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16.俺の呪われた交友関係

 その次の日、彩香は学校を休んだ。

 担任には心因性の問題ということで連絡が入っていたらしいが、明らかに前日の出来事が尾を引いていると見て良い。


(今日は俺が、プリントとか宿題の連絡なんかを持って行ってあげた方が良いかな)


 休み時間中に次の授業の準備を進めながらそんなことを考えていた辰樹だったが、この時ふと、妙な視線に気づいてその方角に面を巡らせた。

 するとその視線の主、即ち真悟が慌てて顔を逸らせる姿が視界に飛び込んできた。

 そういえば昨日彼は彩香に告白したらしいのだが、その顛末については何も聞いていなかった。


(まぁ、あの様子なら大体察しはつくけどね……)


 恐らく真悟は、撃沈したのだろう。

 実際、その表情は明るくはない。彩香に告白が受け入れられたならば、もっと活き活きした笑顔になっている筈だ。

 しかるに今の真悟は、暗鬱とした色をその面に張り付けている。あれはどうみても、丁重にお断りされた顔つきだった。


(それに今は、彩ちゃんもそれどころじゃないだろうな)


 彼女が被った精神的打撃は、或いはトラウマ級かも知れない。それでも辰樹が彩香を然程に心配しなかったのは、それもこれも全ては彼女自身の自業自得だったからだ。

 仲の良い幼馴染みとはいえ、こればかりは流石に庇えるものではない。

 そもそも、その被害者が辰樹自身なのだから、尚一層、彩香を慮ってやる必要性など欠片も無かった。


「若乃さん……大丈夫かしら」


 今度は優衣が、心配そうな面持ちで辰樹の自席へと歩を寄せてきた。

 諒一からの被害に遭った者同士ということで、辰樹の知らない間に優衣と彩香は意気投合していたらしいが、昨日の一件で優衣の彩香を見る目は多少変化したかも知れない。

 それでもこうして優衣は彩香を心配してやれるのだから、彼女のひとの好さは生粋のものなのだろう。

 と、ここで辰樹は今更ながら別のことが気になった。

 何故優衣はあの時、ヤリサー部屋に居たのだろうか。確か諒一に騙されて連れ込まれたという話だったが、そもそもいきさつがよく分からない。

 今にして思えば、プ女子の優衣がただイケメンだという理由だけで諒一の後についてほいほい男の部屋へと上がり込むとは少し考えづらかった。

 辰樹がその点について少しばかり声を落として問いかけると、優衣は苦笑を滲ませながら小さな吐息を漏らした。


「実はね、カレシが遊びに来てるから、一緒にどう? なんて声かけられちゃって」


 ふぅん、成程――と、そこまで納得しかかって、辰樹は真顔になった。

 今、とんでもない爆弾発言を聞いた様な気がした。


「いやちょっと待って下さい……委員長、カレシ居たんですか?」

「え? あ、うん、一応……」


 何となくバツの悪そうな表情で、てへっと笑いながら小さく舌を出した優衣。

 だが辰樹にとっては、笑いごとでは済まない。自分は、カレシ持ちの超絶美少女のご家庭に、何の抵抗もしないまま連れ込まれてしまったのだ。

 これは由々しき事態である。後でそのカレシさんに知られたら、絶対ひと悶着ありそうな気がした。


「委員長……それ、ちょっとマジで、洒落になってねーんスけど……」

「んっと、何が?」


 辰樹は思わず天を仰いだ。


(うわ、駄目だこのひと……危機感無さ過ぎるし、警戒感も無さ過ぎる……マジでヤバいひとだ)


 恐らくだが、優衣はプロレスが関わると貞操感や恋人同士の思い遣りという部分が極端に欠落する女性なのだろう。

 でなければ、あんなにも簡単にカレシ以外のオトコを自室に招き入れることなどあり得ない。

 辰樹の目から見て、優衣には浮気しているという自覚は無さそうだから、本当にただのサフレという意味合いでしか考えていないものと思われる。

 だが、事実を知った以上は黙っている訳にもいかない。


(っつぅか、俺の周りに居る女子って、どうしてこう、貞操観がいまいちなんだろね……)


 否、辰樹の考え方が古過ぎるのだろうか。今はもっとカジュアルに、軽い感覚でお付き合いする時代なのだろうか。

 これまで截拳道ひと筋だった辰樹には、男女間の機微というものがよく分からなかった。

 とはいえ、このまま優衣とサフレで居続けるのは余りにも問題が多過ぎる。

 折角新たな友人が出来たと思ったのに、結局また自分はひとりに戻るのかという残念な気持ちもあったが、しかし辰樹は心を鬼にした。


「あのですね、委員長。流石にカレシ持ちのひととふたりで会ったりするのは拙いです」

「え、でも……わたしのサフレは佐山くんしか居ないし、わたしとプロレスの話してくれるひとだって、他に居ないし……」


 そういう問題ではない。

 辰樹はもう曖昧な言葉を使うのはやめた。


「俺が迷惑なんです。カレシ持ちの女子とふたりで遊んでるところ見られて、それでカレシさんから詰められたり変なトラブルに巻き込まれるのは、真っ平御免なんですよ」

「そんな……大丈夫、ちゃんとカレシには説明して、やましいことは無いからって納得させるから……」


 尚も縋りついてくる優衣だったが、んな訳あるか、と辰樹は内心で毒づいた。

 アルゼンチンバックブリーカーをかけた時の、あの恍惚とした表情は余りにもヤバ過ぎる。あれでやましいことは何も無いなどと、よくいえたものだ。


「駄目です。お断りします。俺はもう、彩ちゃんの件だけで懲りてるんス」


 辰樹は改めて思った。矢張り、女性は信用ならない。

 だがよくよく考えれば、すぐに想像はついた筈だ。優衣程の美人ならば、オトコのひとりやふたり居たところで何の不思議もない。

 その点に思い至らなかった辰樹自身も、悪いといえば悪い。

 だからこそ、これ以上ずるずるとサフレなどという関係を続ける訳にはいかないだろう。

 ここは自分の為にも、そしてまだ見ぬ優衣のカレシの為にも、今後一切の友人関係は断ち切るべきだ。


「じゃあ、もぅ……わたしは、アルゼンチンバックブリーカーも……他の技も……かけて、貰えなく、なるんだ……」

「当たり前でしょ、そんなの。カレシ以外のオトコに、あんな簡単にカラダ触らせるなんて或る意味、ビッチみたいなもんスよ。マジで勘弁して下さい」


 そのひと言が効いたのか、優衣は意気消沈した様子ですごすごと自席へ戻っていった。

 それにしても、辰樹の周りには残念な輩が多過ぎる。

 男も女も、碌な奴が居ない。


(俺の交友関係って、呪われてんのかな……)


 もう、そんな風に考えるしかない。そうでも思わなければ、やっていられない。

 ともあれ、結局辰樹は再び、孤独に戻った。

 今は彩香でさえ、辰樹との縁はほとんど切れた様なものである。

 悲しいとは思わなかったが、何となく、心の中にぽっかりと穴が空いた様な感覚に襲われた。

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