって、委員長のお手製っスか?」

「うん、そうなの! 朝から頑張って作った甲斐があったなぁ……何だか、すっごく嬉しい!」


 喜色を浮かべて大いにはしゃぐ優衣だったが、これに対して辰樹は変な危機感を抱いた。

 校内トップ3にランクインする超絶美少女の手料理なのだ。下手な食レポは万死に値する。

 しかし彼女も、中々にひとが悪い。

 先に自身お手製だといわずに、クラス委員長の役目だ何だと変なこじつけで弁当箱を押し付けてくるそのしたたかさは、一体どこから来るのだろう。

 何やら泥沼に引きずり込まれる様な恐怖感が一気に湧いてきた。


「えぇと、あの、委員長……お許し頂くには、幾ら御払いすれば良いんスか」


 金で解決出来ることなら、それに越したことは無い。

 ところが優衣は辰樹が抱えている恐怖心などまるで知らぬとばかりに、その愛らしい美貌を僅かに傾けて、頬に人差し指を当てている。


「えっと……原価は多分、250円ぐらいかしら」


 曰く、材料は近所のスーパーで特売の時間を狙ったから、そんなに高くはないという。

 当然ながら辰樹が求めていた回答からは相当に斜め上だった。

 結局、辰樹はそれ以上は怖くて何もいえず、最後まで完食してしまった。

 ただ矢張り、美味いものは美味い。そこは間違い無かった。でなければ、完食など出来ない。


「じゃあ明日は、ハンバーグで良いかしら。あ、もし何かリクエストあったらいってね!」


 きらきらと輝く様な笑みを湛えて、辰樹の真っ青な顔を覗き込んでくる優衣。

 明日もあるのか――辰樹は何故か生きた心地がしなかった。

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