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14.俺の誕生日

 予告通り、真悟は彩香への告白に挑んだ様だ。

 実際彩香は放課後になると、すぐに教室を出て行ってしまった。恐らく、真悟に呼び出されたのだろう。

 その際彼女は非常に後ろめたい顔つきを見せていたが、辰樹は敢えて素知らぬふりを通した。

 これは飽くまでも彩香個人の問題であって、辰樹が横槍を入れて良い話ではない。


(ま……せいぜい、頑張っておくんなさい)


 辰樹は彩香が戻ってくるのを待つつもりは無く、さっさと帰り支度を始めたのだが、そこに思わぬ人物が訪ねてきた。

 諒一だった。

 ところが以前とは、少しばかり様子が違う。

 辰樹の知る諒一は、校内では大体いつも自信満々で相手構わず女子ならば誰に対しても色目を振り撒いていた様な奴だったが、今回姿を見せた時は随分と大人しく、辰樹だけに視線を据えて真っ直ぐ歩を寄せてきた。

 一体何事かと内心で小首を捻っていた辰樹だったが、諒一は神妙な面持ちで小さく会釈を送ってきた。


「やぁ佐山クン……その、ちょっと時間貰えるかな」

「あ、はぁ……別に良いですけど」


 その時だった。

 不意に横合いから優衣が小走りに近づいてきて間に割り込んできた。


「ねぇちょっと……あなた、佐山くんに何かするんじゃないでしょうね?」


 優衣の美貌には僅かながら怯えの色が見える。それもそうだろう。この男はかつて、優衣をヤリサー部屋に連れ込んで彼女に乱暴を働こうとしたのだから。

 それでも優衣は、辰樹の為に勇気を振り絞ってくれたに違いない。彼女は必死に、己の中の恐怖を意思の力で抑え込んでいる様にも思えた。

 これに対し諒一は、害意も敵意も無い様子で小さくかぶりを振った。


「いや……オレは佐山クンにお詫びしたいだけなんだ……ただ、ここじゃあ何だし、少し場所を変えさせて貰った方がイイかな、なんて思ったんだけど」


 どうやら諒一の言葉に嘘は無さそうだ。辰樹は静かに頷き返したが、ここで優衣が思わぬ反応を見せた。


「じゃ、わたしもついてくね。何かあったら、わたしが証人になるわ」


 優衣は未だに諒一を信用していないと見える。それもまた仕方の無い話だろう。

 諒一は幾分驚いた顔つきを見せていたが、それでも彼は優衣の同行を拒否しなかった。

 こうして三人は、屋上へと足を運んだ。

 端の方で演劇部が発声練習をしているのが目に入ったから、彼ら彼女らにはこちらの存在を知られぬ様にと、屋上階段室の裏側に位置を取ることにした。


「佐山クン……彩香のこと、色々済まなかった」


 開口一番、諒一はそんな台詞を放って頭を下げてきた。

 曰く、辰樹と彩香が一応表面上はまだ付き合っていた時期に、裏でこそこそと逢引する様な真似をしたことを心から申し訳なく思っているということだった。


(何だ……一体、どういう風に吹き回しなんだ?)


 内心で困惑した辰樹だったが、面には出さない。相手の意図が見えない以上、ここは徹底してポーカーフェイスを貫くべきだろう。

 傍らの優衣も、怪訝な表情で辰樹と、そして頭を下げている諒一を交互に見比べている。

 どうやら彼女はまだ話が見えていないらしい。そこで辰樹は、彩香が諒一と浮気していた事実をさらりと教えてやった。


「え……そ、そうだったんだ……若乃さんが、ねぇ……へぇ……ちょっと意外っていうか、びっくりしちゃったな……」


 優衣はどう捉えて良いのか分からない様子で、戸惑いの乾いた笑みを漏らしている。

 この反応は仕方が無い。いきなりドロドロした浮気話を聞かされたら、大体こうなる。


「でも、よく分からないんスよね……どうして富岡先輩が、俺に謝る必要あるんです?」

「そりゃあやっぱり、オレは彩香の初めてのオトコだし、オレの所為で彩香がやらかしたんなら、やっぱ元カレとして筋通しとかなきゃ、後々面倒なことになっても困るだろうし……」


 言葉の上では真摯に謝罪しているが、彩香のロストヴァージンの相手はオレ様だと豪語することで、マウントを取ってきている様に思える。


(……根っから、こういうひとなんだろうな……)


 辰樹は内心で盛大に溜息を漏らしながら、それでも諒一の謝罪を受け入れることにした。本心はどうあれ、第三者が居る前で頭を下げるというのはそれだけで相当な精神力を要する筈だ。

 ところがその時、突然誰かが階段室から盛大な勢いで飛び出してくる気配が伝わってきた。その人物は随分と息を切らしている様子だったが、やがて階段室裏側へと走り込んできた。

 彩香だった。


「ちょっと……諒一……アンタ、たっちゃんと何、話してんのよ……」


 恐怖と困惑が複雑に入り混じった様な表情で、大きく肩を上下させながら諒一に詰め寄る彩香。

 しかし諒一は、先程までの控えめな態度から一変して、妙に勝ち誇ったドヤ顔で彩香に不敵な笑みを返した。そこに違和感を覚えた辰樹。

 矢張り、何か裏があったのか。


「あれ? 彩ちゃん、コクられてたんじゃなかったの?」

「そんなこと、どうでもイイよ……それよりたっちゃん、コイツに、何いわれたの?」


 彩香の美貌には必死の色が張り付いている。まるでこの世の終わりであるかの如き絶望感が漂っていた。

 辰樹としては、彩香が何に焦っているのかは分からないのだが、ここで嘘や誤魔化しを口にするつもりも無かった。


「彩ちゃんの初エッチの相手としての責任取って、俺に謝りたいんだってさ」

「なッ……!」


 その瞬間、彩香は絶句した。次いで彼女は、憤怒の形相で勝ち誇った笑みを浮かべている諒一を、射抜く様な勢いで睨みつける。


「なんで……そんな……余計な、こと……」

「なんでも何も、オレとしての筋の通し方さ……オマエが佐山クンのことをボロカスにコキ下ろしながら、オレの前であんあん悦んでたのは嘘じゃねーだろ。忘れもしねぇ……あれは、3月31日……」


 そこまで諒一がいいかけた時、彩香は急に甲高い声を発して彼の言葉を掻き消そうとした。

 彩香のそんな抵抗は、しかし意味はない。

 諒一が口にしたその日付に、辰樹は改めて残念な気分に陥った。


「え……どしたの、佐山くん……その、3月31日って何か、特別な日?」


 優衣が困惑の表情で訊いてきた。そんな彼女に辰樹は、小さく肩を竦める。


「あぁ、そっスね……俺の誕生日です」


 その瞬間、優衣は喉の奥から驚きの声を漏らした。一方、彩香は今にも泣き出しそうな顔でその場に愕然と凍り付いている。


(そっか……あの日、彩ちゃんは浮気相手と初エッチしてたんだな)


 それまでの彩香は毎年欠かさず、辰樹の誕生日には佐山家を訪れて一緒にケーキを食べてくれていた。

 だが、今年は違った。

 彼女は何の連絡も寄越さず、その日は音信不通となっていた。

 紛いなりにも、付き合っているカレシの誕生日を無視して、浮気相手と初めてのセックスを愉しんでいた訳である。

 彩香の浮気が発覚してから色々と彼女の醜聞は耳にしていたが、これは過去イチのインパクトだった。

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