20.俺の幼馴染みの正論
カラオケボックスからの帰路、夜も20時を過ぎた頃合い。
自宅近くまで帰り着いたところで、児童公園前で不意に彩香が足を止めた。
「ねぇたっちゃん……ちょっとだけ話していかない?」
一体何事かと訝しみつつ、辰樹は彩香に誘われるままブランコに腰を落ち着けた。彩香もその隣のブランコに座って、小さく前後に揺れ始めた。
「今まで、ホントに御免ね」
しばらくしてから、不意に彩香がぽつりとそんなひと言を口にした。
一体何に対しての謝罪なのか、よく分からない。
彼女はここのところ余りにも色々とやらかし過ぎていたから、どの件に対して謝っているのかが特定出来なかった。
「何に対して謝ってんのかな」
「そだね……アタシがたっちゃんにやらかしてきたこと、全部」
随分とざっくりとしたいい方だったが、それでも大体辰樹は理解した。
しかし何故、今なのか。
その点だけが理解出来なかった。
「今日さ……たっちゃん、楽しんでた?」
「うん。まぁ、唐揚げもアイスも普通に美味かったし」
すると彩香は、くすりと小さな笑いを漏らした。辰樹の応えが予想通りだったとでもいわんばかりに。
一方の辰樹は彩香の真意が未だ掴めず、彼女の問いかけの意味を考え続けていた。
「アタシさ、ずっと自分のことばっかりだった……だから何も見えてなかったんだ」
彩香は先程までの茶目っ気のある笑顔を消して、神妙な面持ちを向けてきた。
「たっちゃんはさ……そもそもなんだけど、恋愛って、したかった?」
中々ストレートな問いかけだった。
辰樹はブランコに揺られながら、太い腕を組んでしばし考えた。が、答えが出てこない。
今更ながらに気付いた。
彩香とは中学生の頃から何となく恋人同士という関係にあったのだが、あれは本当に付き合っていたといえるのか。第一、自分は彩香を異性として意識した上で付き合っていたのか。
恐らく、否だ。
もしも本当に彩香をひとりのオンナとして見ていたなら、彼女が浮気した時点でもっと取り乱していた筈であろう。
にも関わらず、辰樹は彩香の心変わりを淡々と受け入れ、そしてあのヤリサー部屋から彼女を救出した。
本当に彩香を恋人として見ていたならば、もっと違った思考に陥り、救出しようとすらしなかったかも知れない。
「やっぱり、そうだったんだ……御免ね、たっちゃん。アタシひとりで勝手に舞い上がって、勝手に色々期待して、勝手に悲劇のヒロインになっちゃった」
彩香は大きな溜息を漏らした。
そして、何でこんな大事な前提を見落としていたのかと、彼女は自らを責める様に呟いた。
「ホントにアタシ、駄目だよね。たっちゃんが何もいわないのをイイことに、何でもかんでも押し付けて……挙句に浮気とか、ホント馬鹿だよね」
辰樹は彩香の自嘲の笑みを、漫然と眺めていた。未だに彼女が何をいわんとしているのかが読めない。
果たして彩香はこのひと気の無い公園で、何を訴えようとしているのだろう。
「アタシ、自惚れてた。たっちゃんはアタシを見てくれてて当然だなんて思い上がってた。それ以前に、たっちゃんを振り向かせる必要があったのに、アタシはその一番大事なところをサボってた」
諒一によるロストヴァージン暴露の翌日から、学校を休み続けた彩香。
彼女はずっとベッドの中で泣き続けていたらしい。
不義理の相手に体を委ねた穢れたオンナ――それでも、そんな彼女を幼馴染みとして見捨てなかった辰樹。普通ならば縁が切れてもおかしくない状況だったが、辰樹はそうはしなかった。
彩香には辰樹のその気遣いが本当に堪えたのだという。
そして彼女は漸く、自分の思い上がりに気付いたと静かに語った。
「だからさ、アタシ、たっちゃんに赦して貰える様に……ちゃんとひとりのオンナとして見て貰える様に、一からやり直そうって思ってるんだ」
それは、彩香にとっての決意表明だと見て良い。
勿論、そんな彼女に応えるかどうかは辰樹自身の意思ひとつだが。
「それでね、たっちゃんを振り向かせることが出来たら、アタシがちゃんと手取り足取り、筆おろしの大役を果たしてあげようと思うの」
「いやちょっと待って彩ちゃん」
流石に黙って聞いている訳にはいかなくなってきた。辰樹は渋い表情を彩香に向けた。
「俺の童貞貰ってやるっていってる?」
「そだよ。処女と童貞って理想のカップリングかもだけど、いざエッチするとなったら結構色々困るって話だからね。大事なことだよ」
ここで辰樹は咄嗟に頭の中で計算を巡らせた。
数秒後に弾き出された結果は、余り芳しいものではなかった。
「それは要らないなぁ……コンドームひと箱買うぐらいなら、唐揚げファミリーパックの方が、絶対良いよ」
「え、そっち?」
彩香は目を白黒させて、変な勢いで立ち上がっていた。そのまま辰樹の真正面に廻り込み、端正な顔立ちをぐいっと寄せてくる。
「そんなこといわないでさ……一回、やってみよ? 絶対唐揚げよりイイから」
「いやー、興味無いなぁー……っていうか彩ちゃん、一回やってみよってどういうことさ。それってどう聞いてもセフレになりましょうってヤバげな台詞なんだけど」
辰樹が物凄く嫌そうな表情で顔を僅かに背けると、逆に彩香は妙に乗り気な様子を滲ませてきた。
「あ、な~るほど……案外、それもイイかも」
段々、明後日の方向に話がズレてきた。
彩香が色々と吹っ切れて前向きになってくれたのは良いのだが、ちょっと気持ちの持って行き方が違う様な気がする。
「じゃあさ、またラブホ探訪やろうよ。アタシ、幾らでも付き合うよ」
とうとうそんなことまでいい出した美貌の幼馴染み。
辰樹は、ウェルカムフードを堪能する為の神聖なラブホ探訪をそんなことには使いたくないと、断固拒否の姿勢を示したが、彩香は心底呆れた顔になった。
「いや、ちょっとたっちゃん……ラブホって基本、そーゆーことをするところだからね?」
この時だけは彩香の方が正論だった。