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34.俺のレッグラリアット

 正午前の強い陽射しの中、海の家『いっしき』のあるビーチに程近い民宿に到着した辰樹達は、浩太の案内を受けてクーラーのよく効いた玄関口へと足を踏み入れた。


「やぁいらっしゃい。よく来てくれたねぇ」

「遠い中、本当にご苦労様でした。ささ、まずは少しゆっくりしてって頂戴」


 出迎えてくれたのは浩太の叔父叔母夫婦で、挨拶を終えた一行は男子と女子それぞれの部屋で一服してから、仕事用のTシャツに着替えてビーチへと繰り出していった。

 海の家で店長を務めている人物は叔父叔母夫婦の長男、つまり浩太から見れば従兄に当たる訳だが、既に大学を卒業した社会人らしく、辰樹より十歳近く年上だった。


「今日から皆さんと一緒に働かせて頂きます、一色裕太郎(いっしきゆうたろう)です。どうぞ宜しく」


 店長裕太郎は黒々と日焼けした頑健な体躯のイケメンだった。

 その筋肉質の大柄な長身を見ると、浩太なんぞよりも余程にアルゼンチンバックブリーカーが上手そうに見えたのだが、優衣は果たしてどう思っているのだろうか。

 それは兎も角、海の家に到着した際の来店客や他のアルバイト学生らからの驚きに満ちた視線は、少しばかり異様なものがあった。

 それも無理からぬ話であろう。

 陽奈魅、優衣、彩香ら三人の美少女が揃って同じ従業員用Tシャツとハーフパンツ姿なのである。

 こんなにも美しい店員が顔を並べているとなると、注目を集めない筈が無い。


(そりゃあ、そうなるよなぁ)


 内心で苦笑を漏らしつつ、腕力の強い辰樹は早速ながらドリンクや食材、プロパンガスの運搬などをメインとする力仕事へと就いた。

 一方で優衣と彩香、浩太の三人は店先での接客へと入る。

 ところが何故か、陽奈魅は辰樹と同じく裏方だった。彼女程の美貌ならば、接客の方がその実力を十二分に発揮出来る筈なのだが、これは一体どういうことであろう。


「ナミ姉……何でこっち側? お客の相手する方がイイんじゃないの?」

「ん~……わたしも今回は、裏方で働くのがイイかなぁって思って」


 はにかんだ笑みを浮かべながら頭を掻く陽奈魅。

 そんな彼女の希望も、分からないことはない。陽奈魅は読者モデルなのだ。普段から雑誌などで十分に露出が多い存在である。

 それ程の美女が海の家の接客担当として店先に立てば、とんでもない混乱が生じる可能性もあった。

 そういう意味では裏方を希望した陽奈魅と、その決断を尊重した裕太郎の判断は間違っていなかったともいえる。


(まぁ、繁盛するのは良いことなんだろうけど、無駄に混乱を引き起こすのは、それはそれで拙いんだろうなぁ……)


 辰樹も納得の表情で、陽奈魅と肩を並べて裏方の作業に従事することにした。

 そうして数時間程度頑張って働き続けた辰樹達。夕方頃になると、客足が少しばかり遠退き始めた。


「皆さん、お疲れ様。もう書き入れ時の時間は過ぎたから、後は海で遊んできて貰っても良いよ」


 店長裕太郎の粋な計らいで、五人の高校生達は斜陽の海へと繰り出す権利を得た。まだまだ気温は高く、今からでも十分、海遊びに興じることが出来るだろう。

 三人の美少女と浩太は早速更衣室に飛び込んで、水着へと着替え始めた。

 ところが辰樹だけはそんな四人とは少し距離を置いて、仕事用のTシャツだけを脱いで砂浜の隅っこに位置を移していた。


「あれ? タツ坊、遊ばないの?」


 グラマラスな白いビキニに着替えて、周辺の男達の視線を釘付けにしている陽奈魅が不思議そうな面持ちで歩を寄せてきた。

 しかし辰樹は、今日はやめておくとかぶりを振る。


「折角砂浜に来たんだし、ちょっと久々に歩法を鍛えたい」


 辰樹の頭の中にあるのはビーチでの海遊びというアオハルなイベントではなく、截拳道のみであった。

 更に優衣や彩香、更には浩太までもが驚きの表情を見せる中、辰樹はハーフパンツの裾を少しばかりたくし上げただけの姿で波打ち際へと足を踏み入れ、両足先を海水を吸い込んだ砂地の中へと押し込んだ。

 そのまま下半身に目一杯力を込めながらゆっくりと波打ち際を横断してゆく。

 足首まで埋まる泥砂と、押し寄せる海水。ふたつの重い抵抗力を押し返す様に中腰で少しずつ、前へ進む。相撲の摺り足を思わせる歩法で負荷を与えながらゆっくりと進んでゆくことで、足先からふくらはぎ、太もも、更には腰をも鍛えるという訳だ。

 これは筋トレではなく、感覚の鍛錬である。足場が悪い時に、どうやって前へ進むのか。今までも散々繰り返してきた稽古だが、長い間サボっていた為に少し鈍っている部分もある。

 それを久々に呼び起こそうという訳であった。


「……たっちゃん、それ、楽しいの?」


 彩香が物凄く微妙な表情で、近くにしゃがみ込んでいた。

 辰樹は、


「別に」


 と、にべもない。

 楽しいか楽しくないかという発想は、辰樹の中には無かった。ただ、やっておかなければならないという義務感しか湧いてこなかった。


「はぁ……そんなことばっかりしてたら、若かりし頃の思い出なんて何も残らないよ?」


 優衣も心底呆れた様子で、同じ様にしゃがみ込んでいる。

 ところが――。


「わぁ~……タツ坊の截拳道、久々に見たってカンジだよねぇ……」


 何故か陽奈魅だけは嬉しそうに、にこにこしながら一緒になって横を歩いている。

 そんな彼女に辰樹は、渋い表情を返した。


「いやいや……あのボディーガードの一件から、俺何度も截拳道見せてるけど?」

「んっとねぇ、ちょっと違うの……佐山くんとしての截拳道と、タツ坊としての截拳道はね、わたしの中じゃ全然別物なのよね……」


 陽奈魅のいわんとしていることは、辰樹にはよく分からない。

 同一人物が駆使する技なのに、一体どこに差異があるというのだろう。

 すると優衣が、訳知り顔でうんうんと頷きながら立ち上がった。


「あ、それ分かるかも……例えるならウェスタンラリアットとリキラリアットの違い、みたいな?」

「いや、余計に分からんスよ委員長」


 辰樹は更に渋面の色を濃くした。


「えー、何で分かんないの? ウェスタンラリアットは一撃必殺のフィニッシュブローで、リキラリアットはアックスボンバーと相打ち可能な見せ技の違いだよ? 佐山くんのはレッグラリアットかもだけど」


 ちょっと高度過ぎる。

 辰樹のみならず、陽奈魅も彩香も、そして浩太すらも頭の中に幾つもの疑問符を並べているのが手に取る様に分かった。

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