第3話 交錯する現実と虚構
目を覚ますと慣れない天井が視界いっぱいに広がっていた。どこかの宿屋なのかな? 木製の梁が規則的に並んでいて窓からは柔らかい陽光が差し込んでいる。体は少しだるいけれど、あの耳鳴りのような声は聞こえなくなっていた。
「かげりちゃん、目が覚めた?」
優しい声が聞こえてきて、そちらに視線を向ける。彩花が心配そうな顔で私の傍に座っていた。その頭上には、やはりあの青いマークが光っている。夢じゃなかったんだ……。
「……彩花ちゃん。私、どうしてここに?」
私はゆっくりと体を起こした。まだ少し頭が重い。
「あのね、かげりちゃん。あの後森で倒れちゃったの。だから、亮太くんと美咲ちゃんと一緒に街まで運んできたんだよ。心配したんだからね!」
彩花はそう言って私の手をそっと握ってくれた。その手の温かさに胸の奥がじんわりと温かくなる。迷惑をかけてしまったという罪悪感と、心配してくれたことへの感謝。色々な感情が入り混じってうまく言葉が出ない。
「ごめんね、みんなに迷惑かけちゃって。私のせいで……」
「何言ってるの、かげりちゃん! 謝ることなんてないよ。それに美咲ちゃんも言ってたけど、あの化け物、かげりちゃんに反応してたみたいだし……」
彩花は困ったように眉を下げて優しい声でそう言った。そうか、美咲も気づいていたのか。私の魔王の血に反応したこと。誰にも言えない秘密が少しずつ暴かれていくような、そんな気がして胸が締め付けられる。
扉が開き、亮太が元気いっぱいに飛び込んできた。
「かげり、大丈夫か!? 心配したんだぜ! ったく、いきなり倒れるなんて勘弁してくれよな!」
大声で言われて思わず顔をしかめる。でもその声色には心配する気持ちが込められていた。
「大丈夫だよ、亮太くん。ごめんね……」
私はそう言うと亮太は安心したように大きく頷いた。その後ろから、美咲が冷静な表情で入ってくる。
「体調はどう? Fシステムの歪みは一時的に収まってはいるけれど、あの反応は明らかにあなたに起因するものだった」
美咲は手にした解析装置を見ながらそう言った。彼女の目は、まるで私を見透かすような鋭さを持っている。
「わ、私には何が何だか、全然……あはは……」
嘘をつくのは苦手だ。でも、魔王の血のことなんて彼らには言えない。言ったらきっと怖がられて仲間でいられなくなる。そんなの、嫌だ。
「そう? ならいいけど。でも今後の調査で同じようなことが起きたらすぐに言ってちょうだい。あなたに何かあったら私たちの解析も進まないから」
美咲はそう言って再び解析装置に視線を落とした。その言葉に胸の奥がチクリと痛む。彼女にとって私は調査のための駒でしかないのだろうか。いや、違う。彼女はチームの一員として私を心配してくれている。そう信じたかった。
「……うん、わかった。ありがとう、みんな」
私は心の中で、みんなにそう呟いた。
次の日、私たちは再び調査を再開した。昨日のことは誰も口にはしない。それが私にとっては少しだけ救いだった。
亮太が先頭を切って進み、彩花がその少し後ろから私たちを見守った。美咲は解析装置を片手に、周囲のFシステムの状況を常にチェックしている。私は彼らの後ろで杖を構えながら警戒を怠らなかった。
森の奥に進むにつれて空気はさらに重くなり、魔法の粒子も濃くなっていた。時折、黒い霧が視界の端をちらつき私の心臓を震わせる。あれが、化け物……。
「美咲、何か異常は?」
亮太が前方を警戒しながら美咲に尋ねる。
「ええ、Fシステム全体の歪みが強まっている。しかもこの森だけじゃない。街の方でも小さな歪みが検出され始めているわ」
美咲の言葉に私だけでなく亮太と彩花も顔を見合わせた。どういうこと? 街にも影響が出始めているって。
「街……? 街って、まさか現実世界にも影響が……?」
彩花が不安そうに呟く。その言葉に私の頭の中で叔父さんの言葉がよぎった。
『Fシステム内で普通の人には見えない「何か」が動いてる可能性がある』
そして、お祖母ちゃんが昔戦っていた。化け物が現実世界を侵食する。本当にそんなことが……?
その時だった。私たちは森の奥にある小さな開けた場所に出た。そこには、ぽつんと一人少女が立っていた。彼女の頭上にも他のNPCと同じように青いマークが光っている。
だが、その少女は明らかに他のNPCとは違っていた。ボロボロの服を身に付け、顔には煤がつき、その瞳は恐怖に大きく見開かれている。そして震える声で何かを呟いていた。
「……世界が、……崩壊する」
その言葉に私たちは息を呑んだ。
「世界が崩壊するってどういうことだよ!?」
亮太が少女に駆け寄ろうとするが、美咲は素早く彼の腕を掴んで止める。
「待って、亮太。このNPC、何かおかしいわ。Fシステム上ではこんなセリフは設定されていないはずよ」
美咲の言葉に私たちの間に緊張が走る。設定されていない言葉を話すNPC。それも「世界が崩壊する」なんて……。
少女は私たちに気づくと、こちらへよろよろと歩み寄ってきた。その顔はまるで生きる屍のようだ。
「おい、来るな! みんな下がれ!」
亮太が剣を構えるが少女は止まらない。そして、私たちの目の前まで来るとその手を必死に伸ばしてきた。
「お願い……、助けて……! このままじゃ、世界が……!」
その言葉と同時に少女の体が淡い光に包まれ、次の瞬間まるで幻影のように掻き消えてしまった。残されたのは辺りに漂うかすかな魔法の粒子と、私たち4人の凍り付いたような沈黙だけだった。
「消え、た……?」
彩花が震える声で呟く。私も目の前の出来事が信じられなくて、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「これは、異常事態どころの騒ぎじゃないわ……」
美咲がいつもよりも明らかに動揺した声でそう言った。彼女の解析装置も激しく警告音を鳴らしている。
「あの子……、いったい何だったんだ?」
亮太が呆然と呟く。私もその問いに対する答えを知りたかった。世界が崩壊する。あの少女の言葉が私の頭の中で繰り返し響いていた。




