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13.俺のサフレ

 優衣の表情が見て分かる程に明るくなり、お肌も随分とツヤツヤしている――二年A組の教室内で、彼女がその様に囁かれ始めたのは、辰樹とのサフレ(サブミッションフレンド)が成立して以降だった。

 厳密にいえば、辰樹はそんな友達関係を自ら標榜したことは一度も無い。

 ところがあの日、辰樹が天坂家を辞そうしたところで、玄関口まで見送りに出てきた優衣が、


「これでわたし達、もうサフレね!」


 とか何とか突然いい出してきた。

 勿論セフレではなく、ひと文字違いで大違いな訳だが、聞くひとによっては大いに誤解しかねない。

 その為、辰樹は、


「いや……その呼び方はちょっと……」


 と渋ってみたものの、優衣の耳にはそんな抗議の声などまるで届いていない様子だった。

 しかし流石に、彼女の様な校内でも有名な美少女と個人的に親密な繋がりがあるということを知られてしまうのは、少し気が引ける。

 尚、唐揚げ要員は別である。あれは、辰樹の唐揚げ道には欠かせないピースだ。


「サフレ認定は別に良いんスけど、他所ではあんまり大きな声でいわないで欲しいです、委員長」

「え、駄目なの?」


 本当に理解出来ないといった様子で、不思議そうな面持ちを見せる優衣。

 彼女ならばきっと、当たり前の様に新しいサフレが出来たと公言しまくるに違いない。それだけは何としてでも阻止せねばならぬ。


「いえ、サフレが出来たってのはいって貰っても良いんスけど、それが俺だってのは黙ってて欲しいっス」

「ふ~ん……佐山くんってやっぱり、シャイなんだぁ」


 いや、そういう問題ではないだろう――危うく喉まで出かかったひと言を、辰樹は辛うじて呑み込んだ。

 ともあれ、優衣のサフレは謎の人物にしておいて貰うということで、一応の了解は得た。

 後は彼女がどこまで約束を守るかだが、こればかりは運を天に任せるしかない。優衣の良心には託せないところがいまいち残念ポイントではあったが。


「それじゃ、また今度……次はどこでヤるのがイイかなぁ……」


 何故か夢少女空間を醸し出している優衣。

 そんな彼女のうっとりした表情はもう見るに堪えないとして、辰樹はさっさと天坂家の前から去った。

 そして週が明けて、現在。

 教室内での優衣は今まで以上に明るく溌溂とした笑顔に満ち溢れている。

 クラスメイトらからはその朗らかな様子が大変好評ではあったが、その根底にあるのがプ女子且つ特殊性癖痴女という思わぬ一面にあることは、辰樹以外誰も知らない。


「天坂さん、すっごい御機嫌だね」


 朝のホームルーム前、自席で一時限目の準備をしていると、彩香が不思議そうな面持ちで歩を寄せてきた。

 その視線は、友人らと上機嫌で会話を交わしている優衣の美貌に据えられたままである。


「良いことでもあったんだろね」


 辰樹は素知らぬ風を貫き通した。

 ところが彩香は、どこか寂しそうな面を辰樹に向けていた。


「その、サフレっていうの? それって……もしかして、たっちゃんのことなんじゃない?」


 鋭い考察が飛んできた。

 よく気付いたなと内心で多少の驚きを禁じ得なかった辰樹だが、それでもここは徹底してシラを切ることにした。


「何でそう思うのさ?」

「どうしてっていわれても、こう、ちゃんと説明は出来ないんだけど……」


 所謂、オンナの勘というやつか。

 或いは彩香は優衣の態度の中に何か引っかかるものを感じたのかも知れないが、辰樹にはよく分からない。

 その時、思わぬ救世主が現れた。

 男子バスケットボール部員の山城真悟が、ちょっとイイかと声をかけてきたのである。この時、真悟は微妙にどぎまぎした顔色を浮かべていた。


「佐山、顔貸してくれよ。すぐ終わる」


 何事かと小首を傾げながら、辰樹は廊下へと出た。

 対する真悟の瞳には、どこか挑みかかってくる様な攻撃的な色が垣間見える。


「オマエさ……若乃っちと付き合ってんの?」


 廊下に出るなり、いきなり硬い口調で問いかけてきた真悟。

 そんな下らないことでわざわざ呼び出されたのかと思うと、辰樹は少し腹が立ってきた。


「付き合ってませんよ。彩ちゃんとは家が隣同士の幼馴染みってなだけです」


 嘘はついていない。

 確かに彼女とは中学生の頃から二年程付き合っていた時期はあったが、しかしそれが本当に恋人同士の繋がりだったかと問われれば、何とも答え辛い部分もある。

 そして何より現在は彩香との男女の関係は解消している。勿論原因は彩香の側にあった訳だが。

 ところが真悟は、そんな辰樹の不快な念など知らぬとばかりに、その場で小さくガッツポーズを作って喜んでいた。


「じゃあオレが若乃っちにコクっても、オマエ全然構わねぇって訳だよな?」

「そらまぁ、そうっスね」


 彩香が応じるかどうかはまた別の話だが、真悟が彼女に告白することについては辰樹がどうこういえる立場ではなかった。


「いやー、実はさ、若乃っちって三年の富岡ってやつと付き合ってるみたいな話があったからさ、ちょっと遠慮してたんだよな。けど噂に聞いたらその富岡っての、何か色々トラブルに巻き込まれてて、オンナと付き合うどころじゃねぇなって話だったからさ……こりゃチャンスだぜ、なぁんって思っちゃって」


 別に訊いてもいないのに、ひとりで勝手に語り出した真悟。

 彼がどういういきさつで彩香に告白する決意を固めたのかは正直、どうでも良い。


「もう良いスか?」


 辰樹は相手の返事も待たずに自席に戻った。

 彩香はまだ、辰樹の席の傍らに佇んだままである。


(富岡さん……ホントにこのまま、黙って大人しくしてるつもりかな)


 諒一は確かに、一度辰樹が徹底的に叩きのめした。

 だがそれ以降彼は、随分とひとが変わった様に大人しくなり、これまでの様な奔放で暴力的な言動は見られなくなっているという話も聞いている。

 辰樹の鉄拳制裁を受けて、心を入れ替えた可能性も無きにしも非ずだ。


(もうちょっと、様子見かな……)


 そんなことを考えながら席に就くと、朝のホームルームの開始を告げる予鈴が鳴った。

 この時、優衣が一瞬だけ意味深な笑みを辰樹に向けてきたのだが、辰樹は素知らぬ風を装い続けた。

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