19.俺のクラスの委員長は元気があれば何でも出来るらしい
駅前のカラオケボックスに於ける第一回佐山グループ勉強会打ち上げは、それなりの盛り上がりを見せている様に感じられた。
辰樹はひたすら食うか飲むかしているばかりだったが、それ以外の面々は気分良く熱唱したり、お互いの話題を振り合って双方の理解を深めるなどして、有意義な時間を過ごしている模様。
尚、辰樹が唐揚げ以外のフードやスイーツなんかに手を出していると、
「わっ……佐山くんが豚肉に浮気してる……」
「あれ? おめースイーツなんか食うんだ」
などと意外そうな声が四方八方から飛んでくることがあった。
これらの指摘には、辰樹はすこぶる心外だった。
「やめて下さいよ。俺がまるで唐揚げ異常性愛者みたいになってんじゃないスか」
「え、違うの?」
隣に座っていたツインテールが本気の本気で意外そうな面持ちを向けてきた。
流石に驚愕を禁じ得ない辰樹。自分は一体、クラスメイト達からどんな目で見られていたのだろう。
それ程までに辰樹は常日頃から、唐揚げを連呼しているイメージを抱かれているという訳か。
確かにクラス内で最もインパクトを与えたであろう禁断の佐山ノートには、各ラブホテルのウェルカムフードで供される唐揚げについて事細かな考察を書き記していたことは認める。
しかしだからといって、そんなにも唐揚げ怪人扱いされているとは思っても見なかった。
「ん~……でも佐山くんってハンバーグとかトンカツとか、普通に食べてたもんね……」
この時、優衣だけは助け舟を出してくれた。
ところが彼女の発言は、それはそれで別の方向での波紋を広げてしまった。
「え、天坂ちゃん何でそんなこと知ってんだ?」
茶髪Bが異様な程の食いつきを見せた。
ここで辰樹は内心で拙いと焦ったものの、しかし優衣はそんな辰樹の危機感などには全く気付いた風もなく、しれっと爆弾発言を口にした。
「あ、わたしね、ほんの一時だけど、佐山くんにお弁当作ってあげてたことがあったから」
その瞬間、カラオケボックスの個室内に変な空気が張り詰めた。
ギャル女子三人は妙にわくわくした表情を浮かべる一方、男子三人は愕然としている。
そして彩香に至っては今にも死にそうな顔だった。
「え、ちょっと天坂ちゃん、その辺もっと詳しく」
「え、え、え、それってどゆこと? 天坂ちゃんカレシ居たんじゃなかったっけ?」
これは拙い――辰樹は同席する面々の意識が優衣に集中している隙を衝いて、トイレに行く風を装って廊下に飛び出した。
あの場に居座っていれば、絶対ヤバそうな意味での矛先が向いてきただろう。
しばらくはどこかでほとぼりが冷めるまで待つしかないか。
◆ ◇ ◆
休憩する体でロビーの待合用ソファーに陣取ってスマートフォンを弄っていると、優衣が乾いた笑いを浮かべながら姿を現して辰樹の傍らに腰を下ろした。
「やー、参った参った……まさかあんなに問い詰められるとは思わなかったわ」
「委員長……そういうとこ、不用心過ぎるんスよね」
辰樹が横目でじろりと睨むと、優衣はごめんねーと小さく舌を覗かせながら頭を掻いた。
彼女はフットワークが軽い一方で慎重さに欠ける部分も目立つ。だからこそ諒一に騙されて、ヤリサー部屋に連れ込まれるという失態を演じた訳でもあろうが。
「あ、でも、丁度イイわ……わたし、佐山くんに話しておきたいことがあって」
ここで優衣は微妙に居住まいを但し、背筋を伸ばして神妙な面持ちを向けてきた。
何となく嫌な予感を覚えた辰樹は腰を浮かせて逃げの態勢に入ったが、しかしそれよりも早く優衣の手がさっと伸びてきて、辰樹の太ももを上から押さえつけてしまった。
流石に力ずくで振り払うのは余りに失礼だとして、辰樹も諦めるしかなかった。
「わたし……カレシと別れる。もう、決めた」
辰樹はあからさまにぎょっとした表情。嫌な予感は更にヒートアップしてゆく。
「まさかとは思うんですけど」
「うん、そのまさかよ」
辰樹が詳細を訊く前に、機先を制してきた優衣。どうやら阿吽の呼吸で辰樹が抱いた危惧を察した様だ。
「わたし、佐山くんとのサフレ、復活させたい」
「……何でまた、そこまでして」
良い悪いの話ではなく、何故優衣がそうまでして辰樹とのサフレに拘るのかが一番の疑問だった。彼女にとって恋愛は二の次で良いということなのか。
いやしかし、年頃の女子高生がカレシとの恋を放棄してでもプロレスの話題に興じたいというのは、恐ろしく常軌を逸している。少なくとも辰樹はそう考えていた。
「いい方は悪いかもだけど……誰かと付き合って普通に遊んだり、普通にときめいたり、普通にドキドキしたりするのっていつでも出来るし、相手に拘らなかったら誰とでも出来ると思う。でもサフレは、そうじゃないのよね……今、佐山くんとでしか出来ないことなの」
曰く、優衣はこれまでに何人かのオトコと付き合ってきたが、そのいずれもが彼女のプ女子趣味に理解を示そうとはしなかった。
それは今のカレシも変わらないらしい。
その事実が優衣にはもどかしく、悔しいのだという。
更にいえば、歴代のカレシは優衣を口説くまでは平身低頭で、優衣の希望を優先すると口を揃えていた。
ところがいざ付き合い始めてみると、どのカレシも自分のことばかりを押し付けてきて、優衣の想いはほとんど無視する様な連中ばかりだったとの由。
釣った魚には餌はやらぬという原理なのかも知れない。
優衣は、窮屈な恋愛にずっと苦しんできたと静かに吐露した。
「でも、佐山くんと知り合うことが出来て、わたし、目が覚めたの。わたしが本当に望んでいたのは……」
「アルゼンチンバックブリーカーだった、と」
このひとマジか――辰樹は思考が一巡どころか二巡、三巡ぐらい激しく回りまくった末に、優衣の結論を代弁した。
男女の恋よりも、アルゼンチンバックブリーカーで持ち上げられたり、卍固めをキメる方が彼女にとっては幸福だったというのか。
そんな話はついぞ聞いたことがなかった。
「だからね、佐山くん、見てて……元気があれば、何でも出来る。行けば分かるさ」
いや、ここでそのフレーズを使うのはちょっと意味が違うだろう、とも思った辰樹。
しかし優衣の決意は、どうやら本物と見て良さそうだった。