第9話
午後六時を知らせるアラームが鳴りました。
起床した私は、冷凍のうどんを温めて食べます。
食欲はありませんが、機械的に口に運んでいきます。
完食してから、麺つゆを入れ忘れたことに気付きました。
最近はこういうことが多いです。
味覚が慢性的に鈍くなっており、食事に対するこだわりが薄れつつありました。
それでも別に困ったりはしないので、あまり深刻には考えていません。
空になった器を台所に持っていき、使わなかった麺つゆを冷蔵庫に戻しました。
早起きして時間があったのでニュース番組を観ることにしました。
テレビの電源をつけると、ちょうど私の大学が映っています。
呪われた場所として紹介されています。
学生達がインタビューで好き勝手に語っています。
次に画面が切り替わり、犠牲者として除霊先輩と日奈子の顔写真が表示されました。
「日奈子……」
一か月前、友人の日奈子は事故死しました。
大学を歩いている最中、落下してきた屋上のフェンスに押し潰されたのです。
日奈子は即死せず、お辞儀の姿勢で倒れたまま「痛い痛い」と連呼していたそうです。
彼女は数日間、意識を保って苦しんだ末に死にました。
警察の発表によると、フェンスは老朽化しており、強風で外れたとのことでした。
だから日奈子の死は事件ではなく事故として扱われました。
しかし私は知っています。
彼女はお辞儀さんに呪い殺されたのです。
事故のタイミングは、日奈子が私に何度も連絡をくれた時でした。
私が連絡を無視できなかったから、彼女は犠牲になったのです。
罪悪感と後悔は根強く残っています。
もはや涙も枯れてしまいましたが、心の中ではずっと日奈子に謝っていました。
除霊先輩も同様です。
面識もなかったのにいきなり訪ねて接点を作り、死なせてしまいました。
もし私が関わらなければ、彼は今も健在だったでしょう。
そう考えると、やはり申し訳なさがあります。
番組が天気予報のコーナーに移ったので、私はテレビの電源を切りました。
さっさと準備をして大学へと向かいます。
大学内を歩いていると、あちこちから視線を感じます。
私を目にした人々は足早に離れて道を開けます。
遠くにいる学生がこちらを眺めながら、何事かを囁き合っています。
除霊先輩と日奈子の死に私が関わっている――そういう噂が流れているのです。
どこからそんな話が出たのか分かりませんが、間違っていないので否定することはありません。
周りの態度に傷付いたりすることもないです。
むしろ向こうから離れてくれるのはありがたいとすら感じています。
私のせいで誰かが死ぬのは、もう見たくありませんでした。
自宅で追い詰められた日から、私の前にお辞儀さんが現れることはなくなりました。
もっとも、平穏な日々が戻ってきたわけではありません。
私の"前"には現れなくなっただけです。
彼は、後ろにいます。
朝食のうどんを食べている時から、延々と背中に頭がぶつかっています。
いえ、一か月前からほぼ常にこの状態です。
振り向いて確認はしませんが、お辞儀の要領で当てているのでしょう。
あまりに恐ろしくて、私は鏡を見ることがなくなりました。
自分がいつ死ぬのか分かりません。
一体どうしたらいいのでしょう。
こんなことを言える立場ではありませんが、誰か助けてください。