21.俺の守護対象は校内ナンバーワン美女だった
意外なことがあった。
もう二度と連絡してくることは無いだろうと思われていた諒一から、まさかの呼び出しである。それも、三年D組の教室まで足を運んできて欲しいという内容だった。
曰く、同組の或る女子生徒のボディーガードに加わって欲しいというのである。
「まぁ確かに、たっちゃんは相当強いけど……わざわざご指名? 諒一から?」
昼休み、五時限目が始まる直前。
辰樹から話を聞いた彩香は露骨に不審げな顔を見せているが、彼女はどうやら諒一とのことは吹っ切れたらしいのか、彼の名を聞いてもそこまで不快感を示すことは無かった。
「あ、でも、三年D組っていったら……」
同じく辰樹の自席横で話を聞いていた優衣が、何かを思い出した様子でその柔らかな頬に白い指先を添えた。聞けば、校内でもひと際有名な生徒が居るらしい。
「えっと、確か樫原陽奈魅さんっていうひと……うちのガッコに美女TOP3っていうのが居るのは佐山くんも聞いたことあるかもだけど、樫原さんはその三人の中でも断トツに綺麗なお嬢様だって話よ」
優衣自身もそのTOP3のうちのひとりなのだが、彼女は己の美貌よりもプロレスの方に興味が向いており、自身の容姿に関しては普段から余り意識する様な言動は見せていない。
彩香も結構な美少女であるものの、優衣に比べると幾分劣るのは否めない。尤も、彼女の場合は容姿以上に性格や恋愛観にかなり問題があるというべきなのだろうが。
「もしかして、そのボディーガードの相手ってのも、樫原さんかもね」
果たして、優衣のその予測は的中していた。
放課後になって辰樹が三年D組の教室へ足を運ぶと、びっくりする程の美しい顔立ちの女子生徒が、数名の取り巻きに周囲を固められる形で黙然と椅子に座っているのが見えた。
「やぁ佐山クン……来てくれたんだね」
出迎えたのは、諒一だった。
彼は一瞬親しげな笑みを浮かべかけたが、辰樹が不機嫌そうにじろりと睨むと、その面はすぐに引き締まり、口元の緩みも即座に引き締まった。
「お、そいつがもうひとりの助っ人か?」
やたらとガタイの良い上級生らしき男子生徒が、値踏みでもするかの様な視線を無遠慮に叩きつけてきた。
「まぁ、体格は合格だね……で、肝心の実力の方だけど、富岡のいう通りだとすると、かなりものらしいね」
スマートなイケメンが眼鏡をクイっと上げながら、矢張り同じく試す様な目つきで辰樹の全身を静かに伺ってきた。
そしてもうひとり、こちらはあまり背は高くないが、横幅が微妙に大きい角刈り頭の男子がにこやかな笑みを湛えて歩を寄せてきた。
「やぁやぁ、よく来てくれたのぅ。戦力がひとりでも多い方が助かるわい」
一体何事なのか。
辰樹はよく分からないまま、諒一に紹介される流れで挨拶を交わした。
ガタイの良い上級生は空手部主将、眼鏡のイケメンはボクシング部の部長、そして恰幅の良い角刈り頭は柔道部主将ということらしい。
いずれも三年生で、校内では指折りの戦闘力保持者ということになるだろう。
そして――。
「彼女は、樫原陽奈魅サン。佐山クンも聞いたことぐらいはあるんじゃないかな? うちの学校始まって以来の最高級の美人で、読者モデルもやってたりする有名人さ」
諒一が何故か我が事の様に自慢しながら、辰樹をその絶世の美女たる陽奈魅と引き合わせた。
「樫原です……わざわざ来て下さって、本当に申し訳ございません」
陽奈魅はその際立つ程の美貌に沈んだ色を浮かべて、深々と頭を下げた。レッドブラウンのロングレイヤーカットが初夏の陽射しを浴びて、艶やかに揺れていた。
どうやらかなり良いところのお嬢様らしく、令嬢という言葉がぴったりの雰囲気を漂わせている。
「で、ボディーガードって話でしたけど、一体何の騒ぎなんです?」
「簡単にいうと、ストーカーへの対処ってところかな」
ボクシング部長が渋い表情で小さく肩を竦めた。
ここで辰樹は、太い腕を組んで考える。そういうのは警察の仕事ではないのか、と。
ところが柔道部主将が、やれやれと溜息を漏らして大きくかぶりを振った。
「それがさ、地元警察も人手足りないらしくてね。不確定なストーカー被害疑いには、すぐに人員が回せないそうなんだよ」
曰く、どういう訳か同じ時期に幾つものストーカー被害の届けが出されているらしく、それらの対処の為に多くの署員の手が割かれているというのである。
つまり、具体的なストーカー被害が出ないうちは警察も動くに動けないらしい。
一応陽奈魅も警察署に足を運んで相談はしたものの、すぐの対応は難しいと断られたそうだ。
「へぇ……そんなこともあるんスねぇ」
辰樹は妙な引っかかりを感じながらも、そう答えざるを得なかった。
ともあれ、警察が本格的に動き出すまでは自衛するしかないという話になり、そこで校内でも指折りの実力者を掻き集めて、陽奈魅のボディーガードチームを結成しようという運びになったのだとか。
陽奈魅自身は、自分などの為に時間と手間をかけさせてしまうのは本当に申し訳ないとして辞退しようとしたらしいが、オトコ達の方が色めき立って、絶対に彼女を守り抜こうと随分気合を入れている模様だった。
「えぇっと……これだけ強力な顔ぶれがお揃いですのに、俺要ります?」
「まぁ、居ないよりはマシだ。お前みたいな奴でも、肉壁ぐらいにゃあなるだろう」
空手部主将が物凄い上から目線でそんな台詞を放ってきた。
ボクシング部長や柔道部主将も、表情こそは穏やかながら辰樹の実力には然程期待していない様子が何となく見て取れた。
「ストーカーは僕らの方で撃退するから、君は樫原さんの傍に居て、もしもの時の場合に備えていてくれれば十分だよ」
「我が校始まって以来の才媛の為だ。勿論、引き受けてくれるよのぅ?」
立て続けに圧力をかけられ、最早ハイ分かりましたと応じるしかない空気が出来上がっていた。
だがそれ以上に、辰樹には陽奈魅に何となく思うところがあった。
(このひと……どっかで見たことがある様な気がするんだけど……どこだっけ?)
必死に記憶を手繰り寄せようとするのだが、どうにも思い出せない。
だが、身近で接していればそのうち思い出すかも知れないと考え、ひとまずはこのボディーガードチームに加わることで承諾した。
「ありがとうございます……でも、絶対に無理だけは、なさらないでね」
陽奈魅はわざわざ歩を寄せてきて、辰樹の手を取って頭を下げた。周囲に居残っている男子女子からは、変などよめきが起こった。
「おい佐山、お前、樫原さんがじきじきに頼んでくれてるんだ。下手な真似、すんじゃねぇぞ」
空手部主将が不機嫌そうに凄んできた。もしかしたら彼は、陽奈魅に気があるのだろうか。
(いやいや……敵は俺じゃなくてストーカーの方でしょうが)
辰樹は内心で盛大な溜息を漏らした。
目に見えぬライバル心がバチバチと火花を鳴らしている様にも思える、ボディーガードチームの面々。
その纏まりの無さには、ひたすら不安しか感じられなかった。