第5話『だから、私が不合格、なんですよね?』
気合は十分。
私はその場に居た、六人の自己紹介を全て聞き、覚え、そして会話を始めた。
アイドルらしく。
笑顔で、相手が嬉しくなる様な話を考えて、話す。
でもわざとらしくならない様に。立花君の様に。練習した通りに口にする。
それはそれなりの成果を出せている様で、緊張している様に見えた人とも上手く話が出来ている様だった。
そして私はその場に居た全員と親交を深めながら、皆さんがそれぞれに魅力的な人だという事がよく分かったのだ。
お姉さんたちとこれからもアイドルとして活動出来たらどれだけ楽しいだろうと思う。
どれほど心強いだろうと思う。
何ならこの中で一番アイドルとして足りない物が多いのは自分の様にも思える。
いや、実際にそれは真実なんだろうと思う。
もしかしたら、このオーディションはそれを私に教える為の物であったのかもしれない。
だから、私だけ目立たせて、分かりやすくそれを示したという事か。
そっか。
少し残念だな。
でも、足りない物がいっぱいあるって知れたのは良い事だと思う。
今回は駄目だったけど、もっともっと出来る事を増やして、今出来る事ももっと練習して、次回こそアイドルとして頑張ろう。
そんな風に考えていると、部屋の扉が開いて、前にも会った事があるプロデューサーさんが入ってきた。
「やぁ。お待たせ。話は弾んだかな?」
私はコクリと小さく頷いた。
そしてそれは私だけじゃなく、周りのお姉さんたちも同じだったらしい。
「さて、じつは別室で全て聞いていてね。既に朝岡さんにネタバラシはされてるんだけど、一応このまま続けようか。彼女の推理通りデビューする一人は決まっている。そして探しているのは彼女と共に並び立てる人材だ。何せ、彼女はここにいる全員がお分かりの通り、相当な逸材だ。並大抵の覚悟じゃ立てないだろう。その辺りは分かってるね?」
プロデューサーさんの言葉に周りの人がみんな頷いていたけれど、私はイマイチ分かっていなかった。
そもそもその彼女というのが謎だ。
誰か突出して凄かったかと聞かれると、みんなそれぞれ違う良い所があった様に思う。
誰だ……?
いや、それも分からないから、私は失格なのか。
「さて、本当はこちらから発表だと言いたいところだけどね。悲しいかな我々はそこまで大きな事務所じゃない。だからフォローが出来るのも限界があるだろう。そこで、加藤さんに最低限の足切りはして貰おうか。この人はまだアイドルとしては難しいだろうという人を教えてもらえるかな。まぁ一人でなくても良いのだけれど」
私はプロデューサーさんの言葉にスッと右手を挙げた。
無論、この場で最も相応しくない人間だからなのだけれど、プロデューサーさんも他の人もきょとんとした顔をしていた。
「あー。いや。はい。加藤さん。えっと答えてくれるかな。名前を教えて欲しいんだ」
「はい。加藤沙也加です」
「いや、君の名前ではなくね?」
「……?」
私は首を傾げ、プロデューサーさんも首を傾げる。
周りのお姉さんたちもみんな首を傾げていて、なんだか不思議な場が誕生してしまった。
そこで、私はふと意味が通じていないのではないかという事に気づいて、もう一度しっかりとプロデューサーさんに伝える。
「あ、ごめんなさい。よく分からなかったですよね。アイドルとして一番駄目そうなのは私です。はい」
「……え? どういう事? 君は既に合格してるって、ほら朝岡さんも言っていただろう?」
「それは、この場に紛れ込ませた嘘だってこと。私、ちゃんと気づいてます」
「ん? どういう事?」
「お姉さん達への試験として、私を合格者とする事で、こんな子供相手でも上手く出来るか確認してたんですよね? そして私に対しては、アイドルとして正しい振る舞いが出来るか確認していた。そして、その結果は自分がよく分かってます。足りない所がいっぱいありました。そして、私はこの中で一番何も持っていません。輝きが無い。だから、私が不合格、なんですよね?」
私は途中から口にしている事実が悲しくて、涙が出てきてしまったが、それを何とか振り切って、最後まで言葉にした。
それが私の為に時間を取ってくれたプロデューサーさん達への礼儀であり、この場で私にそれを教えてくれたお姉さん達への礼儀であると考えたからだ。
私は最後にありがとうございました。と頭を下げて出ていこうとしたのだけれど、朝岡さんに手を掴まれてしまった。
「ちょいちょい待って待って!」
「はい?」
「いや、なんかいい感じの話にしようとしてるけど、多分全部加藤さんの勘違いだからね? ね? そうですよね? プロデューサーさん?」
「あ、あぁ! その通りだ」
「でも、この場で誰か不合格なんですよね? そしたら一番駄目なのは、私じゃないでしょうか?」
「そんな事はない。加藤さん。君には確かな輝きがある。それはまだ小さいかもしれないが、やがて大きな、輝きになるのは確かだ! 私が保証する!」
「でも、誰か不合格なんですよね? なら、私には選べないです」
「うっ、そうか……。なら、私が選ぼう」
私はそう告げたプロデューサーさんの言葉にキュッと目を閉じた。
言葉の続きを聞くのが、怖かったからだ。
プロデューサーさんの言葉で誰かの夢が壊れてしまう。
その痛みはついさっき味わったばかりだから……。
「竹部」
「え? 竹部さんはとっても笑顔が素敵な人なのに。それに、話をしていると、安心できるんです。お話はゆっくりで聞きやすくて、ずっと話をしていたいと思える人なのに」
「……竹部。まぁ、君は合格だ」
「あ、はい」
私は思わず口を挟んでしまったが、どうやら合格者を告げる為の物らしい。
一安心して、次のプロデューサーさんの言葉を緊張しながら待った。
プロデューサーさんもどこか微妙な顔をしていたが、手元の書類を見ながら、次の人の名前を呼ぶ。
こ、怖い……。
「前山」
「はい」
「お前は……」
私は祈る様に両手を握りながら、小さく合格合格と呟いていた。
そしてその祈りが通じたのか、プロデューサーさんは溜息を吐きながら合格と告げた。
とりあえず一安心である。
やっぱり先に合格者を告げていく方針なのだろうか。
「プロデューサーさん。意見良いかな」
「聞こうか」
「この行為に意味を感じないんだけど。私だけ?」
「実のところは私もそうなんじゃないかと思っていた所だ。似合わない事はするもんじゃないな。加藤沙也加!!」
「ひゃ、ひゃい!」
「君に聞こう。ここに居る全員を率いて、一流のアイドルになる覚悟はあるか!?」
「……一流のアイドル」
私はその言葉を呟きながら、あの日立花君と見た星空を思い出す。
星空を見上げれば、どこにでも居て、みんなの希望になれる人。
それはきっと一番星の様に輝いていないといけないはずだ。
なら私の答えは一つしかない。
「はい。私は星空に輝く一等星になりたくて、ここに来ました。でも私一人では足りない事ばかりです。だからむしろ私からお願いしたいです。私と一緒にアイドルやって下さい! って!」
「分かった。そういう事だ。諸君。この決定に異議のある者は言ってくれ」
プロデューサーさんの言葉に最初は誰もが黙っていたが、朝岡さんが口を開いた事で、次々と皆さんが返事をくれた。
「沙也加ちゃん。なんか思ってたのとは違うけど、これからよろしくね?」
「沙也加さん。私もお願いします。一緒に頑張りましょう!」
「か、加藤さんの期待に応えられる様に、頑張ります!」
「ありがとう。この恩は絶対に忘れないよ」
「実はそこまで乗り気じゃなかったんだけど。君を見てたら面白そうだって思えたよ。これからよろしく」
「これからお願いね。リーダー」
「お。リーダーか。良いねぇ。沙也加ちゃんは今日からリーダーだ」
「え!? そ、そんな、恐れ多いです! そうだ。朝岡さんはどうでしょうか。頭も良いですし。話も上手いですし!」
「えー。はんたーい」
「申し訳ないけど、朝岡さんがリーダーならこの話は降りるわ」
「朝岡は無理だな。面白そうじゃないし」
「アンタら言いたい放題言ってくれるね。言っとくけど、参謀は私だから」
「それはこれから決める話でしょ」
「少なくとも朝岡は反対だなぁ」
「なんでやねん!!」
嬉しそうに、楽しそうに。私たちは手を叩きあい、笑い合いながらアイドルへの第一歩を踏み出した。
これからどんな日々が待っているのか分からない。
けれど、私はこの短い時間だけでも触れ合えた人たちに感謝しながら、これからの日々を夢見るのだった。