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イヴの子供たち 27番目の交響曲  作者: 神海みなも
第1章 呼び声

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第6話 現実侵食

 会議室を出た私はまだ少し足元がおぼつかない感覚があった。自分が水槽の脳であること、この街のほとんどがNPCで構成されていること。あまりにも衝撃的な真実が頭の中でぐるぐると渦巻いている。


 けれど隣を歩く亮太、美咲、彩花の存在が私の心を支えていた。彼らがいてくれるならきっと乗り越えられる。そう強く信じることができた。


 西日本支部のエントランスを出ると福岡の街並みが広がっていた。空を覆うようにそびえ立つ巨大な柱が、淡い光を放っている。いつもなら当たり前に見ていた光景が今はどこか違って見えた。


 道行く人々、行き交う車、頭上に浮かぶホログラム広告……。このすべてがFシステムによって再現されたものだという。本物そっくりに作られた偽物の世界。その事実がじわりと胸に染みる。


「かげり、本当に大丈夫か? まだ顔色が悪いぜ」


 亮太が心配そうに私を覗き込んだ。彼の真っ直ぐな瞳に偽りのない友情が宿っているのがわかる。


「うん、大丈夫。亮太くん、彩花ちゃん、美咲ちゃん……、ありがとう。みんながいてくれて本当によかった」


 私は心からの感謝を伝えた。私が絶望の淵に突き落とされた時、彼らはそばにいてくれた。この絆だけは何があっても偽物じゃない。


「当然でしょ。私たちは、かげりのサポート役なんだから」


 美咲がそっけなく言うが、その声にはどこか優しさが含まれているように聞こえた。彩花もにっこり微笑んで私の手を握ってくれた。その手の温かさが私の心をじんわりと温めてくれる。


 叔父さんからの指示は明確だった。謎の少女が残した「世界が崩壊する」という警告の意味を探ること。それがFシステムの異常の核心に迫る唯一の道だと。


 手がかりはあの少女がFシステム内で発した設定外の言葉。そして美咲の解析データに残された空間の歪みだけだ。


「まずはあの少女が消滅したFシステム内の場所と、現実世界での空間の歪みが検出された場所を照合するわ。何かつながりが見つかるかもしれない」


 美咲が手元の解析装置を操作しながら言った。彼女のハッキング技術はこの調査において不可欠だ。


「よし、俺たちは周辺の聞き込みをするぜ! もしかしたら、あの少女について何か知ってるNPCがいるかもしれないからな!」


 亮太が拳を握りしめ意気込む。彩花もそれに続いて力強く頷いた。


「ええ、協力しましょう。私も何か役に立てることがあるなら……」


 私たちはそれぞれの役割を確認し行動を開始した。美咲は西日本支部に戻りFシステムのデータ解析に専念する。亮太と彩花はFシステム内で少女が消滅した森と関連する、空間の歪みが検出された現実世界で聞き込みを行うことになった。


 そして私はその間の連絡役として、携帯端末で彼らと繋がることにした。今はまだ具体的な行動に移すにはあまりにも情報が少なすぎる。


 私は街の中心部にあるカフェで彼らからの連絡を待っていた。窓の外では普段と変わらない日常が繰り広げられている。人々が笑い、話し、行き交う。


 そのすべてがAIによって制御されたNPCだという事実が私にはまだ信じられなかった。彼らも私と同じように真実を知らないまま、この作り物の世界で生きているのだろうか。


 ふと、視線を感じて顔を上げた。カフェの隅の席で一人の老婆がこちらを見ていた。彼女の頭上には青いマークが光っている。NPCだ。彼女はゆっくりと立ち上がると私の目の前までやってきた。


「おや、お嬢さん。顔色が優れないようだね。何か困りごとでも?」


 老婆の優しい声に私は一瞬戸惑った。NPCなのにまるで本物の人間のように心配してくれる。そのリアルさに改めてFシステムの恐ろしさを感じた。


「いえ、大丈夫です。少し考え事をしていただけなので……」


 私がそう答えると老婆はふっと笑みを浮かべた。


「そうかい。でも、あまり無理はしなさんな。この街も最近は変な噂が増えたからねぇ」


 変な噂? 私の心臓が微かに跳ねた。


「変な噂……、ですか?」


「ええ。夜になると、どこからか見たこともない森の木々が現れるとか、空からキラキラした光の粒が降ってくるとか……。まさかそんなこと、あるわけないんだけどねぇ」


 老婆はまるで笑い話でもするようにそう言った。だがその言葉に私は背筋が凍りついた。それはまさに、Fシステムの侵食が現実世界に現れ始めた現象ではないか。


 彼女は、それを「噂」としてしか認識していない。この街のNPCたちは、真実を知らされることなく、この異変を日常の一部として受け入れているのだ。


 老婆は私の顔色を見て心配そうに言った。


「まあ、気にしなくていいよ。でも夜道は気をつけなさい。最近は不気味な声が聞こえるって話も聞くからね」


 不気味な声。それは私がFシステム内で聞いたあの化け物の声ではないのか? 私の左目がまたチクチクと疼き始めた。


 老婆はそれ以上何も言わずにゆっくりと自分の席に戻っていった。私は彼女の言葉を反芻しながら恐怖を感じていた。Fシステムの侵食は私が思っていた以上に深刻な状況になっている。


 その時、携帯端末が鳴った。美咲からだ。


「かげり、Fシステムの解析であの少女が消滅したと推測される時点と、それとリンクする変異が起こった現実世界での座標を特定したわ。データを転送するからすぐにその場所へ向かって」


 美咲の声はいつもの冷静さの中にわずかな焦りが含まれているように聞こえた。私は急いでカフェを出た。

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