第7話『じゃあひかりって呼ばせてもらうね』
それから一年くらいの時間が過ぎて、私はいよいよ中学校最後の年となった。
スターレインには新メンバーが増えるという事で、私はどんな人達に会えるかなと思い、現地に向かうと凄く意外な人がそこに立っているのだった。
「古宮ひかりですぅー。よろしくおねがいしますねぇー」
何だか緩い感じの喋り方をする子が入ってきたなと思っていたのだけれど、私は何か既視感の様なものを感じ、その事で悩んでいたらプロデューサーに答えを教えてもらうのだった。
「いや、ひかりはずっとお前の列に並んでただろう。ほら、あんまり話さない子」
「あぁ。って、えぇ!? あの子が古宮さん!?」
「そうだよ。いやぁー俺もビックリしたなぁ。実際はこんな感じの子だったんだなって」
「た、確かに」
私は驚きながらも、古宮さんの姿を上から下まで見て、確かにと頷いた。
纏う空気はちょっと違うけど、確かに私の所へ来てくれていた古宮さんだった。
「加藤沙也加です。よろしくお願いします」
「よろしくねぇー。沙也加ちゃん」
「うん。よろしく古宮さん」
「私の事はひかりで良いよぉー」
「そう? じゃあひかりって呼ばせてもらうね」
「うん」
私はひかりに手を差し出して、握手をする。
それは前に握手会で行った物と同じものではあったが、意味としてはまるで違うものだった。
これから同じアイドルの仲間としてやっていく。
今まではファンとアイドルという立場だったかもしれないが、これからは違うのだという証明だ。
だから私とひかりは互いに対等な立場として目を合わせて笑う。
そして、私と同じ様に由香里もひかりと握手しようと手を伸ばした。
しかし、ひかりはそれを振り払って拒否してしまった。
「ちょっ、何すんのアンタ」
「別にー。沙也加ちゃん以外と仲良くする気が無いだけですよぉ」
「ひかり。私達は同じスターレインの仲間なんだから、そういう態度は駄目だよ。これから一緒にやっていくんだからさ」
「まぁ、沙也加ちゃんがそう言うんなら仲良くしますねぇ。えっと、誰さんでしたっけ」
「朝岡由香里だよ。古宮ひかり、さん!?」
「そんなに大きな声出さないで下さいよぉ。えっと、何とかさん」
「人の名前も覚えられないの? アンタは」
「別に覚える必要ないかなって。貴女も人気が無くなったら居なくなっちゃうだろうし。覚えるだけ無駄じゃ無いですか?」
「沙也加以外興味がないアンタは知らないだろうけどね。私はスターレインで二番目に人気だから。参謀だから」
「ふぅーん」
「人気が全てって言うんなら、少なくともスターレインに入ったばかりのアンタより、私の方が立場は上なワケ。分かる?」
「まだ私、人気投票に参加して無いから貴女より下とも限らないですけど」
「ハッ。新参者がよく言うわ。前のグループじゃあ、パッとしない奴らばっかりだったかもしれないけどね。ここじゃ、トップクラスの人間ばかりなのよ。前みたいに簡単にいくと思わない事ね」
「ふぅーん。トップクラスねぇ。これで?」
由香里の言葉にひかりは目をスッと細めて、周囲を見渡した。
その視線には温度が宿っておらず、興味がない者を眺める様な物であり、何人かのメンバーはその目に怯えてしまう。
私は、突然始まってしまった二人の争いに茫然としてしまったが、これ以上の争いは何も生まないと、二人の間に入った。
由香里は仲間をバカにされたと感じたのだろう。怒りに体を震わせていたが、ひかりはどこ吹く風といった風であった。
「由香里。落ち着いて。ひかりも、挑発しないで」
「はぁーい」
「沙也加! 私は!」
「分かってる。分かってるから」
「……っ!」
とりあえず由香里を抑えてから、ひかりに振り返り、何処か冷めた目をしているひかりを真っすぐに見つめる。
「ひかり。私達は同じアイドルグループで活動している仲間だ。誰か一人が欠けても私達はスターレインじゃない。そして、それはひかりも同じなんだ。だから、仲間を傷つける様な事は言っちゃだめだよ」
諭すように。
私はひかりに気持ちが届いて欲しいと言葉を紡いだ。
そして、それは何とか形となってひかりに届いたのか、ひかりは息を吐くと、他所を見ながら口を開く。
「ごめんなさい。私、ようやく沙也加ちゃんと同じグループに入れると思ったら緊張しちゃって、変な事言っちゃいました。朝岡さんも、ごめんなさい」
「ううん。気にしてないよ。緊張するのは仕方ないよね。ほら。由香里も。こう言ってるんだから」
「あー。まぁ、そうだね。私も悪かったよ。ごめんひかり」
「名前で呼ばないで下さい」
「はぁ!? さっき沙也加には良いって言ってたでしょ!?」
「それは沙也加ちゃんだからですよ。朝岡さんが沙也加ちゃんと同じな訳無いじゃないですか」
「こんの、クソガキ……!」
「はいはい。喧嘩しない」
結局二人の仲は一度謝った程度では止まらず、喧嘩となってしまった。
その争いはひかりが加入してから行われた人気投票まで続き、そこで由香里が僅差だが勝利した事で表面上は収まる事になる。
しかし、結局その次の人気投票からはひかりが圧倒してしまった。
これには由香里もひかりを認めざるを得ない状況になり、二人の争いは少しずつ消えていくのだった。
色々と心配していたチーム内の不和だったが、何とか収まったと私は安堵していた。
でも、この時、私が人気投票という物に対してもっと深く考えていれば、あんな事にはならなかったのかもしれない。
そう。事件が起きたのはひかりが入ってきてから、六カ月ほど経った頃の人気投票が終わった後の事だ。
ひかりが二位という結果を出した人気投票だ。
しかし、その結果を見て、酷く落ち込み、悩んでいる様子だった桃花さんに相談されたのだ。
今までも何度か悩みは聞いていたけれど、そんなものではない。
どうしようもないという様な雰囲気に見えた。
「桃花さん。どうしたの? 何か困っている事があるなら、聞かせて」
「あのね。私、私っ、アイドルを、辞めようと思うの」
「……え?」
「私、これ以上、みんなの邪魔をしたくないの。苦しめたくないの」
「邪魔だなんて」
「ううん。邪魔してるんだよ。私が居るせいでスターレインの価値は下がっちゃう。私が居るせいで無理をする子だっている。そんなの、私が許せないんだよ。分かって。沙也加ちゃん」
「ももか、さん」
「私ね。楽しかったよ。今日までずっと。沙也加ちゃんたちとアイドル出来て、凄く楽しかったの。だから私は笑って、お別れ出来るんだ」
「桃花さん!」
「お願い沙也加ちゃん。大事な物を見落とさないで。貴女にとって大切なことを。夢を。思い出して。貴女はなんでアイドルになりたかったの?」
「私は、みんなの、希望になりたかった」
「うん。そうだよね。そんな貴女と一緒に居て、私は大きな希望を貰ったわ。だから次は今暗闇で苦しんでいる子に、希望を照らしてあげて」
「……わかった、よ。ごめん、桃花さん。いや、違うね。今までありがとう。桃花さん。桃花さんと一緒に過ごした日々は、忘れないよ」
「私も。忘れないよ。沙也加ちゃん」
私は縋りつかれて、泣きつかれて、何も言えずに桃花さんを抱きしめる事しか出来なかった。
何も言えない。言えばきっと我儘になる。桃花さんをもっと傷つける事になる。
それが分かっていたから、私は何も言えなかった。言わなかった。
唇を噛み締めて、涙を堪えながら、桃花さんを強く抱きしめる。
色々なことがあった。思い出せば湯水の様に止まらない。泣いて笑って、喜んで、悲しんで、それでも最後はみんなで笑い合って。
ずっとそうやってやってきた。
これからもずっとそうやっていくんだと思っていた。
でも、そうじゃないのだ。
終わりは、来る。
「ねぇ、沙也加ちゃん。オーディションの時の事、覚えてる?」
「うん」
「私ね、本当は……多分あそこで終わってたんだよ。プロデューサーさんは何も言わないけど。私の名前が最初に呼ばれた時、きっとそういう事なんだろうなって思ったの。でも、沙也加ちゃんが私の手を掴んで引っ張り上げてくれたんだよ。こんなにも眩しい場所に連れて来てくれた。私、ずっと忘れない。何があっても、忘れないよ」
「わたし、だって、忘れない。忘れません。桃花さんの事。桃花さんと過ごした時の事。ずっと忘れません」
「ありがとう。沙也加ちゃん。私、応援してるから。沙也加ちゃんの夢が叶う様にって」
「うんっ……、うんっ」
私はいよいよ涙を止める事も出来なくて、桃花さんに抱き着いて泣いてしまった。
我儘だけは絶対に言わない様に心に秘めて。
でも、その分泣き続けた。
それが良かったのか。悪かったのか。それは分からない。
でも、竹部桃花さんは、私たちの所から去った。
アイドルを引退するという形で。