第4話『お姉さんもとても可愛いですよ』
あの日。あの夜。立花君と二人きりで過ごした日から一年が経ち、私は小学校の最終学年となった。
新入生として綾ちゃんが入学してきた事もあり、校内では何度か話もしていた。
しかし、タイミングが悪いのか。避けられているのか陽菜ちゃんという子には結局まだ会えていない。
会ったところで何を話せば良いのか分からないので、無理をして会おうという気持ちは特にない。
そんなこんなで、日々を過ごしていた私だったが、今年の夏は去年までとは違い、一つの大きな計画を立てていた。
都会に住んでいるお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家に遊びに行くという体で、私はとあるオーディションに応募していたのだ。
偶然テレビで見かけたそれは、あの時に立花君から感じた物とよく似ていて、私の憧れを体現した姿だった。
『アイドル』
可愛い服を着て、お客さんに夢を与える仕事。
これだと思った。
立花君の様に、道に迷った人に光を照らす仕事がしたい。
そして、可愛い物に触れながら仕事がしたい。
今はまだこれだけだ。
お父さんやお母さんに黙って都会に行って、オーディションに参加する様な不良みたいな事をする理由としては微妙だと思う。
でも、テレビで見て、思ってしまったのだ。憧れてしまったのだ。
自分があの時の立花君の様に、誰かに手を差し伸べている姿を想像してしまったのだ。
だから、貰った勇気の炎を胸に応募したのだが、どうやらお祖父ちゃんの所に合格を告げる電話がかかってきたというのだ。
そして、すぐにでも会いたいという話を聞いたらしいのだけれど、私は生憎と遠い場所にいる。
その事をお祖父ちゃんも伝えたのだが、ならこちらに来るという事で、私はお祖父ちゃんと一緒に来るというプロデューサーという人と会う事になった。
そして、体育館を借りて、歌とか何となく見よう見まねで覚えた踊りなんかを披露する事になった。
一応終始プロデューサーさんは頷いていたけれど、大丈夫だろうか?
わざわざこんな遠くまで来てもらって、期待外れだったら申し訳ない。
なんて考えていたのだけれど、プロデューサーさんは、是非とも面接に来て欲しいと、鞄から封筒を取り出して渡してくれた。
そこには合格通知が入っていて、私はお祖父ちゃんと手を取り合いながら笑ってはしゃぐのだった。
そして、ちょうど夏休みに面接が行われるという事で、青いオーディションの参加用紙を貰い、私は当日に向けてまたアリバイ工作をする事になった。
お祖父ちゃんと話し合って、夏休みの間にお祖父ちゃんたちの家に行くようにお父さんやお母さんに話をして、都内行きの準備を進める。
このオーディションに受かったらきっとアイドルになれるんだ。という希望を胸に、私はその日をワクワクした気持ちで待った。
そして夏休みに入り、少し早めにお祖父ちゃんたちの家に向かって、現地で二人とアイドルの話なんかをした。
当日はお祖父ちゃんが車で送ってくれて、開始時間よりも大分余裕がある時間に到着したのである。
気合を入れて、ビルの中を歩いていた私は、手元の紙を確認しながら、待合室はここだと一つの部屋に入った。
気持ちは十分。頑張るぞ。と気合を入れて一歩中へ。
しかし、やはりと言うべきか、オーディション会場には凄く可愛い子がいっぱいいた。
私はその中に入っていく事にやや緊張しながらも、何とか一歩を踏み出してゆく。
「……っ」
呼ばれるまで待合室で待機と言われたが、何故かやたら視線が刺さっていた。
何だろう。
気合を入れて、特にお母さんや友達から好評だった服を着てきたんだけど、変なのかな。
なんて考えていたら、近くにいた女の子に話しかけられた。
「あ、あのー。部屋。間違えてませんか?」
「え!?」
なんてことだ!
まさか部屋を間違えていたなんて!!
私は確かに入る部屋は確認した筈と思いつつも、謝罪しながら椅子から立ち上がり、外へ出ていこうとした。
「し、失礼しました」
「行く場所分からなかったら案内しますよ。私、ここには前も来た事あるんで詳しいんですよ」
「あ、ありがとうございます。えっと、このアイドル募集のオーディションに来たんですけど」
私はそう言いながら大事に持っていた紙をその親切な子に見せた。
その瞬間、その子は動きを止め、壊れかけのロボットの様な動きで私の顔とオーディションの案内状を交互に見る。
「……え?」
「えっと?」
「もしかして、女の子?」
「あ、はい。そうです。加藤沙也加って言います」
「マジ?」
「は、はい。そうですけど」
「えー!!? やばっ、マジで!? マジで女の子なの!? はぁー!? その辺の男アイドルなんかより、よっぽど格好いいじゃん!! やばっ、そっちでも売れそう!!」
「あ、アハハ。ありがとうございます」
褒められているのか。褒められているんだろうな。
何とも心中複雑だけど。
「はぁー。そうなんだ。でもよく見たら、確かに女の子だわ。まつ毛長ーい。肌もすべすべだし。び、美人が過ぎる」
「ど、どうもありがとうございます。でも、お姉さんもとても可愛いですよ」
「はっっっっっっっっ!? えっ、何? 死ぬけど?」
「お姉さーん!?」
親切に話しかけてくれたお姉さんはフッと意識を失う様に倒れそうになり、私はそれを必死に支える。
なんだ。何が起きてるんだ。どうなってるんだ。
誰か助けて!
「何ぎゃあぎゃあ騒いでんのよ。良いわね。余裕がある人は」
「そういうそちらは、余裕無さそうで大変だねー」
「なっ、このっ! バカにして!!」
「煽り耐性ひっく。そんなんで大丈夫? アイドルとか向いてないんじゃないの?」
「じゃあ貴女は向いているとでも言うの!?」
「当然じゃん。少なくとも、こんな所でガチガチになってるお嬢さんよりはアイドルに向いてると思うよ?」
「……っ!」
「はいはーい。サヨウナラ。またキテネ」
私の腕の中に居た人は人の悪そうな笑顔を浮かべつつ、私の手に僅かな負荷だけを与えて上半身を起こした。
そして、ニコニコとした笑顔のまま私に手を差し伸べる。
「そういえば自己紹介してなかったね。私は朝岡由香里。由香里ちゃんでも由香里様でも、由香里お姉ちゃんでも好きな名前で呼んでね?」
「分かりました。朝岡さん。私は加藤沙也加です。よろしくお願いします」
「あえー!? つれないなぁ。まぁ良いか。沙也加ちゃん。これから長い付き合いになるだろうからさ。よろしく頼むよ」
「ええっ、オーディションってそんなに長いんですか?」
「んな訳無いでしょ。どうせ私と沙也加ちゃんが合格するだろうから、これからアイドルとして一緒に頑張ろうね。って話」
「えっ、えぇー!?」
「何驚いてるの」
「いや、だって、合格するだろうからって、えぇー!?」
「驚きすぎでしょ。おもしろー。ふふっ、ウケるわ。でも、そうだね。世間知らずな沙也加ちゃんに一つ良い情報を教えてあげる。実はね。このオーディションは既に一人合格者が居るんだよ」
「そうなんですか」
「そうなんです。そして、それは君以外の全員が知っている事なんだよ」
「えっ」
私は驚いたまま部屋を見渡した。
どうやら朝岡さんの言葉通り、私以外の全員がその事を知っていたらしく、皆私と目が合うと無言で頷いてくれる。
それが嬉しくて、私もその可愛いお姉さんたちに会釈を繰り返した。
「おぉ、美人なのに可愛さも持ち合わせているとは、無敵か……まぁ、だからこそ。って感じかな。さて、沙也加ちゃん。既に合格者は分かっていると言ったね。何故か分かる?」
「何故って……。何故でしょう?」
「ちなみにこれが私のオーディション参加用紙。こっちが沙也加ちゃんの用紙」
「色が、違う」
並べられた二枚の紙は、私が蒼で、朝岡さんが白だった。
そして周りのお姉さんたちも朝岡さんに合わせて参加用紙を見せてくれた。
そこにはやはり白い用紙があった。
「これは……あれ、もしかして私だけ別の会場に来てしまったとか」
「いやいや、場所とか内容は同じだから。これはねぇ。とぉーっても悪い大人が考えた。いやーなオーディションなんだよ。絶対考えた人。性格悪いよねー」
「えっと?」
「既にオーディションは始まってるんだよ。ここに来た時からね。審査内容は、既にアイドルとしてデビューが決まっている君と上手く接する事が出来るか。かな」
ふふ。なんて笑いつつ私の手を軽く握る朝岡さんの笑顔に動揺しながら、周りを見ると、周りも同じように私をジッと見ているのだった。
その時の気持ちは、まるでライオンの檻に投げ込まれたウサギの様なものだ。
でも、私は逃げるという選択肢を持てず、ただ、お姉さんたちの相手をしなければいけないという事だった。
朝岡さんは既に私が合格してるって言ったけど、それは多分違うと思う。
私が合格しているという風に見せて、本当は別の合格者がいるのではないだろうか。
だって、分かりやすく色を変えるなんてする必要が無いのだから!
だから、きっと、私がここで慢心して気を抜けば容赦なく落とされる。そんな気がする!
違うかもしれないけど!
でも、でもでも! もしそうだとするなら、私は立ち向かわなきゃいけない。
困難な状況にだって、立花君はきっと向かっていくから。
私の憧れた光に、私はなると決めたのだから。