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12.俺のフィニッシュホールド

 ひと口にバックブリーカーといっても、色々な種類がある。

 その中でもアルゼンチンバックブリーカーは特に有名な技のひとつといえるだろう。

 自身の肩に相手を仰向けに担ぎ上げ、その顎と脚を掴む。技をかける側が己の首を支点として相手の背中を弓なりに反らせることで、背骨を傷めつけるという技だ。

 オーバーヘッド・バックブリーカーと呼ばれることもあるが、日本に於いてそれ以上に有名な別名は矢張り何といっても、タワーブリッジではなかろうか。

 完成すれば見映えも良く、派手なアピールにもなり得る技だが、これを辰樹にかけて欲しいと頼み込んできた優衣の思惑は、未だによく分からない。


(マジで……ホントにかけちゃって大丈夫なのかな……?)


 頭の中に幾つもの疑問符を浮かべる間にも、辰樹は優衣に案内されるまま、天坂家のそこそこ大きなご家庭に到着した。

 立派な門扉をくぐり、いささか分厚い玄関ドアの内側へと招き入れられると、そこには随分と高級感溢れる空気が漂っていた。

 実は優衣、結構良いところのお嬢様だった様だ。

 それにしては結構天然な性格にも見受けられるが、ともあれ辰樹は、二階にある優衣の自室へと手を引かれていった。

 正直なところ、女子の部屋へと招かれたのは、彩香を除いては今回が初めてである。

 それ故、同い年の異性の自室とはどんなものなのかと多少の興味はあったのだが、優衣の部屋は思った程には華やかではなく、どちらかといえばシンプルな方だった。

 寧ろ、彩香の部屋の方が女子力が高い様にも思える。

 一応優衣の部屋にもドレッサーやクローゼットの類はあるものの、それ以外は何となく中性的な雰囲気がそこかしこに見て取ることが出来た。


「まずは少し休憩してからね」


 そういって彼女はお茶菓子を供してくれた。いきなり技をかけてくれ、などという不躾な真似はせず、ちゃんと客人をもてなす程度の常識というか女子力は具えているらしい。

 ところが優衣は、熱い紅茶を飲む間も妙に興奮した様子で、ちらちらと辰樹の分厚い大胸筋の辺りを盗み見してくる。

 何となく焦れている感が漂ってきていた。


「えぇと……そんなに我慢するぐらいなら、もう先にやっちゃいますか?」


 辰樹がカップを置いて問いかけると、優衣の美貌がぱぁっと明るくなった。実に分かり易い性格だった。

 彼女はゆっくり立ち上がり、そして深々と頭を下げた。


「それじゃ、お願いします!」


 そんなに畏まらなくてもとは思ったが、きっと優衣には一世一代のエンターテイメントなのだろう。

 辰樹はひと呼吸入れてから、優衣の柔らかくてグラマラスな体躯を抱え上げた。

 左手を彼女の形の良い顎に引っ掛け、右手でむっちりとした肉付きの良い太ももを鷲掴み。

 そして己の首筋を支点として、優衣の背中を少しずつ反らせてゆく。

 この時、どういう訳だか彼女の唇から甘い吐息が漏れ出した。


「あぁ……イイ……イイよ、佐山くん……もぅ……サイコーにイイ……わたし……イっちゃうかも……」

「それ、バックブリーカー喰らってるひとが吐く台詞じゃないっスよ」


 辰樹はもう呆れるしかなかった。

 どうも優衣は、おかしな性癖の持ち主の様だ。

 彼女の体が柔らかく、多少弓なりに背中が反ってもほとんどダメージを喰らっている様子が無いのが、せめてもの救いか。


「あ……イく……イく……イっちゃいそう……」

「その変な表現、マジで勘弁して下さいよ」


 辰樹、虚無の表情。

 今、自分が何をしているのかすら分からなくなってきた。

 そうして10分程度じっくり楽しんで貰ったところで、優衣を下ろした。彼女の美貌は恍惚の表情で呆けてしまっており、上気した頬と微妙に乱れた息が恐ろしくエロかった。

 だが彼女は今の今まで、アルゼンチンバックブリーカーを喰らっていたのだ。決して、エッチな行為に身を任せていた訳ではない。


(こんなとこ、知らんひとが見たら絶対誤解するって……)


 ここが彼女の自室で良かったと、辰樹は本気で胸を撫で下ろした。

 ところが優衣からのリクエストは、これだけでは終わらなかった。


「あ、あのね佐山くん……今度は、その……わ、わたしに、オクトパスホールド、かけさせて欲しいな」

「えぇっと、それは俺が技を喰らう方ってことで良いんですかね?」


 辰樹の反問に、優衣はもじもじと恥ずかしそうな仕草で小さく頷き返してきた。

 ここまで来たならば、どうせついでだ。辰樹は優衣の望みを叶えてやることにした。

 やがて優衣は前屈みになった辰樹の体に、ミニスカートから剥き出しになった白い両脚を絡めてゆく。

 そして彼女の白くて柔らかな左脚が、辰樹に首に絡みついてきた。

 オクトパスホールド、またの名を、卍固め。

 辰樹の人生で、まさか優衣程の美少女からこの技をかけられることになろうとは、思っても見なかった。


「やった……やったわ! わ、わたし、人生初、オクトパスホールド……!」


 物凄く感激している優衣。

 辰樹は右肩、首、左脚を絡め取られながら、再び虚無の表情。

 遂には優衣は僅かに顎をしゃくらせて、


「ナンダコノヤロー」


 などと、故アントニオ猪木のモノマネまでやり始める始末。

 そりゃあ確かに、卍固めといえば猪木御大だが、何もそこまでしなくても。


「あ、ところでさ……佐山くんのフィニッシュホールドって何かな? 良かったらわたし、受けてあげてもイイよ!」

「いや、結構っス……」


 ちなみに辰樹が自身のフィニッシュホールドとして挙げた技は、脇固め。

 そのいぶし銀のセンスに、優衣は卍固めの姿勢のまま、


「わぁ……渋ッ!」


 と、ひとりで感激していた。

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