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第9話『今週末にはライブだ! 頑張ろう! 私も、頑張る!』

立花君が大野君との試合中に倒れ、病院に運ばれた。


そのニュースは私の精神を乱れさせるには十分な威力を誇っていた。


実際にその動画も私は見ていたのだが、仕事や学校なんかも全部放り出して、勢いのまま昔の町に行ってしまう程に、私は動揺していた。


しかし、戻ってきたとしても出来る事なんて何もない。


私は誰も居ない立花家の前で、立ち尽くして、どうしようかと考えていた。


そんな時、遠くから車が近づいてくるのが見えて、私は道の端に寄ろうとしたのだが、その車が急に止まり、中から誰かが勢いよく飛び出してきて私にぶつかった。


「沙也加お姉ちゃん!」


「……もしかして、綾ちゃん?」


「そう。そうだよ! 私だよ!」


「そっか。大きくなったね」


私は飛びついてきた綾ちゃんを何とか抱き留めて、ぎこちなく笑う。


綾ちゃんもどこか悲しそうに笑っていた。


「沙也加お姉ちゃんっ、お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!」


「うん。ニュース。見たよ。辛かったね」


綾ちゃんは私に抱き着きながら、泣き叫んだ。


辛かっただろうに。今まで堪えていたのだろうか。


私は悲痛な叫びをあげる綾ちゃんを強く抱きしめながら、車の中から出てきた男の人に頭を下げた。


「貴女は……」


「あ、私、中学一年までこの辺りに住んでいたんですが、その時、綾さんやお兄さんと知り合いまして、それで」


「あぁ、光佑のニュースを見て来てくれたんですね。ありがとうございます」


「いえ。私にとっても、二人は大切な人ですから」


「そうですか。そう言っていただけると光佑も喜ぶと思います」


「あの、こんな事を聞くのは失礼かもしれませんが、お兄さん、えっと、光佑さんは」


「難しい状態です。今日明日どうにかなるという事は無い様ですが。いつ目覚めるのか。治るのかどうかも分からない。奇跡を願っている様な状態ですよ」


「そう、ですか」


綾ちゃんを抱きしめながら、私は唇を噛み締めて胸の奥に生まれた痛みを堪える。


そしてそのまま綾ちゃんが私に抱き着いたままであるため、家の中にと案内された。


少しずつ綾ちゃんも落ち着いてきたのか、涙は収まっているが、私からは離れたくない様だった。


しかし、泣き疲れたという事もあるのか、私の服を掴んで寄りかかったまま眠ってしまった。


私は上着を脱いで、綾ちゃんを横に寝かせると、立花君のお父さんと話を始るのだった。


「しかし、タイミングが良かったですね。このまま待ちぼうけさせてしまう所でした」


立花君のお父さんにお茶を入れてもらい、それを飲みながら私は首を横に振る。


「いえ。約束もなく、急に来ましたから。あまり気にしないでください」


「いえ。加藤さんのお陰で、綾がこうしてようやく泣けましたから。助かりました」


「綾さんは、泣けなかったのですね」


「そうですね。妻や、陽菜ちゃん。あぁ、もう一人の妹が泣いてしまったのも原因かもしれませんが、綾は悲しみを飲み込んでしまった様です。昔から綾はしっかり者と呼ばれるのが好きで、そう呼ばれる為に色々な事を我慢しようとする子供でしたから」


「そうですか。なら、少しは役に立てて良かったです」


立花君のお父さんは、終始穏やかな笑顔を浮かべていたが、その表情にはどこか疲れが浮かんでいて、現状に苦しんでいるという事がよく分かった。


当たり前か。


立花君は多くの人の希望だったのだろう。


私だってそうだ。


今は歩く先も見えない。真っ暗闇の中に落ちたみたいだ。


誰かに足元を照らして欲しい。


進む先を教えて欲しい。


道標が欲しい。


そう、願ってしまう。


でもそれは私だけじゃないんだ。


立花君の姿に希望を見た人がみんな同じ想いを抱えている。


なら、私は。私には何が出来るのだろうか。


この暗闇の中で、私には何が……。


「ん、に? 私、寝てた?」


「綾。寝てても良いんだよ」


「ううん。起きる」


眠そうに目をこすりながらも起きた綾ちゃんは私を真っすぐに見て、言った。


「あのね。沙也加お姉ちゃん。お兄ちゃんは大丈夫」


「え?」


「まだ時間は掛かるけど、大丈夫だよ。って天使様が言ってたの」


「天使、さま?」


「そう。怖い顔した人と一緒に居た真っ白な羽の天使様」


綾ちゃんはどこかまだ夢の中に居る様な心地で言葉を発していた。


私は何とか綾ちゃんの言葉に返事が出来ているが、頭はずっと混乱していた。


「だから戻って。貴女の夢に。貴女の夢はまだ消えていない。今は雲があって見えないかもしれないけど、貴女の夢は大きな未来を呼ぶから。だからどうか、その胸に宿った勇気で、希望をみんなに届けて」


おそらくその言葉は綾ちゃんの言葉では無かったと思う。


というのも変な感じだけど、でも綾ちゃんの体を通して、誰かが語り掛けている様な感じだったのは確かだ。


もしかしたら綾ちゃんの言っていた天使様かもしれないな。なんて事を思いながら私は貰ったお茶を一気に飲み干した。


まだ深夜という程遅い時間じゃない。


今から急げば間に合うはずだ。


戻る事が出来る。私の居るべき場所に。希望を見せるあの場所に!


「ドタバタとすみません。私、帰ります」


「分かりました。駅まで送りますね」


「いえ。綾ちゃんの傍に居てあげてください。今は誰か傍に居た方が良いと思います。それに! 黙っていたのですが、私、実はアイドルをやっていまして、こう見えて体力はあるんですよ!」


「そうですか。申し訳ございません」


「こんな事言うのもおかしいかもしれませんが、綾ちゃんの事、立花君の事。お願いします」


「えぇ。それは勿論」


「では!」


私は急ぎ、夜の町を走り出した。


まだ胸の奥の痛みは消えていない。


星だって視えちゃいない。


でも、それでも……。


綾ちゃんに、天使様に頼まれてしまったのだ。


希望を届けて欲しいと。


私の力なんて大した事は出来ないかもしれないけど。


それでも、私にしか出来ない事だってあるはずだ。


大きくはない。立花君ほど多くの人に希望を見せられないだろう。


でも、私だからこそ出来る事がある。私だけが照らせる世界がある。


その場所へ、行く。




そして、私は何とかまだ動いている電車に乗り、都内へと向かう。


そのまま普段練習しているビルまで向かうと、まだ残っていたスターレインの仲間たちに頭を下げた。


「みんなごめん!!」


「うぉっ、沙也加じゃん。え? なに? どゆこと? なんで入ってきていきなり謝ってんの?」


「さぁ」


「誰も分からないって事は、これが分かれば私もリーダーに勝てる?」


「そうはならんじゃろ」


「分かんないでしょー!?」


「私は、分かるよぉ」


「流石沙也加研究家の第一人者である古宮ひかり氏。してその理由は」


「分かるよぉ」


「あ、これ何も分かってない奴だ。分かってるマウント取りたいだけだ」


「分かってるけどぉ、教えてあげないだけだよぉ」


「やかましいなこの女」


「由香里ちゃんには言われたくないんだけど」


「急にアイドルモード止めんな。ビックリして心臓が口から出ちゃうでしょうが」


「いーよ。出して、ほら、早く、はーやーく」


「うーぜー! ほら、沙也加が何か言いたそうにしてるから黙れって」


「……」


「ひかり?」


「あのさ。沙也加ちゃんが何か言いたそうにしてるんだから、少しは黙ったら? 由香里ちゃんって本当に空気読めないよね」


「こんの、クソ女……!」


何かドタバタとしているみんなを見て、私は思わずおかしくて笑ってしまった。


でも大声で笑っていたら、何故か涙まで溢れて来て、私は大粒の涙を流しながら、蹲ってしまった。


そんな私にみんなが近づいてきて、温かい言葉をくれる。


「無理するなよ沙也加」


「そうそう。リーダーはたまに休んだ方が良い。何なら私にリーダーを譲って無期限で休んでも良いんだよ?」


「どさくさに紛れて怖い提案するな美月」


「でも、沙也加は頑張りすぎだよ。たまにはさ。良いじゃん休んでも」


「そうだよ。あの人のニュース見て、辛かったんでしょ? 我慢しないで、泣いて? 私の体ならいつでもあげるからさ」


「重い重い」


「んもー。今良い雰囲気だったのに、由香里はちょっと黙ってて!」


「どこからどう見ても良い雰囲気では無かったな」


ワイワイと私の周りで話すみんなはやっぱり最高の仲間だった。


私は、涙を振り払って立ち上がる。


「今週末にはライブだ! 頑張ろう! 私も、頑張る!」


そう言って気合を全身にみなぎらせる。


まだ辛い気持ちは消えていないけど、私にはやるべきことがある。


それの為に立ち上がるのだ。

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