第6話『大丈夫のおまじない掛けてあげるね』
私たちのアイドルグループが活動し始めて、二年の月日が流れた。
色々な場所へ行って、話をしたり、歌を歌ったり、ライブをしたり。
会場は最初こそ小さい所だったけれど、人気に火が付いて、一気に私たちは有名になっていった。
その過程で色々と問題はあったけれど、一番の問題はやっぱり私の両親だ。
アイドルに合格したという事を告げるとお父さんが猛反対してきたのだ。
「駄目だ。アイドルなんて私は絶対に許さない。父さんも父さんだ。こっちに黙ってこんな事を進めて、勝手にもほどがある」
「アナタ。そうやって頭ごなしに否定するのはどうかと思うけど?」
「君がいつも言っている事だろう。沙也加に合わない事をやって社会から弾き出されたらどうするつもりかと。今回の件はまさにそういう話じゃないか。アイドルをしていると好意的に見られる? 無論若い者はそうだろうな。だが、年寄りはそう上手くはいかん。いずれ働きに出た時に余計なやっかみを受けるかもしれないし。嫌な目に遭うかもしれない。違うか?」
「そんな事を言い出したら、何も出来ないじゃない。今までアナタだって言ってたでしょ。何かやりたい事があるのなら、それをするべきだって。沙也加はアイドルをやりたいって言ってるのよ」
「だが子供が間違った道に進もうとしている時に、止めるのは親の役目だろう」
「なら、全部を止めるんじゃなくて、個々に気を付けさせれば良いでしょ? 沙也加。アイドルをやりたいなんて我儘を言っているんだから、約束を守る事は出来るわよね?」
「うん」
「ほら、こう言ってるんだから。ただ頭ごなしに否定するんじゃなくて、気を付けなきゃいけない事を注意するべきじゃない?」
「……沙也加」
「はい」
「お父さんの言う事をちゃんと守れるか?」
「うん。ちゃんと守る」
「なら、分かった。許可しよう。ただ、少しでも、一つでも守れない事があったら、即引退だ。良いね?」
「うん。分かった」
それからお父さんとお母さんと私で気を付ける事を話し合って、それを約束とした。
そして本格的に活動をするなら引っ越した方が良いだろうという事で、中学も途中ではあるけれど、引っ越しをする事となった。
大都会の真ん中へ。
事務所のプロデューサーさんとお父さんが話し合って場所は決めたみたいだった。
私はただ両親に感謝しながら、より一層アイドルとしての活動を頑張っていくのだった。
そんな頑張りが報われたのか。私たちはあれよあれよという間に有名になってゆき、気が付けばテレビにも出られるようになっていた。
まだそこまで大人気という訳でも無いけれど、アイドルの卵としての紹介の様な形だった。
そしてファンもテレビに出た事により大きく増えて行って、私たちは活動の場所をどんどん大きくしてゆくのだった。
「今日は握手会だってさ。キッツい」
「何とは言わないが、せめて風呂には入ってきて欲しい」
「あぁ、アレね。アレはキツイわ。匂いもだけど、汗とかでぬるぬるしてるし。いっそ冷蔵庫とかで握手会した方が良いんじゃないの?」
「それは言えてる」
「いやいや。君たち甘い。まだまだ甘いよ」
「お。なんだなんだ。由香里の所の厄介オタクの話か?」
「そう! 『由香里! 君がここまで注目されるようになったのは僕の応援があったからだって事を忘れないで欲しいな! 勿論忘れてないだろうけど! そろそろ僕にも何かくれても良いと思うんだけどな!』だぞ? なんで言えば良いんだよ!」
「いや、誰だよお前。とか」
「養豚場に戻れ豚。とか」
「炎上するわ! んもー。役に立たない。沙也加―。沙也加ならどうする?」
椅子に座っててみんなの話を聞きつつ準備していた私は、不意に背中からもたれ掛かってきた由香里さんに振り返りながら、自分ならどうするかと考えた答えを言った。
「私なら、応援ありがとうございます。個人の方にお礼する事は出来ない決まりになっていて。ごめんなさい。だからせめて握手だけ、しっかりとさせて下さい。と言いますね」
「じゃあ、キスさせろよーオラ―」
「き、キスですか。でも、そういうのは恥ずかしくて、こういった場所だと、そのごめんなさい」
「じゃ、じゃあ。デートに行こうぜ。それなら良いだろ?」
「お父さんとアイドルをやるときの約束で、誰かと交際するのは駄目だって言われてるんです。だから交際するならアイドルを止めてからですね」
「俺が養ってやるから、アイドルを辞めよう!」
「お断りします。私はこうしてアイドルをして、誰かの希望になりたくて活動をしています。それは他の何よりも優先したい事ですから」
「うごごご。うばー! 爆散!!」
「流石沙也加。マジで強いな」
「しかし悲しいかな。沙也加の列は豚より女の子ばかり並んでいるという」
「そりゃそうでしょ。私だってこの中なら沙也加に並ぶわ」
私は何だか持ち上げられている状況に恥ずかしくなりながら、また準備に戻った。
そして、握手会でいつもの様に来てくれるファンの人に笑いながら挨拶をするのだった。
「ぎゃあぁあー。沙也加ちゃん! 今日も来たよ!!」
「ありがとうございます!」
興奮するお姉さんの手を握りながら、笑う。
「ねぇ! いつものやって! いつもの!」
「はい! 『今日も来たの? 本当に僕の事好きなんだね。オネーサン』」
「うぉぉおおおお!! 神!! ありざしたァ!!」
何だか面白い人だなぁと思いながら、次の人、次の人と話をしてゆく。
そして、流れていく人の中で、私は特に印象深く覚えている子に会った。
「こんにちは」
彼女は声を発さない。
喋らない訳じゃないんだろうけど、多分話したくないのだろう。
だからこの子が来ると、私はいつも自分から話すようにしていた。
「今日も来てくれてありがとう」
私は彼女がおずおずと差し出した手を握りながら、笑う。
そして、いつもの様にこのまま手を握って終わりかなと思っていたのだけれど、今日は彼女の声を聞くことが出来た。
「……あの」
「うん」
「わたしっ、わたしでも、沙也加ちゃんみたいに、なれるでしょうか」
その縋る様な目が、助けを求める様な声が、私には深く突き刺さった。
そして、私は緊張に心臓が強く高鳴るのを感じながらも、ようやく望んでいた時が来たのだと言葉を慎重に選ぶ。
「なれるよ。だって、貴女は今勇気をもって一歩踏み出したんだから。大丈夫。貴女なら何でも出来るよ」
中学生の子供が何を言ってるんだって感じかもしれないけど、良いんだ。
大事な事は希望を持つ事、勇気を持つ事、一歩踏み出す事。
無責任だって良い。一生懸命やった事はどんな結果になっても無駄にはならないって私は知ってるから。
「大丈夫のおまじない掛けてあげるね」
私は女の子の手を取って、そのまま額に当てて、頑張れと声を掛けた。
そして顔を真っ赤にしながら泣きそうな顔をしているその子に、応援してるねとだけ告げると、別れを告げた。
少し伸ばしてしまったが、時間が来てしまったのだ。
何だか申し訳ないけど、一人にばかり時間を使ってはいけないのだとアイドルになってから私は知った。
だから、少ない時間で全力で当たるしかない。
「あ、あの! 私、明日大きな取引があるんです! なので、さっきやってた頑張れの奴下さい!」
「は、はい」
見られてた事に恥ずかしさを覚えながらも、次の人にも同じ事をやった。
何故かそれ以降流行ってしまい、みんながそれを求めて、時間が掛かりすぎてしまうという問題が生まれてしまった。
以降、私には応援禁止令が発令される事になるのだった。