第1話
その日、私は友人の日奈子と居酒屋で飲んでいました。
日頃の愚痴を吐き出した終えた辺りで、日奈子が奇妙な話を振ってきました。
「美琴ってさ。"お辞儀さん"って知ってる?」
「誰それ」
「妖怪とか幽霊みたいな都市伝説でさ。ずっとお辞儀を繰り返してるんだって。顔を見たら呪われるらしいよ」
それを聞いた私は思わず笑ってしまいました。
残っていた梅酒を一気飲みした後、率直な感想を返しました。
「お辞儀さんってネーミングがダサいね。そんな話、誰から聞いたの?」
「コンカフェの常連客。なんか一部の界隈で噂らしいけど」
「どうせ怖がらせるための嘘でしょ」
「美琴、めっちゃ冷めてるじゃん。ホラー好きじゃなかったっけ」
「私はちゃんとした怪談が好きなの。チープな創作ホラーはお断りだよ」
「手厳しいねえ」
日奈子はニヤニヤしてビールを飲んでいます。
お辞儀さんという都市伝説に対し、私と同じような印象を抱いているのでしょう。
特に反論せず、むしろ同調するように頷いています。
私はつい調子に乗ってダメ出しを続けました。
「そもそもお辞儀ってコンセプトが全然怖くないよね。別にそれ自体に害があるわけでもないし。呪われる条件もありきたりかなぁ」
「あっはっはっは! ズバズバ言うじゃん!」
「私の方が怖い怪談を作れるよ」
「おっ、気になる気になる! 一緒に作ろうよ!」
それから酒の進んだ私達は、好き勝手に怪談を作ったり、即興の都市伝説を互いに披露しました。
飲みすぎて大部分の記憶は飛んでしまいましたが、とにかく楽しかったことは憶えています。
結局、居酒屋を何軒かハシゴしてしまい、気が付けば夜中の一時になっていました。
店を出た私は、酔い潰れた日奈子を彼女の家に送り届けました。
タクシー代はまた次のタイミングで請求しようと思います。
それ以上の出費を避けるため、私は自宅まで歩いて帰ることにしました。
日奈子の家から大して離れていないので、酔っ払った状態でも三十分くらいで着くでしょう。
こういう展開はよくあり、道順はしっかり記憶しています。
静かな住宅街を進む途中、街灯の下で人影が動きました。
私は足を止めて注視しますが、何もいません。
(気のせい……?)
野良猫でもいたのでしょうか。
或いは泥酔したせいで、ゴミ袋を見間違えたのかもしれません。
首を傾げながらも、私は帰宅して寝ました。