表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/37

30.俺のTS過去ストーリー

 その後、陽奈魅はもう少し辰樹から話を聞きたいとせがんできた。その訴える様な表情に、辰樹はつい首肯を返してしまった。


(うっ……もうあんまり関わらねぇつもりで居たってのに……)


 早速揺らいでしまった己の決意に情けなさを感じつつも、辰樹は駅前のファミリーレストランで陽奈魅との会談の場を持つ運びとなった。

 そこへどういう訳か、道場前でふたりの話をそれとなく聞いていた優衣も同席することとなった。

 この時彼女は、


「だって元サフレだし? クラス委員長だし? 佐山くんのお困り事なら、わたしも御一緒すべきだし?」


 などと妙な謎理論をぶちまけながら、当たり前の様に一緒に肩を並べて駅前へと歩を重ねてきた。

 だが矢張りというべきか、校内トップ3の美女のうちのふたりが同じ空間に居ると、もうそれだけで存在感が半端無い。

 道行くひとびとは老若男女を問わず、皆一様にこの二大美女の姿に視線を奪われている。

 一方辰樹はというと、こんなにも煌びやかで美しいふたりに同行するなど流石に出来る筈も無く、少しばかり距離を置いて、後から尾いてゆくことにした。


「佐山くん……何でそんなに離れて歩いてるの?」

「俺のことは放っておいて下さい」


 時折振り返る優衣に、辰樹はこれでもかといわんばかりに苦り切った仏頂面を返した。

 やがて三人はファミリーレストランに辿り着いた訳だが、店内の客やホールスタッフまでもが、ふたりの超絶美人に同行するモブ野郎という異様な組み合わせに、奇異の眼差しを叩きつけてきた。


(針の筵じゃん、これ……)


 内心でぶつぶつと文句を垂れながら陽奈魅の後に続いてボックス席に腰を落ち着けた辰樹。

 ドリンクバーで手始めに緑茶をゲットしてから席に戻ると、辰樹の幾分高校生離れした年かさの味覚に優衣が目を丸くしていた。


「さて……時間も勿体無いことですし、早速お話をお伺いしましょうか」


 辰樹は優衣の可笑しそうな視線を一切無視して、陽奈魅だけに意識を据えて問いかけた。

 陽奈魅は、小さく頷き返して訥々と語り始める。


「実はわたくし、小学校の五年生頃まではこの街に住んでおりまして……その後の四年間は父の転勤で一時的にここを離れていたのですが、高校進学を機に再び、戻って参りました」


 そして現在は、あの大きな邸宅に住んでいるというのである。


「わたくしが小学五年でこの街を去るまで、ひとりの幼馴染みと仲良くしていました……その子の本名は知らないのですが、わたくしはタツ坊と呼んで、本当の妹の様に可愛がっていました」


 ここまで神妙な面持ちでうんうんと頷きながら聞いていた辰樹だったが、最後に飛び出してきた予想外のフレーズに思わず凝り固まってしまった。


(ん? 妹?)


 辰樹も大概妙な顔を見せていたが、優衣は更に輪をかけての変顔を披露している。

 陽奈魅の語る内容は、余りにも斜め上過ぎた。辰樹も優衣も、完全に意表を衝かれた格好だった。


「あの子はいつも男勝りの服装で……でも顔は本当に可愛らしくて、大きくなったら凄い美人になるだろうなって思っていたんです」


 ここで漸く辰樹は、己の小学生の頃の容姿を思い起こした。

 確かに自分は、小学四年生の頃までは女子と見間違えられることが多かった。しかしまさか、ナミ姉に女子と間違えられていたとは全くの予想外だった。


「タツ坊が截拳道を習っていたことは、わたくしも聞いておりました。ですので佐山さんが同じ截拳道を習得していると知って、タツ坊に繋がる手がかりが掴めたと思ったんです」


 辰樹は豪腕を組んで考え込んでしまった。

 陽奈魅が女子と勘違いしているタツ坊の正体は今、彼女の目の前に居る。しかしその綺麗な思い出を、ゴリゴリなマッチョに成長したむさくるしい野郎が粉々に打ち砕いても良いものか。

 否、断じて否である。

 ここは徹底して、陽奈魅の中の美しい記憶を守ってやるべきだろう。


「でも、わたくしがこの街に戻ってきた時には、例の截拳道の道場は既に閉鎖されていて……そこでわたくしは一度、タツ坊との再会を完全に諦めたのですが……」


 ところがストーカー被害から彼女を守る為に結成されたボディーガードチームの中に、截拳道使いの二年男子が居た。陽奈魅はこの出会いを神がもたらしてくれた軌跡だと思ったらしい。

 つまり彼女が今日、辰樹をこの場に連れてきたのは美少女タツ坊に関する情報を聞き出す為だったという訳だが、果たしてどう答えるべきか。

 先程から優衣が、ちらちらと意味ありげな視線を送ってきている。恐らく彼女は、タツ坊イコール辰樹だということに何となく気付いているのだろう。

 しかしここで余計なことを口走らせる訳にはいかない。辰樹はじろりと睨み返して、要らんことはいうなと眼光だけで釘を刺した。


(けどなぁ……男子だと思っていた幼馴染みが実は女子で、再会したら美少女に成長してたっていうパターンの漫画とかアニメはよく見るけど、その逆ってのは聞いたこと無かったなぁ……そっかぁ……逆かぁ……)


 我が事ながら、何となく可笑しくなってきた。

 とはいえ、ここで露骨にニヤける訳にはいかない。陽奈魅は真剣そのものなのだから。


「それで佐山さんにお聞きしたいのです。タツ坊と思しき女子の連絡先とか、御存知ありませんか?」

「あー、すみません……俺、道場ではあんまり他の子とは仲良くしてなかったんで」


 幾ら何でも、そのタツ坊って子は俺ですとはいい出せない。

 かといって中途半端に希望を持たせてしまうのは、それはそれで陽奈魅にとって酷な話だろう。

 辰樹は心を鬼にして、知らぬ存ぜぬで通すことにした。


「そう、でしたか……いえ、佐山さんは別に悪くありませんので、そんな顔なさらないで……」


 陽奈魅が申し訳無さそうに覗き込んでくる。辰樹は別の意味で、残念な気分だった。


(俺の初恋は……本格的に終わったって訳かな)


 もう自分は、幼馴染みのタツ坊として名乗り出ることは出来ない。であれば、陽奈魅との関係性もほとんど失われたといって良い。

 辛うじてヌン友などという間柄ではあるが、それもそのうちフェードアウトしてゆくことだろう。

 だが逆をいえば、これは好機でもある。

 タツ坊が女子だと思い込んでいる陽奈魅からすれば、辰樹は本当に赤の他人だ。彼女から距離を取るには、寧ろ良い環境が整ったともいえる。

 ところが辰樹の胸の奥ではちくちくと妙な痛みが走り始めていた。


(俺、やっぱナミ姉のことが好きなんだな……流石に認めねぇ訳にはいかねぇか)


 それでも自分は、陽奈魅から距離を取るべきだ。彼女はこれから読者モデルとして更に売れっ子になってゆくだろうし、もっと煌びやかな世界に身を投じてゆくことになるだろう。

 そんな陽奈魅に取って、辰樹など路傍の石みたいなものだ。こうして言葉を交わすことすらほとんど奇跡に近しい。

 どんなに彼女のことが好きであろうと、自分は傍らに居てはならぬ存在なのだ。


(ナミ姉のことは多分、これからもずっと好きなままなんだろな……でも、俺はそんなナミ姉の将来を邪魔しちゃあいけない)


 辰樹は熱い緑茶をすすりながら、静かに腹を固めた。

 この瞬間、タツ坊だった過去はこの世から完全に姿を消した。存在そのものが、消えて居なくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ