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第2話『なら、その……付けて、貰える?』

立花君たち二組の男の子とサッカーで対決した日から私たちは勝負という名目で一緒にサッカーをする事になり。


気が付けば一緒に遊ぶようになっていた。


もしかするとこうなる事を立花君は分かっていて、勝負を持ち掛けたのかもしれないと最近になって私はようやく理解する。


何とも鈍い頭だけど、多分気づいてない人がもっと多いから、私もそこまで頭が悪い訳じゃないと信じたい。


でも、まぁ、学校の成績は相変わらず残念な感じで、お父さんもお母さんも成績表を見ると難しい顔をするのだった。


申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「沙也加はどうする? 何かやりたい事は無いのか?」


私はお父さんの言葉にただ首を振った。


やりたい事と言われても、特に何も思いつかなかったからだ。


「そうか。それなら、どこかいい大学にでも入るのが良いが、この成績じゃあなぁ」


「別にいい大学に入る事だけが全てだとは思わないけどね。私は。そもそもアナタ、高卒じゃない」


「俺は、金が無くて行けなかっただけだ。行けるなら行きたかったさ」


「それはそうかもしれないけど、私みたいに大学行っても大して役に立ってない人間もいるし。アナタみたいに高卒でも十分に働けてる人もいる。なら、無理に大学に入る必要は無いんじゃないの?」


「そう簡単に言うなよ。高卒ってだけでバカにされる事もあるんだぞ。沙也加がそんな目に遭うのは悲しいだろう。可能であるなら大学には行くべきだと俺は思う」


「意味も無く大学に行くくらいなら、早く就職して、良い人見つけて結婚すれば良いじゃない。沙也加は美人だし。すぐにいい相手が見つかるわよ」


「見つからなかった時、どうするんだって話だろう! そしたら働く必要がある」


「沙也加なら大丈夫よ。だってアナタに似て、見た目は良いんだから。後は細かい所を整えれば大丈夫よ。間違いないわ」


「君の自信は、まったく。分かった。無理には言わない。ただ、何かを始めるなら早い方が良いんだ」


「はいはい。もう。お父さんは心配性ね。大丈夫よ。沙也加。見た目が良くて、上手く立ち回れれば、どうとでもなるんだから」


「コミュニケーション能力は必要だと思うけどね」


「もう! アナタは黙ってて!」


私はお父さんとお母さんの言葉に曖昧に笑いながら頷いた。


将来の事。夢。私が将来どうなりたいのか。


何もかもが暗闇の中だ。


どうすれば良いのか。どうなる事が正しいのか。私は何も分からずにいた。


「暗い話は終わり。ほら、沙也加。今日は夏祭りで友達と出かけるんでしょう? 行ってらっしゃい」


「……うん」


お父さんやお母さんとの話し合いも終わり、なんだかモヤモヤとした気持ちを抱えたまま私は、友達との待ち合わせ場所に向かう事となった。


しかし、現地に着いてから携帯に次々と行けないという連絡が入り、私は思わず呆然としてしまった。


何だか辛くなって、待ち合わせ場所であった鳥居の前にしゃがみ込んでしまう。


思う事、考える事はずっと私の中に渦巻いている。


でも、そのどれに対しても私は答えを出すことが出来なかった。


その気持ちが、祭りで集まる熱量が、私には少し、辛かった。


「お姉ちゃん。だいじょうぶ?」


「……?」


誰かに話しかけられ、顔を上げると、そこにはあどけない顔をした女の子が一人立っていた。


手には綿あめを持ちながら、頭には狐のお面が付いており、今まさに全力で祭りを楽しんでいるという様な姿だ。


しかし、年齢は大分幼く見え、一人で祭りに着ているのはどこか違和感を覚える。


「私は大丈夫だけど。君は大丈夫? 一人?」


「お母さんと一緒に来てたけど、陽菜ちゃんが頭痛い痛いってなって、今おうちに帰ってるの。綾はここで、待ってるんだ」


「そう、なんだ。一人で大丈夫?」


「うん。大丈夫だよ! 綾は良い子だから待てる」


綾ちゃんという子の言葉に納得しながらも、私はこのまま一人には出来ないなと感じていた。


いくら何でもこんな小さい子を一人で置いていくなんて、何か事件に巻き込まれたら大変だ。


「なら、私も一緒に待ってても良いかな」


「え? どうして?」


「そうだなぁ。その。綾ちゃんともっとお話がしたくてさ」


「そうなの? 良いよ!」


「綾!!」


なんて話をしていたら、鳥居から少し離れた道路の上で誰かが綾ちゃんを呼び走ってくるのが見えた。


「あ、お兄ちゃん!」


「綾! 駄目じゃないか! お母さんから離れちゃ! 一人で来るなんて危ないだろう!?」


「大丈夫だよ。だって綾はしっかり者だって、いつも言ってるもん」


「それは陽菜に比べたらって話だよ。まったく。お兄ちゃんは心配したんだぞ。反省しなさい。もうこんな事しちゃ駄目だぞ」


「はぁーい」


すごい勢いで走ってきたその人は、綾ちゃんを抱き上げると、学校では見た事もないほどに甘い笑顔を浮かべながら、綾ちゃんを叱っていた。


しかし、あまり効果は無さそうに見える。


そんな風に思ったからだろうか。私は特に意識しないまま立花君に話しかけていた。


「立花君。それじゃきっと妹さんはまた同じ事をしちゃうと思うよ」


「……!? か、加藤さん!?」


「今の今まで気づいてなかったみたいだね。傷つくなぁ」


「ご、ごめん」


「良いよ。気にしないで。ちょっと意地悪言っただけだからさ」


私は何だか戸惑ってあわあわとしている立花君を見て新鮮な気持ちを味わいながら、彼が抱き上げている綾ちゃんに視線を合わせた。


そしてニッコリと笑って話しかける。


「綾ちゃん。お兄ちゃんの言う事はちゃんと聞かないと駄目だよ」


「綾、聞いてるよ」


「本当かなぁ。もしも、綾ちゃんが嘘つきさんで、お兄ちゃんの言う事聞けない悪い子さんだったら、とーっても怖い目に遭っちゃうかもね」


「こわい、め?」


「そう。お兄ちゃんも、お父さんもお母さんも居ない。綾ちゃんの知っている人が誰も居ない場所に閉じ込められちゃうかもしれないよ? そしたらもうお兄ちゃんに会えなくなっちゃうかもしれないね」


「え? や、やだ」


「なら、ちゃんとお兄ちゃんの言う事を聞くこと。いーい?」


「……うん。言う事聞いたら、大丈夫?」


「勿論。綾ちゃんのお兄ちゃんは凄いからね。絶対に綾ちゃんを守ってくれるよ」


「……分かった」


綾ちゃんはそう言うと、ギュっと立花君の服を掴んで、そのまま顔を押し当てた。


少し目に涙が浮かんでいた様にも見える。


やりすぎたかな……。


「ありがとう。加藤さん。お陰で少しは綾も言う事聞いてくれそうだ」


「役に立てたのなら良いけど。大丈夫? やりすぎじゃ無かったかな」


「このくらいは良い薬だよ。普段は陽菜……あー、もう一人の妹と合わせて無茶ばっかりやるからさ」


「そうなんだ。女の子なのに、元気なんだね」


「まぁ、綾も陽菜も走り回るのが好きみたいだからね。綾は陽菜よりは本読んだりとか家で過ごすのも好きみたいだけど、陽菜が一緒に居たらもう大変だよ」


「ふふ。立花君も妹には勝てないか」


「まぁ……大切だからね」


そう言いながら立花君はまだ強く抱き着いている綾ちゃんの頭を撫でて笑う。


その表情が、いつもの立花君とは少し違って、どこか大人びている様に見えて、心臓がトクンと跳ねた気がした。


それを不思議に思いながらも、私は彼との話が楽しくて思わず話を続けてしまうのだった。


しかし、やはりというべきか立花君も私といつまでも話をしているという状況に疑問を覚えた様だった。


「そういえば、加藤さんは大丈夫? ここに居るって事は誰かと待ち合わせをしていたんじゃないの?」


「あ、いや。私は……その、実は待ち合わせしてた子がみんな来れなくなっちゃってさ。それで、どうしようかなって」


「そうなんだ」


今の自分の事情を口にしてから、一気に羞恥心が襲い掛かってきた。


理由はよく分からない。分からないけれど、何故か酷く恥ずかしい気持ちになる。


その恥ずかしさに耐えられなくなり、逃げ出そうとした私に立花君が優しく声を掛けてきた。


「ならさ」


「……え?」


「なら、一緒に回らない?」


「いいの?」


「うん。どっちかっていうと、僕からお願いする形かな。ほら、さっきも話したけど綾は結構やんちゃだから、目を放すとすぐにどこか行っちゃうんだ。だから綾を見てくれると嬉しいなって。勿論嫌なら無理には言えないけど」


「いい! 大丈夫! ほら、私、暇だから!」


「そっか。ありがとう。綾。加藤さんと一緒に行くけど、良いかな?」


「……うん。綾は大丈夫」


「分かった。じゃあ行こうか」


そう言って、手を差し伸べる立花君の手を取って、私は一緒に祭りの会場へと向かった。


それからの事はよく覚えていない。


何だかずっと熱に浮かされたような気持ちで歩き回っていたからだ。


ただ、立花君が買い物をしている間は綾ちゃんと手を繋いで待っていたり、一緒に金魚すくいを楽しんだりして、私は凄く楽しい時間を過ごした。


そして、そろそろ祭りも終わるという頃、綾ちゃんが一つのアクセサリー屋さんを見つけた事で、最後にそこへ行く事となった。


キラキラと輝くアクセサリーを見ながら、どれも綺麗で私は凄いなと感じてしまう。


でも、そんな輝く宝物の世界の中で、私は一つのネックレスに惹きつけられて目を離せなくなってしまった。


可愛らしいピンク色の蝶々のネックレスだ。


欲しいな……。でも、格好いいものじゃないから、私には似合わない。


買っても、どうせ付ける事は出来ないだろうな。


なんて考えながら、思わず漏れそうになる溜息を噛み殺していたら、すぐ横から立花君の明るい声が聞こえた。


「おじさん。このネックレスとこのネックレスください」


そう言って、彼が指さしたのは、私がずっと見ていたピンク色の蝶々と、そのすぐ横にあった緑色の蝶々だ。


そしてお金を払った後、緑色の蝶々を綾ちゃんに渡し、上手くその首にかける。


「綾はこれだろ?」


「うん! どう? 似合う?」


「あぁ。可愛いよ。綾」


その光景を見て、私はチクリと胸の奥が痛むのを感じた。


でも、その痛みはいつもの痛みとは違って、ジクジクと奥で痛みを発し続けている。


このままここに居たくない気持ちが強くなり、私は思わず一歩後ずさってしまった。


しかし。


「加藤さん。これ。俺からのプレゼントなんだけど、受け取ってくれるかな」


「……え?」


「今日は俺の我儘に突き合せちゃったからね。お礼。気に入らなかったら別の買うけど。どうかな?」


「え、いや、嬉しい。けど……私にはそんな可愛いのは、似合わないでしょ。ほら、綾ちゃんみたいに、可愛くないし」


動揺し、自分でもよく分からない言葉を重ねていく。


もはや何を言っているのかすら定かではない状況で、立花君は私に今日一日ずっと変わらない笑顔を浮かべながら言った。


「加藤さんは可愛いでしょ。まぁ、確かに美人って言った方が良いかもしれないけど。……それでも加藤さんは可愛いよ」


「っ! そ、そんなの。だって、私は、いつも男の子っぽい格好してるし。格好いいのが似合ってるって、男の子みたいだって言うじゃないか。みんな」


「そうなんだ。でも、僕から見ると加藤さんは、男の子にはとても見えないけどね。可愛い物が好きな女の子。違うかな?」


私がずっと見てたピンク色の蝶々を顔の近くに持っていきながら笑う。


少し悪戯っぽい笑顔で。


女の子の友達が言っていた、王子様みたいな表情はそこには無くて、ただの普通の男の子の様に見えた。


「……良いのかな」


「それを決めるのは加藤さんだよ」


「なら、その……付けて、貰える?」


「うん。良いよ」


そう言うと、立花君は私に一歩近づいて、ネックレスを付けてくれた。


妙に手慣れた手つきに、何だかモヤモヤとした気持ちが胸の奥から生まれたが、それ以上に、近すぎるその距離にドキドキと心臓が煩く脈打つのを感じる。


思わず立花君に聞かれていないかと緊張してしまうけれど、何も気づかなかったのか立花君はまたスッと私から離れていった。


そして、笑う。


「ほら。よく似合ってるよ」


私には分からない。


自分じゃ自分の姿は分からないし。


でも、いつまでも落ち着かない鼓動は、ずっと私の中で鳴り響いていた。

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