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第3話『流石はしっかり者の綾お姉ちゃんだ』

あの祭りの日から数日経ったが、私の胸はあの時の立花君を思い出すだけで激しく鳴り響く様になってしまった。


こうなると勉強にも集中できず、私はベッドに体を投げながら、枕に顔を埋める。


結局あの後はロクに会話も出来ず解散となってしまったが、立花君は最後まで笑顔だったし、特に悪い印象を与えたという事は無いと思う。


そんな思い出に悶えながら、私は机の引き出しにしまっておいたネックレスを取り出して鏡の前に向かう。


そして苦戦しながらも何とかそれを付けると、鏡の前で笑うのだった。


似合っているか? と聞かれると微妙だ。


だって、これは格好良くない。


でも……。


『ほら。よく似合ってるよ』


立花君の声が甘く囁くように頭の中で蘇った。


それだけで頬は赤くなり、私の格好いいは崩れてしまう。


これは良くない。こんな所をお母さんに見つかったら大変だ。きっとこの蝶々は取り上げられてしまう。


それは、嫌だ。


なら、このネックレスを守る為には、これを付けたまま格好いいにならなければいけない。


でも今はまだ難しいのだった。




そんなこんなで私はあのネックレスを机の奥に封印し、いつもと変わらない夏休みを過ごしていた。


しかし、暇をしているのなら手伝ってこいと、母の知り合いが企画したキャンプツアーに参加する事になってしまった。


どうやら中心になるのは小学校低学年の子やまだ小学校に通っていないような小さな子らしく、私の様な高学年の子は手伝いとして参加する様だった。


まぁ、子供は好きだし。特に文句もなく参加することになったのである。


「本日はよろしくお願いします」


「あら。礼儀正しいわね。って、もしかして加藤さん家の沙也加ちゃん? 見ない間にすっごく格好よくなったわね!」


「アハハ。ありがとうございます」


「今年はついてるわー! まさか二人もこんな格好いい子が参加するなんて」


「二人?」


近所にそんな話に出るような格好いい子が居たかなと思い、そう声を掛けたのだが、その答えはすぐに出ていた。


背後から勢いよく抱き着かれたからだ。


「沙也加お姉ちゃん!!」


「わっ、あ、綾ちゃん?」


「こら。綾! 急に走り出して、危ないだろう!」


「ごめんなさーい。でも沙也加お姉ちゃんが居たから」


「あ、加藤さん。申し訳ない。綾がまた迷惑を掛けちゃって」


「いやいや。全然気にしてないよ」


私は立花君を見て動揺する気持ちを何とか抑えながら、和やかに立花君と話をする。


まさか、まさかだ。


こんな所でまた立花君と再会する事になるとは思わなかった。


「ねぇねぇ。沙也加お姉ちゃん。バス一緒に座ろう?」


「私は良いけど」


「あー。加藤さんが良ければお願いしても良いかな。僕は他の子の相手をしないと」


「うん。私は、大丈夫」


「助かるよ。じゃあ綾。沙也加お姉ちゃんの言う事をよく聞いて、危ない事はしないこと。それと、バスで気持ち悪くなったら、すぐにお兄ちゃんを呼ぶこと。それから」


「もう! わかってるよー! 綾はしっかり者だから、大丈夫」


「そうか? 本当に大丈夫か?」


私は綾ちゃんにそっぽを向かれてオロオロしている立花君を見て、思わず笑いながらその不安を解消したくて明るい声を意識しながら出した。


「大丈夫だよ。立花君。私が居るから。あんまり心配しないで。ほら、綾ちゃんだって少しお兄ちゃん離れしたい時もあるよ」


「お兄ちゃん離れ……! そっか。確かに、そういう時もあるか。そうか……そうか」


「はい。お兄ちゃんはバイバイ!」


「あぁ。元気でやるんだよ? 綾。困ったらいつでもお兄ちゃんを呼ぶんだよ?」


「分かってるから。もうあっち行って!」


「うっ、分かった……じゃあ行ってくる。加藤さん。どうか綾をお願いします」


「分かりました。確かに預かります」


一歩、一歩と私たちから離れながらも、何度も振り返っては綾ちゃんの様子を伺っていた立花君に別れを告げて、私と綾ちゃんは一緒に隣同士でバスに乗り込んだ。


そしてバスに乗ってからは綾ちゃんの愚痴や家族の話を沢山聞くことになった。


いつかの祭りの時よりもずっと心を開いてくれている事に喜びを覚えながらも、いい加減にならず丁寧に綾ちゃんの言葉を聞いていくのだった。


「それでね? 陽菜ちゃんがずっとお兄ちゃん、お兄ちゃんって言ってるからお兄ちゃんもずっと綾たちの所にいるんだよ。綾はじりつしたいのに。お兄ちゃんも陽菜ちゃんもイヤって言うの」


「そっか。綾ちゃんは大人なんだね」


「そう! 綾はしっかり者だからね。大人なんだ!」


「偉い偉い」


「むふふー」


私は綾ちゃんの頭を撫でながら、姉妹でも結構違いが出るんだなぁとしみじみ感じていた。


その陽菜ちゃんなる子は、綾ちゃんよりもずっと兄である立花君の事が好きで、何かと立花君に甘えたがるらしい。


でも綾ちゃんはもっと自分で全部やりたいと感じているとの事だ。


私は一人っ子なので、よく分からない感覚ではあるが、こういう話を聞けるのは面白いと思う。


「そうだ! 沙也加お姉ちゃんはバトミントンやった事ある?」


「バトミントンか。ううん。やった事ないよ」


「そうなんだ! なら綾が教えてあげるね!」


「ありがとう。嬉しいな!」


「綾に任せて!」


そんな話をしている内にバスはキャンプ場へと到着し、私たちは一緒にバスを降りて広場へと向かった。


そこは一面が翠の草に覆われた見晴らしのいい場所であり、都会という程発展はしていないけれど、私たちが住んでいる町よりも空気が澄んでいるような気がした。


そして、バスで話していた通りに、綾ちゃんが用意したバトミントンを始めるべく準備をしていたのだが、どこからか綾ちゃんよりも少し小さい女の子が私たちの所へ着て、私の服をギュっと握る。


どこの子だろうと思いながらも、まぁキャンプに参加している子かと、少し離れている場所で慌ただしく準備をしている大人たちを見て思った。


忙しそうだし。綾ちゃんと一緒に面倒を見るかと私はその子の手を握り、笑う。


「お姉ちゃんと一緒に遊ぶ?」


コクリと小さな首を縦に振る女の子に微笑みながら綾ちゃんにも許可を貰うべく話しかけた。


「綾ちゃん。この子も一緒に遊んでも良いかな」


「えー」


「なんだー? しっかり者の綾お姉ちゃんは年下の子に優しく出来ないのかなー? そんなんじゃ立派な大人にはなれないなぁ」


「綾! お姉ちゃん! 大丈夫だよ! 綾、年下の子に優しく出来る!」


「そっか。流石はしっかり者の綾お姉ちゃんだ」


私は綾ちゃんのご機嫌を取りながら、三人でバトミントンを始めたのだが、それを見ていたのか大人たちの所に居た子たちもこちらへ向かってくる。


そして何故か、女の子はみんな私に抱き着きながら一緒に遊びたいと訴えてくるのだった。


どうやら年下に私は凄く好かれる様だ。


何とも嬉しい発見である。


「あぁ、ごめん。こっちにも流れてしまった」


「気にしないでよ。面白そうな事やってたからね。むしろちょうど良かったんじゃない?」


「そう言って貰えると助かるね」


立花君はそんな事を言いながら、子供の相手をするのが疲れたのか、私のすぐ横に座り込んだ。


そして私も子供たちが遊んでいるのを見ながらそのまま座る。


前はあれだけ緊張していたというのに、今は落ち着いた気持ちだった。


二人きりでは無いからだろうか。


なんて考えていると私と立花君の間に無理矢理入ってこようとしている女の子が居て、私はその子が苦しくない様にと立花君から離れたのだが、それは駄目だった様ですぐに引き戻される。


そして、その子を挟んで二人でピッタリとくっつく様になってしまった。


「これは……? 立花先輩。どういう事ですか?」


「いや、先輩じゃないから。なんだろうね。小さい子の考える事は難しいから」


「むふー」


満足げに私と立花君の手を握りその子は笑っていたのだが、バトミントンをやっていた子も私たちの姿に気づいたのか急いで私たちの所へと駆け寄ってくると、女の子をどかそうとしたり、立花君にくっついたり、私に抱き着いたりと大騒ぎになってしまった。


そんな中でも綾ちゃんはしれっと私の足の上に座っていたけれど、それも周りからは大不評な様で、騒ぎは大人たちが昼ご飯だと呼びに来るまで収まる事は無かったのである。




そしてお昼を食べ終わった後は、思い思いの場所でお昼寝をしたり、話をしたりして過ごし、夜も大騒ぎの中でご飯を食べた。


何だか凄く長い一日を過ごした様な気になって、私は疲れ切った体をテントの中で休ませるのだった。


しかし、眠れない。


体は疲れているのに、目を閉じても一向に眠気は襲ってこなかった。


外で眠るなんて初めての経験だから緊張しているのかななんて思いながら私は、隣で寝ている綾ちゃんを起こさないようにしつつテントの外へと出た。


夏だというのに涼しい夜風は、私の熱くなった心や体を冷やしてくれる。


そして誰もが寝静まったキャンプ場は静まり返っていて、私はこの世界で一人キリになった様な気持ちになった。


だからだろうか。


私は持ってきていた荷物の中から、例のネックレスを取り出すと、それを何とか付けて笑う。


誰かに見られたら恥ずかしいが、ここには私しか居ないから……。


「加藤さん?」


「ひゃあ!」


「ごめんごめん。急に話しかけちゃって」


「た、立花君か。驚かせないでよ」


「ごめんね。どうしたのかなって思ってさ」


「ちょっとね。なんとなく」


「そっか。ならさ。少し歩かない? 何か眠れなくて」


「良いよ」


私は立花君に誘われるままにキャンプ場を歩いてゆき、昼間に遊んだ広場へと向かった。


そして、立花君は持っていたタオルを草むらの上に敷き、その横に座ってから私を見て笑う。


「どうぞー」


「では失礼して」


そしてそのまま立花君に促されるままにタオルの上に寝ころんで、ソレを見上げた。


さっきまで木々の下に居たから気が付かなかったが、空には何処までも無限に続く様な満天の星空が広がっていたのだ。


「きれい」


「加藤さんは夏の星座って分かる?」


「ううん。全然」


「へへ。実は僕も殆ど知らないんだ。でもさ。星が綺麗なのはわかるよ」


「そうだね。私も、それは分かる」


「何かを綺麗だとか、可愛いとか思うのに、理由も知識も要らないって思うんだ。ソレを見て、どう感じるかは、どう見えるかは見た人の気持ち次第」


最初は何の話をしているんだろうと思った。


でも、私が立花君の方を見た時、彼の目と正面からぶつかり合って、触れ合って、分かった。


私に言ってるんだって。


「ネックレス。付けてくれてるんだね」


「それは、その……貰ったから」


「そっか。似合ってるよ。可愛い」


立花君の言葉に私は思わず顔から火が出そうになって、顔を空に戻した。


でも星空を見て、何かを考える余裕は無くて、立花君の言葉ばかりが頭の中でグルグルと回ってしまう。


「少し僕の話をしても良いかな」


「……うん」


「ありがとう。実はね。僕は野球をやってるんだけど、チームに入ってからはずっとキャッチャーをやってるんだ」


「そう、なんだ」


「でもね。僕はピッチャーもやってみたい。晄弘みたいに格好よくボールを投げてみたいってずっと思ってたんだ。だけど、監督や周りの大人はそんなのは無理だ。出来ないって言うんだよ。それが僕は凄く悔しかったんだ」


「悔しい?」


「そう。だってさ。僕はピッチャーをやりたい。その気持ちは僕の気持ちだ。誰にだって否定出来ない物でしょ? でもそれは駄目だって抑えつけられるのは、酷い事だって思わないかな?」


同じだ。


私は立花君の話を聞きながら、そんな事を思った。


私も立花君と同じ様に、『格好いい』にならなきゃいけないって言われてるけど、でも、本当は、本当の私は。


「だからさ。僕は晄弘と話して、ピッチャーを大人には内緒でやってみる事にしたんだ」


「え?」


私は思わず立花君の方を見た。


彼は私の方は見ていなくて、星空を、その向こうにある何かを見ていた。


「いきなり試合でね。晄弘と交代してさ。監督には怒られたけど、でも楽しかった。もう警戒されてるから、次は違う作戦でいかないと。だけどね」


「……立花君は、怖くないの?」


「怖いよ。怖いから、自分の気持ちをなかった事にしたくなかったんだ。大人に、周りの人に何か言われるよりも、自分の気持ちを消しちゃう方が、僕は怖い」


立花君はそこまで言うと、星空からこっちに視線を戻して、笑う。


「加藤さんだって。自分の気持ちに素直になって良いんだよ」


「……っ! いい、のかな」


「うん。少なくともどんな結果になっても、僕は君の味方だよ。加藤さん」


「でも、お母さんに怒られちゃうかも……友達にだって、嫌われちゃうかも」


「なら、僕が傍にいるよ。友達なんだから。家を追い出されたら、僕の家に来ればいい。綾だってきっと喜ぶよ」


「……」


「だからさ。そんなに悲しい気持ちを抑え込んで、自分を苦しめないで」


私は、立花君の言葉で生まれた苦しさに胸を抑えながら、涙を流した。


なんで、立花君をみんなが好きなのか、よく分かった。


この人は光なのだ。


こんな夜に、先も分からない暗闇に、そっと先を歩く勇気を灯してくれる優しい光。


それが今私を照らしている事に、私はただ嬉しくて、止まらない涙をそのままにまた星空を見上げるのだった。


いつだって、そこにある道標を私に示してくれた立花君に感謝しながら。

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