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10.俺の幼馴染みは難敵だった

 辰樹は、少し考えた。

 余り直接的な表現で厳しく責めれば、またもや彩香はうじうじと沈んだ顔を見せることになるだろう。

 能天気にへらへらされるのも腹立たしいが、かといってこれ見よがしに落ち込まれるのも辛気臭い。ここはひとつ、さらっと健康的な暗喩で分からせてやるのが幼馴染みの優しさというものであろう。

 彩香はしゃがみ込んでいる辰樹の後ろから覆い被さり、細くて柔らかな二の腕を首元に廻してぎゅっと抱き着いてきている。

 そこにカウンターの一発をお見舞いすれば、少しはたじろぐに違いない。


「俺さ、最近寝取られとか不倫ものの漫画よく読んでるんだけど、あれって読む時は良くても、後になってイヤ~な気分になっちゃうよね」


 どうだといわんばかりに内心でドヤ顔を作った辰樹。

 如何に鈍感な天然でも、ここまでいえば理解出来るだろう。

 ところが彩香は、辰樹の耳元にそっと唇を寄せてきてうふふと変な笑いを漏らしてきた。


「へぇ、そぉなんだぁ……きっとアレだね。イヤよ嫌よも好きのうちってやつ? たっちゃんって意外と、イケない人妻シリーズとかに興味あるんだぁ」


 この時、辰樹のこめかみの辺りにうっすらと青筋が浮かんだ。

 何だこの女は。一体何をどう解釈すれば、ここまで斜め上の台詞を返すことが出来るのか。

 しかし今はまず、こんなにも馴れ馴れしく抱き着いてくる彩香を何とか引き離さなければならない。

 ここはもう物理的且つ直接的な表現で反撃するしかあるまい。


「彩ちゃん、重い。俺、潰れる」

「え~? ひっどいなぁ……アタシ、そんなに太ったかなぁ?」


 ここで漸く彩香は辰樹の背中から離れた。先程まで押し付けられていたふたつの大きな膨らみは、一般的な男子にとっては最高の幸せだったのかも知れないが、辰樹にはただの拷問に過ぎなかった。


「でも、そだね……たっちゃんがお望みなら、アタシちょっと調べてこようか?」


 己のやらかしなんぞは完全に棚に上げて、彩香は辰樹の特殊な性癖について尚も論じてくる気配を見せた。

 正直、こんなにしたたかな女だとは想定外だった。

 ちょっと見ない間に、随分と成長したものである。

 或いはこれも、諒一にしっかりと調教された成果なのだろうか。そう考えると余計に腹が立つ。


「いや、良いって……自分で探すから」


 何気にそんな台詞を返してから、辰樹はハッと己の失言に恐怖した。


(え……俺、何シレっと好き者発言やっちゃってんの?)


 この若さで人妻不倫ものが大好きだと、自ら公言した様なものである。しかも幼馴染み相手に。

 幾ら話の流れの中だったとはいえ、これは致命的に過ぎないか。

 これに対し彩香は、変に嬉しそうに朗らかな笑み。

 違うだろう。こんなヤバい話題の中で見せる様な笑顔ではないだろう。


「でも、そっかぁ……たっちゃんも大人になったんだね……」


 しみじみと語る彩香。この美貌の幼馴染みは一体いつの間に、こんなにも大人びたセクシーな顔を覗かせる様になったのか。

 これもやっぱり諒一の調教によるものなのか。

 凄まじい敗北感が容赦なく襲い掛かってきたが、辰樹は自身の心が折れない様に必死に自らを励ました。


(駄目だ……ここで負けるようじゃ一生、彩ちゃんに苦手意識持ったままだぞ)


 いつの間にか、お説教タイムの筈が美貌の幼馴染み相手の心理戦に突入してしまっていた。

 これも全て彩香の計算の内なのか。自分は知らずのうちに、彼女の掌で踊らされていたのか。


(畜生……こんなことなら、助けるんじゃなかったぜ)


 諒一のヤリサーから彩香を救出したのは、大失敗だったかも知れない。

 あの時は確かに、幼馴染みを救ってやらなければという使命感に駆られた。だが今は後悔で一杯だ。

 恐らく彩香は、自分はもう辰樹に赦されているなどと勘違いしているのだろう。まずはその思い違いを正す必要があるのだが、これが中々難しい。

 ちょっとキツく責めればすぐにヘラる様な豆腐メンタル相手では、加減の入れ方が肝要だった。


「でも……嬉しいな……たっちゃん、そうやってアタシのこと、赦してあげようって頑張ってくれて……」


 とんでもない爆弾発言が彩香の口から飛び出してきた。

 辰樹は言外に彼女の浮気を分からせてやるつもりだったのだが、寝取られものをよく読むという辰樹の発言が真逆に変換されたらしい。

 つまり、彼女の中では辰樹が彩香の浮気を赦してやったことになっているのだろう。


(待て待て待て……何でそうなる)


 赦した覚えはないし、何なら先程までの発言も徹底的に彩香の浮気を責める為のものであった筈なのだが、どうしてこうなった。


「でも……ホント、御免ね、たっちゃん……アタシはまだ、自分のことが赦せてないから……たっちゃんの気持ちにはまだ、応えられない……」


 この時、辰樹の全身は雷にでも撃たれたかの様な衝撃が走った。

 どうして彩香が、上から目線で語っているのだ。やらかしたのは彼女の方だし、平身低頭で詫びねばならぬのも彼女の方だ。

 それなのに一体どこから、彩香の方が主導権を握る話になっているのだろう。


「前にもいったよね……アタシ、ちゃんと償う。償って、たっちゃんに本当にちゃんと赦して貰えたって自分でも納得出来たら、その時にたっちゃんの気持ちに応えたい……だからもうちょっと、待ってて欲しいな」


 嗚呼、駄目だこれは――辰樹は絶望感に見舞われた。

 どうやら既に彩香の中では、勝手に傷ついた失恋少女のシンデレラストーリーが出来上がっているのに違いない。


「だから、御免ね……アタシ、今日はもう、帰るね」


 急に顔を赤らめながら、部屋を飛び出していった彩香。

 玄関付近で母の香奈枝が、


「あら~、もう帰っちゃうの? あ、お父さんが会社のひとからバウムクーヘンたくさん貰ってきたから、彩香ちゃん持って帰って」


 などと普通にお隣さんムーブをかましている。

 自分の息子が徹底的に打ちのめされたことなど知りもしないで、呑気なものであった。

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