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24.俺の昔話

 久々に、思い出の少女と夢の中で顔を合わせた。

 あの少女の本名は知らない。ただ彼女は、自身をナミ(ねえ)と呼ばせていた。

 ナミ姉は辰樹をタツ坊と呼んで、随分と親しくしてくれていた。彼女もまた辰樹の本名は知らず、お互いに愛称だけで呼び合う仲だった。

 5、6年程前の話、つまり辰樹がまだ小学生だった頃の話である。


(ナミ姉……元気にしてるかな)


 辰樹にとっては、ナミ姉は紛れもなく初恋のひとだったが、遂にはその想いを告げることは無かった。というのも、彼女は突然父親の転勤か何かで辰樹の前から去っていったからだ。

 ナミ姉はとても活発で元気な少女だった。男子に混ざって野球やサッカーに興じ、抜群の運動神経で皆の人気者となっていた。

 その一方で彼女は、とても優しかった。

 辰樹が彩香と喧嘩して落ち込んでいた時には必ずといって良い程に慰めてくれたし、彼が悪ガキ共と大喧嘩して連中をボコボコに叩きのめした際にはいつでも辰樹の正当性を証言する味方になってくれた。

 あんなにもカッコ良く、女子なのにまるで正義の味方の様な凛とした佇まいが、辰樹の中では次第に大きな存在へとなっていった。


「あたしは将来、ヒーローになるんだ!」


 日々、男子の様な夢を口癖の如く無邪気に語っていたナミ姉だが、その姿は寧ろ華やかでさえあった。

 小学生にしては驚く程に色っぽい艶やかな黒髪と、思わず喉を鳴らしてしまう様な整った顔立ちは、黙っていれば深窓の令嬢を思わせる程の際立った美しさを見せていたが、しかしナミ姉は自身のそんな美貌を全く意に介さず、いつも男子達と一緒になって駆けずり回っていた。

 その大好きだったナミ姉との突然の別れは、辰樹少年の心に決して小さくない傷を残した。

 だがそれも、今では良い思い出だといえる。

 いつかナミ姉と再会することがあれば、ひとりの成長した男として笑顔を交わすことが出来る様にと、辰樹はより一層截拳道の鍛錬に励み、学業に本腰を入れた。


(ま……本当にナミ姉と再会するなんてこたぁ、無いだろうけどな……)


 ベッドの中でしばしぼんやりと天井を眺めていた辰樹だが、ややあって、窓から射し込む朝陽へと視線を転じた。


(ナミ姉、今頃どこで、何してんのかなぁ)


 そんなことを考えながら、ゆっくりと上体を起こす。

 それにしても何故、今になってナミ姉の夢なんかを見たのだろう。

 もう随分長い間、彼女の存在を忘れていた様な気がするのだが、突然あの面影を思い出したのには何か理由がある筈だ。


(……いや、別にどうでも良いか。また会える日なんて、まず無いだろうし)


 辰樹は小さくかぶりを振ってベッドから這い出した。


◆ ◇ ◆


 その日の帰りは、少しばかり遅くなった。

 陽奈魅が進路相談会で結構長い時間、進路担当の教師に捕まってしまった為である。彼女が進路相談室を出てきたのは、他の部活なども大半が終了時刻を迎えようとしている頃合いだった。


「遅くなってしまって、申し訳ありません。少し先生と話が長引いてしまって……」


 陽が沈む時間にまでなってしまったことを随分と気にしている様子の陽奈魅。彼女としては、遅い時間に同年代の男子らを自宅にまで付き合わせるのが余程に心苦しい様だ。


「おぅ、気にすんな。こういう時の為の、俺達だからな」


 心底申し訳無さそうに頭を下げる陽奈魅に、空手部主将が何故か自慢げな様子で豪快に笑った。

 頼りにしてくれても良いんだぜと、言外に己の力を誇示している様にも見える。


「しかし、あいつはどうしたんじゃい。今日は欠席か?」


 柔道部主将が、一向に姿を見せないボクシング部長に対して眉を顰めた。が、空手部主将は、やる気の無い奴は放っておけと断じるばかりだった。

 そうして、いつもよりひとり面子の少ないボディーガードチームは、段々薄暗くなりつつある帰路へと踏み出していった。

 そんな中で、遂に事は起きた。

 ひと気の無い川沿いの遊歩道を歩いていたところで、不意に何者かが駆け寄ってきたのである。

 咄嗟に動いたのは空手部主将だったが、彼は怒声を放った直後、その場に昏倒してしまった。


「おい嘘じゃろ……スタンガンか!」


 柔道部主将が唸る様に吠えた。

 空手部主将は不意を打たれたばかりではなく、相手の体格から簡単に勝てる相手だと油断していた様だ。彼は以前から己を過大評価する一方で、敵に対しては矮小に見る癖があるとの話だったが、ここでその弱点を見事に突かれた格好だった。


「くそぅ……分が悪いのぅ」


 柔道部主将は、完全密着する己の戦闘スタイルがスタンガン所持者相手では間違い無く不利であることを悟っている様だ。

 こんな時こそ、アウトサイドから打撃を出し入れすることが出来るボクシング部長の出番なのだが、肝心な時に限ってその姿が無い。


「へっ……本当にボクシング野郎は居なかったのか。こいつぁ有り難ぇ……」


 その時、暴漢が妙な台詞を口走った。

 ボクシング部長が今回は不在であることを、まるで知っていたかの様な口ぶりだった。


「皆さん……逃げて下さい」


 不意に、陽奈魅がとんでもない台詞を口走った。相手は自分が狙いだから、ボディーガードチームがスタンガンなどを喰らって火傷を負う必要は無い、と彼女はいう。


「いや、でも……それじゃ、俺達がボディーガードしてる意味無いっスよ」


 辰樹が諭す様に囁きかけたが、しかし陽奈魅は自分が傷つくことよりも、自分を守ろうとしてくれるひとびとが傷つけられることの方が嫌だという意味の台詞を返してきた。


(いやいや……ここで樫原さんを見捨てたら、それこそ俺達、ただのアホですよ)


 口には出さなかった辰樹だが、危急に際して突如芽生えた陽奈魅の勇気や根性は却って迷惑だと声を大にしていいたかった。

 ところが――。


「わたくしは将来、ヒーローになる女……運動神経には自信がありますし、中学の頃には少しだけ日本拳法も習っていましたから、わたくしも戦えます……どうか、ここは皆さんを守らせて下さい……!」


 この時、辰樹の中で何かがひっくり返る様な衝撃が込み上げてきた。


(え……まさか、このひと……)


 目の前に居る脅威よりも、辰樹はこの時、陽奈魅が放った台詞の方に意識が釘付けとなってしまった。

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