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イヴの子供たち 27番目の交響曲  作者: 神海みなも
第1章 呼び声

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第5話 警告の行方

 膝から崩れ落ちた私の体はまるで紙のように軽かった。信じられない。いや、信じたくない。水槽の中の脳? この体は特殊量子でできた偽物? そんな、あまりにも非現実的な話が今、目の前で現実として突きつけられている。


 亮太、美咲、彩花。彼らは何も言わない。ただ呆然とした表情で私を見ているだけだ。その頭上に光る青いマークが、今はひどく冷たく無機質に見えた。彼らは最初から知っていたのだ。このすべてを。私が本物の体を持たない作り物の存在であることを。


「……嘘、だよね?」


 絞り出した声はひどく震えていた。叔父さんは感情のこもらない目で私を見下ろしている。


「嘘ではない。一年前に君は事故で命を落とした。だが、久遠家の血を引く君はFシステムを制御する上で必要不可欠な存在だったんだ。だから君の脳を回収し、Fシステムを通じてこの体を与えた。知っているかい? 街を囲んでいるあの大きな塔もFシステムだということを」


 冷徹な言葉が私の胸に突き刺さる。必要不可欠な存在。まるで道具のように扱われている。私の存在意義はFシステムを制御するためだけ? そんなの、あんまりだ。


 目頭が熱くなる。涙がとめどなく溢れ出した。私は本物じゃなかった。ずっと魔王の血のことを隠し、自分を偽っていたと思っていたけれど、偽物だったのは私自身だったのだ。


「そんな……っ!」


 私は顔を覆って嗚咽(おえつ)した。もう何も考えたくなかった。このまま意識が途絶えてしまえばいいのに。私なんて……、私なんて――!


 その時、温かい手が私の肩に置かれた。彩花だった。彼女は私の隣にそっと膝をつき、背中を優しく撫でてくれた。


「かげりちゃん……」


 彩花の、いつもと変わらない優しい声。その声に私は余計に涙が止まらなくなった。彼女は私が偽物だと知っていても、こんなにも優しくしてくれる。それがかえって辛かった。


「ごめんなさい……。私、みんなに隠してたのに、こんな……」


 私は自分が魔王の血を引くことについて、彼らに隠していることへの罪悪感でいっぱいだった。だけど、そんなことはこの真実の前ではあまりにもちっぽけなことだった。私が隠していた秘密なんて、彼らからすればとっくに知っていたことの一部に過ぎなかったのだから。


 亮太が私の目の前に座り込んだ。彼はいつもの元気さはなく真剣な顔つきだった。


「かげり、俺たちは、その……、お前を騙してたわけじゃねえ。お前の叔父さんから口止めされてたんだ。Fシステムでのサポートは俺たちにしかできないって。だから……」


 亮太の言葉に私は顔を上げた。騙してたわけじゃない? でも知っていたなら言ってほしかった。真実の一部しか言わないのは、噓を言っているのと同じことだから。一人で抱え込んでいたこの一年間が、ひどく無意味に思えて、胸が苦しくなった。


 美咲が静かに言った。


「私たちも、最初は戸惑ったわ。あなたがFシステムによって再構築された存在だと知って。でも、私たちはあなたと一緒に過ごしてきた。ゲームの中でも、そして現実世界でも。その時間が私たちにとっては真実よ。偽りじゃない、本当のね」


 美咲の言葉はクールな響きの中にも、確かな感情が込められているように聞こえた。その時間が真実。そう言ってくれる彼女たちの言葉が私の心に少しずつ染み渡っていく。


 叔父さんはそんな私たちを静かに見つめていた。彼の表情は相変わらず読めない。


「君たちがどう受け止めようと、事実は変わらない。君はFシステムの鍵だ。そして、福岡の街はすでにFシステムによって再現された空間になりつつある。住人のほとんどが、AIのNPCだからな」


 叔父さんの言葉に私は再び絶望に突き落とされた。私の体だけじゃない。この街の住人もほとんどがNPC? 私が今まで生きてきた世界は、一体何だったのだろう。すべてが作り物だったというのか。


「そんな……。じゃあ、私の家族やお祖母ちゃんも……?」


 震える声で尋ねると叔父さんは静かに首を振った。


「久遠一族や久遠組織の人間は全員本物の人間だ。だが、それ以外の住人はほとんどがNPC。君の記憶を円滑に維持し、Fシステムの研究を進めるために必要な措置だった。そうでなくとも、過去の事件が今にも響いているんだ」


 私の記憶を円滑に維持するため? そして、Fシステムの研究を進めるため? 叔父さんの目的がますますわからなくなる。彼は、一体何をしようとしているのだろう。そして、私がそのために利用されているというのか。


 私はぐっと唇を噛みしめた。体は震えているけれど、胸の奥にふつふつと燃え上がるものがあった。怒り、そして悲しみ。だけどそれだけでは終わらない。


 私はゆっくりと立ち上がった。まだ足元はフラフラするけれど、しっかりと地面を踏みしめる。


「……なんで、こんなことを……。あなたは、一体何をしたいんですか、叔父さん」


「それはいずれ君自身が知ることになる。だが、今はこの街を守ることが先決だ。Fシステムの浸食は刻一刻と進んでいる。あの化け物もやがては現実世界に現れるだろう」


 叔父さんの言葉に私は改めて現実を認識した。確かに私の体やこの街の真実も衝撃的だが、今はそれよりも目の前の脅威に対処しなければならない。化け物が現実世界に現れればこの街は、そしてここにいる誰もが危険に晒される。


 私は、亮太、美咲、彩花の方を見た。彼らの頭上の青いマークはやはり光っている。彼らがNPCであるという事実は簡単に受け入れられるものではない。だが彼らは私を支えてくれた。私が絶望の淵にいた時も変わらずそばにいてくれた。


「……NPCでも、関係ない」


 私はそう口に出していた。自分でも驚くほどはっきりとした声だった。


「みんなが私を助けてくれた。私もみんなを守りたい。この街を……、守りたい」


 私は、亮太、美咲、彩花に真っ直ぐな視線を向けた。彼らの瞳には驚きと、そして安堵のような色が浮かんでいる。


「かげり……」


 亮太が感動したように私の名前を呼んだ。彩花は目にうっすらと涙を浮かべ、美咲は静かに頷いていた。


 私の心の中に新しい感情が芽生えていた。それは自己犠牲的な感情ではない。仲間と共に困難に立ち向かう、強い決意。たとえこの体が偽物でも、たとえこの街が作り物だとしても、ここで生まれた絆は決して偽物なんかじゃない。


 私は叔父さんの方を向いた。


「私に何ができるんですか。私がこの街を、みんなを守るために何をするべきか教えてください」


 私の言葉に叔父さんは微かに口元を緩めた。それは、今まで見せたことのない優しい笑みだった。


「よく言った、かげり。君の力はまだ覚醒したばかりだ。だが、この状況を打開できるのは君しかいない。まずはあの少女が残した言葉の意味を探る必要がある。なぜ『世界が崩壊する』と警告したのか。その真実を知ることで、Fシステムの異常の核心に迫ることができるだろう」


 叔父さんの言葉に私は深く頷いた。謎の少女の警告。それが今、私たちが進むべき道を示している。現実と虚構が交錯する世界で私は運命に立ち向かう決意を固めた。

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