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25.俺の切り札その二

 思わぬところで、思わぬ台詞を耳にしてしまった辰樹だが、しかし今は陽奈魅をストーカーから守り切ることが先決である。

 陽奈魅は自らも前に出ようとしており、言葉で説き伏せるのは難しいかもしれない。


(もし樫原さんがナミ姉なら、絶対に退がろうとはしないよな……)


 ナミ姉は仲間想いの優しい少女だった。友達が傷つくぐらいなら自分が全て受け止めるという自己犠牲の精神の強い娘だった。

 であれば、ここは問答無用、一気呵成に勝負をかけなければならない。陽奈魅が何かするよりも先に、決着まで持ってゆく必要がある。


「あ……おい!」


 柔道部主将の驚きと困惑の声が追いかけてくる。辰樹は無言のまま暴漢との間合いを一気に詰めた。


「佐山さん、いけません!」


 陽奈魅も恐怖と絶望が綯い交ぜになった悲鳴を漏らした。

 一方ストーカーの方は余裕の笑みを浮かべて、こちらも小走りに駆け込んできた。


「へっ……こいつ、ただの馬鹿か? それともイイ格好したいだけの甘ちゃんかぁ?」


 敵はバチバチと白い電流が迸るスタンガンを突き出してきた。

 が、その直後にはストーカーが手にしていたスタンガンは数メートル横合いへと弾き飛ばされていた。辰樹の蹴りが正確且つ強力に、相手の手にしていた得物を捉えたのである。


「え……嘘、マジか……」


 狼狽するストーカー。そんな相手の隙を見逃す辰樹ではない。

 更に懐へと飛び込み拳打と膝蹴りで動きを封じた。ストーカーはその場に膝から崩れ、苦悶の表情で呻いていた。


(こいつ……最初は気付かなかったけど……)


 辰樹は相手の顔を間近で見て、漸く思い出していた。

 彩香と優衣を救出したヤリサー部屋に居たクズ野郎の中に、この男も居たのである。

 だが、これは却って幸いだ。

 あの時、辰樹はヤリサー連中の恥ずかしい写真と個人情報、更には違法行為に関する証拠を全て手中に収めている。

 結果論ではあるが、まさに飛んで火にいる夏の虫だった。


「おい……お前、大丈夫じゃったか?」

「佐山さん、怪我はありませんか?」


 柔道部主将と陽奈魅が慌てて駆け寄ってきた。ふたりの面は驚きに彩られていたが、それ以上に安堵と喜色の方が強かった。

 辰樹はそんなふたりを手で制しながら、ストーカー男を川べりのフェンスに押し付け、自身のスマートフォンを突きつけた。


「これ、見覚えありますかね?」

「……お、お前……まさか……あの時の……!」


 ストーカーの表情が一気に青ざめてゆくのが、目に見えて分かった。

 事情を知らない陽奈魅も柔道部主将も、不思議そうな面持ちで互いに顔を見合わせるばかりである。


「おふた方、すみませんが、あのひとの介抱、お願いしても良いですか?」


 辰樹が視線を向けた先には、未だ昏倒したままの空手部主将の姿があった。

 陽奈魅は辰樹のいわんとしていることを即座に理解し、表情を引き締めて頷き返してくる。柔道部主将も辰樹の言葉に従って、陽奈魅と一緒に動けない空手部主将のもとへと駆け寄っていった。

 ここで再び、辰樹はストーカー男へと面を向け直した。


「これ拡散されたくなかったら、洗いざらい喋って貰いましょうか」


 今回のストーカー騒ぎには、裏がある――辰樹は、糸を引いている人物が居ると確信していた。

 そして、目の前の男は潔い程にぺらぺらと喋りまくってくれた。


(成程……あのヤリサー集団が彩ちゃんや委員長に目を付けたのも、偶然ではなかったと……)


 妙なところで、妙な繋がりが見えてきた。

 しかし、証拠は全て押さえてある。これで陽奈魅を狙うストーカー問題のみならず、それ以外の諸々も一気に片付けることが出来るだろう。

 辰樹は、空手部主将を必死に介抱している陽奈魅に視線を流した。


(ナミ姉って、てっきり苗字から取った仇名かと思ってたけど、違ったのかな……)


 陽奈魅、ひなみ、ヒナミ、ナミ、ナミ姉――頭の中で幾度も変換を重ねながら、自らの疑問を解消しようとした辰樹。

 後は本人に対して、


「あなたはナミ姉ですか?」


 と訊けば良いのだが、しかし辰樹にはそのつもりはなかった。


(ナミ姉にはナミ姉の人生があるし、あのひとの青春がある……今更俺が、昔馴染み面してしゃしゃり出ていくってのは、厚かましいにも程があるよな)


 辰樹は仮に陽奈魅がナミ姉と同一人物だったとしても、彼女とは距離を取ろうと考えた。

 彼の中での初恋は、小学生の時には既に終わっている。己の感情を、今を生きているナミ姉に押し付けるのはただのエゴだ。


(それに、樫原さんはあれだけの美人だし、読モとかやってる有名人。俺が関わって良い相手じゃない)


 彩香に対してはほとんど芽生えることがなかった感情が、今になって湧き起こってきている。

 だがそれを、己の都合だけで押し付けて良い筈がない。


(俺ってつくづく、色恋沙汰には縁が無いよなぁ)


 つい苦笑が滲んでしまった。

 矢張り自分は、唐揚げ狂の変人として生きていくのがお似合いなのだろうか。


(いや、今はそれどころじゃねーか)


 まずは陽奈魅の身辺を綺麗に掃除してやることだ。

 今回のボディーガード依頼も、そろそろ終わりが近づいていると見て良い。


◆ ◇ ◆


 その翌日、辰樹は梨華とボクシング部長を駅前のカフェチェーン店に呼び出した。


「俺がわざわざおふたりを呼び出したのは、もうお分かりですよね?」


 辰樹は四人掛けのテーブルに腰を落ち着けたところで、自身のスマートフォンを差し出した。そこには、今回のストーカー騒ぎに梨華が関わっていたことを示す数々の証拠が収められていた。


「読モのライバル……若しくは、これからライバルになり得る女子を片っ端から傷物にして、天下を取ってやろうってな訳ですか。それにしては、色々とお粗末過ぎましたね」


 辰樹の穏やかだが、しかし射抜く様な眼光に、梨華は顔を青くして全身を小刻みに震わせていた。


「そちらさんも、ちょっと幾ら何でも安易に誘惑され過ぎっス。もうちょっと、相手見ましょうよ」


 ボクシング部長も同様に、その端正な顔を恐怖に引きつらせていた。

 彼は最初から梨華の謀に加わっていた訳ではなかったが、初めて樫原家を訪問した際に、あっさりと梨華に篭絡されたらしい。

 その後の行動の数々を見ても、それらが全て彼と梨華の関係を裏付けていた。


「兎に角、証拠は俺が全部握ってます。今後は下手な真似、しない様にお願いしますよ」


 辰樹は内心、相手が非力な高校生で良かったと胸を撫で下ろしていた。

 これが組織力のある暴力団や半グレ絡みなら厄介だと警戒していたのだが、そういった様子は欠片にも無かった。


(これで、一件落着かな)


 カフェを出て、梅雨空を見上げた辰樹。

 しかし、その考えは少しばかり甘かったかも知れない。

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