11.俺のクラスの超絶美少女な委員長はプ女子だった
いよいよ本格的に夏の到来を思わせる様な、強い陽射しが降り注ぐ土曜の午後。
駅前の書店まで参考書を買いに来た辰樹は、スポーツ雑誌のコーナーで思わぬ人物の姿を目にした為、つい足を止めてしまった。
優衣が、淡い色合いのブラウスとミニスカート姿で、何かの雑誌を手にして熱心に立ち読みしている。
一体何を読んでいるのかと、ふと気になった辰樹。
女子向けのお洒落な雑誌やグルメ系、或いはコスメ系のものでもなさそうだ。
(お……プロレス?)
どうやら優衣が手に取っているのは、週刊コーナーポストというプロレス専門の週刊雑誌だった。
余りにも予想外に過ぎた為、辰樹はそのまま優衣のすぐ斜め後ろに立ち、肩越しに覗き込んでしまった。
「わっ! び、びっくりした……佐山くん?」
優衣も辰樹の気配に気づいたらしく、胡乱な顔つきで振り向き、次いでぎょっとした色を浮かべている。
辰樹がこんにちはと幾分間抜けな表情で頭を下げると、優衣も優衣で何ともいえぬ微妙な感情をその美貌に張り付かせた。
「あ、どもども……っていうか、いつから居たの?」
「五分ぐらい前からっス」
応じながら、尚も優衣の手元を覗き込む辰樹。
すると優衣は、件のプロレス雑誌を閉じてそのままレジへと向かう姿勢を見せた。
どうやら、購入する様だ。
辰樹も一緒になってレジへ足を運び、代金を支払ってから二冊の参考書を自身の鞄の中へと放り込んだ。
「天坂さん、プロレス好きなんです?」
「うん……別に隠すつもりも無かったんだけど、ほら、うちのクラスの女子ってこういう話、誰も分からないだろうから……」
かといって、男子の間に混ざって話をするのも、何となく気が引けるのだという。
優衣的には、プロレスの話題を振るならばそれなりに話を分かってくれる相手でなければ、自分自身が満足出来ないらしい。
「佐山くんはプロレス、どう?」
「あー、俺はインディーズ系とアメリカンプロレスしか見ないんで……」
その瞬間、優衣はその美貌に極上の笑みを浮かべてずいっと顔を寄せてきた。
一方の辰樹、うっかり口を滑らせてしまった己の迂闊さを呪った。ここは話題を変えて、優衣からロックオンされるのを未然に防がねばならない。
「そいやぁ天坂さん、最近彩ちゃんと仲良いんスね」
「あ、うん……仲が良いっていうか、富岡のヤローにどうやってリベンジしようかって話してたら、いつの間にか色々なお話なんかもする様になっちゃって」
だから先日もふたり一緒になって、辰樹をレジャープールに誘ったという訳か。
と、ここで優衣は思い出した様に両掌を軽く打ち合わせて、辰樹の面を再び覗き込んできた。
「そういえば若乃さん、何か悩んでたよ。佐山くんとの仲を修復するにはどうしたらイイか、みたいなことをずーっとぶつぶついってたけど……」
一瞬、辰樹は渋面を作った。
今の彼は、彩香とヨリを戻す気はさらさらない。辛うじて幼馴染みとしてのポジションを維持しているが、男女の仲となると話は別だ。
正直いって、彩香とはもう二度と恋愛沙汰にもつれ込みたくはない。あの幼馴染みは恋愛体質な上に、常に自分本位でしか物を考えないきらいがある。
彼女のやりたい放題な恋愛観に付き合わされるのは、もう真っ平御免だった。
「そのうちわたしも、若乃さんに恋愛相談とか持ち掛けられるかもね」
「それだけは、やめておいた方が無難っスよ」
彩香ひとりだけでも手一杯なのに、そこへ優衣まで参戦してくるのは大いに困る。彼女には一歩引いた位置で傍観しておいて貰いたい。
そんなことを考えながら、優衣と肩を並べて書店を出た。喉が渇いたから、どこか適当なコーヒーチェーンショップに立ち寄ってアイスコーヒーでも飲んで帰ろうかと思い、スマートフォンを取り出す。
ところがその時、不意に優衣の美貌がまたもや辰樹の面前にぬぅっと寄ってきた。
辰樹は何故か、嫌な予感を覚えた。
「ね、佐山くん。この後、ヒマ?」
「……俺に何をやらせようってんです?」
警戒して一歩退いた辰樹。すると優衣はマウントでも取るかの如く、さらにずいっと身を寄せてきた。
「あ、あのね……もし良かったら、この後、うちに来ない?」
「は? 天坂さんのおうちにですか?」
曰く、今日の天坂家は家族全員出払っており、誰も居ないのだという。そんなところへ、同学年の男子を連れ込んでふたりきりになるなど、余りにも無警戒、無防備過ぎるのではないか。
そんな辰樹の懸念を他所に、優衣は何故か急に顔を赤らめてもじもじし始めた。
嫌な予感、更にヒートアップ。
だがこの直後に彼女の柔らかな唇から飛び出してきたフレーズは、辰樹の予想の遥か斜め上を盛大にすっ飛んでいった。
「えっとね……その……もし出来たらでイイんだけど……その……佐山くんに」
優衣の目は色っぽく潤んでおり、頬は情熱的に上気していた。
「アルゼンチンバックブリーカー、かけて欲しいな……なんて……」
「何ですって?」
思わず訊き返した辰樹。しかし、聞き間違いではない。
優衣は確かに、アルゼンチンバックブリーカーといい放った。
「えっとね……佐山くんぐらいにしっかり鍛えたボディなら、きっと完璧なアルゼンチンバックブリーカーが完成すると思うの……わたしね、力強いひとに、アルゼンチンバックブリーカーで持ち上げて貰うのが、昔っからの夢で……」
辰樹の脳内では盛大な混乱が巻き起こっている。
年頃の美女が一体、何を口走っているのだ。
今からイケナイおうちデートでもしようかというエロい雰囲気で、プロレス技をかけて欲しいなどと懇願する超絶美少女。
一体これは何の罰ゲームなのかと、辰樹は軽い眩暈を感じた。