37.俺のカノジョ
そして遂に、海の家『いっしき』でのアルバイト最終日。
午前中に民宿から荷物全部を引き上げてビーチへと向かった辰樹達は、昼の書き入れ時を無難に捌き、いよいよ業務終了の時間を迎えた。
「いやー、ホントお疲れ様でした。皆さんのお陰で随分助かりましたよ」
給料袋を配りながら、店主裕太郎は爽やかな笑みを湛えて感謝の言葉を何度も口にしていた。
今までは夜の街中でチンピラや半グレ、ヤンキー相手に逆カツアゲという形で不当な収入を得ていた辰樹だったが、今回は事実上初めてのまともな収入だ。
何となく感慨深いものがある。
「さ……帰ろっかー」
受け取った給料袋を肩から下げたポーチに押し込みつつ、優衣が元気な笑顔を一同に振り撒いた。
が、ここで陽奈魅が、
「あ……じゃあわたしはここで、お別れです。ちょっとタツ坊と一緒に寄りたいところがあるので」
などと堂々と宣言しながら辰樹の腕を引いた。
これには優衣と浩太は何故か驚きと期待の表情。一方で彩香は、見るからに不満げな顔つきだった。
「たっちゃん……何か、嬉しそうだね」
「ノーコメントでお願いします」
疑わしげな視線を叩きつけてくる彩香に、辰樹はポーカーフェイスを返した。
もしかすると、口元が多少緩んでいたかも知れないが、ここは徹底的に彩香からの突き刺さる視線を無視することで押し通した。
◆ ◇ ◆
そして、その夜。
辰樹はラブホテルの一室でベッドの端に腰を下ろし、剛腕を組んで考え込んでいた。
目の前のテーブルには、唐揚げを食い尽くした皿が一枚。
だが、問題はそこではない。
(……何で、こうなった……?)
今の辰樹は全裸だった。
截拳道で鍛えに鍛え抜いた筋肉は今日も絶好調だが、しかしつい先程までは、生まれて初めて経験する動作にただ戸惑うばかりだった。
そしてベッドの中央には、シーツに身をくるんだ美女がひとり。
陽奈魅である。彼女もまた同じく一糸纏わぬ姿だが、その艶めかしいボディラインは布一枚を隔てたところで完全に隠し切れる訳がない。
更に辰樹を困惑させる要因が、もうひとつ。
シーツの何か所かを赤く染める、血痕の群れ――これが何よりも辰樹にとっては衝撃だった。
(まさか、ナミ姉に襲われるなんてなー……)
部屋に入るなり、ウェルカムフードをオーダーして美味い唐揚げに舌鼓を打った。
そこまでは良かった。
問題はその後である。陽奈魅がまるで当たり前の様にシャワーを浴び始め、そして裸のままバスルームから出てきたのである。
「タツ坊……折角だから、色々、ヤっちゃってしまおうよ」
「え、何? ナミ姉もアルゼンチンバックブリーカーやって欲しかったりする?」
辰樹が真剣そのものの表情で問い返すと、陽奈魅は豊満でセクシーな体躯をあらわにしたまま、軽くズッこけていた。
しかしすぐに彼女は気を取り直した様子で、白い肌を辰樹の頑健な体躯に押し付けてきたのである。
「ナミ姉、話が違う。取って食わねーって話じゃなかったっけ?」
「ん~、御免……あれ、嘘」
その後は、もう何が何だか分からなくなった。
当然ながら辰樹は童貞だから、ベッド上で女性相手にどう振る舞えば良いのか、全く分からない。
ところが陽奈魅も同様だったらしく、彼女も色っぽい仕草で辰樹を挑発するものの、肝心なところで色々と手間取ったり困惑する姿を見せていた。
それでも何だかんだで最後までやり抜いたふたり。
その証拠が、シーツに点在する血痕だった。
陽奈魅はどうやら、今回が初めてだったらしい。
「ナミ姉……生きてる?」
「あ、うん……ちょっと死んでた」
辰樹に呼び掛けられてのっそりと上体を起こした陽奈魅は、何ともいえぬ表情で頭を掻いている。ほんの十数分前までは全く異なる表情を見せていた彼女だが、今この瞬間はいつものナミ姉だった。
「何っていうか……ふ~ん、こんなもんなんだ……ってカンジだったね」
「こんなもんで終わらせないで欲しいんだけど。ひとの童貞、奪っといてさぁ」
逆をいえば、辰樹は陽奈魅の処女をものの見事に強奪した訳だが、先に襲ってきたのは陽奈魅の方だから、ここは被害者然としておいた方が無難な気がした。
対する陽奈魅は、笑いながら両手で拝む様な仕草。
「御免ごめん……だってさ、わたしもう我慢出来なくなっちゃって……」
そのままベッド上をすり寄ってきて、辰樹の頑健な体躯にしなだれかかってくる陽奈魅。
もうすっかり、甘々の恋人ムーブだった。
「タツ坊さ……そんなにカノジョが出来るの、イヤ?」
「そーゆー訳じゃねーけど……怖いんだよ。また寝取られんじゃねーかなって」
すると陽奈魅は、穏やかに微笑んで辰樹の首周りに白い両腕を廻してきた。
「大丈夫よ……わたしは、截拳道にのめり込んでるタツ坊のことが大好きだから……若乃さんは、そうじゃなかったかも知れないけど」
その言葉は、本当かも知れない。
陽奈魅は、やっぱりあの時のままの、辰樹がよく知っているナミ姉だということなのだろう。
「わたしは絶対、寝取られたりなんかしない……逆にタツ坊を若乃さんから寝取っちゃったけど」
悪戯っぽく笑う陽奈魅。
その小悪魔の様な笑顔は、本当に可愛らしかった。
◆ ◇ ◆
それから、ふたりは改めて恋人同士として新しい人生へと踏み出すことにした。
尤も、この話を後で聞いた彩香が、
「寝取られた幼馴染みなんかに何かあっても、アタシは絶対助けてやんないからね!」
などと喚き倒し、その台詞をそのままタイトルにしたウェブ小説を書き始めたらしい。
尤も、PVは散々な数値に終わった様だが。