4.俺のラブホ探訪を御覧じろ
辰樹が彩香と優衣をヤリサー連中から救出して数日が経った頃、妙な噂が流れ始めた。
彩香が誰彼構わず、色んなオトコとヤりまくるビッチだというのである。
どうやら震源は諒一らしい。あの事件以降、彼は彩香に振られた様だ。その腹いせかどうかは分からないが、彩香を窮地に立たせる為に一計を案じたというのが真相だろう。
彼女を誹謗する声は密かに拡大しつつあったらしく、クラスメイトとほとんど交流の無かった辰樹の耳にまで入ってきた程だから、その広まり方は結構なペースで進んでいると見て良さそうだった。
当然ながら、彩香の表情は次第に暗く沈んでいった。
彼女は元々明るい性格で、辰樹とは異なり多くの友人を抱えていたが、その友人達が徐々に彩香から距離を取り始めているのが傍目から見ても、よく分かった。
正直、彩香が孤立しようがどうなろうが、辰樹にはどうでも良かったのだが、一点だけどうしても引っかかることがあった。
「あの子さ……エマニュエルっていうラブホでヤりまくってるそうだよ……」
「うわー、あのラブホって見た目もボロっちぃし、絶対くっさいとこだよね。あんなとこで、よくヤる気になるよなぁ……」
そんな声が、辰樹の耳にも届く様になっていた。
(本当のことも知らないクセに、何てことを!)
この時、辰樹は義憤に駆られた。
実は辰樹、ほんの一時期ではあるが、お宿探訪ならぬラブホ探訪を趣味としていたことがあった。きっかけはどこかのネット記事で、ラブホテルのウェルカムフードが抜群に美味いと絶賛されていたことである。
(え……わざわざ高い旅館とかに行かなくても、美味い飯がホテルで食えるの?)
その衝撃は辰樹の中ではメガトン級だった。が、流石に男ひとりでラブホテルに入店する訳にはいかないので、彩香を連れ回して色々なラブホテルを巡りに巡った。
当時、彩香は物凄く嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうな笑みを浮かべていたのだが、辰樹の目的がウェルカムフードにしかないことを知り、虚無な顔になっていたのを覚えている。
それは兎も角、辰樹は彩香と一緒に地元の様々なラブホテルを次々と踏破し、ウェルカムフードを堪能しまくった。
その中でも特に絶品だったのが、エマニュエルというラブホテルの唐揚げだった。辰樹の人生で、あの唐揚げはベスト・オブ・ベストに輝く逸品だった。
それだけに今、周囲の生徒らが彩香を貶める為にエマニュエルを馬鹿にしていることが、どうにも我慢出来なかった。
「ちょっとあなた達、少し宜しいですか?」
もうこれ以上は黙っておれぬと判断した辰樹は、エマニュエルを馬鹿にしていたクラスメイトの女子らに物凄い形相で声をかけた。
彼女らの顔は知っているが、名前は知らない。いわば辰樹にとってはモブみたいな存在だ。だが、いや、だからこそ、彼女らの認識を改めて貰う必要があった。
「あなた達、エマニュエルのウェルカムフードに出てくる唐揚げを食べたこと、ありますか?」
「え……唐揚げ?」
クラスメイト女子らは顔を見合わせながら、目を白黒させている。
学年でもトップの成績を誇るガリ勉野郎が、まさかラブホテルの話題に噛みついてくるとは思っても見なかったのだろう。
「えっと……もしかして佐山くん、ラブホとかに行ったこと、あるんだ?」
「そんなことはどうでも宜しい。あなた方に、あのホテルで提供される唐揚げの素晴らしさを知って頂きたい。その上でも尚、あのホテルが気に入らないというなら仕方ありませんが」
クラスメイト女子らは、明らかに困惑していた。
どうやら彼女らはエマニュエルの唐揚げを食した経験があるどころか、そもそも利用したことすら無いらしいのである。これは由々しき事態だ。
「っていうか……ウェルカムフードって、ご休憩じゃなくてご宿泊オンリーじゃなかったっけ?」
クラスメイト女子のひとりが疑問を呈すると、そんなことは当然だとばかりに辰樹は傲然と頷き返した。
「宜しいですか皆さん、俺の調査によるとですね……」
いいながら辰樹は、一冊のノートを開いて力説し始めた。そこには、これまでのラブホ探訪で調べ上げてきた情報を簡潔にして的確に纏めてあった。
辰樹は学年でもトップクラスの成績を誇る男だ。そのレポーティング技術も一級品で、ラブホテルに関する情報も分かり易く、丁寧にしっかりと纏め上げていたのである。
クラスメイト女子らは最早彩香のことなどどうでも良く、辰樹が提示したラブホ探訪情報にすっかりドはまりしている様子だった。
「わー、凄いねー……佐山くん、色んなラブホで泊まりまくってたんだぁ」
「へぇ、意外……ねぇ、このノート、コピー取らせてよ。今度さ、うちのカレシと一緒に行ってみるから」
思わぬ反響に多少面食らった辰樹だが、エマニュエルの唐揚げの素晴らしさを伝えることが出来るならば、やぶさかではない。
そんなこんなで、それまであちこちで囁かれていた彩香への誹謗は完全になりを潜め、逆に辰樹のラブホテルの達人としての噂がそこら中で叫ばれる様になった。
「佐山のラブホ知見は神」
「忖度も何も無い一学生としての生々しいレポートは一見の価値がある」
「ラブホについて知りたければ佐山に訊け」
「佐山の唐揚げ愛はガチ」
などなど、色々な声があっという間に広がっていった。
尚、これだけ多数のラブホテルで毎回ご宿泊となると、結構な資金が必要となる訳だが、実は辰樹は年間百数十万円にも及ぶ収入がある。
それらの収入は全て、逆カツアゲによるものだった。地味な格好で夜の裏道を歩いていると、結構な頻度で街行くチンピラに絡まれてきた辰樹。
ところがその連中を返り討ちにしてボコボコにしてやると、彼らは決まって謝罪の証として数万円程度の詫び銭を差し出してきたのである。傍から見れば本当にただの逆カツアゲなのだが、辰樹個人としては心からのお詫び金であるとして、丁重に受け取ることにしていた。
ちなみに、年間に取得するお詫び金の総額が結構な高額だった為、母の香奈枝に確定申告をした方が良いかどうか相談したところ、
「税務署のひとに訊かれたらややこしくなるから、やめときなさい」
と、彼女はにっこり微笑みながら静かに諭してきたということが何度かあった。
それは兎も角、辰樹がエマニュエルの唐揚げの為に開陳したラブホ探訪纏め資料は、いつしか禁断の佐山ノートなどと呼ばれて、一部の校内カップル達の間ではバイブルの如く珍重される様になったらしい。
そんなことがあってから、およそ二週間後。
辰樹が放課後の教室内で掃除当番に勤しんでいると、彩香がその美貌に嬉しそうな笑みを浮かべ、涙ぐんで歩を寄せてきた。
「たっちゃん……また、アタシのこと、助けてくれたんだね……本当に、ありがと……」
この時、辰樹の中では何いってんだコイツ的な念しか湧いてこなかったが、もう面倒臭いので、勝手にそう思わせることにした。