第2話
翌朝、私はスマホのアラームで目覚めました。
頭が少し痛いのは、飲みすぎたのが原因でしょう。
水道水をコップに注いで一気飲みし、シャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かします。
その間に日奈子から連絡が来ていました。
二日酔いが苦しすぎるので、講義は午後から受けるそうです。
よくあることなのでスタンプで返信だけしておきました。
そろそろ単位を落としそうなので、ちゃんと規則正しい生活を送ってほしいのものです。
さっさと着替えた私は大学へと向かいます。
時間はややギリギリですが、電車の遅延がなければ間に合うでしょう。
ジョギングで駅に到着すると、ホームはスーツの会社員や学生でいっぱいでした。
朝のこの時間が一番混み合うのです。
これを見越して少し早めに出発すべきでしたが、二日酔いの頭ではそこまで気が回りませんでした。
うんざりしつつも、私は大人しく列に並びました。
スマホを取り出そうとしたところで、ふと向かい側のホームの端に目を向けました。
電車の来ない位置に変な男が立っています。
男は白シャツにズボンという恰好で、頭をほとんど直角まで下げて、上半身を揺らすように動かしていました。
一連の動作は小刻みにお辞儀をしているように見えます。
昨晩の日奈子との飲み会を思い出した私は、小声で無意識に呟きました。
「あっ、お辞儀さん」
男の動きが止まりました。
ここは混雑した駅のホームです。
私の呟きなんて絶対に聞こえる距離ではないのに、なんとなく「見つかってしまった」と伝わりました。
私は男から目を離せませんでした。
彼がこれから何をするか、興味を抱いたのです。
男は頭を下げたまま、ゆっくりとこちらを振り返りました。
顔の見える角度ではありませんが、明らかに視線を感じます。
男が上体を起こす瞬間、目の前に電車が到着し、私の視界を遮りました。
私は押し込まれるようにして車内に乗り込みます。
電車はすぐに発進し、男の姿は見えなくなりました。
私は自分の鼓動が速まっていることに気付きました。
まるで全力疾走の直後のようです。
昨晩聞いた都市伝説に酷似した人間を発見し、純粋に感心していたのです。
ホラー好きの身からすると嬉しい偶然でした。
後で日奈子に報告しないといけません。
この時の私は、満員電車で潰されながらも喜びを感じていました。