27.俺の隠れ蓑
早くも二桁回数に至った勉強会の開催。
いよいよここからが期末試験に向けての本格的な対策が始まろうという時期だが、他のクラスメイトらに比べると、所謂佐山グループの面々には随分と余裕がある様に見えた。
「いやー、ホントさー、マジで佐山くん教えるのメチャウマだよねー」
派手ネイルが充実した表情で笑みを浮かべる。
ここのところ、ギャル女子三人の理解度は飛躍的に高まっており、分かる範囲が増えれば自分達でも自習が出来るとして、積極的に自ら学びの場を確保しようとする動きが見られた。
同じことが、グループの男子三人にもいえる。彼らは彼らで、合間の時間を見つけては互いに教え合ったり、双方の知識を確認するなどの小さな積み重ねを続けている。
実際、ここ何日かの間に行われた各教科での小テストでは、佐山グループは全員満点を連発していた。
「佐山が機嫌良さそうなのは、やっぱオレ達が成果を出してるからかもな」
茶髪Bが、自慢げに笑った。
逆に辰樹は少し驚いた。自分はそんなにも機嫌良さそうにしていたのだろうか。全く自覚が無かった。
「たっちゃんが機嫌良いのは、他に理由がありそうだけど……」
この時、彩香が辰樹にだけ聞こえる程度の小声で、ぼそっと呟いた。その瞳には何故か不安げな色が漂っている。
彩香の感情が目まぐるしく変わるのはいつものことだが、この日は微妙に引っかかるいい方をしており、辰樹としても彼女の表情を完全に無視することが出来なかった。
そしてこの日の勉強会も滞りなく終了し、全員が帰り支度を整えて教室を出て行く段になって、彩香が少し話す時間が欲しいと相変わらず不安そうな面持ちでせがんできた。
「帰りながらでも話せるよね。俺と彩ちゃん、方向一緒なんだし」
「うん、まぁ……そうなんだけど……」
或いは、彩香はどこか落ち着いた場所でじっくり話したいという意向なのだろうか。
であれば、家の近くの公園に立ち寄って、そこで会話の時間を取れば良い。
「どうかしたの?」
優衣が彩香の表情に何かを察したらしく、訝しげな表情で教室出入り口辺りで振り向いていた。
彩香が何でもないと慌ててかぶりを振ったが、優衣は尚も怪訝な表情のまま、それでもまた明日と別れの挨拶を口にして廊下へと去って行った。
「んじゃ、帰ろっか」
「うん」
こうしてふたりは学校を出た。道中、彩香は不気味な程に口数が少なく、静かだった。
何か企んでいるんじゃないかと、辰樹は変なところで警戒する有様だった。
やがて陽も大きく傾き、ひと気もまばらとなった自宅近くの公園へと辿り着いた。
「ねぇたっちゃん……最近、何かイイこと、あった?」
公園内のベンチに腰を下ろすなり、彩香が幾分思い詰めた様子でそんな台詞を放ってきた。
そういえば先程の勉強会でも、辰樹の機嫌が良いなどと皆が笑っていたが、彩香がいわんとしていることも同じ話だろうか。
「良いこと? 良いことねぇ……」
辰樹は軽く腕を組んだ。
思い当たる節があるとすれば、陽奈魅と二度、アフタヌーンティーを堪能したぐらいである。他に、何があるだろうか。
「あのさ……その……三年の樫原さんとは、どういう関係なの?」
ここで彩香が、ズバリと斬り込んできた。
この時の彼女の声には、どこか嫉妬を思わせる暗い情念が灯っている様に感じられた。
「元ボディーガード」
「……嘘。絶対、それだけじゃないよね」
辰樹の応えに納得がいかない様子で、彩香は両目に力を入れてぬぅっと顔を寄せてきた。一瞬辰樹は、陽奈魅がヌン友を名乗っていることを思い出したが、しかしまだ二回だけ一緒にお茶を楽しんだ程度だ。
流石にそれだけではヌン友だ何だと親しい間柄をアピールすることは出来ない。
そもそも辰樹は、陽奈魅とそこまで距離を縮めようとは思っていなかった。
彼女がナミ姉だった場合を想定すると少し心が痛むし残念な気分でもあったが、今の陽奈魅は辰樹程度がおいそれと近づいてい良い存在ではないだろう。
「だってあのひと……何だか知らないけど、しょっちゅうたっちゃんの顔、見に来てるじゃん」
「ん? そんなしょっちゅう来てたっけ?」
彩香がいわんとしていることが今ひとつ理解出来ず、辰樹は小首を傾げた。
しかし彩香は、絶対間違い無いといい切り、頑として譲ろうとはしない。
「気付いてなかったの? あんな凄い美人がすぐ近くでうろうろしてるのに?」
信じられないといわんばかりの顔つきで、彩香は更に詰め寄ってくる。
辰樹は思わず両掌をぐいっと押し出して彩香の上体を強引に押し戻した。
「はっきりいっちゃうけどさ……あの樫原さんってひと、たっちゃんにぞっこんだよ」
「そりゃあ無いと思うけどなぁ」
辰樹としては、陽奈魅の行動は飽くまでもストーカーを排除したことへの感謝から出ているものに過ぎず、それ以上の感情は無いものとして考えている。
事実陽奈魅は、空手部主将や柔道部主将とも以前に比べれば随分と仲が良くなったと聞いている。つまり、辰樹だけが特別扱いされている訳ではないということだ。
空手部主将に至っては、あのストーカー男を撃退したのは俺だと豪語して、陽奈魅の公認カレシという立場を周りに吹聴している。
あの時、空手部主将はスタンガンであっさり気絶したものの、彼自身は捨て身の反撃で無意識のうちに敵を倒したと思い込んでいる様だ。彼は辰樹がストーカーをやっつけた現場を見ていないから、未だに辰樹の実力など欠片にも認めていない。
だが、辰樹としてはそれで良かった。
校内随一の美女と親密な関係になって奇異の目で見られるのは、正直余り嬉しい状況ではない。
であれば、空手部主将が嘘でも思い込みでも何でも良いから、陽奈魅を救った白馬の王子様という立ち位置を自ら主張して周囲の注目を勝手に集めてくれるのは、寧ろ都合が良かった。
ところが彩香は、陽奈魅と空手部主将との間には何の関係も成立していないと見ている様だ。
「樫原さんって、あの空手部のひとのことなんか、何とも思ってないよ、絶対」
「いい切るねぇ……何の根拠があるか知らないけど」
辰樹は素知らぬ風でシラを切った。
が、ここで彩香は遂に禁断のひと言を放ってきた。
「あの樫原さんってひと……ホントは、ナミ姉って子じゃないの?」
まさか――辰樹は息を呑んだ。
彩香もまた、陽奈魅とナミ姉の同一人物疑惑を抱いていたというのか。
これは少し面倒なことになりそうだった。