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36.俺のラブホ新規開拓

 海の家でのアルバイト生活も三日目となると、少しばかり余裕が出てくる。

 裏方で必要となる各作業の段取りはもう、ひと通り覚えていた。わざわざ指示を出されるまでも無く、辰樹自身の判断でやるべきことをこなすことが出来る様になっている。

 それは陽奈魅も同様で、彼女は店長裕太郎の声が飛んでくる前に、必要な食材や食器の準備を手早く進める様になっている。

 尤も彼女の場合は、既に読者モデルというひとつの仕事に従事している。業務とは何ぞや、という点に関しては呑み込みが早いのだろう。

 店長裕太郎も三日目の朝からは軽い指示を出すばかりで、余り細々といわなくなっていた。


(今日は帰りに、ちょっとブラついてみよっかな)


 辰樹はビーチのみならず、その周辺に色々と視線を向けるだけの時間を持つことが出来る様になっていた。

 そうして海の家『いっしき』での業務終了後、街中へと足を延ばしてみようと画策した辰樹。

 そんな中で彼は、喉の奥で思わずあっと叫んでしまうものに遭遇した。

 幾つも建ち並ぶラブホテル群だった。


(うっそ……マジか! ここもウェルカムフードに唐揚げ出してんじゃねーか!)


 三日目の勤務を終えて尚も元気が有り余っている辰樹は、思いがけずラブホテル街を発見。

 そのままふらふらと吸い寄せられる様に足を踏み入れたところ、幾つかのラブホテルがウェルカムフードのメニューを出入口付近に掲げていたのである。

 辰樹の目は、もうそこから離せなくなってしまっていた。

 これまで自身が探訪してきたラブホテルでは、どこも唐揚げは大体美味かった。

 そして、今回。

 出来れば海の家『いっしき』でのアルバイトの最終日を迎えるまでに一度、味わってみたい。しかしどうやって、探訪したものか。


(彩ちゃん連れ込むのはちょっとイヤだしなぁ……)


 かといってカレシの居る優衣を誘う訳にもいかない。

 となると、必然的に選択肢は絞られてくる訳だが。


(いや……駄目だ駄目だ。ナミ姉なんて論外だ)


 如何に幼馴染みとはいえ、校内随一の美女として名高い読者モデルを、ただウェルカムフード欲しさにラブホへ連れ込むなど以ての外であろう。

 であれば、もう諦めるしかないだろうか。


(誰でも良いから、行きずりの女子とか居ないかな……)


 そんな都合の良い相手が居るなら、こんなにも苦労しない。辰樹は大きな溜息を漏らしてかぶりを振った。矢張り今回ばかりはどうにもならないだろう。

 と、その時だった。


「……タツ坊、ここ入りたいの?」


 いつの間にか背後に佇んでいた陽奈魅が、同じ様にウェルカムフードのメニュー表を覗き込んでいた。

 辰樹は声にならない悲鳴を上げそうになり、その場に凍り付いてしまった。

 別段、陽奈魅にラブホ街で目撃されたことを悔いている訳ではない。禁断の佐山ノートの存在は既に陽奈魅にも知られているし、自身が唐揚げ狂であることも周知の事実だ。

 問題は彼女が、


「いってくれたら、一緒に入ったげるのに」


 などと、まるで茶飲み話でもするかの様な軽い調子で呼びかけてきたことだった。

 陽奈魅は自身が発した言葉の重さを、分かっているのだろうか。


「いや……流石にそれ、拙いって」

「え? 何で?」


 陽奈魅は心底、不思議そうな面持ちで小首を傾げている。彼女は寧ろ、辰樹と一緒にラブホテルに入ることの方が当然だといわんばかりの表情だった。

 本音をいえば、辰樹としても陽奈魅とラブホテルに入ってみたい。

 この想いには唐揚げ云々は関係無い。単純に陽奈魅を、ひとりの女性として見ている辰樹の密かな望みだ。

 勿論、陽奈魅が辰樹の気持ちに応えてくれるのであれば、という条件付きだが。

 しかし同時に警戒心も湧いてくる。


(俺って、女子に好かれる要素無いからな……)


 陽奈魅の前に、もっと良い他のオトコが現れたら果たしてどうなるだろう。

 もしも陽奈魅と深い仲になってから、またもや他のオトコに彼女を寝取られる様なことがあったならば、自分は耐えられるだろうか。


(無理だ……俺、今度は流石に耐えられないと思う)


 この点に関してだけは、自信があった。

 だからこそ、自分がもっと陽奈魅のことを好きになる前に、彼女には他所の誰かの恋人になっていて欲しかったのだが。

 そんな辰樹の葛藤を知ってか知らずか、陽奈魅は自身のスマートフォンを手に取ってカレンダーアプリを起動していた。


「あ、丁度良いね。最終日、ここ寄って帰ろうよ。わたしの読モのお給料出る日だから、奢ったげるよ」


 これはつまり、ふたりで泊まって帰ろうという訳か。

 確かにここのウェルカムフードは、宿泊客にしか提供されない。

 だが陽奈魅は、自身が口にした言葉の意味をちゃんと分かっているのだろうか。


「えーっと、ここのQRコードを読み込んだらイイのね……うん、予約出来たよ」

「え……いやいやちょっと、マジでナミ姉、何いってんの?」


 もうここまでくると、唖然とするしかない。

 陽奈魅のこの行動力は、しかし頷ける部分もある。彼女は自力で読者モデルの世界へと足を踏み入れた。それも全ては少女タツ坊に自身を見つけて貰う為に。

 たったそれだけの理由で、自ら大きく足を踏み出すことが出来る女性なのだ。

 そんな陽奈魅にとっては、ただウェルカムフードの唐揚げを食いたいと願う幼馴染みの願望を叶えることなどは容易い、という訳なのだろうか。


「んもぅ……そんなビビらないでよ。別にタツ坊のこと、取って食っちゃおうって訳じゃないんだから」

「いやー、ナミ姉……それ普通、俺がいう台詞」


 未だ愕然としたままの辰樹だったが、陽奈魅は随分と機嫌が良さそうである。

 もしかすると、彼女もこのラブホテルの唐揚げを食いたかったのだろうか。


(案外……そうかも知れない。ナミ姉が俺とラブホに入りたがる理由なんて、他に思いつかないよな……)


 そう考えると、何となくすっきりしてきた。

 きっと間違い無い。陽奈魅もまた、唐揚げの魅力に取りつかれた女なのだ。

 唐揚げは万里に通ず、ということなのだろう。

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