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35.俺の幼馴染みはスタンド使い

 海の家『いっしき』勤務、一日目を終えた夜。

 民宿で夕食を残さず平らげた辰樹はそのままダイニングに居残り、一色夫妻が出してくれたスイカを堪能していた。

 その傍らには、何故か当たり前の様に陽奈魅の姿がある。彼女もまた辰樹と同じく美味そうにスイカの甘さを楽しんでいた。


「……ところでナミ姉。例の条件、どうなったのさ」

「え? 条件? 何?」


 陽奈魅は何のことだかさっぱり分からぬとばかりに、わざとらしい笑みを浮かべて小首を傾げている。

 綺麗な顔立ちでスイカを食いながらこんな仕草をされてしまっては、辰樹としても理性を保つだけで精一杯だった。


(ぐぬぬ……可愛い……ナミ姉、反則過ぎんだろ……)


 せめてこの場に優衣や浩太辺りも居てくれたら何とかなったかも知れないのだが、どういう訳か今このダイニングに居るのは辰樹と陽奈魅のふたりだけであった。

 これはもう、仕方が無い――辰樹は改めて、自身の口で諭すことにした。


「いやだから……俺との幼馴染み復活の条件だよ。カレシ作ってくれっていったじゃん」

「あー、あれね……うん、大丈夫。もうカレシ居るから」


 しれっと何気ない調子で答えてきた陽奈魅。

 この瞬間、辰樹の頭の中に幾つもの疑問符が立て続けに並んだ。

 陽奈魅がカレシらしき男と一緒に居るところなど、これまでただの一度も見たことが無かった辰樹。或いは遠距離恋愛でもしているのだろうか。

 今どき、ネット恋愛も可能なご時世である。その可能性も無くは無いが、目の前で機嫌良くスイカを食べている陽奈魅の様子を見ていると、他の誰かに恋い焦がれている雰囲気など欠片にも感じられなかった。

 辰樹は己の疑問を率直にぶつけることにした。


「んで、そのカレシってどこに居んのさ。俺、見たことねーんだけど」

「そりゃそうでしょ。だってわたしの想い人はイマジナリーカレシだから」


 その瞬間、辰樹は思わずぶぅっとスイカの種を噴き出してしまった。

 スイカの種ブレスを真正面から浴びる格好となった陽奈魅の美貌は、見事な程に種まみれ。


「ちょっとタツ坊……ひとの顔にスイカの種ぶちまけないでよ」

「いやいやいやナミ姉、イマジナリーカレシって何だよそれ」


 辰樹は自分でも情けない程に目を白黒させてしまったが、陽奈魅はまるでひとの話など聞いておらず、自身の柔らかな桜色の唇に張り付いたスイカの種に、頬を赤らめている。


「あ……これってもしかして、間接キス……?」

「ナミ姉、スイカの種で間接キスとかいうのやめてくれ。シュール過ぎる」


 自分で飛ばしておいてこんなことをいうのも何だが、陽奈魅の感覚がどうにもぶっ飛び過ぎて、辰樹は頭がおかしくなりそうだった。

 その一方で陽奈魅はひとつずつ丁寧にスイカの種を取り除いているが、どういう訳か唇に張り付いている一個だけは手を付けようとしなかった。


「っていうか、イマジナリーカレシなんて反則じゃねーの?」

「そんなことないわよ。だってタツ坊、現実のカレシ作れだなんて、ひと言もいってないじゃない」


 そんな馬鹿な、と抗議の声を上げようとした辰樹だったが、ここでよくよく己が放った台詞を思い出し、そして愕然となった。

 確かに、陽奈魅のいう通りだった。二次元カレシやイマジナリーカレシを無効としなかったのは紛れも無い事実である。

 つまり、これは完全に辰樹の失態だったという訳だ。


(え、いや、そらぁ確かにちゃんと指定しなかった俺も悪いけど……普通、そんな曲解するか?)


 或いは誰かに入れ知恵でもされたのか。

 もう何もかもが分からなくなり、ひとり唸っている辰樹の傍らで、陽奈魅はふくよかな胸の膨らみを大きく揺らしながら上体を思いっ切りふんぞり返らせた。

 勝ち誇った美貌、そしてドヤ顔。


「タツキサヤマ・ザ・ワールド! 時は止まる! ドーン!」


 どうやらそれが、イマジナリーカレシの名称らしい。これではまるで、スタンドではないか。最後のドーンはどちらかというと黒装束のせぇるすまんっぽかったが。


「ってか、何なのさそのネーミング……」

「ほっといてよ。わたしの最愛のひとなんだから」


 艶やかに微笑む陽奈魅。

 その余りの色っぽさにドキっとしてしまった辰樹。否、彼女が辰樹の名をもじったイマジナリーカレシを最愛のひとと呼んだことに対して、興奮してしまったのかも知れない。

 それにしても、少し意外だった。

 陽奈魅が、少年誌のバトル系漫画ネタを持ち出してこようなどとは、流石に辰樹も想定外だった。


「そんなの当然じゃない……だってわたしが本当になりたかったのは、タツ坊が見せてくれた格好良いヒーローなんだもん」

「んじゃあ、何で読モやってんのさ。ヒーローとは全然関係無いじゃん」


 辰樹が問いを重ねると、陽奈魅は少し困った様子で苦笑を滲ませた。


「えっとね……わたしが読モ始めたの、タツ坊にわたしのこと、見つけて貰いたかったから……」


 少女だったタツ坊なら、成長すれば女性向けファッション誌にも目を通すことがあるかも知れない。

 そう思っての読者モデル業だったと、はかなげに笑う陽奈魅。


「でもさ……いざこうして会ってみたら、まさかの男の子だったんだもん……そりゃあ、見つけて貰える訳、ないよね」


 截拳道に明け暮れている男子高校生が女性向けファッション誌を手に取ることなど、余程の事情が無い限りは皆無だろう。

 陽奈魅の美貌は、自嘲するかの様なニヒルな笑みへと表情が変わっている。

 そんな彼女の面には、何故か男前のハードボイルドな雰囲気が漂っていた。


「っていうか、俺、スタンド扱いされてるんだ」


 辰樹としては、そちらの方が余程にインパクト大だった。

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